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月夜の代行者  作者: うた
第三章
93/330

93 平安時代の貴船神社

「高様!」


 夜の貴船神社。代行者モードのタエとハナは、共に高龗神の元を訪れていた。雰囲気は現代と変わらない。しかし、道は舗装されている訳ではなく、参道の旅館があった場所は現在森で、鬱蒼としている。木々の間から見える妖怪の姿は、おどろおどろしい。じっとこちらを見てくる視線が不気味だ。自分が代行者でなければ、恐怖で足がすくんでしまう所だったろう。現代で仲良くしてくれる妖怪達を見かけないので、少し寂しい気がする。

 この時代は聖域のすぐ側でも、邪心を持つ妖怪が平気で歩く空間だ。京の都は、全体的に妖気で満ちている。だからこそ、聖と邪がギリギリの所でせめぎ合っているように感じた。



「誰じゃ」


 凛とした声が響く。聖域の本殿の前で、上司が現れるのを待っていた二人は、ほっと息をついた。

「わしを呼ぶとは……、わしの加護の力を感じる。お前達、何者」

 とても警戒している。無理もない。ハナが話し出した。

「私達は千年後の未来から来ました。高龗神様に仕え、代行者として京都を守っております」

 高龗神の眉がぴくりと動いた。

「未来から、じゃと?」

「そうです。未来のあなた様に仕えています」

 ハナが念を押すように、もう一度言った。

「高様から任務を受け、この時代に来たんです。この書状を渡すよう、言われました」

 タエも少しドキドキしながら言葉を告げた。両手で高龗神から受け取った手紙を差し出す。その手紙の表には、達筆で美しい文字が綴ってあった。達筆すぎて、タエには読めないが。

 白いトカゲがタエの前に来たので、タエは手紙を渡した。彼女の式神、白露だ。それを知っていたので、迷う事はなかった。白露が高龗神に手紙を渡す。それを彼女は見て、驚いた表情を見せた。

「この字は間違いなく、わしのもの。お前達、名は?」

「私はハナと申します」

「私は花村タエ、です」

 ばさりと広げ、手紙を読み終えるまで、タエとハナはじっと待った。



 しばらくして、高龗神は顔を上げた。

「事情は分かった。お前達が、次の代行者の魂を連れて来るのだな?」

「はい」

「何とも不思議な話よ。未来の自分からの文など。“最も強い代行者となる魂を連れて来る”と書いてあるぞ?」

 本当に出来るのかと、挑むような目つきで見下ろす。タエは怯んではいけないと、その目を真っ直ぐ見つめ返した。

「その人は、京都の歴代代行者で最強だと、聞いています。必ず連れて来ます」

「そうか。ならば、楽しみに待っているとしよう」

 高龗神も納得してくれたので、タエはホッとした。そこに、ハナが疑問を投げかける。

「今、代行者は……?」

「今はおらん。先日、妖怪に倒されてしもうてな」

 高龗神も残念そうだ。しかし、タエとハナは納得していた。主が一緒でも、契約時期の違う代行者は同時に存在出来ないと聞いていたからだ。

「だからこの時に送ったのね」

 ハナの言葉に、タエも頷く。

 目の前の高龗神は、ある事を思いついた。

「お前達、次の代行者の魂を連れて来るまでの間、この時代の代行の仕事も兼任できるか? わしの式が今、妖怪共を滅して動いておるのだが、何分、この時勢。妖怪の数が多くてな。手が回らんのだ」

 タエとハナが顔を見合わせ頷いた。

「主である高様の命に従います」

「がんばります!」

 二人の言葉に、高龗神も、ようやく笑顔が見えた。二人が知っている笑顔だ。

「“高様”か。未来のわしは、お前達にそう呼ばせておるのだな。助かる。してタエよ。お前は生きておるのか?」

 タエをじっと見る高龗神。タエは大きく頷いた。

「はい! 高様は、ハナさんと私の絆を見て、代行者にならないかって勧誘したんです。まだ生きてる私でも、問題ないとおっしゃってましたよ」

 大きく笑いだした高龗神。それに驚いたのは、タエとハナだ。

「くくく……。未来のわしは、相当面白い事をしておるな。よく分かった。お前達の実力を見たいのもある。仕事は明日からでいい。頼んだぞ」

「はい!」


 今夜はとりあえず、屋敷に戻り、体を休める事にした。





「おはようございます!」

「……」

 翌朝、部屋で着替えを終え、顔を洗って髪の毛をセットしている所に、御館様が顔を出した。部屋の様子を見に行くと、襖が開いていたので、ひょっこり顔を出したのだ。

「あの、お部屋、ありがとうございました。着物も」

 ふと、寝床の畳の上を見れば、キレイにたたまれた彼の着物が。貴船神社から戻ったタエは、藤虎が用意してくれた寝床で熟睡することができた。畳なので少し固かったが、順応できる。上から掛けた御館様の着物は暖かく、爽やかな香の香りがして、アロマ効果があったのか、とても安らかに眠れたのだ。

