第27話 怒り
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その場にいる全員が言葉を失っていた。突如出現した場違いなイヌに殺意が冷めていく。
「ブンサブロー……なんで……」
ブンサブローは疑問を露わにするヨシカに振り向き、浴衣の袖を噛んだ。
瞬間、シイナが思い出したように殺意を再び滾らせ、振り上げたままの黒刀をヨシカの脳天目掛け振り下ろす。
しかし刀身は地面を叩く。彼女もブンサブローも姿を消してしまったからだ。同時に雷鳴が一つ。さらにもう一つ響き、今度はオレの目の前にブンサブローが現れた。
スモックの山から逃れようと外へ出していた手を甘噛みされた。直後に体がふわりと浮いたような感覚。視界が光り、濡れた絵筆でまだ乾いてない水彩画をなぞったように景色が滲んだ。一度の瞬きの後視界は元に戻ったが、景色は一変した。
屋台の明りが少し遠くに見える。立ち上がり、改めて周りを見渡す。
ここは祭り会場である寺院……立っているのはその入り口にあった門の側だった。『雷門』……読めないが、こんな字が書いてあるでかい提灯がある門だ。
隣にはヨシカが呆然とした顔で座っている。ブンサブローは尻尾を振りながら屋台のある通りを睨んでいた。遠目にシイナの姿が見える。オレたちの位置には気づいていないようだ。
自らを雷と化し、瞬時に印した場所へ移動する魔法……クリス時代に何度も見た魔法だ。オレの知る使い手はただ一人——。
「……ターゲンのジジイ」
まっさか~と思いつつ、ブンサブローに向けボソッと呟いた。耳がピクリ、振っていた尻尾は固まる。
数秒の後、ブンサブローはオレに振り向き「く~ん」と鳴いて首を傾げた。吸い込まれるような黒い瞳……鼻をペロッと舐め、逆方向にまた首を傾げる——うさんくせー……。
疑惑の目を向けていると、ブンサブローの視線が時々オレの顔じゃなく違う場所をチラチラ見てることに気付いた。辿っていくと、先ほどスリットを入れたオレの浴衣……チラリと覗く褐色の太ももだった。
試しにピラッと捲る。視線どころか首がそこを向いた。閉じる。オレを顔を見てく~ん。捲る……見る。閉じる……く~ん——。
「おい、エロジジイ」
「く~ん」
「く~ん、じゃねーんだよ! しらばっくれんな!」
小さな体を両手で抱き抱えて上下に激しく揺らす。
「あばばばばば! わ、わかった、悪かった! 降参する! だからやめれェ!」
揺らすのを止め、ぐったりするブンサブローを睨みつける。ぜぇぜぇと息荒げなブンサブローもオレを睨みつけた。抱えられながらも歯茎剥き出しで威嚇してくる。
「おめェクリスだな? デカく……なったなァ」
「胸見て言うんじゃねー」
「師匠に対してこの扱いはねェんじゃねェの?」
「師匠面すんな。一夏しか面倒見なかったくせに」
「充分だろォがクソガキ。小汚ねェ鼻たれをクソ熱い夏の間世話してやったんだ。もっと称えろ、崇めろボケ」
「やばーフツーに犬と話してるんですけど……てか犬喋ってんですけどォ!」
ヨシカがスマホを向けてオレたちのやり取りを見て叫んでいる。
「ウチの犬やばー……ね、ね? どゆこと? どゆこと?」
驚いてはいるがパニックになっている様子はない。むしろ、さっき殺されかけた恐怖が和らいだ気持ちのようで、垂れ目の奥の瞳がキラキラとしている。
オレとブンサブローは顔を見合わせる。互いの近況や状況を共有する意味でも話を聞きたい。意見が一致したのが目と目で伝わる。
率直にオレたちの転生についてヨシカに話した。デルクスによる終末戦争、マホの旅の極大魔法による転生、オレはキョウトで目覚めマホとデルクスを探しにトーキョーまで来たこと、他にノーラが目覚めていること、さあやの中のマホは目覚めてないこと……。
ブンサブローがターゲンのジジイとして覚醒したのは、ほんの三週間ほど前だそうだ。ちょうどオレが覚醒した時期と重なる。ジジイは確か、各国の王たちが集まったスモックの対策議会で協議中にデルクスに殺害されたとマホから聞いていた。デルクスの凶行が世界を滅ぼすに至ったことを知らず転生し、イヌとして新しい命を謳歌しようとしていたようだ。
「——んで、あの野郎がデスクスに繋がるかも知んねェと、そういうわけだな?」
ブンサブローが屋台の通りにいるシイナを盗み見て言った。シイナはオレたちを見失い、探す素振りを見せつつも倒れた人々から生まれた小さなスモックを回収している。
