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01 前司法長官のこと

初投稿です。辻褄を合わせるのが得意ではありません。ラノベ文化万歳!!という気持ちを表そうとしたらこうなりました。なるべく早く完結させます。よろしくお願いします。

01 前司法長官のこと



 絵に描いたような郊外の高級住宅街。この十年ほどは取り立てて事件や事故のない平和な街。だが今日に限っては大通りと繋がる道路が全て封鎖され、出勤しようとした人々は入念にチェックされた後自宅に戻るよう促された。封鎖しているのが警察ではなく軍であるのも異様だった。そんな中に黒塗りの車列が割り込んで、兵士や困惑する市民が左右に分かれてゆく様子はジーンズのジッパーを下げる時のようだと一人でにやけている男がいた。目的の家の少し手前で車列が止まる。運転手の黒服がドアを開けるまで男は動かず、降りたら降りたで何か毒づいている。目的の家まで歩かされることに腹を立てたのだろう。だが目的の家の玄関ポーチに入る瞬間に男を包んでいたどす黒い空気のようなものはきれいに消えた。代わりに男はかつて支持者たちに見せていた選挙用の笑顔を作りドアベルを鳴らす。執拗に何度も。

 この家にはこの十日ほど三十代の黒人系男性と同じく三十代と思しきネイティブアメリカンの男性が住んでいる。黒人系の方はグレッグと呼ばれていて、ネイティブアメリカンの方はイヨタと呼ばれている。この二人は先ほどから執拗にドアベルを鳴らす男をモニター越しに見ていた。何かカメラに向かって話しかけているようなのでスピーカーをオンにしてみる。

「いやー、突然お邪魔してすまない。折り入って君たちに頼みがあるんだ。」

 胡散臭い風貌だけでなく声までイヤな奴だ、グレッグはそう思った。

「どうする?開けるか?」

 相棒のイヨタに判断を委ねられた瞬間にグレッグはひと通りの想定をし終えた。脂ぎった鼻をドアのカメラから離して、わざとらしくネクタイを直しているのは前司法長官である。複数の未成年に性的虐待を加えたという、ありがちなスキャンダルで捕まって保釈されたばかりのはずだ。

「俺が出るよ。」

 グレッグがドアを開けて一階に降りようとすると、イヨタがグレッグの肘をつかんだ。

「あんなの怪しすぎるだろ。だいたいあいつは何でここを知ってるんだ。」

 イヨタはイロコイ族の血が流れるクウォーターで、本人曰く先祖返りで見た目はほぼイロコイらしい。チームを組んで最初の頃は表情の変化がつかみづらく、何を考えているのか読み取れなかった。そのイヨタが不審感丸出しでグレッグを引き止めている。

「大丈夫。玄関は開けない。ドア越しに少し揺さぶってみるだけだ。念のために地下のセーフルームの入り口を開けておいてくれ。すぐに飛び込めるようにな。」

「お人形さんはどうするんだ。」

 イヨタはまだ離してくれない。

「何か目的があるならあのお人形さんだろ。始末したいならこのセーフハウスごと爆破して、後から地下のガス管が破断して引火したとかなんとか理由を付けるだろうよ。とにかくまかせろ。」

 グレッグが肘をつかんだイヨタの右手に優しく触れると、彼はすんなり離してモニタールームに戻った。彼らがいる建物はFBIが所有するセーフハウスで、暗殺の可能性がある証人等を保護するときに利用される。見た目は高級住宅街の一軒家なのだが、玄関からもガレージ横の勝手口からも保護対象者のいる部屋にすんなりとはたどり着けない造りになっている。


(こんな住宅街でひと悶着起こしてまで手に入れたいか?あのお人形さんが裁判で証言するわけでも・・・いや待てよ。あのイカれた司法長官が奴の裁判で証言する予定の子どもがいるとかガセネタつかまされてたとしたら・・・それでもここに自分で来るか?本人がここに来れば有罪だと認めたようなもんじゃないか)


 グレッグはドアまで来ると、真ん中の磨りガラスに手を触れて透明化した。

「やあ、FBIの人なら私が誰か分かるよねえ。」

 前司法長官がニンマリと笑う。だがその目は笑っていない。それどころか焦点が合っていない。その白目の濁り具合にグレッグは見覚えがあった。複数の薬物を取っ替え引っ替え飲んでる奴の目だ。

