真、ふたりに伝える
思い出は補正されてしまうものだが、それはそれでいいじゃないか。
最近、私はそう思うようになった。
楽しかったことよりも辛かったことの方が記憶には残るらしい。
思い出すものが辛いものばかりでは、生きがいがないではないか。
この若いふたりに、苦い思い出ばかり背負わせて良いのだろうか。
「……違うよなぁ」
ふたりの肩がビクリと揺れたのが見えた。
おっと、驚かせてしまったようだ。さて、いつまでも妻を見ていても仕方がない。
ふたりに向き直った。緊張がよくわかる顔をしている。
「君は、大学をやめると言ったが」
「働いて、金を稼ぎます!」
「ふむ、私は、それには反対だ」
「ちょっとお父さん!」
「話は最後まで聞きなさい」
カップを持ち、また一口味わう。安物だが、この苦みが良い。
「大学中退で、どれほどの働き口があるのか、調べたことはあるかい?」
「……ありません」
働き口はあるだろうが、高校卒と同じ扱いだが、卒業してから数年たっている分、不利だろう。
「君は、ちゃんと大学を卒業しなさい。その方が、選択肢も増える」
「で、ですけど!」
「君のご両親にとっても悪い話ではないだろう」
「ぼ、僕の両親のためではなく!」
「まぁまぁ落ち着きなさい」
「あたしは、やめて産むからね!」
「だから落ち着けといっているだろう」
まったく。若いということは、良いものだ。
「ふぅ、お前は休学にしておきなさい。いまはまだわからないだろうが、お腹の子が大きくなると動くことも大変になってくる。産婦人科での検診もある。まぁ、ふたりでじっくり話し合いなさい」
私の言葉に、ふたりが顔を見わせた。
「方法は、探せば色々あるものだ」
未来はわからないが、ふたりで歩む道は、まだまだ長いんだ。そう急くことはない。
珈琲がすっかり冷めてしまったが、この味も悪くない。