「ああやってスモックを集めてるところ見ると、この世界でも終末の再現をする気かも知れねー。ぜってー止めねーと」
シイナの奴はぶっ倒す。けどその前にさあやだ。どこに行っちゃったかわからない。さあやからスモックが生まれちゃう可能性もある。このままシイナと戦うのも野放しにするのも危険だ。どうにか合流したいが……。
考え込んでいると、話を聞いていたヨシカが黄色い声を上げた。
「話は一ミリもわかんなかったけど! ブンサブローが喋るのはなんかの魔法なの!?」
「いやご主人。ワシが喋れんのはアレだ……朝の情報番組で喋るペット特集とか組まれてんだろォ?」
「あーあの飼い主の親バカ心満載のヤツね」
「アレだ」
「アレなのォ!?」
「すんげェ練習したぜェ」
「じ、じゃあ私のピンチに駆けつけてくれたのは、なんか特殊な能力でご主人様の危機を察知した的な?」
「いや、縄張りを広げるためだ。ご主人が遠出すると迅雷魔法でそこへ飛べっから広げまくりでよォ。しかしビビったぜェ。あんな死の瀬戸際だったとはよォ」
そうだ、迅雷魔法!
「おいジジイ」
「おいおいワシは今一歳なんだぜェ? ブンちゃんと呼べェ!」
「ブンサブロー。迅雷魔法って確か自分の血や髪の毛とかで印をつけたところに飛べる魔法だよな?」
「クソガキめ……あァそうだ! ワシの魔力を辿って飛ぶ魔法だからなァ。犬になった今は血や毛を自分で相手に預けることができねェ。だから唾液! ご主人には日頃ペロペロしてワシの魔力込めた臭いがべっとりだからなァ。がははは!」
「そう言えば風呂入れるとメッチャ舐めてくるわよね。こいつバター犬かよっていっつも思ってたわ」
ヨシカのブンサブローを見る目から信頼感が薄れてきた。
「ご、ご主人? ワシふあーん……こ、これからも一緒に風呂入ってくれるよね?」
「いやームリだわ。なんかすごいゲスオーラ見えてきた。今後はおかーさんに頼むわ」
「うぁ……ワシの合法混浴ペロペロが……い、いいもーんさあやたんに頼むし。あの子超犬派でワシのことすげェ好きだし。へへ、羨ましいだろォクソガキ! さあやたんのキメ細かい肌はワシのもんじゃあ! 余すことなく焼き付けペロペロしてやんぜェ……!」
不快な笑みを浮かべるブンサブローが汚い目を向けてくるが、オレは目を背けた。思い出してしまった……さあやのすっぴん、肌、胸、脚……。
「なに赤くなってやがるんだァ? まさか……てめェ……!」
「な、なんもねーし! それよりオレのことはどうやって助けたんだよ!? ペロペロされてねーぞ!」
「そりゃあおめェにはションベンぶっかけてやったからよォ! しっかりマーキングしてやったぜェ、だァはははは!」
「てめー……——ってキレてる場合じゃねぇ! さあやのこと探せるか?」
「店に来る度掌とか頬っぺたペロペロしてっからな。飛べるぜェ」
「さあやのこと頼む。きっと今、ひとりぼっちだ」
「後悔すんなよォ? 次に会った時さあやたんが涎まみれだったとしてもなァ!」
「ふざけんなっ!」
叫んでる途中でブンサブローはバリッと稲妻の残滓を残し消えてしまった。
あのクソイヌ……もし涎まみれだったら舌を引っこ抜いてやる!
怒りの舵を取り、屋台の通りを睨みつけた。
「ヨシカ……おまえはここで隠れてろ」
「えっ!? あゆたん行っちゃうの!?」
「あいつをぶっ倒してくる」
「警察呼んでんだからさァ任せちゃおうよォ!」
「この世界の人間じゃ勝てねーよ。オレがやんなきゃいけねーんだ」
制止するヨシカの手を振り払い駆け出す。
通りに立っている人はもういない。夥しいスモックの群れ……中心にいるシイナの前に躍り出た。三日月ピンを振り、先を男の顔に向ける。男の口元に下卑た笑みが浮かんだ。
「健気な虫だな。勝てねぇ人間様にまた立ち向かってくるなんて。命に次はねぇんだぜ?」
「知ってるよ。でもオレは無いはずの次を生きてるんだ。二度と負けねー」
「あぁそうかよ。でも俺はてめぇにもう用はねぇんだわ」
スモックたちが全て鞄の中に入ったことを確認し、シイナはオレに背を向けて走り出した。
「待てっ!」
黒い背中を追う。追いつき並走し、ピンと黒刀がぶつかり合う。
「おまえの目的はなんなんだ!? なんでスモックなんか集める!?」
打ち合いながら問いもぶつける。交差する得物の先で僅かに見えるシイナの三白眼が白目を向き、口からは涎がダラダラ垂れてきた。
「声が聞こえンだ……さいっこおに気持ちがイイ……イイ味付けだ……先の先が見えてくル……」
意味わかんねー!
