町へ行こう2
「お前、きもいんだから、学校になんか来るなよ。」
眼鏡をかけた男子生徒が蔑んだ目を向けながら怒鳴り付ける。
彼の回りには、仲間である友達が4人いる。
「汚い面、見せんな。こっちの気分が悪くなる。」
「おい、皆近寄るなよ。望月菌がうつるぞ。菌の繁殖だ。感染したくなければ、離れろ。」
「こいつに触れたら、きもくなるぞ。離れろ。」
ケラケラ笑いながら、大声でクラス中に伝える。
私は極度の人見知りなだけで、きもくなんてない。
ちゃんと、毎日、お風呂だって入ってるし、体も洗ってる。バイ菌なんているわけない。
彼らにとって、私の存在こそが菌なのだ。
場面は変わる。
宿題のノートが返却された。
しかし、私のノートだけはどこにもない。
嫌な予感がして、ゴミ箱の中をみてみる。
案の定、棄てられていた。
声が聞こえた。
「あー、汚かった。菌がうつらないようにするには、手袋しかないからな。」
と給食用のポリ手袋を外しながら、山根がつぶやいた。
「ほらよっ」
蒲池が汚ならしそうに、ポリ手袋の端をつまんで、友達である澤田に投げる。
澤田は大袈裟に跳びどきながら、「ひぇ~~。お助けぇぇ~~」を声を上げた。
また、場面は変わる。
「1組や2組はいいよな。きもいやつが、いなくて。3組はハズレだったな。」
大村の取り巻きの南野がつぶやく。
大村はそれを聞いて私に振り返り、
「階段から、落ちてさっさと死ねよ。」
と暴言をはいた。
周りのクラスメイトは、我関せずと、一切こちらを見ずに、好きなタレントなどの話で盛り上がっている。
私の世界は、真っ暗だった。
学校なんてなんであるのだろう。
どうして、義務教育があるのだろう。
学校なんて行きたくない。
夢をみた。
しばらく見ていなかったのに……
私は、寝ぼけ眼で、辺りを見渡す。
そうだ、私は今、異世界にいる。
ようやく、意識がはっきりとしてきた。
空は白み始めていた。
私は伸びをして、起き上がり、二人を起こさないようにしてテントから出た。
肌寒い風がびゅーと吹いた。気候としては、3月上旬くらいだろう。
凍えるほど寒くはないが、朝方はやはり寒かった。
毛布つきでテントを借りれて良かった。
毛布も知らないうちに、美月ちゃんが交渉してくれていたのだ。200エールの出費はかさんだが、風邪をひいたり、凍死するよりかは断然マシだ。
朝食を食べてから暫くしてのこと。
朝食は昨晩の残りのパンだ。
私と中出くんは、テントを貸してくれた商人風の男性に返却に行っていた。
美月ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
「いっくーん、美桜ちゃん、ちょっと来てー。」
少し離れたところで、私たちを手招きしている。
なんだろうと、二人で顔を見合わせる。
彼女の後ろには、60歳前後の老夫婦がいた。
「ねぇ、さっきの村の話、二人にも聞かせてあげて。」
老夫婦を見上げて、美月ちゃんが言う。
「ヤカワのことかい?」と女性が尋ねてくる。
「うん。」
「ヤカワは、ワシらの住んでる村でなぁ。村とも言えるレベルじゃないかもしれんが…。ここ最近できた集落だな。こっから、荷車で2時間弱のところにあるんだが?興味あるかい?」と男性。
逆に尋ねられた。
「はい。お手数でなければ、聞かせていただきたいです。」
中出くんは、丁寧に頭を下げた。
「ふむ。そうだなぁ、村はまだ若い。集まっとるもんは、戦争で家を無くした移民たちが多いな。そんな者たちが集まってできた寄せ集めの村だ。」とおじさん。
「でも活気はあるのよ~。ちょうど、近くに海があって、交易品が届く港に向かう商人の方々の通り道になっててねぇ。」
とおばさん。
おばさんは、陽気ですごく優しそうな笑顔をみせている。
「そうだな。港への通り道にもなってるし、リガロへの通り道にもなっている。商人にとっては、ちょうどいい立地になるな。」
とおじさん。
「ええ、定住してる人口は少ないけれど、人通りは多いわよ。ほとんどの住民が、宿や飲食店、ショップで生計を立てているわ。」とおばさん。
「ワシたちも宿屋兼食堂を経営しとる。今日は買い出しでリガロにきたんだが、嬢ちゃんたちはリガロの者か?」とおじさん。
「ううん、違うよ。私たちは住む所を探してるの。」
美月ちゃんの社交力、恐るべし。
私には、初対面の人たちと自然に話せるようなスキルはない。
それは中出くんもそうだったみたいで……。
私と中出くんは、そのやり取りを黙って聞いていた。
「えっ?住むところがないのかい。もしかして、あなたたちも戦争で家をなくしたの?……もしかして、ご両親は……!!」
おばさんは、はっと我に返ったように目を見開き、口に手を当てて、会話を止めた。
そして、慈愛の表情で私たちを見つめ、美月ちゃんを抱き締めた。
えっ、何か大きな誤解をされてない?
