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06 グレッグとイヨタはまだどこにも行けないということ

よろしくお願いいたします

06 グレッグとイヨタはまだどこにも行けないということ


 銀熊がベージュ色の粘土のようなものを引っ張っては形を整え、引っ張っては整えというのを繰り返している。クリスタル・グレッグとクリスタル・イヨタは街に着いたら何をするかという話で盛り上がっていて、銀熊のしていることに気づくのが遅れた。

「うわー。魔法で身体作るって言うからパパッとできるのかと思ってた。本当に材料こねるところからなんだー。」

 グレッグが少々気落ちした感じでつぶやいた。

「ゲームの世界の魔法士ならどうか知らないが、私が試行錯誤しながらたどり着いた結論は『魔法は地味だ』だ。ある程度作業を繰り返して対象物に動きを覚えさせ、その後作業を自動化する。ものづくりの魔法なんてそんなもんだ。」

 言い終わった銀熊が手を離すと、地面から三十センチほどの高さにあるベージュ色の粘土が勝手にうねうねと動きながら大きくなってゆく。体感で五分ほどだろうか、その粘土のようなものは幅が一メートル、長さは二メートルほどの大きさになった。粘土の動きが止まったことを確認した銀熊はその上に手を置く。すると塊は魔法っぽい音も閃光もないままに二つに増えた。

「確かに地味だが、すごい。」

「俺らもこんなのできるようになるかなあ。イヨタなら化石人骨のレプリカ作るのに良さそうだな。」

「おー!そんなこと思いつきもしなかった!グレッグ、そのアイデアはすごいぞ。」

 そんな無邪気な会話をしているグレッグとイヨタに銀熊が問う。

「主神の間にいる時からずっと気になっていたんだが、君たちは何故こんな世界に連れて来られたのかとか聞かないんだな。」

 少しの間があってイヨタが答えた。

「セーフハウスを爆破されて取り囲まれたあの場面から抜け出すのに他に何か名案があったかと考えたら、やっぱり餓死ギリギリまで立てこもるしかなかったと思う。そういう悲惨な状況が先生のおかげでちょっとした冒険に変わったんだから、俺としては何の文句もないよ。」

「銀熊先生、俺らはラノベ時代でいう『ラノベ脳』とかそんな感じのやつなんだから。ラノベの中の神様が『日本人は異世界転生への理解が早くて助かる』ってよく言ってたから、日本人の特性なんでしょ、きっと。輪廻上等!みたいな感じ。」

 グレッグは明らかに楽しんでいるようだ。

「言っておくが君たちは死んだわけではない。あのセーフハウスがあったところをあの国の連中が掘り返したところで、私の作った結界が真っ黒い球体として転がっているだけだ。破壊もできず移動もできず、今頃はボロボロになった重機を蹴り飛ばしながら放送禁止用語をピーピーと叫んでいることだろう。さてと、できたな。」

 銀熊がそう言ってかざしていた手を引っ込めると、どさっとヒト種の身体二体が地面に落ちた。以前のままのグレッグとイヨタだ。ちゃんと服も着ている。

「うおー、すげー!でもこれからどうすればいい?」

 グレッグがいかにもなことを尋ねる。

「そのまま自分の身体の上に着地すればいい。身体の中に入るイメージをすれば勝手に移動する。内臓などもヒトの身体そのままだ。一応赤い血のようなものが流れているが、血ではなく着色した魔力だと思ってくれたまえ。今は当座の魔力として私の魔力を流しているが、君たちの自我が定着すれば徐々に君たち自身の魔力に置き換わる。心臓の拍動で魔力が循環するわけだから、魔力循環の訓練に時間をかける必要がない。今までと同じような感覚で生活すればいい。」

 銀熊はそう説明した。魔力は本来血管やリンパ管のような管がなくても、ちょっとした訓練で自然に循環させることができるようになるというのはラノベ時代の作品群が正しい。だが銀熊は魔力だけで生きる仮の身体を作る場合、血液の代わりにそれに似せた液状化させた魔力を流せば自然に循環する上、出血することで普通の生き物のように見せかけることができるので都合が良いと考えた。これがサイズの異なる様々な身体を容易に操ることができる秘密である。

