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第28話 私

♦♦♦


 …………ん。

 …………え?

 なに? ……くるしい……!


 息ができない。目もうまく開かない。少しだけ開いた視界は、まるで炎を挟んで見たような景色だ。空気が揺らいでいる。色が滲んでいる。


 あつい……!

 ここはどこ? おうち? わたしねてたの?


 見覚えのある机、布団……誰か寝てる。揺すっても起きる気配がない。


 ダメ……ドア……ドアをあけないと……。


 部屋の出口へ歩いていく。手を高く伸ばしてドアノブを捻ったが、押しても引いても開かない。

 疑問に思いドアの縁を見る。茶色のなにかが隙間無く覆っていた。


 なにこれ……テープ?


 ドアノブに手をかけたまま窓の方を見た。窓の縁にもぴっちりとガムテープが貼られている。


 ……ドア、あけなきゃ……ドアを……。


 貼り付いたテープを指でなんとか剥がそうとする。けれど、ぼーっとする頭、ゆらゆらする視界、息も続かずのぼせたような感覚でうまく剥がせない。


 あけなきゃ……たすけなきゃ……おきて……おきて!

 おかあさん!




 真っ暗闇の中に幼い子供の声が光り、目を見開いた。

 ゆっくりと息をする。膝小僧に額を付けたまま目の焦点を合わした。浴衣の濃い紫が視界を埋め尽くしている。私を包んでいた黒い靄は見えない……【私】の姿もない。

 気を失っていたのか、夢を見ていたのか……。


 ……あんな子供知らない! 私の記憶じゃない! お母さんなんて……いない!


 見てきたもの全て……心の奥底に沈んでいたものたちを否定していくと、私が【私】じゃなくなっていく……段々と落ち着いてきた。

 息も整ってきた。そこで初めて、私の頭をぽんぽんと叩く感覚があることに気付いた。ゆっくり顔を上げると見慣れた赤ん坊の顔があった。もちもちのほっぺ、濡れたようなぐりぐりの黒い瞳……。


「……ハルキ……」


 私の体を四足で登り、小さな手で私の頭を優しく撫でてくれている。

 どうしてここにいるのか、どうやって来たのか、どこに行っていたのか……疑問しか出てこないが、まるで慰めてくれているかのような掌にまた涙が溢れ出てきた。堪らず小さな体を優しく抱きしめる。温かな体温と一緒に安心が押し寄せてくる。


「ごめん……ごめんね……目を離して……!」


 背中を擦り、小さな頭を撫で、本当にハルキなんだと実感を心に積んでいく。

 背を震わせて泣きつく私……どちらが子供かわからない。仮とはいえ、ダメな親だ私は。


「あーうぅ」


 無邪気なハルキの声を聞き、私はようやく抱きしめた手を緩めた。

 ハルキの顔を見つめる。さっきベビーカーの中でおとなしくしていた、いなくなる前と変わらない顔だ。


「いったいどこに行ってたの?」


 答えられるはずないが聞いてみる。当然真意はわからないが「あい」と返答が帰ってきた。久しぶりに感じる笑みが零れた。

 誘拐の疑いがあるんだ。変なことされてないか、服や体をじっくりと見て確かめる。特に服には異常無いようだが——。


「血……」


 ハルキの首筋に薄っすらと血が付いていた。よく見ると地面で擦ったような傷がある。


「どこかにぶつけたの!? 痛くない? 大丈夫なの!?」

「あいっ!」


 元気な答えが返ってくる。

 私なんかよりずっと頼もしい。狼狽する自分が恥ずかしくなってきた。


「……偉いね。泣かないなんて、すっごく偉い! ハルキは強い子だねー」

「うー」

「あ、掻いちゃダメ!」


 擦り傷を掻こうとしたハルキの手を掴む。すると、じわりと黒い瞳が濡れてきた。


「あー泣かないで、ごめんね! い、痛いよね? 血が出てるんだもん! ほら、いたいのいたいのとんでけーっ!」


 傷口に向けた人差指をくるくるーっと回してぽいっと明後日の方へ向ける。直後——。


 ビシィッ!


「……え?」


 乾いた音のした方向を見る。

 背もたれにしていた木の幹。樹皮が剥がれて内側が白くむき出しになっていた。ほんの小さな傷だが、ぱらぱらと木屑が落ちており、明らかに今ついた傷だった。指を向けた先と傷が線で繋がる。

 ハルキに視線を戻す。首筋の傷は綺麗さっぱり消えていた。血の跡だけ残っている。


「いたいの……とんでった?」

「あややー?」


 ハルキは傷があった場所をぺちっと一度叩いただけで、痛みはもう忘れてしまったみたいにケロッとしている。私に抱かれたまま両足をパタパタ動かし、指しゃぶりを始めた。


 ライターの火に続いて……もしかしてこれが魔法なの?