「ここがそんな所に見えますか?あまりに変なことおっしゃると警察呼びますよ。」

 グレッグはポケットからスマホを取り出して見せた。

「それは困ったなあ。つい最近保釈されたばかりなんだけどねえ。」

 しかしこうした中毒者が無理をして理性的に振る舞うと大きな反動が出てしまう。

「あけろ!ここを!はやくうううううう!」

 グレッグはそのダミ声の後ろに何かの安全装置を外すような音を聞いた。その瞬間に跳ねるように後ずさった彼はライトのスイッチをフレームごと壁に押し込む。真ん中にあるスイッチは屋内灯のスイッチだが、フレーム全体を押すと、玄関、窓、勝手口にシャッターが降りる。これで時間は稼げるはずだ。休日の中年男性に見えるように着込んだコットンシャツの襟に向かってささやく。

「イヨタ、すまん。作戦失敗。お人形さん、移せるか?」

「もう移したよ。」

 すぐ後ろからイヨタの声がした。

「かーっ、俺、信用ねーなー。」

「お前の作戦がハマった試しがない。」

 そう言うイヨタは他のものは運び終わっていたのか、左手にソーダの六缶パック、右手には昨夜頼んだピザのケースを抱えていた。

「何日こもることになるか分からんからな。」

 言うだけ言ってくるりと背を向け地下へ先導するイヨタの背中に向かって、すまんなと言いかけたその言葉を轟音と振動が掻き消す。

「奴ら、こんな住宅街で本気か!?」

 言いながらグレッグはイヨタの背中を押して地下へと急いだ。




 地下のセーフルームにこもってからほぼ丸一日が経過している。外は水曜日の午前八時をまわった頃で出勤するマイカーが行き交っているはずだ。本来ならセーフルームからも外の監視カメラの映像はチェックできるはずなのだが、どれも作動していない。スマートフォンは電波を拾えてはいるが、住宅街でいきなり爆破を選ぶような連中なら政府内やFBIの中に内通者を持っていてもおかしくはない。アメリカ国内の組織への連絡は極力控えた方がいいだろう。

「考えるだけ無駄か。」

 グレッグは自分の体温で温まってしまったソファが嫌になって床にあぐらをかいた。イヨタはピザに付いていた紙ナプキンで熱心に折り鶴を作っている。子どもの時分に土産物のシルバーアクセサリーを作らされていたらしく、こうしたチマチマした作業が嫌いではないらしい。もっとも折り方を教えたのはグレッグなのだが。

「特に根拠はないんだが・・・」珍しくイヨタの方から口を開く。

「敵はこっちの正体を知っているんじゃなかろうか。」

「だとしたら余計に爆破はおかしいだろう。同盟国の職員を爆殺すればどうなるか、流石に連中も分かるさ。」

 イヨタの指摘が正しいとしたら、敵は日本の外務省職員を殺してでも対象を奪うつもりだったということだ。

「もしそうなら、ここから出られても出国できないってことになる。」


(俺らが外務省の人間だってことを知っているのはこの世界で四人だけだ。四人だけのはずだ。FBIの連中は警視庁からの出向だと聞かされているはず。それが漏れたとしても、やはりこれはおかしい)


 手元にあった紙ナプキンを全て純白の鶴に仕立てたところでまたイヨタが口を開く。

「俺が言いたいのは敵はお人形さんの正体を知っているんじゃないかってことだ。」

 グレッグは何か言いかけたが結局口を閉じてまたソファに戻った。もう無理矢理外に出るしかねえか、そう自分の中だけでつぶやいたグレッグのスマートフォンから「夕焼け小焼け」が流れてきた。ボスの永原からの連絡だ。寺の鐘がなるあたりまであれこれ毒づいてから彼はやっと電話に出た。

「ボス、遅いよ。」

「あなたこそ電話に出るのが遅いです。」

「オニキスか?」

 オニキスはボスの秘書AIである。ボスが直接掛けてこないということは彼の方にも何か悪い働きかけがあったのかもしれない。

「こっちは最悪だ。なんとか・・・。」

「何故この電話がボスからだと思ったのですか。」

 オニキスの声はいかにも平坦な女性AIの声なのだが、どうにもその裏に感情がこもっているように聞こえる。現に今などは怒りを抑えて、わざと平坦にしゃべっているように聞こえてしまう。

「だからこっちは今大変なんだよ。」

「速やかにお答えください。」

「あー、もー、分かった。ボスの着信音は『夕焼け小焼け』で、君の着信音は『上を向いて歩こう』だ。っていうか、君も知ってるだろう。」

「では掛け直します。」

「はー?」

 グレッグの話を一切聞かないままに秘書AIは通話を終え、間髪入れずに折り返してきた。今度は『上を向いて歩こう』だった。イヨタと通信内容を共有するためにイヤホンの片方を渡す。ちなみにスマートホンの本体もこのイヤホンも市販のものでは盗聴の可能性があるためグレッグが自身で気休め程度に手を入れているものだ。そして歌の中の人の涙がこぼれないうちに通話ボタンを押す。

