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04 美しいソレイユのこと

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04 美しいソレイユのこと


 さて、あのセーフハウスの地下に結界を張った黒猫はグレッグとイヨタから何を回収したのか。それは二人の魂である。いや、言い替えよう。彼らの自我とその自我を支える記憶である。このラミーと名乗る黒猫は自らの経験から自我は他の器に移し替えることが可能であると知っていた。そしてそれを可能にするための条件の一つが、個人的経験つまり思い出を情報として一つのフォルダにまとめ上げることであった。黒猫は自身を実験材料として様々な器を試した。結果彼の自我を支える情報は欠落や破損が目立ち、これ以上黒猫から他の身体に乗り換えることは難しいところまで来ていた。そんな折にグレッグとイヨタの救出依頼が舞い込む。聞けばかつて黒猫ラミーがヒトであった頃の身体をその二人が保護しているという。その保護されている身体に一時的に乗り換え、記憶の同期をすれば欠落や破損を補えると考えた黒猫は二つ返事で引き受けた。だが現場にたどり着いた黒猫は落胆する。保護されていた身体はかつて彼自身が作ったレプリカで、欠落した記憶を補完できるような情報は持っていなかったのである。それでも依頼主の信頼を裏切りたくない黒猫はグレッグとイヨタの自我と記憶を回収しパッケージングした。だがその作業中に彼は見つけたのだ。二人は黒猫の失ったものを持っていたのである。二つの決して失いたくなかったもの。一つはグレッグが、もう一つはイヨタが。彼はヒトとヒトが作る社会に絶望して黒猫になりラミーと名乗った。だが今は絶望したもののうちのいくつかは再び信じてみてもいい気がしていた。




「ラミー、ラミー、大丈夫ですか?」

 考え事をしていた黒猫が声のする方へ顔を向けると、そこにはいかにも女神然とした姿があった。少しだけ身体の線が分かる薄布のローブにプラチナの髪飾り、オレンジゴールドの髪は緩くウェーブしている。その髪が視界を遮らないように耳のあたりで押さえながら、彼女は心配そうにこちらをのぞき込んでいる。彼女こそが今回の救出劇の依頼人ソレイユ。このベータと呼ばれる世界の主神である。

「ええ、大丈夫です。」

 黒猫は素っ気なく答える。本当は彼女の足指をざらついた舌で心ゆくまでベロベロしたいのだが、そんなことを想像するだけで彼女に伝わってしまいそうなので、なるべく無心で手短に答えるようにする。黒猫はヒトとしての最期の数年を使ってこのベータと呼ばれる世界に彼女を生み出し、そして彼は死んだ。だが彼の自我は何者かによってざっくりとパッケージングされ、このベータと呼ばれる世界に送り込まれた。そして最初に出会ったのが主神ソレイユ。一目惚れした。それはそうだ。彼の理想の女性像が基になっているのだから。だが彼女には自分が創造者であることは伝えていない。

「二人の魂に何か気になることがあるのですか?」

 主神ソレイユは彼女の目の前に浮かぶ、高さ十センチほどのクリスタルの円柱を指差した。

「主神様にお願いがあります。」

 黒猫ラミーは彼女に向かって平服した。そしてこれまでの経緯を語った。保護されていた身体は以前黒猫自身が作ったレプリカであること。グレッグとイヨタそれぞれの記憶の中にかつて黒猫が失った記憶があったこと。

「主神様のお許しがいただけるのなら、彼らの記憶のその部分だけをコピーさせていただけないでしょうか。」

 ここまで言って黒猫は頭を上げる。主神ソレイユの少し困ったような表情がうかがえる。それはそれで可愛いと口から出て来そうになって慌てて飲み込んだ黒猫に彼女が尋ねる。

「それで彼らが困ることになったりはしませんか?」

 この質問に黒猫はコピーさせてもらう記憶について少し詳しく語った。

「まあ、そんな偶然があるのですね!驚きました。」

「主神様はこのことをご存知で、彼らと私の両方を救うために今回の依頼をくださったのだと思っておりました。」

 主神ソレイユは大仰に手を振って、いくら神でもそれは無理だというようなことを言った。

 そんな会話の最中、二本のクリスタル円柱がふるふると震えだした。

「目が覚めたようですね。それでは私は役目を果たします。」

 そう言うと主神ソレイユは二本の円柱の前に静かに立った。神々しい中にも華やかさと可愛らしさが同居する姿に黒猫は見とれた。グレッグとイヨタはもう二百年くらい眠っていてもいいぞとも思った。




 グレッグは誰かの話す声に気づいて目を覚ます。女性の声だ。だが秘書AIオニキスの声ではない。眩しさをこらえつつゆっくりと目を開けると、グレーがかった白一色の広い空間が目に入る。視界が徐々にはっきりとしてきて大きな石柱などが確認できるようになると、彫像や装飾こそないが自分が神殿のような場所にいるということが分かる。ふと視界の端で何かが動いたような気がしたので目をやると、そこには絵画から抜け出してきたような美女が立っている。その服装や雰囲気から女神だろうということはなんとなく想像できた。ということは・・・。

