3話 ゲテモノ系がパイオニア
なんてことは無い、いつもの工事現場。
重機を操る雇い主たちをちらりと伺い僕は交差点から猛スピードで迫り来る高級車へ必死に赤旗を振り停止を促すも、その要請も虚しく敷きたてほやほやのアスファルトは見事に凹み、僕は雇い主からお叱りを受けていた。
僕の上司のフォローのおかげで雇い主の怒りは鎮まり、定時を半時間過ぎた頃に僕はようやく家路に着く。
リュックに指した誘導灯と旗の柄がなんとも不恰好だが仕方ないと背負い直しスーパーで特売を漁る。
19時半のこのスーパーは案外穴場の様で僕でも半額シールの貼られた惣菜が安易に買えるのだ。
家へと帰り、服を脱ぎ散らかした服を尻目に雑にシャワーだけを浴び、テレビを点けて無名の安い発泡酒をカシュっと開けて今日の戦利品を広げて今夜も一人で楽しい晩酌だ。
良いほど飲めば毎晩の様に今晩も涙が溢れてくる。
あの時ああしていれば、あの時こうしていれば。
もっと他の人生があったのでは無いだろうか?もっと他にやりようはあったのでは無いだろうか?
『それでは次のニュースです。』
所詮、音がないから寂しい程度で点けていたテレビから僕の意識を引くニュースが飛び込んできた。
『本日も正体不明の怪生物を倒す謎の人物の映像が有志の視聴者様より寄せられています。』
画面に映るのは特撮やアメコミに出てくるような敵と戦う、露骨なくらい派手なモザイクの入った人物だ。
辛うじて全身スーツに見えるその人物は明らかに超常的な力を使い怪生物を倒していた。
『世間ではヒーローだ何だと言われて持て囃されていますが実の所どうなんでしょうね?』
そんな事を司会の何某が言う。
『これが万が一、本物だったとしてマッチポンプで無い証拠がどこにありますか?彼らはその特殊な能力を使った売名行為をしていない保証が何処にあるんですか?』
コメンテーターの一人がしたり顔で映像に映った彼らを否定する。
それはこの有志の撮影者も含まれているのかもしれない。組織立った似非超能力者の売名行為を疑わざるを得ない、それこそ世紀末に流行った超能力者等と同じように。
またそれを否定する要素は未だなく、神秘が廃れつつある現代ではトリックを疑うのは寧ろ健全だ。
それでも、と僕は思う。
「それでも、こんな力があれば人生をやり直せるかもしれないよなぁ・・・」
荒唐無稽な力があれば荒唐無稽な夢も叶えられるのではと、妄想してしまう。
都合のいい事はそう起きない。それは今まで生きてきた中で豆腐は歩かないのと同じくらい当然の事だ。
明日も現場だ。そろそろ寝ないとな。
僕はテレビの電源を消して食べた物をそのままに寝室へと行き、敷きっぱなしの布団へ潜り込んで沈む様に意識を手放した。
◆❖◇◇❖◆
まるで居眠りをしていた時の様にびくりと気が付くと僕は全くと言って良いほどに見覚えのない空間に立ち尽くしていた。
周囲のほぼ全てが果てしない黒、その中で異彩を放つ青く巨大な球体、よく見なくても黒い背景の中で点々と光る無数の光。そして足場の砂と来れば…
「…なんで月面なんだ?」
これが俗に言う明晰夢というやつなのだろうか?そもそも大して興味もない宇宙、それも月面なんて夢だとしても些か理解不能だ。
これ夢を操作する力があれば場面を切り替えられるって聞いた事があるけどどうするんだろう?