「オニキス・・・。」

「ちゃんと私の着信音でしたか?」

「ああ、ちゃんと涙がこぼれないうちに出たよ。」

「それは何よりです。」

「なんでさっきの通話で報告を終えさせてくれないんだよ。」

「専用の着信音は大事ですから。」

 イヨタの肩が揺れている。彼はグレッグとこの秘書AIとの会話がツボらしく、事務所でも声を殺してよく笑っている。グレッグ自身もこのAIはイヨタを笑わせるために自分をネタとして利用しているのではないかと感じることがあるくらいだ。

「ところで俺たちの今の状況だが・・・。」

「把握しています。しかしイヨタとグレッグを対象とした攻撃ではありません。」

「じゃあ保護対象を狙ったものか?」

「それも違いますが、これ以上この話題に触れるのはやめておきましょう。とにかくそこから動かないでください。『近いうちに』保護対象の関係者が迎えに来るでしょう。そこからはその人物の指示に従ってください。以上、通信終了。」

 しばらくの沈黙の後、イヨタがつぶやいた。

「結局何も分からなかったな。」

 いや、そうでもないぞと言い掛けてグレッグは再び口を閉じた。玄関を吹き飛ばした連中の狙いを聞こうとしたらオニキスはそれを遮った。それは盗聴されていることを前提として、連中の狙いについてこちらが知っているかどうかを連中に悟らせないためだ。そして『近いうちに』と言っていたから二十四時間以内に迎えが来るということだ。これが『遠くない将来』なら既に迎えがすぐ近くにいるという意味である。以前オニキスにこんな感じの隠語をいくつか提案すると、スパイごっこをしているのではありませんとたしなめられた。どうやら使ってみる気になったらしい。

 隣にいるイヨタが辛抱強くグレッグの返事を待っているので、オニキスとのやりとりで分かったことを説明する。するとイヨタは大きく本気のため息をついた。何故ため息をつかれたのか分からないグレッグはイヨタの言葉を待つしかなかった。するとイヨタが言う。

「そう信じたい気持ちは分かるが仮に迎えが来たところで、どうやって重武装した奴らの包囲をくぐり抜けてこのお人形さんを担ぎ出すんだよ。運んでる途中でこいつの頭でも撃ち抜かれれば、それでおしまいだ。」

 彼らは今だけは日本の公務員であるために武装はできない。仮にできたところで数の暴力には太刀打ちできない。

「手詰まりかあ。一応外務省の職員ってことになってるんだけどなあ。」

「外務省の人間は誰も俺たちのことを知らないがな。」

 確かに外交官特権的なものは何もないぞってボスにアホほど言われたなあと天井を見上げたグレッグの足に何かが当たっている。というか、何かを擦り付けているような感覚だ。

「って、お前、どこから入って来たんだ?」

 いつの間にか一匹の黒い猫がグレッグの足に体を擦り付けている。

「お前しゅごいなあ。ここは密室なんだじょお。」

 そう言いつつグレッグは黒猫を抱き上げて膝に乗せ、右手で背中を撫でながら左手で喉を優しく掻いてやる。すると黒猫はゴロゴロと喉を鳴らして体の力を抜いた。その光景をイヨタは恐怖と驚きの入り混じった目で見つめており、手はポケットの上からロザリオを撫でている。それを見たグレッグは口には出さず、何をそんなに怖がっているのだとばかりの得意げな顔をした。そんなグレッグにイヨタは黒猫から目を離さずに尋ねる。

「窓もない締め切った地下室にいきなり黒猫が現れたんだぞ。お前は恐ろしくないのか。」

「そんなこと言っても猫は猫だしなあ。だいたい黒が不吉がられるようになるのは中世以降それもヨーロッパでの話だ。古代社会では猫は鼠から穀物を守るヒーローだし、中でも黒い猫は美しい猫として大事にされてたんだぜ。」

「いや、問題は猫じゃあなくて・・・」

「おっ、お人形さんが動き出したぞ。」

 そう言うグレッグの視線の先で寝かされていた保護対象がモゾモゾと動き出した。


 


洋物翻訳サスペンスや陰謀系が好きなので引きずられているかもしれません。でも本当はハッピーエンドなほのぼのストーリーを書きたいのです。本当ですよ。

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