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~一歩~

♥♥♥


「最近無駄骨が多くない?」


 光を発する錫杖を頼りに、真っ暗な洞窟を歩きながら【彼】に言った。

 今日も【彼】の頼みで自然に潜むスモックを討伐しに遠出している。だいたい一月に一度の頻度で出向いているが、ここ最近は空振りが続いている。指定場所にスモックがいないのだ。


「わたし、秘境にハイキングに来てるわけじゃないんだけど」


 持ち物は身の丈程の錫杖、保存食と水、替えの服が入った革鞄。それだけ。ハイキングどころかピクニックの装備だ。

 今日のピクニックは、わたしの生まれ故郷フォーリア国から遥か北、雹雲の晴れない山脈の地下深く——【魔霊のはらわた】と異名のある地下洞窟。山脈全域に広がる迷宮で、近くの村では魔物が住むとか死霊の行く先だとか言われていたが、いるのは小さな虫とか毛皮に包まれた丸っこい動物とかだけ。襲ってくる生物もいない。拍子抜けもいいところだ。

 見たことのない生物もよく見かけるので、冒険家や学者ならいい物件ではないだろうか。来る前にターゲン様に聞いてみたら「寒いからやだワシ」と言って挑戦したことがないようだったけど。つまり、ここは数少ない前人未踏の地らしい。

 確かに寒い。こんな普段着とおばあちゃんお手製の外套だけだと、常人なら凍えてしまうだろうな。まぁ、わたしの旅魔法なら周囲の環境を故郷のものと同化できる。気温なんて関係ないが。


「本当にいるんでしょうね?」


 【彼】に不満をたっぷり込めて言った。

 三日もかけて今日はここに来ている。これでまた空振りなら堪ったもんじゃない。


 ——このお腹のゴロゴロは間違いない。今度こそいる。

「前もそう言ってたじゃない。あなたのお腹、どの辺かわからないけど」

 ——んー……ボクにもわからないんだよね。苦しい、痛い、絶対いる! って思ってると、急に消えてしまうんだ。

「本当にただのお腹のゴロゴロなんじゃないの? 波あるもんね、アレ」

 ——自信なくなってきた……あ、そこの横穴の先だと思う。


 言われた先をチラリと見る。数歩先に拳大の横穴。ほんの少しだが、古びた魔力の香りが穴から漏れ出ている。


「……旅魔法【ユーブル・タップ】」


 呪文を唱えながら横穴付近の岩壁を錫杖で軽く叩く。

 こぉーん……音が波打ち穴の先を巡る。反響し返ってきた音がわたしの耳へ。脳内で穴の先の構造がマッピングされていく。


「大空洞がある……見上げても天井が見えないほどの」

 ——かなり深く潜ってきたもんね。それで? スモックはいるかな?

「いるわ……大きな魔力が二つ」

 ——二つ?

「一つはぐつぐつと煮えた魔力……怒りと悲しみを感じる。もう一つは静かで冷たい……でも」


 明確な敵意がある!


 咄嗟に大きく飛び退く。

 直後、横穴から真っ黒の何かが溢れ出て一帯が飲み込まれる。破片も残さずに岩壁ごと抉り取られたような状態だ。拳大だった横穴は巨人が通れるくらいの穴になってしまっている。

 魔力の急流が無いことを確認し、穴から大空洞へ躍り出た。光り輝く錫杖の先を敵意の元へ向ける。宙に浮く巨大な黒い水球と長身の人間が一人。

 ぐつぐつの魔力……水球はスモックだ。敵意をこちらへ向ける冷たい魔力は怪しい人間から。大きなローブにフードを被り、体格や顔はわからない。


「だれ!? ここでなにしてるの!?」


 フードの人物はわたしの声には一切反応せず、水球スモックに腕を突っ込んで何かしている。みるみるスモックの魔力量が上がっていく。自らの魔力を注ぎ込み、スモックを成長させているようだ。そんなことができるものなのか信じられないが、目の前の現状が全てだ。そして、それを行う異常さにわたしも敵意を込める。


