来襲!雄猿学園 その1
翌日。昼休みのチャイムがなり、椿たちはグラウンドに集まった。
「百合絵、頼んだメモは飛ばしてきてくれたか」
「ばっちりですわ。途中で落下することなく、まっすぐ白薔薇の敷地内に入っていきました」
その会話を聞き翠は眉を寄せる。
「……椿、百合絵になにをお願いしたの」
「今日の昼、話を聞かせてくれというメモを紙飛行機にして飛ばしたんだよ」
「それ生徒会に届いてる確率はすごく低いと思うわ」
翠はため息をついたが、門の向こうに何やら人が集まってきた。あの洒落た制服は蝶ノ丘の生徒たちだ。ということは。
「本当に来た……」
女子たちがモーセのように道を開ける。そこを通ってこちらへ向かってくるのは、白薔薇学園生徒会長白樺静流と副会長雪村幸太郎であった。
「来たか、白薔薇」
椿は門の前に立ち、鉄格子を挟んで白樺と向かい合った。
「あれ、今日は待っててくれたの?」
「何を言っている。あたしが送ったメモを見てここにいるんだろ」
静流が首を傾げる。翠はため息をついた。
「単刀直入に聞く。なぜ向日葵が廃校せにゃならん」
「やっぱりそのことか。うん、俺もそれを話しにきた」
張り詰めた空気が二人の間に流れる。
「そうなった経緯から伝えるね。きっかけは君たちの予想通り。おそらく白薔薇のだれかが、大きな権力を持って向日葵の排除を訴えた。かなりの家柄だろうね、それが通ってしまったんだよ」
さすが白薔薇、やることが汚い。
「まあ正直向日葵の評判は悪いし、そいつの金の力もあってね。はやくて今年の秋にはつぶれる」
「あ、秋?!」
早すぎだ、と椿は思った。年度替わりの春ならわかる。しかし秋だなんて、今は4月だからあと半年もない。
「訴えた生徒が3年生らしくて。受験を控えているだろう?邪魔されたくないらしい」
なんと自己中心的な。椿は怒りにわなわなと震える。
「そんなの受け入れない……。廃校なんてさせてたまるか」
「そう言うと思ってね」
静流は鉄格子の隙間から片手を椿の前に出す。
「椿、手を組まないか。君たち烈火の薔薇団と、白樺学園生徒会」
椿は意味がわからないという顔で静流を見た。
「なにを言ってる。夢でも見ないぞそんな話」
「まあ聞いてくれ。俺は向日葵が邪魔だという白薔薇の偏見をどうにかしなきゃいけないと思うんだ」
「高みの見物かしら?同情は怒りを買うわよ、白樺」
翠の意味不明な言葉に雪村ははぁ?と顔をしかめる。
「……俺は白薔薇と向日葵が仲良くなるべきだと考えている」
仲良く?さんざん向日葵をあざ笑ってきた白薔薇が?
「そりゃ無理だ。ぜったいに無理だ」
「無理じゃないさ。俺も椿も、それぞれの生徒たちからの信頼は熱い。なんだって聞いてくれると思うんだ」
「つまり椿様に、白薔薇と仲良くするよう向日葵に言えってことですの……?」
百合絵があり得ないという顔で静流を見る。
「白薔薇と向日葵の仲が悪いのも、何かあったからってわけじゃないだろ。僕らがきっかけを作れば、きっと雰囲気は変わると思うんだ」
頭を抱える井椿に、雪村が呆れた顔で前に出る。
「メスザルども、協力したくないのはお前らだけでなく、俺たちも同じだ。正直向日葵が潰れるのはどうでもいいどころか万々歳だ。だがお優しい静流様はな、そんなお前らにまで手を差し伸べてくれているんだぞ。素直に受けるべきじゃないのか」
だが椿は首を振った。
「駄目だ」
「そこまでして白薔薇が憎い?」
「……それもある。でもなにより、白薔薇の男たちのせいで向日葵の生徒が傷ついてきたのをあたしは知ってる。そんな子たちの気持ちを知っていて、白薔薇と仲良くしろなんて言えない」
白薔薇は数々のエリートイケメンが集う名門高校。普通なら、どんな女子でも沸かない筈はないのだ。しかしながら向日葵の女子は誰一人として白薔薇に歓声を挙げない。それどころか侵入したら即追い払うほど敵意むきだしなのだ。そこに理由がないわけがなかった。
「あたしは向日葵を傷つけず廃校も避ける道を探す。悪いな、提案は呑めない」
そうか、と言って静流は差し出した手を下ろした。
「わかった。椿は頑固だからなあ。そううまい拍子に行く気もしなかったし」
静流は門に背を向ける。少ししてこちらを振り返った。
