新しい生活
「美月、驚かすなよ……」
「ほんと、さっきは肝を冷やしたわぁ」
私も同意する。
「えへへ、ごめんなさい。」
美月ちゃんは、舌を出して素直に謝った。
私たちは今、荷車の上でヒソヒソ声で話している。
お世話になるおじさん、おばさんに、話を聞かれて警戒されたら困るからね。
今後の私たちの居場所になるのだ。
異世界人だと勘ぐられないようにしなくてはいけない。
荷車まで案内されたときは、驚いた。第一印象は、気持ち悪いと思ってしまった。
荷車は、まあ許せる。屋根がなくって、申し訳なさ程度に木枠に布を張っているだけ。
それだけなら、テレビや写真でよく似たものを見たことがある。
荷車って普通、馬がひく馬車って思うじゃない。
でも、私の想像のはるか斜め上をいく、不思議な動物が引いていたのだ。首は馬よりも短い、しっぽは丸くまるでウサギのよう。馬独特のたてがみもある。尻尾を除けば、ポニーと言っても過言ではない。
だが……あえてもう一度言わせてもらおう。
だが……皮膚というか、模様がおかしい。
黄色地に黒の斑点模様。
さながら、キリンの体表そっくりだ。
まるで、馬とキリンのキメラのようだ。
「うげっ」
つい、声に出してしまう。
どうやら、老夫婦には聞こえなかったようだ。
「キリン怖い……」
美月ちゃんが小さな声で呟いた。
キリンじゃないって……
心の中で突っ込んでしまう。
「あの、おじさん。触ってみてもいいですか?」
中出くんだけは興味津々なようで、嬉々として近づいていく。
女子である私たちには恐怖の動物であっても、男の子の中出くんには違うようだ。
やっぱり、男の子なんだなぁ、と改めて思った。
「せめて、先に設定を相談してくれよ。」
呆れた口調で中出くんがいう。
しかし、その声は怒っている訳ではなく、穏やかだ。
まるで、年の離れたおてんばな妹に接しているようだ。
愛情を感じられる。
いや、恋愛には疎いのだが、中出くんは、美月ちゃんのことが好きなんだと思う。
本人は気づいてないかもしれないが、美月ちゃんと接するときは、私の時より少し目を細める。
話し方も、温かみがある。
「よく咄嗟にあんな設定思い付いたね。」
感心しながら、美月ちゃんに話しかけた。
「嘘じゃないよ。」
美月ちゃんは、いたずらっ子のように、はにかんで笑った。
「だって、(クラスの)皆、(班毎に転送させられて)いなくなっちゃったでしょ?」
とおちゃめに笑った。
「なんだ。その理屈。」
中出くんが鼻でフッと笑った。
クスッ。
私もつい釣られて笑ってしまう。
そんなこと、考えもしなかった。
でも、言葉だけを捉えれば、嘘ではない。
嘘ではないが……勘違いされるされるのを分かってて、するのは確信犯ではなかろうか。
「悪知恵は任せなさい。」
「なにそれ~~。あはは……」
胸を張っていう美月ちゃんが可笑しくて、つい大きな声で笑ってしまう。
「仲が良いのね~」
御者台から、おばさんの陽気な声が聞こえた。
慌てて、口を押さえ、声のトーンを落とす。
やばい。やばい。声を小さくしなきゃ。
本来の話し合いは、別にあるのだから。
そう、タブレットに今朝から『質問箱』という新たなアイコンが出現していたのだ。
中出くんの説明によると、質問を好きなときに好きなだけできるようだ。
「ボックスと違って1日1回だけじゃないのね。」
ボックスのルールが印象強くて、つい確認してしまう。
「そうだな。試しに質問してみるか。」
「いっくん、皆はどの町にいるか聞いてみてよ」
私たちは早速、質問メールを送る。どういう風なシステムかは、分からないが、転送されたようだ。
なぜそう思うかというと……
『その質問にはお答えできません。』
「なっ……」
「ケチ」
「チッ」
誰がどの言葉を言ったかはともかく、私たちは頭垂れた。
「じゃあ、次の質問いくぞ。」
「お金の相場はどう?1エールが円でどの程度の価値があるかとか?」
『町や、国によって価値は変動しています。その質問にはお答えできません。』
「……」
「……」
「……」
「じゃあさ、皆元気かどうか聞いてみてよっっ」
明るく美月ちゃんが言う。
『その質問にはお答えできません。』
「この世界の情勢を聞いてみていいか。」
中出くんが同意を求める。
やはり、目をつける箇所が違う。
盲点だった。
『さまざまな国が存在します。情勢は、実際に現地でお確かめください。』
なんじゃそりゃ~
その後もいくつか質問はしたが、答えは何れも似たり寄ったりで、私と美月ちゃんはタブレットの質問箱に興味を失ってしまった。
中出くんだけは、一人でずっとタブレットをいじって質問し続けていた。
「二人は幼馴染みなんだよね。」
「そうだよ。家も近所で、同じ病院で産まれたの。お母さん同士も、仲がいいんだよ。」
「そうなんだぁ、いいなぁ、幼馴染み~」
「でしょ?それにねぇ~、誕生日も3日違いなんだぁ。」
「うそっ、すごい偶然!!正真正銘の幼馴染みじゃん?」
「小さい時は兄弟みたいに過ごしたんだよ。」
「へぇ~~。もしかして、幼稚園も一緒だったり?」
「うん、そうだよ。」
私たちは、絶賛女子トーク真っ只中だ。
中出くんは、今だタブレットを玩んでる。
「二人の小さい頃、可愛かっただろうな。美少女、美少年って感じで。」
「そんなことないよ。美月は美人って言われたことないもん。いっくんだって、昔から夢中になったら、他のものは全く興味ないの。」
「おい、こら、美月。余計なこと、ゆうなよ。」
タブレットを見ながら、注意を受けた美月ちゃんは、「えーー」と頬を膨らませた。
それでも、目は離さない。
美月ちゃんの言うことは当たっている。
その後も、私たち二人はたわいもない話をしながら、道中を過ごしたのであった。