「拘束する! 迫縛魔法【ヤン・ドゥレス】!」


 錫杖で地面を強く叩くとわたしの周囲に白光する魔法陣が複数展開。矢じりのついた白い鎖が魔法陣から何本も召喚される。

 鎖たちはフードの人物を急速に取り囲み縛る。しかし縛ったのは中身の無いフード付きローブだけ。

 中身はもういない。魔力の残り香だけ残して逃走したようだ。一瞬のことだ。洞窟内は暗く、なんの魔法を使ったのかもわからなかった。

 

「なにか気付いた?」


 【彼】に聞いてみる。


 ——ゴメン、わからない。

「わたしたちが来る前に討伐対象が消えてる現象はあいつのせいかも……成長させたスモックを移動、回収してるとか」

 ——でもなんのために?

「さぁ……まぁ考察は後にしましょう。それで? お腹のゴロゴロは?」

 ——まだしてる……すごく痛い。

「じゃあここからはいつも通り。ただ、今日の腹痛の元はだいぶ悪質ね」


 水球のスモックは魔力を受けさらに巨大化している。隕石と対峙してる気分だ。覚悟を決め、動きやすいよう外套を脱ぎ腰で袖を縛る。

 水球に動きがある。側面が膨れ上がった。


 ——マホ、左からくるよ!

「わかってる!」


 真っ黒の液体が薙ぐように飛んでくる。身を翻し、飛沫一滴すら触れずに躱した。避けた黒い液体は洞窟内の大岩に叩き込まれ、ぐじゅぐじゅに溶かしている。


「美容には向かなそうね……恢炎魔法【フラン・モルド】」


 錫杖を脇に抱え、右手を目の高さまで上げ指を擦る。指先から燻ぶった灰がちりちりと舞い降りた。左手で灰を受け、ふぅーっと優しく息を吹きかける。暁色の火を弱々しく保つ灰は息に乗って大空洞の隅々まで達し、壁に付着すると激しく燃え上がる。

 松明を有した大空洞が全容を現す。だだっ広い空間だが、奥の方は水脈に繋がるだろう大きな湖、微かに見える天井には幾年も積み重ねた鍾乳石が氷柱のように垂れ下がっていた。

 スモックの姿も鮮明に確認できた。黒いが辛うじて後ろの背景が見えるくらいの透明度がある水球だ。水はぐつぐつと溶岩のように沸騰している。弾けた泡の飛沫は糸を引き、一度捕まれば底無し沼のように身を沈め捕食されてしまうだろう。水球の中には大中小と三種類の目玉が自由に泳いでいる。


 キュルキュルキュルキュル……ッ!


 擦った金属みたいな鳴き声を上げて目玉たちが一斉にこちらを向いた。水球が再び膨れ上がり、触手のように水の腕を伸ばして襲ってくる。

 わたしは身を低くし、できるだけ引き付けてから躱す。スモックの攻撃は続き、わたしも避け続けてまだ攻撃には移らない。


「言語じゃない悲鳴……やっぱり人からじゃなくここで生まれた子みたいね。——この地域の過去を教えて?」


 避けながら【彼】に尋ねた。

 スモックは悲しみや怒りから生まれる。つまり、この子にも辛く苦しい過去があったはずだ。それを知ってから戦うのが、わたしのスモック討伐者としての流儀だ。


 ——この山脈はかつて年中暖かい常春の地域だった。約七百年ほど前にあった隣国通しの戦争で砦として戦場にもなったけど、戦争終結の決め手となった大魔法で木々は失われ、気候を変え、土は腐っていった。地表から暗い魔力を立ち昇らせ空で暗雲となり止まない雹が降り注ぐ……死の山となった。


 【彼】の深く潜って消えていくような声から心痛な表情を読み取る。

 溶解液の攻撃を避けながら、わたしも憐みを湛えた目でスモックを見据えた。


「年月をかけても再生できず、涙のように雹を降らせるだけ……暖かかった『かつて』を望むだけの毎日……辛かったわね、ごめんなさい。今楽にしてあげるから……天授魔法【ラファーナ】」


