始まりの昼休み その2
静流くん登場です。
「……白樺……!!」
「遅かったね椿。昼休みの外出は許可されてるみたいだけど、あんまり授業間近に戻ってくるのはよくないよ」
整った顔立ちにすらっとした背丈、透き通るような声。彼こそ私立白薔薇学園生徒会長、白樺静流である。
「王子~~!!」
「きょうも麗しいわあ!!これで最高のランチが食べられる……!!」
蝶ノ丘の生徒が叫んでいる。意味が分からない。椿が彼を見ても、明るい髪色に反射した陽の光がまぶしくて迷惑なだけだ。
「椿、何度も言ってるよね。あまり暴れるなって」
「暴れる?あたしは暴れたつもりなんてないぞ」
静流は椿の赤く汚れた右腕に視線を移し、眉根を寄せた。
「手に血がついてる。まただれか殴ったでしょ」
「ここまでしないとわからないみたいだからな」
「……たのむ、危険なことはしないでほしい」
十分に心配したつもりだったが、そんな静流の思いは椿にとって偽善的なものとしか伝わらなかった。
椿は不機嫌そうな顔をして右手を隠す。
「あたしたちが消えたら雄猿のやつらがもっと悪化するだけだぜ」
「殴ったって喧嘩になるだけだよ」
「大丈夫、あいつら弱いから喧嘩にまでは発展しない!!」
一方的に殴っているならそれは喧嘩よりまずいんじゃ、と思う翠だったが、事実雄猿の雑魚たちは椿に少しも触れられないほど弱いので黙っておいた。
「おい女、静流様を困らせるな」
静流の背後から出てきたのは眼鏡をかけた白薔薇の男子生徒だ。
彼は白薔薇学園生徒会副会長、雪村幸太郎。静流に並ぶエリートで、大手病院の医者の息子なのだとか。
「だいたいな、おまえたちの犯行のせいで白薔薇にも迷惑がかかっている。白薔薇が位置する雑草町は治安が悪すぎるから行かないほうがいいと噂され、一緒になって白薔薇の生徒が悪事を働いているという噂も多い。そもそも学園の麗しい空気を向かいにそびえるクソ向日葵がかき消していて、ふと窓をのぞけば便所同然のクソ向日葵が目に入り気分を害す……!!最悪だ!!」
「最後のふたつはあんたの偏見だろ!!それに治安が悪いのは向日葵だけのせいじゃない!!」
「あと便所は酷いわ」
静流が「よせ、幸太郎」と雪村をなだめる。雪村は歯をむいて「フーッ」と獣のようにこちらを睨んでいた。
「で、白樺。今日は何の用だ?また説教しにきたか」
椿は静流をきつく睨みつける。静流は呆れたように肩をすくめてから首を振った。
「いや、今日は違う。向日葵に話があってきた。校舎に入れてくれ。人気のないところで話がしたい」
白薔薇から向日葵に向けての話。説教くらいしか思いつかなかった。
「やっぱそうなんじゃないか」
「違う。これは提案なんだ。あと、大事な報告もある」
提案、報告?白薔薇から?椿は身に覚えがあるかどうか記憶を漁ったが、全く予想がつかなかった。
そんな椿の肩を翠が「きいてみるだけ良いんじゃない?」と叩く。
椿は少し悩んで、彼らの来訪を許可することにした。
「…わかった、聞くだけ聞こう」
椿は校門を開ける。ちなみにこの門だが、相当な力がないと開閉は難しい。もともと向日葵の生徒が勝手に外出しないよう頑丈にしたものだったが、椿たちはそれを上回る強さで開けてくるため、あまり意味はなかった。
静流と雪村は椿のあとに続き、学園の大層荒れた庭を歩く。
後者まであと一歩、その時だった。
何かが静流の横をかすめ、地面にあたって破裂した。足元に冷たい何かがかかる。
