雄猿高校のトモダチ
椿は手で顔を覆いながら廊下を歩いていた。
白薔薇と合同文化祭。そんなものが本当に実現するのだろうか?それ以前に明日白薔薇学園に行って男たちから嘲笑を浴び、侮蔑されるのは想像しただけで気分が悪い。しかも向日葵は昨日白薔薇に絶大な迷惑を掛けた。悪口を言われるのは想像するまでもない。
「最悪だ……いきたくねえ……」
「なかなか大変そうだね」
ビクッ!!椿は飛び跳ねた。辺りに人のいる気配はない。今が授業中だからだ。しかし今、確かに椿の近くで声が聞こえたのだ。
しかもそれは女子のものではなかった。
「誰だっ、どこにいる!!」
「ここだよ、ここ」
椿ははっとして窓に視線を移した。そこには木の枝にぶら下がって、逆さまになっている猿のような男の姿があった。
「……誰だお前は!!」
「ええ、見て分からない?これ」
男が自分の服を指さす。椿はそれをまじまじと見た。しばらくしてあっと声を漏らす。
「雄猿……!!」
雄猿にしてはあまりにも傷も汚れもなく、きちんと着こなされている制服なので気付かなかったが、真っ青なブレザー、猿のマークが入った校章は紛れもなく雄猿のものだった。
「昨日ぶり?まあでも僕らは対面してないもんね」
「おっまえ……不法侵入!!だぞ!!」
「あはは、大丈夫。今授業中でしょ?誰も見ないって。それに僕逃げ足早いし」
「非常識だ!」
「君が言う?」
「……まあいい。なんのつもりだ。宣戦布告か?それともスパイか」
「スパイだったら自分の正体教えてちゃ意味ないでしょ。ま、どっちも違う」
男子は一本下の枝へ飛び移り、体勢を正常に戻した。背丈は椿より少し高いくらいか。すこしぼさっとしたの髪の毛に、少年のような顔立ちをしていた。
「雄猿としてじゃなく、僕個人として、君と話したくて来たの」
椿は頭の上にはてなを浮かべる。
「一応僕も疾風の鳶の一員ではあるけど、あんまり干渉してないっていうか。僕強いから、餅男に従わなくても大丈夫なんだよねえ」
餅男とは、餅助のことだろうか。とにかくすごい自信だ。椿には弱者の戦わない口実にしか思えなかった。
「喧嘩で制服ボロボロにしちゃうとか、ほんと滅茶苦茶。あいつらは効率の悪い殴り方しかできないんだよね。でも女の子相手にメリケンサックは流石に引いたなあ。あれは男として終わってる」
メリケンサックとは、メレンゲサックのことだろう。こいつも所詮は馬鹿。自分より知能の低い男に対し、椿は余裕の笑みを浮かべた。
「で、本題ね。椿ちゃんは白薔薇の生徒会長と仲良いの?」
椿ちゃん。慣れない呼び名に驚いたが聞かなかったことにして返答した。
「仲良くねーよ。あたしも白樺の考えることはよくわからん」
ふうん?と男が首を傾げる。
「君との会話、どうしても単なる知り合いには見えなかったんだけど。なんか、幼馴染、みたいな」
椿はぎくっとする。
「んんんんなわけないだろ!!向かいの学校の会長と番長ってだけだよ!」
「ムキになってるー。めっちゃあやしいけどまあいいや。まさか白薔薇が向日葵を助けるなんて、大層なもんだと思ってね」
「何が言いたい」
男はふふんと笑みを浮かべた。
「その理由、僕は白薔薇の生徒会長と君にあるとおもってる。まさか真逆の君たちが仲良しだなんてね。面白い!ってことで、君に興味があるんだ」
「ハア?」
椿は意味がわからないという表情で男を見た。
「てなわけで、椿ちゃん、僕と友達にならない?」
「ハアア!?」
さっきよりも大きい声が出た。
「お前、アタマ狂ってんのか!」
昨日あんなことをしてきた雄猿と手を組めと?どうかしている。
「やだなあ、仲良くしようっていってるだけじゃない」
「雄猿の思惑どおりにはさせんぞ」
「だあから雄猿は関係ないって。僕個人の提案」
「なにが目的だ雄猿の犬め」
「もうほんと、考え一方通行なんだから。僕は椿ちゃんに興味があるから、椿ちゃんと友達になりたいの」
「そうして向日葵の情報をかき集める気だろ……!!思惑がスケスケだぞ」
「それ言うなら透けて見える、でしょ。別にそんなつもりないし、第一向日葵がそんなに価値のある話してると思えない」
「なっ……!さりげなく馬鹿にしたろ!雄猿の分際で!」
「それに向日葵のこと話さなければいいじゃん。椿ちゃんのマイブームとか、特技とか、朝ご飯の話をすればいいでしょ。ただのお喋りでいいんだって。ね?僕を話相手の妖精とでも思って」
「そんなものはいらん。あたしはそんな淋しい人間じゃない!」
男ははあ、とため息をついた。
「ほんと、気軽な付き合いでいいんだけどなー。ま、そういうことだから。仲良くしてね!」
男はひょいと体制を変え、椿に背を向けた。
「どうしてそうなる!!あたしはなんも言ってねーぞ!!」
「もうめんどくさくなってきたから僕行くね。そういや友達って気づいたらなってるもんだもんね」
「おい話聞け!!」
「というわけで、これからよろしくー。じゃね、椿ちゃん」
「ちょ、待て!名前くらい名乗れよ!」
男が振り返る。
「あ、まだだったっけ。ごめん、僕のことは、そうだね……」
男は悪戯っぽく笑った。
「スルメ、とでも呼んでもらおうかな。じゃ!!」
そういってスルメは木から姿を消した。椿は窓から身を乗り出したが、スルメの姿はもう見えない。たしかに身体能力はかなり良いようだ。
「く、くればやしさん、ちち、ちょっとしずか、に……!」
教室から震えた教師が顔を出す。
椿の頭の中ではイカの干物が泳いでした。