訪問!白薔薇学園生徒会
翌日。
「椿様っ!!護衛はこの百合絵にお任せくださいまし!!白薔薇のどんなやつらからも傷ひとつ負わせませんわ!!」
椿は今、百合絵とともに白薔薇学園のレッドカーペットの上を歩いている。
床にレッドカーペットが敷かれている、との噂は本当だった。ホテルの入り口のような昇降口を抜けると、その内装は学園というより城である。大理石の机、ソファのような椅子。埃ひとつ見つからず、すべての配置が整っていて無駄がない。荒れた向日葵の雰囲気とは違い、上品な生徒のおかげで、おだやかな空気が漂っている。
椿たちは白薔薇の生徒の注目の的だった。彼らはこちらを見ながら、ヒソヒソと話している。椿はこういうヒソヒソ話が大嫌いだ。なにかあるなら直接面見て言えよと思う。
もちろんその話も椿たちにとっていいものであるわけがなかった。聞いてみればあれが向日葵だ、下品なメスザルめ、馬鹿がうつる、見るだけで虫唾が走る、など、悪口しか入ってこない。
「く、くうっ……!!」
「百合絵、ごめんな。もしあれだったら帰ってもいいぞ」
「いえ!!そんな!!百合絵はいつも椿様とともにおります!!」
今日の朝、椿は翠と百合絵にだけ合同企画のことを話した。百合絵はおもむろに嫌な顔をしたが、助けてもらった件があるからか、反論はしなかった。
放課後の白薔薇訪問には百合絵と椿が行くことになった。翠はなにか用事があるらしい。白薔薇への嫌悪が人一倍強い百合絵を連れていくのは申し訳ないと思ったが、「百合絵は大丈夫です!!」という言葉に笑顔に頷くことにした。
レットカーペットの敷かれたロビーを抜けて、フローリングの廊下を歩く。木製の豪華な扉に手を掛け、それを一気に押した。
「ぐあッ!!」
なにか野太い声がした気がしたが、気のせいだろう。
扉の先にはゴージャスな生徒会室と、いかにも高級な椅子に座る静流がいた。
「いらっしゃい、椿。と、君は……」
「烈火の薔薇2年リーダー、桃井百合絵ですわ」
そのとたん、静流の向こうからあっはっはという笑い声が聞こえてきた。
「れ、烈火の薔薇……!!ほんとうだったんだ、ははっ!!そんな真剣な目つきで言われると、ほんとシュールっていうか……!!ははははっ、ださ……!!」
腹を抱えているのは、ニット帽から艶やかな黒髪を覗かせている背の小さい生徒だった。
「烈火の薔薇を馬鹿にしないでください!!これは向日葵に代々伝わるいにしえの歴史なんですわよ!!」
「それじゃ古いってことしか説明できてないよ?あっははは、ほんとにバカなんだね向日葵って!!」
「入ってそうそう声を荒げるとは……!!しかもノックもなし!!開け方も斬新!!やっぱりこいつら追い払いましょう!!」
そういって扉の向こうから出てきたのは雪村だった。なにかにぶつけたのか、鼻を赤くしている。
「メスザルどもッ!!この扉は引き戸なんだよ!!取っ手が目に入らんのか!!」
「幸太郎、口が悪いよ。それに呼んだのは俺たちだ、追っ払うも何もないだろ。流星も笑わない」
「んなこといったって!前からあるって?もっとやばいじゃん!!ぶはは、んでもって雪ちゃんマヌケすぎでしょ……!!」
「流星!!」
雪村が机を叩く。賑やかな光景だった。
暫くして静流が口を開く。
「紹介する。改めて会長の白樺静流だ。こっちは副会長の雪村幸太郎。そして書記の尾形流星」
「君が鬼の椿かあ~。確かに野蛮そう!!」
尾形はけらけらと笑う。
「まあ、座ってくれ、二人とも」
「まて、その前に、だな」
椿は静流の前に膝をついた。
「白薔薇学園生徒会……、その……、先日は、……助かった。迷惑をかけて、すまなかった。礼を言う」
