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月夜の代行者  作者: うた
第三章
97/330

97 翌朝

 ちゅん、ちゅん。


 いつの時代にもスズメはいるのだなと、ハナはぼんやりと思いながら、屋敷に戻って来た。庭に降り立つ。しかし、スズメは屋敷を飛び越え行ってしまった。理由は分かるが。

 一晩中妖怪を相手にし、竜杏という名の人間を知っているかを聞き回った。普段よりも疲労感を感じる。戻ったらしばらく眠らせてもらおうと縁側へ足を向けた。朝日が庭先を明るく照らし出す。太陽はとても美しく、ハナはしばらく庭に立っていた。

「ハナ殿、戻ったのですか。……夜通し?」

 声のする方を見れば、御館様が縁側に出た所だった。

「もう起きたのね」

「えぇ……まぁ」

 どうにもうまく寝付けず、うとうとしては眠りに落ちるのだが、しばらくすると目が覚めてしまう。それを何度か繰り返し、外が明るくなって来たのでもう寝る事は諦めたのだ。原因は一つ。タエの存在が気になったのだ。

「お姉ちゃんの護衛は、どうだった?」

 縁側に座った御館様の側に来るハナ。しっぽを優雅に振りながら歩いてくる様は、とても毛並みが良い事を表していた。触れれば気持ちいいだろうなと、御館様は素直に思った。

「すぐに熟睡してました」

「え゛」

「最初は、晴明の言葉を無視して俺の部屋に入れなかったんです。そしたら黒いもやが出てきて、すぐに消してもらいました。晴明の言う通りでしたよ。あの子に部屋にいてもらったら、何にも邪魔されずに夜を過ごせた。本当にすごいですね」

 御館様は無意識にハナに手を伸ばし、触れようとしたら、思った通り、手はハナの体をすり抜けた。

「貴船の龍神様の加護を受けてるからね」

「神の使い、か……。あの子も?」

「ええ」

「巫女とはまた違う?」

「巫女は神を崇め、口寄せや信託を告げる者と認識してる。私達はそれとは違う。直接妖怪と戦うから。神の力を直接行使するの」

「巫女よりも近い存在ってわけですか」

「そう」

 生きている人間が、そこまで神域に近い所にいるなど考えられない。御館様はタエにそれほどまでの魅力があるのか疑問に思った。後ろを振り返ってみると、開け放たれた障子から、部屋の奥にごろんと丸まっている姿を確認する。ハナもそちらを見て、苦笑した。

