07 魔法には真の想像力が必要ということ
よろしくお願いいたします
07 魔法には真の想像力が必要ということ
「ああ、もう、何で俺だけできないんだよ。」
頭を掻きむしってグレッグがその場を離れた。イヨタが追おうとするが、銀熊は目でそれを制する。まだクリスタルの中にいた時にイヨタが気づいたこと。つまり魔力量の多いグレッグよりも少ないイヨタの方が早く制御できるようになる。今まさにその状況だった。指先に小さな火を灯し、それが火の魔法であることを確認して、魔石の中に込める。これを練習しているのだが、グレッグは指先に火を灯すことさえできずにいた。
「グレッグの適応能力の高さは彼の持つ知識の広範さによるものだ。このベータ世界での適応もたくさん読んできたラノベのおかげだろう。しかしそれは間接的に得たものであり、生存のための本能から生まれた適応ではない。魔法を得るには何のために魔法を得るのかという明確な目的とその魔法の完成形が見えていなければならない。グレッグは手に入れた火で何をしたいのかという目的がはっきりしないためにうまくいかないのだろう。」
銀熊は気の毒そうにそう言った。
「じゃあ、俺の火は・・・ああ、確かに料理することばかり考えていたからか。」
グレッグはボソッとつぶやいて、また魔石に魔力を込めることに集中した。するといつの間に戻ってきていたのか、グレッグが恨めしげに言う。
「銀熊先生、そういうことはイヨタにじゃなくて、俺に言ってよ。」
グレッグはそのまま二人の横を通り過ぎ、台地の端に立ってこちらを向いた。
「おい、バカなことは寄せ!いくら本物の身体が保管されているといっても、死は死なんだぞ!」
銀熊が巨体を揺らして駆け出す。
「銀熊先生、考えすぎ。それ以上近づくと濡れますよ。」
そう言うとグレッグは自分の中のイメージに集中する。昨夜イヨタが見つけた滝が向きを変えて、空へと遡り自分に降り注ぐ。派手だが久しぶりのシャワーに大喜びしている自分。
「おおおお!」
銀熊先生とイヨタの驚く声をかき消すように大量の水がグレッグに降り注ぐ。
「ヤッホー!分かったー!マホー、サイコー!」
しかし、びしょ濡れで大喜びするグレッグをイヨタが心配そうに見つめている。
「何だよ。何を心配してくれてんだよ。」
「タオルない。着替えもない。ついでに今朝俺たちが用足ししたものとか混じってたらどうするんだ?」
「お前、人が喜んでるのになんてこと言うんだよ。俺は本当に凹んでたんだぞ。」
「だからこそ心配してるんだよ。せっかく魔法使えるようになったのに、早速病気とか笑えないだろ。」
普段通りに戻った二人の会話に銀熊から笑いがこぼれる。
「銀熊先生、イヨタになんか言ってくださいよ。」
グレッグがわざとらしく訴える。
「心配いらないよ。我々の排泄物は私が作った処理場へと流れるので問題ない。滝の水は夜露朝露を岩盤が濾過したものだから飲んでも美味しいだろうし、安全だよ。ただイヨタの心配は妥当だ。状態異常に強い体にしてあるけれど外では慎重に行動してほしい。それに大抵の人があれを見たら神か悪魔だと思うだろうよ。」
銀熊は双方に配慮して優しく答えた。だが二人は同時に互いに向かって言った。
「「ほら見ろ。」」
炎の魔石作りは順調に進み、昼食前に皮袋一つ分の魔石ができた。昼食の後は水が手に入らない状況になった場合のための魔力水作りの練習。これはすぐに二人ともできるようになったので、いよいよ石を使った道具作りの練習に入る。
「銀熊先生、さっきの話だと何をするか、何に使うか、どういう仕上がりになるかっていうイメージがはっきりないと上手くいかないんだったよな?」
グレッグが探してきた石をペタペタと叩きながら尋ねる。
「そういうことだな。『必要は発明の母』という言葉があるが、『必要は魔法の母』と言い換えてもいいくらいだ。」
それに続けて銀熊はこう説明した。どんな魔法を使うにも完成形のイメージとそれを導くための原理を理解していることが重要なのだと。例えば、燃焼とは光や熱を発しながら物質が酸素と化合することと知っていて、かつ完成形の炎の色や形をイメージできている者が使う炎魔法とそうでない者が使う炎魔法には大きな差が出る。午前中にやった炎の魔石作りもそれをどう利用するか、火力はどれくらいかというイメージがはっきりしていたのでイヨタの方が早く上達したということである。
「ただし魔力量はグレッグの方が大きいから持続させる魔法や高出力の魔法はグレッグが覚えた方がいいだろうな。」