百合絵の「椿様……」というか細い声が聞こえる。すまない、百合絵。トップでありながら自分は敵国に頭を下げている。まったくもって情けない。
「ふん。サルとはいえ身の程はわかっているようだな。お前はオラウータンに昇格だ」
「雪ちゃん何言ってんの」
「顔上げて、椿。とりあえず俺からはどういたしまして、といっておくよ。本題に入ろう。合同文化祭についてだ」
椿は「ああ」と、顔を上げて立ち上がる。
「白薔薇の方はやるってことで決定したのか?」
「いいや、まだだよ。まあ俺が椿を呼んでいるのはみんな知っているから、薄々気づいてるとは思うけど。この会議が終わり次第、生徒たちには話そうと思う」
それで通るようなものなのだろうか。実際に、雪村はどう見ても不満そうな顔をしている。
「それで、だ。まずこの企画に協力してくれる者を集めたいんだ。合同文化祭実行委員を設けたい。勿論白薔薇生徒会も加入する」
「実行委員か……」
ますます学園祭らしい。
「活動は放課後かな。週に3回程度。生徒に全面協力を頼むのはそのあとだと思ってる。つまり味方を増やしてからってことだね。俺はクラス一つ分くらいに生徒たちを分けて、それぞれに出し物をさせようと思っているんだ」
「ザ・高校文化祭って感じだよね~。せいしゅーん」
不満げな雪村と違い、尾形は楽観的だった。
「どうだい、協力してくれるかい、椿。向日葵の生徒たちにすぐ話すことになってしまうけど」
「さしずめ、メスザルどもは助けてもらったことで白薔薇を受け入れやすくなっているだろう。悪い話ではないと思うが?」
雪村が顔を引きつらせながら言った。
「……。そう、だな……」
「椿様」
口を開いたのは百合絵だった。
「百合絵は、大丈夫だと思いますわ。乙女の心は掴まれたが最後、一直進なのですわよ。今の向日葵なら白薔薇を受け入れますわ」
らしくない答えに、椿は目を丸くした。詳しいことは椿の知能では理解できなかったが、彼女が静流の提案を汲もうとしていることはわかった。
「なるほど、白薔薇はメスザルの心を掴んだ、と」
「ええ、悔しいけれど」
「……わかった。話してみよう」
「ありがとう、椿。頼んだよ。募集期間は一週間。次の金曜の昼、状況を教えてくれ。上手くいけば放課後、実行委員の顔合わせだ」
その時突然百合絵が時計を見て「あっ」と声を漏らした。時計と静流の顔を交互に見ながら、なにやらそわそわとしている。
「どうした百合絵。トイレか?」
「椿様、すみません、この後すぐ病院があるんですの」
病院。そういえば百合絵や翠は学校を休むほど重傷を負っていた。
「そうなのか。ギリギリに誘って悪かった」
「いいえ、百合絵が忘れていたのが悪いんですわ」
「その怪我で忘れるってどんだけ馬鹿なの」
そう言って尾形がまた笑う。
「そういえば椿はもう大丈夫なの?」
「ん?ああ、あたしは二日も経てばだいぶ回復するんだよ」
椿は腕をぶんぶんと振り回して見せる。体力もそうだが、回復力にもそれなりに自信がある。静流は冷や汗を流しながら椿を見ていた。
「あたしだけ残った方がいいか?」
「いや、要件は全て話したよ。帰るなら送ってく」
「静流様、この後部活動会議がありますので」
「……ごめんね椿、迷わず戻れる?」
「馬鹿にすんな。あたしは方向ウンチじゃない」
「きったないなー。女の子なんだから」
尾形の言葉の意味はわからなかったが、百合絵が急いでいるので素早く生徒会室を出ることにする。
「じゃ、失礼するぜ」
「よろしくね、椿」
扉の隙間から静流が微笑んでいた。
しかしそれからも百合絵の顔は青ざめていた。
「す、すみません椿様……。百合絵ほんとに時間が……!」
「何時からなんだ?」
「あと3分です!!すいませんお先にっ!!」
その言葉とともに百合絵は全速力で走って行ってしまった。