「ちゃんと護衛できていたなら、いいでしょう……」

「存在だけで妖怪を退けるんだから、あれでも合格ですね」

 御館様も口の端を上げて笑う。二人は顔を見合わせ、笑い合った。





「なんか……恥ずかしい」

 タエは箸を持ちながら、俯いていた。安心する香りの中、何かの気配を感じて目を開けてみれば、目の前に御館様がしゃがみ込み、自分を見下ろしていたのだ。



「よく寝てたね」

「あ……あぁ!!」

「顔、洗っておいで。寝ぼけ顔に、頭が爆発してる」

 よだれを垂らし、寝癖がひどかった。鏡を見て絶句したほどだ。



「御館様の部屋で、爆睡してたなんて」

 緊張していたはずなのに、あの部屋の香りにすっかり癒されてしまったらしい。藤虎が用意してくれた朝餉を、自分の部屋で食べている。目の前にはハナだ。

「でも、護衛は合格だって」

「部屋にいるだけでいいからって言うけど、どう時間を潰せばいいのか……」

 焼き魚に味噌を付けて食べる。ふと思い、味噌だけ食べてみる。塩分は強い。しかし、味は悪くない味噌だ。

「今夜は私が御館様に付くから、盛大に暴れておいでよ」

「うん。ハナさんの方はどうだった?」

「空振り。狙うなら御館様だって言う奴がいたくらい」

「そっか」

 ハナは、真剣な表情になった。

「鬼と戦ったんだけどね」

「うん」

「私の龍登滝を中から破壊したの」

「えぇ!?」

 タエが声を上げる。ハナは、昨夜の出来事を話した。

「強かった。放つ気配が他とは違ってて。晴明殿が言ってた鬼の可能性もある。もしかしたら、今夜も出るかも」

「了解。注意する」

 頷き、ごちそうさまと箸を置いた。

「そういえば、御館様は?」

「用を足しに」

「一緒に行かんでいいの?」

 常に側にいなくてはならなかったはず。

「私の毛を手首に絡ませてある。短時間なら離れても大丈夫なの。側に戻れば毛に神力が充填されるし。やっぱり、トイレは一人がいいでしょ。朝、相談されたの」

「ハナさんの毛にそんな効果が。っていうか、二人、仲良いの?」

 相談するほど、ハナは彼の信用を得ているのか。少し、羨ましいと思ったタエ。

「まぁ、今朝普通に話したよ。最初、冷たい印象だったから、ちょっと意外で驚いた。敬語で話すのも、やめようって」

 人と対する時とは違い、彼が纏う空気も、表情も、ハナが見ていたものと違った。

「私はかわいいワンちゃんだから? 心をほどきやすいのかも?」

 いつも“ワンちゃん”と言われるのを嫌っているハナが、自ら茶化して言った。タエはそれにも驚いていた。

「なんか、ここに来てハナさんの印象も変わった? いつも気高い感じやのに」

「そう? 私、御館様と藤虎、気に入った」

 ご機嫌さんに尻尾を振っている。タエはふぅんと笑みをこぼしながら相槌を打つと、膳を持ち立ちあがった。

「これ、持って行ってくる。藤虎さんに相談したい事あるし、ハナさんは護衛頼める?」

「うん。御館様が外出するなら、お姉ちゃんに任せていい? なんか疲れて」

「分かった」

 笑顔で頷くと、タエは台所へと急いだ。

 台所へ到着すると、藤虎が後片づけをしている最中だった。

「タエ様、恐れ入ります」

「いえ。私こそ、食べるのが遅くなってすいません。あの、ちょっと相談があるんですけど……」



「……何、これ」

 昼の食事の席にて。三人揃って食事をしている。貴族の家ではこういう事をしないらしいのだが、タエ達は、一緒に食べられる時は膳を突き合わせている。

 御館様が汁椀を持って呟いた。タエが口を開く。

「お味噌汁です」

「味噌汁?」

「味噌をお湯で溶いた汁物です。中に大根、人参を入れてみました」

 御館様の目がタエを見据える。少し驚いたように目を見開いている。

「タエが作ったの?」

「はい。この味噌、食材に付けるだけじゃもったいない気がして。私が家でよく作ってた味に近い味で出来ました。口に合えばいいんですけど」

 タエが眉を寄せる。藤虎が力説した。

「一口飲んでみてください。味噌にこんな使い方があるなんて、知りませんでした。私は美味いと思います」

「……飲んだの?」

「味見を。いやぁ、驚きましたぁ」

 にこにこと興奮気味で話す藤虎は、なかなか珍しい。そこまで言うならと、御館様も椀に口を付けてみる。

「藤虎殿に相談て、味噌汁の事やったの?」

「うん。私に一回作らせてくださいって言って」

 タエが御館様を伺えば、彼はじっと椀を見つめていた。

「……うまい」

「でしょう!?」

 藤虎が声を上げた。タエも笑顔になる。

「ワカメとか、中に入れる具を変えれば、いろんな味になりますよ」

「あんた、料理できるの?」

「家では、お母さんの手伝いをしてたくらいですけど、お味噌汁は私が作ってました。他はうろ覚えで、自信はないですけどね」

「他に出来るものがあれば、作ってみて。未来の料理に興味がある」

「がんばってみます」

 タエがこの屋敷でやれる事が出来た。それが嬉しかった。彼に認めてもらえたようで、ただの護符代わりだけではない役割を与えてもらって、素直に喜んだ。

「今日は頼光様の屋敷に行く」

「は」

 今日の予定の確認だ。次の言葉はタエとハナに向けられた。

「二人の内、どちらかに来てもらわないといけない。どっちが来る?」

「あ、私行きます。ハナさんは夜の仕事で疲れてるので」

 朝の話を思い出し、タエが答えた。

「じゃあ、昨日着た着物を着て玄関に来て」

「分かりました」


 太陽は真南の高い位置から地上を照らしていた。今日も晴天だ。





 タエの前には御館様と藤虎が歩いている。御館様は、大きめの扇子を持ち、鼻から下を隠すように覆っていた。晴明の屋敷に行った時も、扇子を手にしていた記憶がある。

(貴族の歩き方なのかな)

 タエはそんな事を考えながら、後を着いて行った。




「おい、聞いたか?」

「ああ。また鬼が出たんだろ?」


 タエの耳に、男性の会話が聞こえた。


「何でも、関白様の御屋敷の蔵から、金品を盗んでいったとか」

「蔵の分厚い扉を素手で破壊したのだろう? 鬼でもなきゃあ、出来ない技だな」


「鬼が、泥棒?」

 タエは首を捻る。鬼が人を襲わずに、盗みを働くなど、聞いた事がなかった。

「タエ様?」

 藤虎が、タエが着いて来ていない事に気付き、声をかけた。二人の所へ駆けて行くタエ。

「また転ぶよ」

 御館様がすかさず言った。タエは渋い顔をしつつも、今聞いた話を訪ねてみた。

「気を付けます。さっき、鬼が出たって。この時代の鬼って、泥棒までするんですか?」

 御館様は腕組みをして、話をしていた男性達の後ろ姿を眺めた。

「目撃者がいるから、間違いないんでしょ。少し前から出るようになったらしい。盗みだけじゃない。前は、殺しもあった」

「かなりひどい状態だったようです。人間の所業ではないと」

 ハナが出会った鬼だろうか。タエは眉をひそめた。


「そういえば、御館様って、妖怪に狙われる体質だって、言ってましたよね?」

「だったら何?」

 タエは御館様を見た。

「何で狙われるんですか?」

 妖怪や幽霊を、知らずに呼び寄せてしまう人間は、確かにいる。しかし、彼はその比ではない。明らかに妖怪達が命を狙っているのだ。その理由を聞いていなかったと思ったタエは、率直な質問を投げかける。彼は案外、素直に答えた。