「それはすごい。というか、この身体すごい。」

 無事に自我を定着させ先に立ち上がったグレッグは自分の身体を叩いて確かめる。

「本当に身体が当たり前すぎて、何というか、かえって夢でも見ているような気持ちになる。さっきのクリスタルの中よりもさらに現実感がない。この身体のまま違う世界にいるなんて、想像を超えていて訳が分からない。」

 イヨタが早口でまくしたてる。

「お前がそんなに興奮するなんて珍しいな。」

「ずっと思ってたんだが、グレッグはどこでも馴染むの早すぎるだろ。」

「うーん、そうかなあ。」

 興奮した二人がやり取りしているうちに銀熊はほら穴の入り口まで移動していた。グレッグとイヨタは180センチを超える長身だが、銀熊はさらに大きいので入り口に立たれると光が差し込まずほら穴の中は真っ暗になる。

「銀熊先生、そこに立たれると真っ暗です。」

 グレッグがそうボヤくと、銀熊は返事をせずに外へと出て行った。仕方がないので二人とも銀熊の後を追って外へ出る。そして二人同時につぶやいた。

「なんてことだ。」

 ちょうど日の入りの時刻だった。テーブルマウンテンの頂上から見る夕焼けは今まで経験したことのないものだった。地平線の紅色を見ていると、その少し上の赤みがかった紫色が気になり、それに注目すると黒とはまた違う茶色を含んだタールのような色が気になってくる。それぞれの色の層がわたしを見て、わたしを見てと主張しているような、そんな色まみれの夕焼け。

「うわー、なんか、泣きそう。」

 照れ隠しにグレッグが声を出すと、銀熊は黙って夕焼けの反対方向を指差した。二人は素直に振り返り、また声をあげた。

「なんて星空だ。」

 群青色のタイルの床に細かいビーズを撒き散らしたような、いや、白い砂を撒いたような、そんな夜空が既に広がっていた。再び振り返れば、よそ見をされて拗ねた夕焼けが沈んだ後の最後の赤を放っている。しかしその向かい側にはもう美しい星空があるのだ。

「そうか!月の明かりがないからだ。」

 グレッグがそう言うと、イヨタがなるほどとうなづいた。月もなく街灯もない世界の夜空は群青色や紺色のような青系の色よりも、暖かい乳白色の星の明かりの方が多いように感じられる。レースのカーテン越しに闇を覗く感じだ。そう感じてしまうほどに星が多いのだ。月よりも光度が低い星は見えづらくなるが、月のない世界ではみんな見える。そんな感じがする。

「すげーな、この身体。ちゃんと涙出る。」

 またそんなことを言ってグレッグが隣のイヨタを確認すると、イヨタは静かに涙を流していた。理由なんかどうでもいい涙だ。

「感動しているところに大変申し訳ないんだが、重要な連絡事項がある。」

 二人の感動に完全に水を差す形で銀熊の声が飛んだ。

「君たちの身体はこの地上の魔力で作ったので、奥の扉の向こうにある私の隠れ家に行くことが難しい。そこで今日からはこの山頂での野営となる。そしてその野営はそのまま君たちの魔力操作の訓練となる。多少スパルタになるかもしれないが、そこは許してくれたまえ。君たちとしても早くサハベの街を見てみたいだろうから。」

「訓練って、どんな?」

 銀熊はその質問には答えず、二人を台地状になった山頂部の端へと誘った。いつの間にかすっかり夜なのに、歩くのにそれほど支障はない暗さだ。端までたどり着いて銀熊はやっと口を開いた。

「落ちないように気をつけて下を見てくれ。」

 素直に二人は下を見る。

「うわー。俺はダメだ。」

 グレッグは後ずさる。

「本当に絶壁だ。真下に滝のようなものが見える。」

 イヨタは夜目が効くらしい。

「昼夜の気温差で生じる夜露朝露がしみ込んで集まってあの滝になっている。あれを上に向かって流れるようにできれば水の確保も楽なんだけどね。それよりも何か気付かないかい?」

