第30話 解放の翼
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ナメキンは予想通り逃げるオレを追ってきた。
スミダ川で再度飛び跳ねた後、川底へ沈んで姿を現さない。オレは土手の上で川の水面を睨んで次の攻撃に備える。
ナメキンの攻撃は単純だ。
地面を深く潜水し突き上げてくる。その瞬間は足元の感覚で察知できるが、足場が消えたように沈んでしまうから後手に回ってしまう。それに跳ねるだけで凄まじい攻撃になるんだから、でかいだけで脅威だ。
そして一度攻撃をやり過ごすと、再び浮上してくるまで間がある。より深く潜れば高く飛べる。より高く飛べばそれだけ攻撃力が増す。だからこの待ち時間は決して休憩にはならない。こちらから攻撃を仕掛けられない以上、全神経を足の裏に集中して待つしかない。気力だけが削られていく。
……静かだ。川のせせらぎとハナビの打ち上がる音しか聞こえない。ハナビが上がるってことは、あっちの方の人々は無事だったんだろうか。シイナは人からスモックを集めていた。つまり人が集まるほど得。そのためにハナビを上げる人たちには手を出さなかったのかもしれない。ということはナメキンの行動範囲も人が連れ去られた無人の場所だけに絞られる……?
こうしてる間にも、知らない所でシイナが人々からスモックを集めてるかもしれない。
考えながら待機していると、背後で雷鳴が轟いた。
来た! 助っ人!
期待に笑みを溢し振り返る。
土埃の中に複数の影。ブンサブローは当然として、人間の影が二つ。
「やっほ!」
無邪気に手を振るヨシカと険しい顔したさあや。それからさあやに抱っこ紐でくっついているハルキ……。
「わぁ見慣れたメンツー……助っ人ゼロ!? あんなに転生者いたのに!?」
「起きた奴らはワシの遠い縄張りに避難させた。代々木公園な。みんなで手ェ繋げば一発よォ! 一応声掛けたけどよォ、八百屋やら奉公人やら漁師やら、みーんな戦闘のせの字も知らん一市民だったぜェ。おめェ運ねェのな」
「オレのせいかよ! てか、なんでまたさあやとヨシカまで連れてきてんだよ! ハルキも一緒に! 赤ん坊だぞ!」
「ワシに怒鳴んなァ! 二人に聞けデカパイがァ!」
オレはがるるると唸りながらヨシカを睨んだ。
「だってさっき置いてかれて怖かったんだもん! それにばえそうだし。真っ黒の写真ばっかだけど、ちょびっとなら写るのもあるから……インスタあげよ」
ヨシカは涙目になりながらもスマホをオレに向けてパシャパシャしている。反対の手にはなぜか水風船を大量に持っている。屋台から持ってきたようだ。
「守り切れる自信ねーぞ!?」
「だいじょぶだいじょぶ。あゆたんちょー強いってもう知ってるから」
「……さあやは!?」
がるるると唸って今度はさあやを睨む。唸りがさっきよりほんのり弱い。
「ごめんあゆ……ハルキはもちろん連れてくるべきじゃなかったけど、もう目を離したくなかったから……」
「さあやだって戦えないんだぞ? 死んじゃうかもしれないぞ!?」
「うん、戦えないけど……作戦、考えてきたの」
「さくせん?」
「ワシとご主人はさっき屋台通りで聞いたがよォ、さあやたんすげェぞ。ワシの使える魔法や状況を整理して、ちゃんと勝機のある納得のいくもんだったぜェ。ただ突っ込んで殴っての短絡的なおめェとは大違いだ! がははは!」
ブンサブローはムカつくが、素直にさあやの作戦に耳を傾ける。
「——なるほど。いけるかもしれねー」
「だろォ!?」
「でも、オレの魔法出力でそこまでできるかどうか……」
「実はワシもそこがネックでよォ。前世のナイスミドルだった頃はどんな距離も飛べたが……ワシ今犬だし。犬になってからそんな大魔法使ってねェしなァ……おめェが全身ペロペロさせてくれたら多少心の解放になるかもなァゲヘヘヘ」
魔力は心の抑圧で溜まる。けど出力は心の解放にある。その蛇口をうまく開く方法を知れば強い魔法が使えるし、同じ魔法でも威力や質が高まる。
ノーラは好みの露出が多い服を着て常に解放感を纏っていた。マホは……なんか魔法使う時怖かった。目とか声とか。教えてもらったことはないけど、たぶん怒って開放するタイプだ。