 魔力を足に集中させ、ポンッと両足のくるぶしに翼を付与。地面を蹴ると同時に二組の翼が羽ばたく。体は羽の軽さだ。一瞬で間合いを詰める。


「光陽魔法【アリス・ベロー】」


 錫杖の先から光が立ち昇り剣と成す。くるんとターンしながら横一閃した。水球は中の目玉ごと真っ二つとなるがすぐに再生し元の球に。水を切ってる感覚そのものだ。

 水の触手がすぐにわたしを取り囲んでくる。避けながら翼を羽ばたかせ、今度は大空洞の天井へ。光の剣を一振りし、天井から伸びる鍾乳石を切断した。


「拡縮魔法【パオン】、重圧魔法【グラディオ】」


 肥大させた鍾乳石に何倍もの重圧をかけ水球へ落とす。しかし、圧し潰した石柱はじゅるじゅると溶けて跡形もなく消えてしまった。潰れた目玉もすぐ再生している。効果はないどころか、溶けた石柱を自らの体積に変え膨れ上がっている。

 ギュルリと目玉がこちらを見上げ、水球のてっぺんから圧縮された水柱が放たれた。落とす石柱を貫き、わたしの腹に風穴開けようと向かってくる。


「氷華魔法【ユニ・フニ】」


 宙を摘まむように人差指と親指を構える。青白く光る指の隙間に息を吹きかけると、目に見えるほどの白んだ冷気が大気を凍らせていく。息に触れた水柱も氷結。煮えた水を冷やし水球は氷の塊に。追ってきていた水の触手も凍りわたしの真横で制止した。しかし、氷塊の中の魔力は蠢き続け、怒りが冷めてないことがわかる。

 氷塊を見下ろしながら、わたしは立てた人差指の先に魔力を集中。


「重圧魔法【グラトリア】、颶風魔法【ウェンディ・ペル】」


 多方向から重圧をかけ、空気を極限まで圧縮して大気の球を生成。颶風魔法で小さな球の世界に嵐を巻き起こす。

 指先を氷塊に向け、一滴の嵐を放つ。音速で放った嵐は氷塊を穿って中心で解放、爆発。轟音と鋭利な風が辺りを切り裂いていく。氷塊は粉々になって散らばったが、すぐにまたぐつぐつと熱を持ち溶け、地面を這って集合していく。


 ——斬撃も打撃もダメ、固めて粉々もダメってなると……。

「これかな……恢炎魔法【フラン・ヴェリテ】」


 嵐を撃ち出した指先に再び魔力を込める。針で刺して血が滲むように、指先に紅い点が生まれる。

 蠢き集まっていく水に向け真っ赤な熱線を放った。炎は水を燃やし蒸気が立ち込める。


 キュルキュルルルゥッ!


 金属を引っ掻いたような声で苦しそうにスモックが悶えた——効いた!


「恢炎魔法【フラン・ヴェリタス】!」


 光の剣を解除し、錫杖で目の前に大きく円を描いて魔法陣を生成。錫杖を水球に向けると同時に巨大な炎の柱を放つ。

 大空洞の地表が炎の海をとなる。水球スモックは湖へ逃げ込もうとしているが、わたしはそれを許さない。再び錫杖を向け第二波を放とうとするが——。


「うえっほ! うえーっほ! 熱ちー! なんだーこれー!?」


 頭上から聞き慣れた声。見上げると——。


「クリス!?」

「え? よーマホ! 奇遇だなー!」


 天井の穴からかなり厚着したクリスが滑り降りてきたところだった。「なんで?」の前に会えた喜びの感情が湧いてしまった。別にそんな久しぶりでもないのに。

 落ちてくるクリスの手を掴む。そのまま足の翼を羽ばたかせ宙に浮き続けた。


「なんでここに!?」

「散歩!」

「大好きな冒険じゃなくて?」

「だってターゲンのジジイが冒険のこと散歩って言うんだもん! だからオレも散歩! あいつを超えるには同じ目線じゃねーとだし! ってかここ熱っ!」

 ——マホッ! スモックが逃げる!