会話は無理だ。完全に頭がおかしくなってやがる!
走りながらの打ち合いは続き、夜の闇とビルの光を落とし込んだ水面が見えてきた。
「スミダ川……!」
ハナビの時間が近いからか、土手や川沿いの歩道を埋め尽くす人だかりだ。賑やかだったろう。一人残らず気絶してなければ。彼らの体には未回収のスモックたちが蠢いている。
「このままじゃ巻き込んじまう……!」
「アァ……そりゃあダメだ……家畜は……だいジに……」
シイナがスモックを詰めた鞄に手を突っ込み、一握りのスモックを取り出して気絶した人の海に放り投げた。地に落ちた黒い靄はどくどくと脈動して球となる。それに野良スモックたちが群がり次々に吸収されていく。
次第に脈動は早くなり巨大化。怪しく光る瞳二つを忙しく動かし、六つ脚で立つ化け物となった。六つ脚スモックはその寸胴な体型からは想像できない速さで走り回り、気絶した人々をその靄の中に取り込んでいく。
「どうなってる!? 食われてんのか!?」
助けに行きたい。被害を抑えるため倒しに行きたい。しかし回り込み立ちふさがるシイナがそれを許さない。
乱雑で流動的な動きが攻撃の動線を読ませない。一時目を離した隙に、六つ脚スモックはそこら一帯の人々を取り込んでしまった。さらにジャンプして川を浮かぶ屋形船へ。そこでも人々を取り込み、次の屋形船へ。視界にある屋形船を食らい尽くすと対岸へジャンプ。その先でも人々を取り込み続けながらビル街へ消えていった。
「クソッ……!」
「イイなァ……次、オマエな……」
気を取られていた隙に、シイナが背を向けて走りだす。
すかさず追うが、シイナは手すりを踏み切って川の上空へ跳んだ。鞄から数匹のスモックを掴み握り潰す。靄からじゅるじゅるとした液体に変わったスモックを右手に宿している。
「……バカはシね」
そう一言放ち、シイナは川へ落ちていった。
オレは川沿いの手すりに手を着きストップ。シイナが落ちたところを覗き込む。
水面がボコボコと泡を吹いている。泡は次第に粘性を持ち数も増えていく。そして薄っすらと巨大な暗い影が現れ、泡と一緒に川を移動する様子が見て取れた。
「……いる……!」
呟いたと同時に川底にいたなにかが水面から大ジャンプして姿を現した。
真っ黒のでかい魚だ。いや、でかいなんてもんじゃない。街に並ぶビル並みに大きな体が見上げるほど高く飛び跳ねた。口、胸びれ、背びれ、尾びれから灰色の細かな毛が幾千本も伸び、絹帯のように揺らめいている。
シイナの姿は無い。これもデルクスの魔法か? 凶悪なスモックを新たに生み出したのか?
驚愕と奮い立つ闘志の中に、一つ不可思議な思いが浮かんだ。目の前の黒い巨体が月明りを照り返す中に、赤や青など鮮やかな光が混じっていたのだ。
川下の方へ目を向ける。
美しく咲いた火の花弁。一発、二発……次々と花開き、儚く散っていく。
「これが……ハナビ……」
キレイだ……こんな彩りある光の花……見たことがない。
全身が総毛立ち、不可思議な思いは感動に。その感動は落ちていく火花のように薄れ、そして煮え滾る怒りが打ち上がる。
隣に分かち合う人がいない。歯を食いしばり、怒りが脳天で開花した。
「オレは……さあやと一緒に見に来たんだぞ!」
怒りのまま跳び、巨体にピンを突き刺していた。泥水のような魔力が噴き出してくる。
さあやを連れてもう一度見る! 「綺麗だったね」「また一緒に見ようね」って言い合うんだ! そのために、こいつをソッコーでぶっ潰す!
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■■■お知らせ■■■
次回、明日9/2の7~9時頃に更新します。
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