オレの美味いもん食べた時のこととか思い出す方法も正直効率がいいとは言えない。もっと心を解放できる、不満を解消できる何かが思いつけばいいんだけど……。
「ムリ……だった?」
オレとブンサブローが悩んでいると、さあやが視線を落としてしまった。空を見ればハナビが咲いてるのに——こんな暗い顔見に来たんじゃねー。
「やる……やってやる! ぜってーうまくいくし! 諦めてんじゃねーブンサブロー!」
「だァれが諦めてんだってェ!? てめェこそ気合入れろやァ!」
「あ、じゃあ闘魂注入で一本いっとく? っとく?」
闘志を燃やすオレたちにヨシカが言った。
ヨシカは「あの騒動の中まだ持ってたのか」と感じる左手首にぶら下げた重そうなビニール袋に右手を突っ込んだ。中から一本の筒を取り出してオレに渡す。さあやにも同じものを一本渡し、さらにもう一本自分で持ち、筒の頭を指先で引っ搔いた。「カシュッ」と小気味いい音がする。
筒には二匹の……なに? 角の生えた生き物がニコニコで握手している。
「なにコレ?」
「エナドリー。『翼をくださる』ってキャッチコピーの。知ってる?」
「あぁ最近コマーシャルでよく見ますね。明らかなパクリ商品なのに」
「友達の弟君がさーコンビニバイトしてんだけど、なんか発注ミスとかで大量に仕入れちゃったんだって。カワイソーだから友達の輪でたくさん買ってあげてんの。私良い奴ー! お祭り参加の前に、そのコンビニ寄って三人分買ってきたわけ! 皆も気が向いたら買ってあげてね? ね? 新宿にあるコンビニだから。ほら、グビグビいっちゃって!」
「エナドリか……私あんまり得意な味じゃないですけど……」
「ご主人、ワシは? ワシのは?」
「あんた犬でしょーが」
川を正面に三人並び、さあやとヨシカはゴクゴク音を立てて筒の中の液体を飲み始めた。この悠長な時間が逆に怖い。それほどナメキンは深く潜ってるってことだ。
オレも筒の頭を「カシュッ」。口に着け筒を傾ける。液体が唇に触れ、舌をなぞり、喉を——。
「んぬうおおおおああああああぁぁぁぁぁ!!」
胃から伝わる衝撃、波動が全身へ。髪が逆立ち、血潮湧き筋肉が躍動する。
一気に液体を飲み干して筒をぐしゃっと潰した。
美味い……美味すぎる!
得も言われぬ多幸感……風呂に入った後? ぐっすり昼まで寝た後? 違う……漲る……心が軽い……天が翼をくださった……オレ……覚・醒!!
「ブフォッ!」
「なに、なんなの?」
驚いたヨシカは液体を噴き出し、さあやは筒を落としてしまった。
落ちて零れた液体をブンサブローがくんくん。ペロペロ。
「ンアーーーンアンアンアンアンアオアオアオーーーーーン!!」
ブンサブローも覚醒したようだ。イヌのご飯もこれより美味いもんはなかったのかな。
「芳華さん。これ、ヤバい成分入ってないですよね?」
「カフェインとかアルギニンとか……高麗人参とか?」
「二人ともなんかシュインシュインってなってるんですけど。戦闘民族みたいになってるんですけど」
「異世界人にとってハイポだったってこと?」
「ハイポどころかエリクサーなんですけど」
こんな飲み物、前の世界には無かった。これは悪魔の薬だ。心のコントロールが効かない。蛇口が全開だ。この状態で魔法を使うのが怖い。なんて恐ろしい劇薬を作ってるんだこの世界の人間は。
闘志が穏やかに、しかし奥底では激しく燃え上がっている感覚がある。
「準備はいいな!? ブンサブロー!」
「おうよォ! クソ魚ァ! 出て来いやァ!」
ボオオオオオオオオオォォォォォォォ……!!
ブンサブローの声に応えるようにナメキンがスミダ川から跳び上がった。
高い……溜めた分、今までで一番の高さだ。打ち上がるハナビよりも高い。
「いくぞっ! 拡縮魔法【パオン】!」
対象はブンサブロー。短い毛を奮い立てながら胴長寸胴が巨大化していく。出力が大きすぎるせいか調整が難しい。魔力を注ぎ過ぎてしまい、想定よりも大きくなってしまった。
「すまん、やりすぎた!」
「問題ねェ! 乗れェ!」
オレ含め浴衣三人娘がブンサブローの背に跨る。先頭からオレ、さあや、ヨシカの順だ。
ここからは後手に回らない。作戦開始だ。
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次回、明日9/3の7時頃更新します。