「目が覚めましたか?」

 グレッグが口を開く前にその美女が声をかけてきた。

「俺、じゃなくて、わたしは死んだのでしょうか。」

「なぜそう思われるのです?」

 美女はうっすら笑みを浮かべる。

「だって、女神様ですよね。」

 死ななきゃ女神様に会えないってこともないか、そうグレッグが我に帰るとその美女はうふふと笑い、そして名乗った。

「このベータ世界の主神ソレイユといいます。」

「ベータ?」

 彼女が主神であるということよりもベータ世界であるということに引っ掛かったのはグレッグらしい反応だ。

「あなたのご想像通り、あなたがいた地球によく似たもう一つの世界、それがベータです。」

 主神は彼の反応を予期していたかのように答えた。

「ということは仮想世界ということですか?」

「いえ、実際に存在する世界です。あなた方はまだ存在していませんが。」

 これも予期していた質問らしく主神は間髪入れずに答えた。

「あなた方・・・あ、イヨタ、無事だったか。」

「今かよ。もっと早く気付け。」

 ここまでやり取りしてやっと隣にいるイヨタに気づくグレッグと、それに呆れたようにツッコミを入れるイヨタ。その光景に主神ソレイユは腹を抱えて笑い出した。

「あはは、お二人ならどの世界に行ってもやっていけそうですね。身体が透けているのは気にならないのですね。」

 二人同時に発した「あーっ」という声に主神は涙を流しながら笑う。そして目尻の涙をぬぐいながら話を続ける。

「お二人はまだ魂の状態で身体がないのです。今まで使っていらっしゃった身体は以前の地球、便宜上アルファと呼びますが、アルファ上にあります。そういう訳ですので今からお二人の身体を作るのですが、これについては達人がいらっしゃるのでその方にお願いしたいと思います。そうですよね、ラミー。」

「ラミー?」

 その名前が誰を指すのか思い出せなかったグレッグが周囲を見渡す。だが美しい主神ソレイユとイヨタ以外に誰もいない。

「そういえば一度も名乗っていなかったな。わしがラミーだ。」

 グレッグとイヨタが足元を見下ろすと、あの黒猫がいた。

「ラミーって名前だったのかあ。あれ、それも聞き覚えがあるなあ。」

 グレッグが何かを思い出しそうになったので、ラミーはすかさず話をそらす。

「わしから見たお前たちはクリスタルの円柱になっているのだぞ。お前たちが見ている互いの姿は主神様のお力によるものだ。これから作る新しい身体は好きなように作れる。」

「ラミーも下界に降りるとまた別の姿になるのですよ。」

 自分のことのように得意げに話す主神の笑顔は反則級に可愛かった。その笑顔に当てられて二人と一匹は一瞬石化したが、またグレッグが妙なところに引っかかった。

「黒猫先生、何でそんな面倒なことをするんです?」

「また妙な呼び名を付けおったな。まあ、いい。ここ主神の間がある神界と下界、平たく言うと地上だな、魔力の質が違うのだ。神々が下界に降りられた時に過度に干渉できないように主神様が魔力の質を異なるものになさった。神様が下界で魔力を使用すると神界での千倍のスピードで魔力が減っていく。わしは神ではないが、訳あってちょくちょく神界に来るので身体を神界用と下界用という具合に使い分けているのだ。」

 立てた尻尾をゆったりと左右に振りながら黒猫ラミーはそう答えた。グレッグは魔力という言葉に目を輝かせながら聞いていたが、途中からうわの空で何か考えていた。しかし聞くだけは聞いていたらしく、黒猫の説明が終わるとグレッグはすぐに口を開いた。

「俺は分かったぜ、黒猫先生。黒猫先生の正体はゾンビ・モトモト先生だろっ!」

「うん、なるほど、お前は転移で脳みそが焼けたんだな。お前はここでわしが消滅させてやろう。」

「待て待て待て待て。すいませんでした。俺がバカでした。消滅は勘弁してください。」

 グレッグの入っているクリスタルに前足を掛けようと二本足で立ち上がったラミーを見て主神がまた笑っていると、イヨタがぼそりと言った。

「ゾンビ・モトモトって、あの『いっぺんに呼ばないで』を書いた作家だろ。確かに一人で同時に三つのアバターを動かすシーンがあったよな。」

 またこいつもややこしいことを思い出しやがってと思った黒猫は、再び四足歩行に戻って弾けたように主神に向かって言った。

「主神様、こやつらの身体は下界で作ろうかと思っているのですが。」

 これに対して主神は目尻の涙の吹きながら答える。

「なるほど。地上の魔力を使って身体を作れば適応も早いかもしれませんね。それでは初めて迎えた転移者にわたくしの加護を授けましょう。」

 流石にこれには感動したのか、グレッグとイヨタは透けた身体で跪きこうべを垂れた。主神ソレイユはそれに応えるように時間をかけて加護の聖句を唱える。その姿は美しく光に満ち溢れている。加護の付与が終わったのを見届けた黒猫は二人に声を掛けた。

「では行くか。」

 黒猫の後ろをふよふよと二つのクリスタルが浮遊しながらついて行く。二人と一匹が下界へと転移したことを確認したソレイユはただ一言「ご無事で」とつぶやき、自身もクリスタルの円柱となり、あるべき場所へと戻った。



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