 魔力を……ストレスを力にするって感覚は私にはない。体から何かが消費された感じもしない。まぁ、ハルキに会えて不安が消えてはいたけど……単に私がわかってないだけ?

 魔法のコトバはなんだっていいとあゆは言っていた。呪文のように唱えるのはイメージを形にするための手助け……つまり、技術というより気持ち次第の力ってことだと思う。

 『おつけします』や『いたいのいたのとんでけ』……なんて、言葉だけでどうなるか連想しやすい。

 無意識に私は魔法使いに……? それとも——。


「マホ……ちゃん……?」


 胸の中、未だ声を上げない女の子の名を呼ぶ……返事は無い。

 気にしても仕方がない。本当に自分の中にいるのかもわからないんだ。それより——。


「ハルキも見つかったから、戻ってあゆを安心させないと」


 勝手に逃げ出して、心配させただろうな。優しくしてくれた屋台に集まっていた人たちにも報告しないと……もう警察の人も来ちゃったかな……それに、あのメガネの人……まだいたらどうしよう……。

 また俯いてしまう。その先でハルキが振り向いて指しゃぶりしていた。じっと私を見て、私も見つめ返して……曇りのない瞳と無邪気な顔が、暗い想いを取り去ってくれる。

 ごちゃごちゃ考えていた頭を振る。今は悩むのをやめよう。考えることを一つに絞る。


「あゆに会おう……会って花火を一緒に見る。約束だもん。今はそれだけ」


 よし! っと立ち上がろうとした時だ。


 ピシャアンッ!


 すぐ横で雷鳴が轟く。一瞬の閃光と轟音に思わずまた座り込んでしまった。ハルキをぎゅっと抱きしめ、地面にお尻を着けたまま雷鳴と逆方向に逃げる。


「なに? なんなの!?」


 落雷地点、舞い上がる落ち葉の中に小さなシルエットが動いている。「ハッハッ」と短く息を吐き、ピンク色の舌が上下していた。


「ブンサブロー!」


 驚きを凌駕した犬好きの心に従いすぐさま撫でるため近づいたが、遅刻した疑問がやっと追いついてきた。わしわしと頭やら背中やらお腹やらを撫でながら首を傾げる。


「なんでブンサブローが……」


 周りを見渡しても人の気配はない。


「芳華さんは一緒じゃないの?」

「ご主人はあっちで隠れてるぜェ」

「あ、そーなんだ。なーんだ、やっぱり一緒なんだー」


 何気なく言った問いに回答が返ってくる。

 たっぷり三点リーダーを使った後、ブンサブローの首根っこを掴んだ。


「…………今喋ったよね?」

「あ、あァ喋ったぞ」

「しゃべっ!?」


 しゃべっっったぁーーーっ!

 どうしようどうしようかわいいかわいい!

 どうが! どうがとらなきゃ!


 肩から下げたバッグからスマホを取り出す。

 画面を着けようとしてハッと気付いた。真っ暗のディスプレイに自分の顔が映っている。うそ……私——。


「メイクがっ!」


 泣きながら走って、ハルキに会えてまた泣いて……アイラインが酷く崩れていた。


「ちょっと待って……直すから」

「意外と冷静だな、さあやたん」


 バッグからメイク道具とコンパクトを取り出す。自分の瞳は薄いオレンジ……カラコンは外れていなかった。ささっと直す——よし!

 再びブンサブローを見て、スマホのカメラアプリを起動した。


「どおしてしゃべれるのー!?」

「いっぱい練習した」

「れんしゅー!?」

「精神年齢がバンジーだな、さあやたん」

「ハルキ、ハルキ! れんしゅーしたんだって! じゃあどおやってここまできたのー!?」

「魔法で来た」

「まほー!?」

「アホになってきてるぞ、さあやたん」

「ハルキ、ハルキ! まほーだって!」


 抱っこしてたハルキをブンサブローの眼前に差し出すと、ハルキはブンサブローの額を叩いて笑うだけだった。

 私は撮影した動画を見返す。しかし、真っ黒の靄が邪魔をしてブンサブローのかわいいお顔が見づらい。そこで犬派に乗っ取られていた頭が暴走を止める。


「スモック……どうして」


 目を覚ました時、私から湧き出ていた黒い靄はもう消えていた。もしかして、すでにスモックとして私の体から飛び出し街で暴れてるんじゃないだろうか。

 冷や汗が垂れるがすぐに思い直す。

 破壊音や逃げ惑う人の叫び声などは聞こえない。それに、幸隆さんは生み出したスモックに取り込まれていたはずだ。今の私は自由の身。それとも、何の力も無いお団子みたいな小さなものしか生まれなかったんだろうか。