「マズい……!」


 クリスに気を取られている間にスモックが地底湖に飛び込んでしまった。湖全体の水が持ち上がり球となっていく。中の目玉も炯々と光り、再び殺意が滾っているのがわかる。

 恢炎魔法の第二波を撃ち出す。しかし水球は上昇して天井の無数に空いた穴へ。水脈を逆流するみたいに上り、ついには地底湖の水が全て無くなってしまった。

 すぐにわたしは岩壁を叩く。旅魔法【ユーブル・タップ】で洞窟の構造をスキャン。迷宮を頭に叩き込む。スモックの強烈な魔力は上り続け、その先は——。


「早い! もう地上へ……!」

 ——早くボクたちも外へ!

「えぇ!」

「マホ、だれと話してんだ?」

「クリス、あなたも手伝って!」

「なにを?」

「スモック退治!」

「任されたー!」


 こういう時、説明も求めず納得するクリスの素直さが助かる。

 錫杖を振り恢炎魔法を解く。炎の海は燃やす魔力を失ってすぐに鎮火した。今度は錫杖を岩壁に向けてかざす。


「旅魔法【インストリア・レフ】!」


 バキィッ!


 音を立てて岩壁の表面が割れる。ヒビが広がり一瞬で壁画となった。

 脳内にある景色を絵画のように転写する魔法だ。望郷の地ではなく、洞窟内に入る前に目に焼き付けた山々と雹雲の景色を写し出す。

 巨大な壁画に向け、今度は掌をかざした。


「旅魔法【エルドラ】!」


 壁画が水面のように波打つ。クリスを連れ波打つ壁画に飛び込んだ。

 景色が一変する。

 ここは地上。大量の雹が降り注ぐ山脈の空。

 連なる山の頂きに水球のスモックがすでに鎮座していた。地底湖の水を吸い、降り注ぐ雹も取り込んでさらに巨大化していっている。天に立ち込める魔力も元々はこの土地の魔力だ。全て取り込まれたら、もう止められない。


「このままじゃ近隣の人里に被害が出る!」

「うおー! でっっっっっけーーーーっ! アレを生み出したのはとんでもねー奴だろうな! 話を聞いて励ましてやんねーと!」

「恢炎魔法【フラン・ウォーリス】」


 錫杖を頭上に掲げて円を描く。巨大な魔法陣を作り、炎の盾を作り出した。降ってくる雹から守る傘とする。錫杖を今度は巨大水球のスモックへ。


「極大恢炎魔法【フラン・ヴェル・アルマーレ】!」


 先ほど地底大空洞で焼き払った魔法の極大版だ。六つの魔法陣から炎の柱が発生。束にして放つ。

 しかしスモックから同じくらい大きな水柱が射出され、炎の柱とぶつかった。徐々に炎が押し返されていく。


 うそ、押し負けそう!


 歯を食いしばりさらに魔力を込める。息が止まる、汗が噴き出す。額に血管が浮き出ているのがわかる——もう限界……!


「ああぁぁっ!」


 叫ぶと同時に水と炎の柱がはじけ飛んだ。

 息を荒げスモックを睨む。表情なんかわからないが、巨大化した三つの目玉は充血し、まだまだ怒り心頭だと伝わってくる。


「相殺……極大魔法が……!」


 立て続けの魔法行使で魔力も体力も削られてきた。精神を集中し、心に怒りを込める。


 腹を立てろ……折れたプライドを掲げろ……怒りを魔力に!


「マホといい勝負なんてやるなー! アレをぶっ倒せばいいんだな!? 行ってくる!」

「え? あ、ちょっと待って!」


 怒りの精神統一が中途半端に終わった。

 止めるのも聞かずにクリスはわたしの手を振り払った。当然重力に従い落ちていく。スモックまで距離もあるし、山に下りて走っていく気だろうか。素直だけどバカなんだから。


「もう!」

 ——マホ、ボクの魔力使っていいから!