そう言って銀熊は説明を締めくくった。石を加工する練習を嫌がっていると誤解されたのではないかと考えたグレッグは少々慌てて真意を伝える。
「俺が言いたいのは二人で包丁やフライパンを作るよりは何か方向性の違うものを作った方がいいんじゃないかってことだよ。銀熊先生はよく『この世界を旅して』って言うだろ。魔物とか猛獣とかに出くわすことないのか?」
「あるな。ただグレッグがその魔力だだ漏れを抑えられるようになればの話だが。魔物を追い払うにはだだ漏れでも構わないのだが、狩をするとなれば獲物に逃げられてしまう。」
「俺、そんなにだだ漏れ?」
「ああ、漏れすぎだな。」
「どうやったら止められる?」
このようなやり取りがあったので、イヨタが石を粘土のように柔らかくする練習をしている間に、グレッグは魔力制御の練習をすることになった。
「私が今から全身に防御魔法を張るから君はそこらに転がっている石を投げてみてくれ。ただし投げたらすぐに横に飛んで立ち位置を変えること。」
グレッグは銀熊に言われた通りに銀熊に向かって石を投げて横に飛んだ。だが飛ぶのが遅かったのか、気づけば石が眼前にあった。
「うわっ!」
上半身を左に倒して咄嗟に石をかわしたが、石は右の耳たぶをかすった。
「大丈夫か?」
銀熊が声を掛ける。イヨタも心配そうにこちらを見ている。
「大丈夫、大丈夫。今のは防御魔法が跳ね返したってこと?」
「そうだ。」
「すげー!」
グレッグにとっては飛んできた石よりもそんな魔法があるということの方が重要だった。
「グレッグ、今のような感じで跳ね返るからそれに気を付けつつ、石が私に当たる瞬間を見ていてくれ。さあ、もう一度。」
「分かった。」
再び石を投げ、石が銀熊の身体に当たる瞬間を見る。跳ね返ってきた石は飛ばずに半身でかわした。
「銀熊先生、当たったところが緑色に光ってたよ。」
「それが私の魔力の色だ。普段ならそんな風に光るほどは張らないのだが、見えるように強く防御を張った。だから跳ね返りも強かったんだ。上手く避けてくれてよかった。」
銀熊は心底ホッとしたような口調でそう言った。
「なるほど、まずはあんな感じの防御魔法を作れるようになれと。」
「そういうことだ。そうやって防御魔法を全身に張れるようになったら、今度は防御魔法を皮膚に染み込ませる、あるいは皮膚のすぐ下に防御魔法を張るようなイメージをする。そうすれば自然に魔力のだだ漏れがなくなる。」
「なるほど。では早速。」
そういってグレッグはそれっぽく仁王立ちになり、先ほどの銀熊のように魔力が薄い層になって自身を包むイメージをした。
「ダメだ。」
そう言ったのは銀熊ではなくグレッグ本人だった。だが銀熊の方はイヨタの指導を始めていて、その邪魔をするのもまるで自分が「かまってちゃん」になってしまったようで気まずい。現物の防御魔法を見たにも関わらず、しっくりくるイメージが湧かない自分に少し苛立ったグレッグは目を閉じて自分なりの防御魔法のイメージを探すことにした。
(防御魔法のイメージっていうとやっぱり光の壁的なやつとか結界的なイメージが強いんだよなー。ああいう全身タイツ的なのは想像してなかったなー。あとは色だ。銀熊先生のは緑だったが、俺も緑かどうかは分からんしなー。この身体造った時は中身は銀熊先生の魔力だったらしいけど、三日も経てば俺自身の魔力と考えた方がいい。ヒトの細胞は三日で入れ替わるらしいしな。それとだだ漏れ問題だよなー。やっぱりまずは魔力の色だ。それを見ないことにはイメージが湧かない。それと全身タイツにはこだわらない。よし、まずは自分の魔力の色を見る!しかしどうやって・・・)
当面の目標を立てたグレッグはまたもや大地の端に行き、やはり滝を逆流させて水浴びをした。そうしておいて濡れた自分の身体から何色が見えるのか確かめようとした。
「よっしゃ!白か!」
グレッグは元の位置に戻って目を閉じ、イメージを固める作業に入った。結論から言うとグレッグの魔力の色は白ではない。薄い桜色だった。グレッグが白だと思ったのは滝につきものの水煙である。加えて高い体温と低い水温がぶつかれば濡れた衣服からも水蒸気が湧く。そういったわけでグレッグは自分の魔力の色を勘違いしたまま修行を続けることになる。
(白だったら無理に皮膚にまとわせるより霧状に周囲に漂わせる方がいいんじゃねえの?白とか生成りのローブ着て黒い肌を隠せば姿隠せたりして。その方が魔法使いっぽいやろー。でも漂わせたら魔力だだ漏れと変わらないのか。うーん。とりあえず結界的なものにチャレンジするか!)