「でも椿、覚えておいて。俺はいつだって椿の味方だ。君が助けを求めれば、すぐ手を伸ばすよ」
敵国の王子は自分の城へと帰っていった。
「なんなんですのあの態度ッ!!めちゃめちゃ上からで腹が立ちっぱなしでしたわ!」
百合絵はグラウンドの土を踏み荒らす。
「でもまあ、考えてみてもいいんじゃない?教師にさえ怯えられてる椿が廃校を止めようったって難しいものだと思うし。候補として、ね」
「ええ、それ本気ですの!?百合絵は死んでもお断りですわよ!!あと白樺静流は早めに始末しておくべきですわ!!」
百合絵はなんでも、白薔薇の生徒に下校中罵倒されたことがあるらしい。その後白薔薇の破壊目的で烈火の薔薇団に入団、今では2年のリーダーを務めている。
「まあそうだよな……あたしはさ、何事も向日葵の生徒のためになったらいいと思うんだ。お前たちが嫌だというなら、手を組むつもりはないぜ」
「椿様っ……!!」
百合絵が椿に抱き着く。百合絵もまた、別称椿の犬である。
昼休みが終わる。椿はパックジュースを片手にひとり廊下を歩いていた。
階段の隅で、カツアゲしてる女子生徒にさりげなく蹴りを入れる。椿のそれは手加減していても喋れなくなるほど痛い。手から財布を落として脇を抱えながらうずまるのが見える。
椿は強い。ゴリゴリマッチョでなければ大抵の男は倒せると思う。女で彼女に勝てるものなどいなかった。一度、いじめっ子が腹いせに暴走族の彼氏に椿を襲わせたことがあるが、まんまと椿は勝利し、泣かせたほどだ。その後いじめっ子は振られたらしい。
どれもこれも、すべてはあの方のおかげである。
椿は胸に付けたブローチを握った。椿はほとんどの生徒から信頼を寄せられているが、中にはよく思わないものもいるらしい。反椿組織があるともうわさで聞いた。でも、大丈夫。きっとあの方が、見ていてくださる。
「椿ィーー!!」
廊下の向こうから明るい声が聞こえてきた。椿のクラスメイト、三好心愛である。
「なにそれ、いちごオレ?ひとくちちょーだいっ!!」
心愛は椿の許可を得ずストローを口にする。すごい勢いで液体を吸い上げ、ぷはあッと顔をあげた。
「お、おい全部……」
「今日も商店街行ってたの?」
心愛はけろりとしてポニーテールを揺らす。
「いや、今日は、会議だな」
「そうなんだあーー!心愛も烈火の薔薇入りたいけどなあ、ちから弱いからなあーー」
心愛は活発な見た目からして運動が出来ず、力も弱い。天真爛漫すぎる面を抜けば女の子らしい少女なのだ。
「いいよ心愛はそのままで。なんか元気貰うぜ」
「そー??やったー!!ここあは元気の源ーー!!」
人生楽しそうである。
「次なんだっけ」
「椿の嫌いな国語ーー。出るの?」
「えー、あー、うーん、国語か……」
爆睡できる自信はある。
「だったら心愛教科書みせるよー。どーせもってきてないでしょ?」
「まあ、心愛となら受けるかな……」
この学園は大体のクラスが自由席だ。もちろん、座席という制度も、席替えという制度もあったと思う。しかしいつからか制度を当然のように無視する生徒のせいで、自由席状態になっていた。
「じゃあ一緒に教室いっ」
心愛は言おうとして、突然吹いた風に邪魔された。
「なんだろ、なんか感じたね」
「ああ、感じるな……よくわからんが巨大な圧力を」
椿と心愛は窓をのぞいた。向日葵学園の狭い校庭。それがむさくるしい男たちの集団で埋まろうとしている……!!
「なっ、不法侵入じゃねえか!」
「その言葉が不良の辞書にあることにはびっくりだけど……。でもあの制服、どこだろ。白薔薇じゃないよね」
ボロボロで泥まみれのシャツ。あの制服は。
「雄猿のやつらだ……!!」
「紅林椿はいるかア~~~~~~!!!」
突然列の一番前にいる大男がメガフォンで声をあげた。校内中にその声が響き渡る。
「椿だって!!って、椿!!まさかいくの?!」
「当たり前だ!!このままにしちゃいられねえからな!!」
椿は手に持っていたパックジュースを心愛に押し付け、窓から身を乗り出した。
「ちょ、椿!!」
窓から飛び降りて、木の枝に飛び乗る。あらかじめかけてあったロープで二階のベランダへ渡り、軽々と昇降口前まで飛び降りて見せた。