「えぇ、助かる!」


 【彼】の魔力を纏い、自分の魔力と掛け合わせ錫杖を眼下の山肌に振り向ける。


「極大迫縛魔法【ヤン・ドゥレ・マリス】!」


 錫杖から放たれた白光が線となり落ちていくクリスを追い越す。宙で魔法陣に変化し、そこから巨大な鎖が放たれた。先端にある矢じりが水球スモックのいる山の頂きに突き刺さる。やや上り坂だが、障害物の無いスモックまでの一本道が出来上がった。

 クリスは鎖に着地。スモックまでの一本道を駆けていく。


「ありがとーマホ!」

「早く行って!」

「おう! 強化魔法【コサミン】! 拡縮魔法【パオン】!」


 クリスは身体強化し腰に下げた剣を抜いた。あの巨大なスモックを両断できるほど巨大化させる。でも普通の斬撃は効かない。サポートしなくては。


「空裂魔法【アイリス・レイ】」


 空間の点と点を繋げる魔法だ。

 五指に光を宿し、ビンの蓋を開けるようにパカッと穴を開けた。その中に腕を突っ込む。


「うおー! 宙に腕が生えた!」


 すでに遠くで小さく見えるクリスの驚いた声がここまで届く。


「天授魔法【フォンデュラ】」


 クリスの担ぐ巨大な剣に向け掌から光を放つ。剣はぽうっと白く優しい光を帯びた。

 さらにわたしはクリスに向け恢炎魔法【フラン・ヴェリタス】を放つ。

 クリスは意図を理解したようで、炎を剣で切り裂く。剣は炎を付与され冬の山に燦々燃え盛るトーチとなった。

 あとはわたしも戦うだけ。できるだけわたしを狙うよう誘導するため、スモックの周囲を飛び恢炎魔法や氷華魔法を撃ち込んでいく。しかし膨らんだ水球に柔な炎は通らず、全てを凍らせるにも至らない。

 囮の効果はあったようで、スモックは再び水柱を放ったり触手を伸ばしたりしてわたしを狙ってくる。触れたら溶ける水だ。一瞬の気も抜けない。


「おらーーーっ!」


 密かにスモックの真下まで進んでいたクリスが跳び上がり剣を振るった。しかし——。


「あれー!? マホー! 火ー消えたー!」

「火力が……!」


 あの炎で弱いなら、先ほど水柱を相殺させた極大級じゃないと効果が無いだろう。しかしそれをわたしが撃ってもまた水柱を放たれ無駄に終わる。押し勝ったとして、消耗し弱まった炎じゃ倒しきれない。しかもスモックは降り注ぐ雹や暗雲の魔力を取り込んで再生、肥大化していく。

 直接本体に叩き込み一気に消滅させなきゃいけない。


「マホー! もっかい火ー!」


 極大級の炎を直接クリスの剣に付与させる。それも相殺されず、相手の肥大速度を凌駕するレベルに出力を引き上げて。これしかない。

 スモックはクリスをただの雑魚と思っているのか、わたしを狙い続けている。

 空を飛翔しながら再び精神を集中させる。

 込めるのは怒りじゃない。怒りでは出力が足りない。長年、勇気が無くて言いたくても言えない、心の中ですら口にできなかった……秘めた心を解放する。


 ……素直でバカで、疲れることばっかりして……でもいつも元気をくれて、いつだって眩しくて……。

 …………好き………………大好き………………大好きだよ……!


「クリスッ!! 【フラン・ヴェル・アルマーレ】!!」


 極大のさらにその上をいく出力の炎を魔法陣から放つ。クリスがそれを剣で切り裂き炎上。纏う炎は空気を焦がし、山肌一面を赤く染める。

 スモックも異常な熱と光を目の当たりにし、ようやく三つの目玉をわたしからクリスに向けた。でももう遅い。


「おっしゃああああぁぁぁぁ!!」


 クリスは一旦飛び退き、剣の切っ先をスモックに向けて鎖の足場を蹴った。炎の塊となったクリスが巨大な剣でスモックを貫く。

 水球内部で炎の剣が燃え盛る。水球はぼこぼこと沸騰。中の目玉たちが熱に耐えきれず膨れ上がり、臨界点を超え爆発。水は辺りに飛び散りつつ水蒸気になり、その身を消滅させた。