「俺を喰えば、妖怪の力が増すらしい」



「え……」

 タエは驚いていた。

「俺は元々、強力な霊力を持って生まれた。だから、妖怪や幽霊を見て、怖がってよく泣いていたと聞いた。母上は巫女の血筋だったから、その力が俺にも受け継がれたらしいよ」

 どこか他人事のように、話す御館様。他人事であったら、どれだけ良かったか。そんな表情をしていた。

(安倍くんと同じだ)

 ここに来て、稔明と同じ体質の人物と会うとは。タエはぎゅっと拳を握る。

「了解しました。御館様の事、しっかり御守りしますね!」

 彼の母を悲しませるわけにはいかない。タエは気持ちを引き締めた。

「よろしく。とりあえず、行くよ」

 御館様がまた歩き出した。



 ガラガラ……。



 三人の前から牛車がゆったりと歩いてくる。タエは牛車を初めて見たので、すれ違った後も、後ろを振り返って見た。

 そして、ふと思った疑問。

「あの、御館様は牛車には乗らないんですか?」

 前を歩く二人が振り返り、タエを見る。


「乗らない」


 御館様はそれだけ言うと、また前を見て歩き続けた。





 なかなか歩いたと思う。タエは草履と着物の性質上、大股で歩けないので、足が疲れた。よくこけなかったものだ。しかし、疲れたと言えるはずもなく、ふぅと息をついて目的の屋敷を見れば、御館様の屋敷よりもでかい。目を瞬かせた。

「あんたは、俺に寄ってくる妖怪を退ける力を持つ巫女だと言う事にするから」

 道中ずっと黙っていた御館様が口を開いた。

「はい」

「刀を振り回して戦う事は言わないように。そんな巫女はいないから」

「たしかに……」

 タエの知る巫女も、祈ったり、炎の前で祝詞を読むイメージだ。

源頼光みなもとのよりみつ様は、俺が仕える主人だ。あの方と話す時は、タエを入れるわけにはいかない。別室で待機してもらう事になる。だから、できればハナ殿がよかったんだけど……」

 ハナは普通の人間には見えない。個室に入る時に彼女が側にいてくれれば、妖怪も手出ししてこないし、この屋敷にいる他の人間に気を遣う必要がないからだ。

「すいません。ハナさんが普通に仕事をして、あんなに疲れるなんて、初めてなんです。いつもはこんな事ないのに」

 タエも不思議だった。通常の仕事範囲なら、いつもピンピンしている。叉濁丸の時は別として、彼女の疲労した姿を見るのは稀だった。

「この世界にまだ慣れてないのかな」

「すまない。無理を言った。あんたが同じ空間にいられない時だけが気がかりだな」

 御館様も眉を寄せている。藤虎も心配そうだ。タエもうーんと屋敷の門の前で考えていると、ひらめいた事と、目についたモノがあった。

「これなら、効果があるかもしれません」

 ごそごそとタエは巾着の中に手を突っ込んだ。ウェストポーチに入れていた高様の秘密道具だ。ポーチだと目立つからと、巾着を用意してもらった。そして、取り出した物を御館様に出す。

「鏡?」

「貴船の神様の御神体の鏡と同じ物です。力が強いんで、本当は他の人に貸せる物じゃあないんですけど、神力が宿ってるから、持っていれば御館様を守ってくれるはずです」

「大事な物じゃないか。そんな物を俺が借りてもいいの?」

「話が終わったら、返してくれればいいです。これで話に集中できるでしょ?」

 手の平よりも小さい鏡を御館様の手に乗せる。彼の大きな手にあれば、もっと小さく見えた。小さな鏡に赤い房が付いた、シンプルだが傷一つないとても美しい鏡だ。

「帯に括り付けてください。見える場所にあった方が、妖怪も鏡に気付いて寄ってきませんよ。きっと。もし襲われても、呼んでくれればすぐにかけつけるんで、心配なしです!」

 タエが彼の腰帯に着けた。そうして腰にキラリと揺れる鏡を見て、タエは満足そうに頷き、御館様は大切そうにそっとなでる。

「終わればすぐに返す。……ありがとう」

「!」

 ぼそりと言われたお礼に、タエがはっと彼の顔を見上げた。ふい、と顔を逸らし、照れくさそうにしている御館様を見て、心臓がどくんと跳ね上がる。

(あ、れ……?)

 胸の奥が熱くなる心地がした。お礼を言われて嬉しくなったタエは、顔がにやける。それをじと、と見る御館様。

「何にやついてんの。間抜け顔は屋敷の中でしないでよ」

「は、はい」

 自分の顔を両手で押さえ、緩んだ筋肉を締めるように刺激した。不安要素もなくなったので、御館様、タエ、藤虎は門をくぐった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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