 大きなもので私が見たのは幸隆さんの一例だけ。あれが特別? あゆは上位のスモックと言っていた。そもそも取り込まれるのが通例なの? 私は何も知らない。

 ——そして疑問はもう一つ生まれ、すぐ答えに辿り着いた。

 

「ブンサブロー……魔法でここに来たってことは、あなたも転生者……ってこと?」

「だいぶ遅いぞ、さあやたん。だが話は省けて助かるぜェ」

「やっぱりそうなんだ……教えて? なにが起きてるの?」

「なんかやべェ男が襲ってきてよォ。そいつとクソガキ……じゃなくてあゆが戦ってたらしいぜェ?」

「スモックじゃないの?」

「スモックでもあるけどよォ。さあやたんデルクスって知ってっか?」

「あなたたちの世界で暴れてた悪人でしょ?」

「あァ。どうも野郎に近づく手がかりになるみてェだ。ワシはさあやたんをあゆから任されてここに来たわけよォ」

「じゃああゆは今……」

「戦りあってるとこだろうなァ」

「そんな……」

「そんなわけだからよォ、さあやたんはご主人と一緒に安全なところに逃げてような? そんで万事解決したらワシと風呂に——」


 さっきの場所で? お祭りを楽しんでいたたくさんの人たちがいたのに……親切な人たちがたくさんいたのに……。


 ——……他人じゃん。


 また……心の中に【私】が現れた。


 迷惑かけて、心配させて、放っておいて逃げちゃっていいの?

 ——いいじゃん。そうした結果が今でしょ? またそうして違う今を作ればいいじゃん。

 今も逃げてる途中なのに……。

 ——また生まれ変わればいいじゃん。

 そう、生まれ変わった……だから私は【私】じゃない……私は逃げない……私は開けた……ドアを開けたんだ……!

 ——……じゃあ、ちゃんと見せて。がんばれるってところ、見せて。


「——全身を隈なくシャンプーしてよォ。もちろんあァんなところもだぜェ? 一緒の湯船に入ってなァそれから——」

「ブンサブローお願い……私をあゆのところへ連れてって」

「あァ? 危ねェぞ?」

「いいの……足手まといってわかってる。でも、助けなきゃいけない人がたくさんいるの」


 まっすぐにブンサブローの大きな瞳を見つめる。

 ブンサブローは私を睨んでしばらく黙っていたが、閉じていた口から舌をぺろんと出した。溜め息の後「ハッハッ」と短く犬らしい呼吸をする。


「しょうがねェなァ……ったくよォ。そういうところはやっぱ変わんねェよなァ」

「え?」

「マホなんだろォ? あいつも急に黙ったと思ったらブツブツ独り言多くてよォ、誰かと相談するみてェにな。そんで急になにか決心したみてェな目になりやがる」

「マホちゃん……」

「姿が変わってもよォ、やっぱ人は心だよなァ! 愛だぜェ! 気に入ったぜェさあやたん! なにがあっても守ってやる! 今はプリチーボディだがな、こう見えて前世はクソつよつよジジイだったのよォ!」

「ありがとう……」

「なァに気にすんな! ジジイがガキ守んのに理由なんざねェ! ま、今ワシ一歳だけどな! ガハハハハ!」


 豪快な笑い声に私も笑みを溢した。


「んじゃさあやたん、ワシを撫でろ! ワシの迅雷魔法は伝導するからよォ、触れてりゃ一緒に飛べる!」

「うん!」


 ブンサブローの背を撫でるように触れ、片腕でハルキをぎゅっと抱きしめる。

 あゆは戦闘中かもしれない。着いたらすぐ離れよう。それから芳華さんと合流して、無関係な人たちを避難させる。大丈夫、簡単だ。落ち着いて……。


「飛ぶぞ! 迅雷魔法……【トードル】!」


 叫んだ呪文が天を穿ち、落雷が私たちを包む。ふわりと体が宙に浮き、一瞬で視界が線となった。

 声も出さない内に視界がはっきりとする。


 光? 空? 体はまだ宙に……うわっ!


 がくんと落ちていく体。時が止まったようにゆっくりに感じる。落ちていく景色の中、会いたかった顔が景色に紛れこんだ。


「さあや!?」

「あゆ!」


 拡大させたヘアピンを大きな黒い何かに突き刺し、宙にぶら下がるあゆがそこにいた。


♦♦♦

■■■お知らせ■■■

次回、本日12時頃に更新します。

面白いと思っていただけた方、またその逆の方。

高低関わらず評価いただけると大変ハッピーです。

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