 銀熊がいたずらっぽく尋ねる。

「ああ、気付きましたよ、銀熊先生!スパルタにもほどがある。」

 グレッグのセリフの最後の方は声がか細くなってしまっていた。イヨタはまだ分かっておらず首を傾げている。グレッグは半ば八つ当たり気味に説明する。

「イヨタ、ここ、下に降りる階段とか坂道とか見えるか?」

「ああああ!」

「魔法使えるようにならないと下に降りられないし、サハベの街にも行けないんだよ!」

「それはひどい!」

 この二人のやり取りに銀熊はたまらず吹き出してしまった。

「はははは!こんなに笑ったのはいつ以来だろう。はー、君たちは面白いね。」

「銀熊先生!笑い事じゃない!」

「先生、流石にそれでは・・・食事とかはどうするんです?」

 本当に不安げな二人の様子に流石に悪いと思ったのか、銀熊はやや真面目な口調でこう言った。

「君たちは図抜けて適応力が高いんだ。新しい身体でもう見たり聞いたり喋ったり、ついでに泣いたり怒ったり。上出来だよ。そんな君たちが命懸けで挑めば、あの断崖を降りることくらい大したことないよ。まあ、訓練は明日からにして今日は軽い食事をとって寝るとしましょう。」

 確かに二人は違う身体で違う世界にいることをすっかり忘れていた。どうやってここを降りるのかというその一点のみを気にして、異世界での生活という大きな問題はどこかに置いてしまっていた。二人とも口には出さなかったが、これは大きな示唆であると感じていて、相棒も同じ気持ちでいるはずだという確信もあった。その証拠に互いに顔を見合わせ黙ってうなづいた。余計なことは考えず、ただ目の前のことだけに集中する。元の世界に帰るのも主神ソレイユや銀熊の意図も今は脇に置いておく。二人はそう決めたようだった。




「さて、食事の準備はこんな感じだ。明日からはこれも自分たちでやるんだ。材料は私が用意するからね。」

 銀熊の作った夕食はとても美味そうなのだが、提示されたハードルの高さに二人はどんよりとしていた。この夕食にありつくまでに掛かった時間は一時間かそこらなのだが、独力で再現しろと言われてもどこから手をつけて良いか分からない。

「さあ、食べよう。」

「いただきます。・・・うまっ!」

 グレッグは野ウサギのソテーから手を付けた。

「いただきます。確かにこれは・・・ああ、うまい。」

 イヨタは焼きたてのロティ(大麦粉の無発酵パン)を開いてピタパンのようにし、ソテーされた野ウサギとネギを挟んで食べる。明日からの食事の準備のことは一旦忘れて、今は食べることに集中すると二人は決めた。

 さて二人が愕然とした食事の準備だが、銀熊はなんと調理道具を作るところから始めたのだ。扉の奥のあの小洒落た家から運んでくるなりするのかと思いきや、ほら穴の入り口に転がっていた石を粘土のように整形し、石のフライパンと石包丁を作った。そして異世界転生ものの定番であるストレージから材料を取り出し、下ごしらえを始めた。

「君たちはこのパン種をピザ生地のように平たく伸ばしてくれないか。ざっくり丸く伸ばして六等分したら、それぞれをまた丸めて捏ねて伸ばして、丸いぺったんこな生地六枚にするんだ。」

「先生、これ、何の粉ですか?」

 イヨタが興味津々に尋ねる。

「大麦だよ。」

 銀熊が言うには今彼らがいる大陸にはもともと野生種の麦が自生していて栽培しているうちに大麦のようなものに変化したのだという。サハベの街にはビールもあるらしいが、絞りかすがアクのように浮いていたり酸っぱかったりして現代の地球のビールとはだいぶん異なるらしい。

 その後三人は作業を分担して進めたのだが、いざ火を使うという段階でグレッグとイヨタは気づいた。周囲にはかまどのようなものが存在しない。そのことを銀熊に伝えると彼はこう答えた。

「かまどはそこらにある石を組んで、空気の通りが良い、フライパンを載せられるようなものを作ればそれでいいんだ。問題は火だよね。」

 同時に銀熊はスボンのポケットから五つほど宝石のようなものを取り出す。

「これが何か分かるかい?」

「ひょっとしてこれは異世界定番の『魔石』!」

 そう言って落ち着きなく眺め回しているグレッグの動きはクリスタルに封じられている時とさほど変わってない。

「魔力を蓄えておけるとか何とか小説には書いてあるが・・・」

 やはりイヨタも魔力や魔法といった言葉には惹かれるらしく、グレッグに続いて彼も魔石を手に取った。いつもはグレッグの後ろから遠巻きに見ているような感じのイヨタが珍しく手を出してきたので、銀熊は魔石を舐めてみるように勧めた。イヨタは疑うこともせず素直に舐める。