「くそ、外したか」
どこからかきこえた女子の声。気が付けば、校舎の窓や昇降口、木の陰や銅像裏、いたるところから静流と雪村に銃口が向けられていた。
「出ていけ!!私たちは白薔薇と関わるつもりはない!!だからお前らも干渉するな!!」
「椿様にさわるなッ!!」
これが向日葵の生徒たちである。銃といえど、手にしているのは単なる水鉄砲。他にもパチンコやおもちゃの弓矢、紙飛行機から丸めた新聞紙まで見受けられる。さっき投げられたのはおそらく水風船だ。
「紅林椿ッ、図ったな…!!」
雪村が牙をむく。椿はしれっと振り返る。
「いいや?さすがにお前らがくることを想定してたわけじゃないし、完全にうちの生徒たちの意志によるものだが」
烈火の薔薇団は学園でも多くの信頼を寄せられており、会長である椿は「椿様」と呼ばれるほどに支持されている。そんな烈火の薔薇団は私立白薔薇学園と非常に相性が悪いため、向日葵の共通認識において彼らは敵であり、静流と雪村は排除すべき害虫に過ぎないのだ。
椿は校舎に向かって叫ぶ。
「お前ら、こいつらは向日葵に話があるらしい。一度攻撃をやめて聞いていてくれ」
生徒たちの攻撃が止まる。静流は話が違う、という顔をして椿を見た。
「人気のないところでって言ったんだけど」
「どうせ向日葵のことだろう。なら全員で聞いたほうが後で伝達する手間が省ける」
静流の背後で、雪村がまた牙を向いている。「ゴー」と言われればすぐに飛び掛かっていきそうな勢いだ。
「まあそうなんだけど……。というか伝達前提で進めるんだ」
「向日葵に隠し事は不要でな」
静流は面倒そうな顔をした。
「まあいいや、じゃあ話すよ?」
「なんだ」
「実は向日葵が廃校になるかもしれないんだけど、椿知ってた?」
瞬間、張り詰めた空気が訪れる。椿はもちろん、生徒全員が息を呑んだのがわかった。
「あ、知らなかったみたいだね。それについてなんだけど……」
ビタアアアアアアアン!!!輪ゴムが雪村に命中した。
「ッッ……!!メスザルどもめ……、駆逐してやる……!!」
動き出す雪村に、今度は水風船が命中する。顔を上げたところで容赦なく水鉄砲の集中攻撃が注がれた。
「小学生か……」
さすがの静流もそうつぶやかずにはいられなかった。
「向日葵が廃校って……どういうことだよ」
椿は震えた声で言った。
「どうせ向日葵は邪魔だとかいって白薔薇のやつが持ってきた話なんだろ……!!」
「だから言っていたじゃないか、大人しくしておけと。静流様はなんどもご忠告なさったぞ」
「だまれ眼鏡犬!!椿様を侮辱するな!!」
雪村はさらに水鉄砲攻撃を食らった。
「きたないぞ白樺……!!」
「だから、そこで話があるんだ」
「お前の話なんて聞きたくない!!帰れ!!」
「ちょっと椿、聞いて」
椿の方に触れようとする静流の手に水風船が命中する。
「白樺!!椿様に触るな!!」
「椿様の前に二度と現れるな!!出ていけえええ!!!」
水鉄砲、輪ゴム、紙飛行機が至る所に乱射されている。眼鏡が濡れ、視界を悪くしながらも雪村はなんとか静流の背中を叩く。
「静流様、今日はもう退きましょう」
この大荒れした状態で、落ち着いて話など出来るはずがなかった。
「そうだな……。椿、また来るよ」
静流はそう言って椿の肩を叩くと、雪村とともに校舎に背を向けた。
「敵に助けを求めて生き残るか、自らを貫いて名誉とともに死ぬか……。さて、椿はどっちを選ぶかしら」
翠はひとりでにそう呟いた。