「うおぉーーー!! 勝ったーーー!!」


 クリスが雄たけび上げなら剣先で天を突いた。今だ衰えない炎が空を焦がしている。

 私は錫杖を軽く振り、剣に付与された炎を空へ。炎の柱は雹雲を焼き消していき、暖かい太陽が顔を出した。


「眩しい……まだお昼だったみたいね」

 ——いつ振りだろう……この地に太陽が顔を出したのは。

「これからはさ、退治だけじゃなくてスモックが生まれる要因も探して消していくこともやっていかない?」

 ——え? でもそれだと、またキミに負担が……。

「変わんないわよ。そもそも発生を未然に防ぐのが一番だし。あなたの魔力が一緒ならできるって思えた。それに今、すっごくいい気分」

 ——……ありがとう。

「うん。どういたしまして」


 忙しくなるのは構わない。でも、今日は不安要素が一つ生まれてしまった。

 スモックを成長させていたフードの人物。各地でスモックを回収していた疑いもある。人から生まれる通常のスモックも、各国で活性化しているという話も最近挙がっている。何か関係する人間だろうか。

 一度国に帰り情報を集めるのがよさそうだ。


「マホー!」


 クリスが山の頂上で手を振っている——無邪気に笑っちゃって……。

 先ほど心に込めた感情を思い出し、顔が火照ってきたのが分かった。


 ——帰る前にロマンスを一つまみしていけば?

「うるさい」


 クリスから顔を背け、わたしも山の頂上へ降りる。


「クリス、お疲れ様。助かったわ、ありがとう」

 ――来なかったらもっと早く倒せてたと思うけど。

「黙って……わたしはもう国に帰るけど、あなたは——」

「マホ、こっち!」

「え、ちょっと!」


 クリスが手を掴んで走り始めた。山を下り、途中で横穴に入る。折角暖かい太陽の下にいたのに、また暗くてジメジメした地下迷宮だ。


「マホ、灯り!」

「もーなんなの……?」


 魔力を込めて錫杖の先に光を灯す。

 クリスはわたしを引っ張って細長い洞窟を走り続ける。わたしの質問や制止は全部無視だ。


 はぁ……なんでわたし、こんな奴のこと……。

 後悔はある……気がするけど、冷めていく気持ちはない。本当になんでなんだろう……。


「着いたー!」


 広い空洞に出たところでクリスが足を止めた。

 何も無い。スモックがいた大空洞よりは狭いが、ただ広いだけの空間だ。

 上がった息を整える音しか聞こえない。


「ほら! あそこ!」

「なに……?」


 クリスが指差す先にぷかぷかと漂い浮く光が見えた。

 ぼんやりと薄明るい何か……目を凝らすと生物だと分かった。わたしが洞窟を【彼】と二人でさまよっていた時に見た、白い毛でモコモコした丸っこい動物だった。広げた掌くらいの大きさで、目がくりくりしてとても愛らしい。


「ふわふわ……」

「な? 見たことないだろ!? ぜってー未確認生物だろ!? さっき迷ってたら……じゃなくてテキトーに進んでたら見つけたんだ!」

「それ迷子と同じよ。うん、でも、見たことない動物ね」

「だろ!? やったやった! こいつ連れてけばターゲンのジジイ出し抜いたって証拠になる! あのジジイここら一帯は寒くて来てねーって言ってたし!」


 ふわふわの何かは人を初めて見るのか興味津々にこちらに近づいてくる。

 触れても怖がらない。撫でてみると、体をふるふる震わせてプクーッとさらに膨らむ。さらに撫で続けると今度はうっとりした目をして萎み、地面に降りてコロコロ足元を転がった。