「意外にできたな。」
自分を包む立方体の結界をグレッグは一回で成功させた。しかしこれは幾重にも重なった勘違いと失敗の象徴だった。彼が偶然にも行使してしまったのは防御魔法でも結界魔法でもなく空間魔法だった。空間収納を外に作ってしまったのである。カバンの中に作ればマジックバッグと呼ばれるものになるが、持ち物が外から丸見えの空間収納は用途が限られる。さらに問題なのは空間収納を自身の周りに作ってしまったことである。空間収納の中は時間が止まっており酸素も存在しない。現に彼は満足そうに笑みを浮かべ腰に手を当てた状態で固まっている。誰にも気づかれなければ魔力が尽きるまでこのままだ。
ただし一つだけ良いことがあった。グレッグのだだ漏れの魔力が立方体の結界(のつもりで作ってしまった空間収納)内に充満し、グレッグの桜色の魔力が目で確認できるようになったことだ。だが本人は時間停止状態なのでおそらく分かっていない。このピンク色のキューブに気づいたのはイヨタだった。
「先生、グレッグが!」
「何をしたんだ?」
巨体に似合わぬスピードで駆け寄った銀熊は見るなり右腕を振り上げ爪を伸ばして振り抜いた。ガラス板のような壁を切り裂いたにも関わらず何かが割れるような音もなく、グレッグが結界のつもりで作った空間収納は霧散した。だが彼の桜色の魔力は形を保ったままそこに停滞していた。
「おい、グレッグ!」
その濃密な魔力の中に飛び込んだ銀熊はすぐにグレッグを小脇に抱えて戻ってきた。そして少し離れた所にグレッグを横たえると何もせず腕組みして仁王立ちになった。
「先生、人工呼吸とかはいいんですか?」
イヨタが恐る恐る尋ねると、銀熊は声をあげて笑った。
「君たちはもちろん、私も呼吸などしていないよ。」
驚きのあまり声も出ないイヨタに銀熊は続けて説明する。
「私が作った君たちの肺胞は大気中の酸素ではなく魔力分子を取り込む。だからその身体のまま地球に戻ると魔力分子をほとんど含まない大気の中で窒息することになる。だから世界を移動するときには身体を乗り換えるんだ。」
「魔力分子?」
イヨタはそろそろグレッグが倒れていることを忘れつつある。
「魔力の元である魔力分子は四つの魔素がくっついてできている。水分子が酸素原子一つに水素原子二つでできているのと似たようなものだ。」
「なんと!」
「『なんと!』じゃないよ。誰か俺の心配はしてくれないのかよ。」
そういって肘枕でふてくされているグレッグが会話に割って入る。
「心配したから助け出したんじゃないか。見ろ、あの桜色のもやを。君は時間が停止しているはずの空間収納の中であれだけの魔力をだだ漏れさせていたんだ。」
「桜色?白じゃないんですか?まあ、そう言われれば薄い桜色に見えなくもない。」
まだはっきり自分の魔力の色が見えていないのか、グレッグの返事は半信半疑といった感じだ。
「滝の水煙を自分の魔力と勘違いしたのだろう。君の魔力は桜色だ。実に日本的じゃないか。」
「それは嬉しいけど、それならそうと教えといてほしかったなあ。」
グレッグはそう言って銀熊とイヨタに背を向ける形に寝返りを打った。
「そうだな。すまなかった。魔力の色が分かっていれば練習もしやすかったのにな。申し訳ない。文章を書く分にはなんとかなるんだが、喋って何かを伝えるのはどうにも苦手でね。ところで、もったいないから、あのだだ漏れした魔力を吸い取っておきなさい。」
どうやって?と聞くのは悔しい感じがして、グレッグは返事はせずに立ち上がり自分で作ったもやへと向かう。
「空に浮かぶ雲とか冬の低地に雲海ができる映像を見たことあるかね?あれを逆再生してもやが自分の中に吸い込まれていく様子を想像するといい。」
グレッグの後ろ姿に銀熊が声をかける。グレッグがその中に消えてから一分も経たないうちにもやは全てグレッグの中に戻った。それでも何か気に食わないグレッグはややふてくされた感じを残しつつ尋ねる。
「じゃあ、ついでに防御魔法の張り方教えてくれよ。」
「なんだと?」
突如銀熊のまとっていた優しい雰囲気が冷たい金属質なものへと変わる。その変貌ぶりに驚き恐れたグレッグは思わず後ずさる。次に放たれた銀熊のセリフは思ってもみないものだった。
ありがとうございました