「ん?塩だ!」

 イヨタの反応に満足した銀熊はその流れで説明する。

「岩塩なのだよ。だから魔石というよりは魔塩だな。魔物の体内にも魔石はできるが、鉱山からも魔石は取れる。生物の体内にできる石というのはカルシウムの結晶や脂肪の塊が定番だが、この世界の一部の動物は体内に小さな塩の結晶を持っていることがある。それを見て魔石というのは実は塩の結晶に魔力が浸透したものなんじゃないかと考えたわけだ。私が巡った世界では岩塩の鉱脈の中に必ずと言っていいほどに魔石が見つかった。他にも水晶に魔力が浸透したものなんかもあるかもしれないが、結晶構造が密な硬いものに浸透するのは難しい。魔塩の方が見つけやすいだろう。覚えておいてくれ。」

「魔物の体内って、どの辺に魔石があるんだ?」

 グレッグは既にあれこれ妄想を始めたのか、魔物の解体のことを聞いてきた。

「当ててみてくれ。」

「胆嚢だと胆石だよなあ。消化液とは関係ないし、んー、ああ、そうか、心臓の近くだ。」

 銀熊が彼らの身体を作る時に血流を模して魔力を循環させようとしていたことを思い出したグレッグは確信を持って答えた。

「正解だ。心臓の裏側、背中側にあることが多い。そこになければ首の付け根だ。」

「デカい魔物なら太ももの付け根とかにも分散してできてそうだな。要は循環させやすいように太い血管の近くにできるってことだ。なるほどなあ。」

 銀熊がグレッグの答えに満足していると、さらに満足そうな笑顔でイヨタがどこからか戻ってきた。

「えらくご機嫌だな。」

 グレッグが茶化すと、イヨタはそれには答えず銀熊の作った石包丁で何かの植物をきざみ始めた。それが終わるときざんだ何かの上でさっきの魔石を石包丁の根元を使ってゴリゴリと削った。緑色の何かに青い魔石の破片が散らばり、何かの儀式でも始めそうな感じだ。満足そうにイヨタはその儀式の素を揉み始める。するとその何かから怪しげな色の汁が染み出してきた。絵の具筆を洗った後のような汁だ。反対にきざんだ植物の方の緑色は鮮やかになった。満足するまで揉み込んだのか、イヨタはその植物をひとつまみ口の中に入れると笑みを浮かべ、食べろとばかりに手振りで銀熊とグレッグに勧める。

「本当かー?・・・うわっ、これ、お新香じゃん!」

「本当だ。だがこの大陸の野草は相当にアクが強いのだがな。」

 二人の口にも合うことを確かめたイヨタはここでやっと口を開いた。

「今朝用を足しに行く途中で見つけたんだ。洞窟の入り口にたくさん生えていた。葉っぱがタンポポに似ていたからアクが強いと思って魔力入りの塩を試してみた。」

 言い終わって二口目をつまむイヨタはうれしそうだ。

「でも、銀熊先生、アク抜きのために出したんじゃないんだろ。」

 グレッグも言い終わると二口目をつまむ。

「そうだね。でも燃料にも味付けにもアク抜きにも使えるコイツは旅の必需品だ。」

 銀熊はそう言って手のひらの上の魔石に火を付けて見せた。

「おおーって、熱くないの?」

「ばかか。ろうそくと一緒だ。根元は熱くないが上は熱いに決まってるだろ!」

 炎の上に手をかざそうとするグレッグをイヨタが止める。

「気をつけてくれよ。薪で起こす火よりも温度が高いからね。だから石でフライパンを作るんだ。普通の鉄なんかだと底に穴が開くと思うよ。」

 そして付けた時と同じように何の前触れもなく火は消えた。

「これは魔石に火の魔法を込めたもので煮炊きに便利だ。それに魔石に火の魔法を込める練習は魔力制御の訓練にもなって一石二鳥なのだよ。」

 銀熊はそういうとほら穴の隅に固めて置いてあった石で簡単なかまどを作り、魔石で火を起こして、その結果この夕食にありついたというわけだった。




 夕食に満足してまぶたがトロンとしてきたグレッグは現実に戻ってボヤいた。

「それにしても魔法使えるようになるまでのステップ多すぎ!」

 こうして転移一日目が終わった。




ありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言] 世界観が洋画みたいで素敵ですね。 ちょいハードボイルド路線はあまりローファンカテゴリで見ないので、期待しています。 応援させていただきます。
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