「これ、タオパじゃない?」

「え? ピエン、パオンの?」

「地上のタオパは細長いけど、撫でたら膨らんだり萎んだり、特徴が同じだもん」

「なーんだ……」

「そうがっかりしないで。光ったり浮いたり原種にはない特徴よ。新種には違いないんだから。それで? これ見せたかったの?」

「あ、そうだ! これこれ!」


 クリスがわたしの錫杖を奪った。注がれる魔力を失い、錫杖が光を失う。すぐに辺りは真っ暗になった——と思ったけど。


「……わぁ」


 ふわふわのたくさんの光が洞窟内を漂っている。

 白い光だけじゃない。赤青黄色……さまざまな優しくて温かみのある光が辺りを照らしている。全て新種のタオパだ。錫杖の光があったら気付けなかった。


「綺麗……」

「だろだろ? これ見つけた時さ! ぜってーマホに見せるって思ってさ! そしたらマホいたじゃん? もうオレすっげーって思って!」


 クリスはタオパたちの光をかき消すくらい眩しい笑顔だ。

 なんでこんな奴のこと……さっき思っていた思いが消えていく。陰っていた曇り空から晴れ間が覗き、陽だまりが広がっていくように。

 優しい光の中だが、お互いの顔はほんのり見える程度。どうせ気付かれない。顔が火照ってても、わたしは構わずクリスの喜びに満ちた横顔を眺めた。

 キラキラした蒼い瞳……多彩な光を受けて瞳の中の星々が一層強く輝いてる。湖底から上る水泡みたい。群青色の夜空みたいな髪……暗くても光を受けても、深い青は強くわたしを惹きつける。


 こんな無邪気にはしゃいで……わたしの気持ちなんて知らないで……。


「……ずるいよ」

「なにが?」

「なんでもない」

「そっか? ——あー満足した!」

「え、クリス?」


 クリスが倒れるように腰を降ろし、そのまま地面に仰向けに寝そべった。手を繋いだままのわたしも強制的に隣で寝そべる。


 顔……近い……!


 思わず顔を背け、宙を漂うタオパの光を眺めた。光だけの、音のない世界。聞こえてないだろうか、心臓の音……。

 ゆっくり、恐る恐る横目でクリスを見る。しかし、わたしのドキドキなんて意も介さず寝息を立てて、それはそれは気持ちよさそうに眠っていた。再び視線を光たちに戻す。


「……バカみたい……」

 ——珍しく前進した感じだったよ。

「ほっといて」


 からかってるわけじゃないだろうが、【彼】の声を振り払うように言った。


 ——もう一歩進んでみたら?

「……どうやって?」

 ——ちゅー……とか?

「はぁ!?」


 上半身をガバッと起こし、クリスの顔を再び見る。柔らかそうな唇から寝息が漏れ出ている。きっと今、わたし耳まで赤い。


「バカ言わないでよ!」

 ——ダメかなー? だれも見てないし。ボクなら大丈夫。静かにしてるよ。

「そういう問題じゃない。寝てる間にとか……ずるいじゃない」

 ——そう?

「そうよ」

 ——もどかしいなぁ。ノーラとか、同年代の子たちはもっとずっと進んでるかもよ?

「いいの。わたしはゆっくりで」


 大きく息を吸い、大きく吐く。再び寝っ転がった。

 もう一度クリスの顔を見て、繋いだままの手を見た。寝入ったクリスの握る力は緩んでいる。わたしは一度掴んでいる手を解き、五指を絡めて握り直した。


「どう?」

 ——なにが?

「一歩進んだわ」

 ——半歩にもなってなくない?

「一歩なの!」


 言い切って、それからわたしは口をつぐむ。【彼】の押し殺したような笑い声がちょっとだけ聞こえた気がしたが無視した。

 わたしも眠ってしまおうかと目を瞑る。戦闘の後だし、疲れてるし、簡単に眠ってしまえると思ったのに全然眠れない。感じるのは瞼に残る優しい光と、手を繋ぐ温かさだけだ。


 ……あったかい。

 ゆっくりでいいの。一緒にいられればそれでいいの。

 いつかもっと先へ進む時が来るかもしれない。手が届かなくなるかもしれない。それでも……。

 今はこのままで……。


♥♥♥

■■■お知らせ■■■

次回、明日9/4の9時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。

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