私のこういう直感は当たる。
慌てて、訂正しようとした矢先ーーー
「うん……そうなの……。皆……いなくなっちゃった……」
美月ちゃんは、目に涙を溜めて、大嘘をついた。
大きな二重の瞳から、一粒の涙が溢れ落ちる。
その涙は、どんどん溢れ、やがて、本当の涙になる。
「うぅ……ひっく……ひっく」
うそーーー!!!
美月ちゃんの演技は、迫真の演技だった。
女優か役者にでもなれるんじゃないだろうか。
横を見て、私はさらに驚嘆する。
ちょっと、中出くん、顔!!顔!!
中出くんは、言葉では言い表せないような、すごく間抜けな顔をしている。
あぁ、彼は驚いたときって、こんな反応なんだな。
同じクラスになったのは、5年~6年の2年間だけだったけど、一度もこんな呆けた顔は見たことがない。
彼の周りに集まっていた、同級生の女の子たちも、見たことがないだろう。
私は急いで、中出くんの服の裾を引っ張った。
中出くんは、びくっとして、私の方をみた。
よかった。
中出くんの顔で、演技だとバレてしまえば、私たちは『羊飼いの少年』になってしまうところだった。
よくは覚えてないが、そういう童話があったはずだ。狼が来ると嘘ばかりついて、村人を翻弄させていた少年が、最後に言った狼が来るという真実は聞いて貰えなかったとかいう、話だ。
この時の私は、望月菌のことは、すっかり忘れていた。
もし覚えていたら、彼の服の裾を引っ張らなかっただろう。
彼も、菌はないとしても、触れられたくなかっただろう。
「まっ……まあ。」
おばさんが更に強く美月ちゃんを抱き締める。
あれ、おばさんの目に何か光るものが……
まさか泣いてる!?
「よくここまでたどり着いたわね……。ここは国境を越えて直ぐの土地だけど、この国はとても平和なの。ここまで来たからにはもう大丈夫よ。そうだ、貴方たち、私たちの家へいらっしゃいな。……ぐす。」
とおばさんは、いいアイデアが浮かんだとばかり、手を叩いた。
すすり泣きしてるよ……
中出くんだけじゃない。
私の顔も呆けた顔をしていたことだろう。
「えっ……いいの。美月、まだ子供だし迷惑なんじゃあ……」
茶番はまだまだ続く。
ええい、もう、どうにでもなれ。
なるようにしか、ならないだろう。
私は覚悟を決めて、この茶番に付き合うことにした。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんが働いてくれるわ。ちょうど、人手が足りなくて困っていたの。ねぇ、あなた。」
おばさんは、おじさんを見上げ声をかけた。
「そうだな。食堂は忙しくなってきたからな。嬢ちゃんが働いてくれるなら、宿の一部屋でよければ、使ってくれていいぞ。弟も商人の荷運びを手伝ったら、生活の駄賃にはなるだろう。そこでノウハウを学び、商人になるのもええな。」
なんとも、有り難い申し出だ。
私たちのことは、兄弟だと思われているらしい。
いや、親子と思われても困る。
まだ、私と美月ちゃんなら、年齢からいって親子とは、思われなくもないが、中出くんは無理がある。
16歳の息子を持つ、25歳なんて有り得ない。
彼氏もいたことがないのに、いきなり子持ちは勘弁である。
「ありがとうございます。俺たち本当に困ってたんです。よければお世話になってもいいですか。」
おっ?中出くんもこの話に、乗り気なようだ。
私たちは、衣食住の『住』のために、藁にもすがる思いで、ご厚意に甘えることにする。
ここは長女と思われている私がビシッと決めなければっっ。
実際は精神年齢は、皆25歳なんだけどね。
今回のような茶番を見越して、若い姿を選択したのだろうか?
だとしたら、なんとも二人は、策士である。
「姉の私からもお願いします。至らない点があるかもしれませんが、弟妹ともども宜しくお願いします。」
私は姿勢をただして、90°のお辞儀をした。
同時に中出くんも頭を下げた。
美月ちゃんは、少し遅れて、慌てて同じように頭を下げる。
こうして私たちの進路は決まった。
私たちはこれから、リガロではなく、ヤカワに向かう。
ヤカワは小さな集落なので、町の門番などいないらしい。
身分証のない私たちには、うってつけの場所だ。
これほど、いい条件はない。
幸先は不安だったが、なんとか住む場所と、職は得られた。
あとは、集落に馴染み、生活していくのみだ。
クラスメイトなど必要ないと思っていた。
私にとってのクラスメイトとは、偶然、同じ年に産まれただけの『同級生』でしかない。
その時の私はまだ、自分の心の壁にに小さな風穴が開いたことを知るよしもなかった。