なんて考えていた時に、ふと視界の端に何かが映った。
「…は?」
それは、月面には余りにも不相応な二対のソファとガラスの乗ったローテーブルだった。
『やぁ、初めましてラビ。ラビはラビと言うラビ、まずはそこに座って欲しいラビ』
そう言って来ただろうソファの片方に座った身振り手振りでこちらにアピールをして来るファンシーな黒いうさぎのぬいぐるみ。それを見た僕は夢の余りにもな意味不明さに頭を抱えていた。
暫くの間、この夢を抜け出す方法を考えたりとしたが全く効果は無く結局、僕はうさぎのぬいぐるみに言われるがままソファに座り彼?の出したビスケットを摘みながら紅茶を呷っていた。
「君に聞いても意味は無いと思うけれど、それでも聞かない選択を僕は選べない。だから聞くよ、ここは何処?」
夢の登場人物に何を聞いているんだと我ながら思うがそれでも聞いてしまうのはどうしてなのだろうか。何故かこのラビと名乗るぬいぐるみがそれを知っている気がした理由なんてそんなモノだ。
『やれやれラビ。ようやく口を開いたかと思えばそんな事ラビ?でも答えてあげるラビ』
ラビはテーブルの上に置いているカップを掴むこと無く持ち上げて飲む動作をする。
…いや、これは夢だ。夢ならこんな事だってあるさ…
『ここは君の夢の中ラビ。今はラビが介入しているラビが大元を辿れば君の夢の中ラビ。』
よかった本当に夢だった。
これでもし貴方の現実は今日からここですなんて言われたらと思うとゾッとする。
「…ん?」
ラビが介入とか何とか言ってなかったか?
「君が僕の夢に介入ってどういう事?」
『それを話す為にラビは君の夢にお邪魔したんラビよ!』
つまり?どういう事だろう。
このラビと名乗るぬいぐるみは少なくとも僕が創り出した夢の産物では無く、外部の僕とは関係の無い存在が創り出した意志伝達手段という事だろうか。
寝る前にあんなニュースを見ていたからだろうか、僕の憶測もかなり妄想じみてるが一度そう考えると不思議なものでストンと腑に落ちてしまう。
「君はあれかな?日曜の朝よろしく突然現れて正義のヒロインにする妖精か何かだって主張したいのかな?」
妄想の内容をラビに伝える。例え夢であってもこの物語が始まりそうな感じは凄くワクワクする。しかし僕は努めて真顔を維持しながら答えを待った。
『凄いラビね!概ねその通りラビ!』
これは夢確定だ。そんな都合のいい話なんて無い、これが現実にも反映されるのなら僕は例え魔法少女にだって何だってなってやる。
「…だとしたら出てくる相手の年齢と性別を間違えていないかな?僕は男で年齢ももうすぐ三十に差し掛かろうとしている、君たちが選ぶような対象じゃないよ。」
そう、こういう見た目の存在が選ぶのは魔法少女と相場が決まっている、姪が見ていたんだ間違いない。
固定観念だろうと何だろうと夢でこういう存在が出てきたという事はそういう事だ。
この時、夢であるという事と非現実的な状況に脳と理性が否定をし、心と感情がもしかしたらという希望を持って肯定をして、否定しているのに肯定をしているという後から考えても支離滅裂な思考回路だったと思う。
だが、その支離滅裂な思考回路は後々まで続く大きな選択肢を無意識の内に選び切ってしまっていた。
『ラビたちからしたら年齢も性別も関係ないラビ、君たちが思い描く理想の能力者像を再現して付与するだけラビ。』
そう言ったラビは一拍置いてから僕に言った。
『さぁ、ラビの手を取って戦って欲しいラビ!君の敵を倒して欲しいラビ!』
僕はこうしてラビの手を取った。
ラビは一言も魔法少女とは言わなかった。
ラビは一言も男でも魔法少女に選ばれるとは言わなかった。
否定も肯定もしなかったラビと否定と肯定を矛盾を無視してし続けた僕。
ーーーこうして生まれたのが“最初の魔法少女”
と呼ばれ一線で活躍する『魔法少女アルジェントクロノス』と呼ばれる銀髪の美少女だった。