「えと、たたみ方を思い出しながらやったんですけど……ダメ、ですか?」

 おどおどしだしたタエ。キッチリたたまれているので、タエの性格が少し分かった気がした。

「いや、気にしなくていい。もうすぐ朝餉だ。この部屋に持って来させる」

 それだけ言うと、去って行った。

「あ、ありがとう、ございます」

 タエは、それしか言えなかった。



 藤虎が膳を持って来てくれ、タエは一人、朝ご飯を食べた。白ご飯に魚の塩焼き、梅干し。タエは全て平らげた。

 箸を置いて、ふぅ、と息を吐く。

「お姉ちゃん」

「どうする? 今日、竜杏先輩探し」

 タエは予定を全く考えられなくなっていた。昨日少し見えた光が、闇に隠れてしまった現実。御館様の知り合いだったという、“りゅうあん”という名の者は、既に死んでいた。

「高様は、まだ生きてるって言ってたから、その人じゃないんやよ。考えてたんだけどね、人間に聞くよりも、妖怪に聞くのが良いんじゃないかって」

「人より、妖怪?」

「うん。この時代、歩いてる人にいきなり尋ねても怪しまれるでしょ。だったら、先に妖怪達に聞いてみるのも手かなって」

「なるほど。名前を知ってる妖怪がいるかもしれない」

 タエも了解した。少し目の前が開けた感じだ。

「じゃあ、どうする? 朝から妖怪捕まえて聞くってのも、難しいか」

「やっぱり夜が一番かな。代行者の仕事をしながらが良いかも」

 ハナはいつでも冷静だ。

「そうやんねぇ。じゃあ、日が出てる間はどうしようかな。ここには一晩だけって言われてるし」

 昨夜、藤虎が御館様にタエ達をここに置いてもらえないか聞いてみると言ってくれたが、返事はまだだ。結果がまだと言う事は、ダメだったのかもしれない。

「今日、泊まる所を探さないとなぁ」

「ダメだったら、貴船神社に行くしかないね」

「うん」

 最悪の場合はそうだろうとタエも思っていた。聖域外の神社の境内にいれば、身の危険がある。聖地の端っこに、少し間借りさせてもらえれば良いが。

 ふと、開いた襖から庭が見えた。庭の端に木や茂みがあるが、どれも枯れ、枝が細々としている。よく見て見れば、庭の土も所々ひび割れており、草木一本、まともに生えていない。彼が妖怪に狙われ、屋敷に溜まる妖気のせいだろうか。



「タエ、ちょっといい?」



「は、はい!」

 考えを巡らせていると、ふいに廊下から自分を呼ぶ声が聞こえてきて、タエは驚いた。慌てて返事をすると、御館様が部屋に入って来る。

「これ、着て」

 その手にあったのは、朱色地に赤や青、金色の刺繍が施された着物が入った黒塗りの箱だった。他にも襦袢や帯がある。訳が分からず御館様を見れば、彼が言った。

「一緒に来て欲しい所がある。ハナ殿も一緒に。その恰好じゃ、表、歩けないでしょ」

 タエの服装を見て、ふぅと息を吐いた。平安期の七月は涼しいので、キャミソールの上から五分丈の上着、ストレッチパンツ。昨日も、周りから変な目で見られていた事を思い出した。

「着物の着方、分かる?」

「ええと、やってみます」

 とりあえず受け取る。両手が開くと、御館様は体の向きを変えた。

「着たら玄関まで来るように。荷物は置いたままでいいから」

「あ、はい」

 それだけ言うと、またスタスタと去って行ってしまった。



「お待たせしました」


 玄関で待っていた御館様が、振り返る。彼は狩衣かりぎぬ姿。薄紫の表地の色と、裏地の緑がキレイだ。彼は目を見開いた。そして、にやりとした。

「やっと見られるようになったね」

 タエが渡された着物は、“壺装束つぼしょうぞく”というものだった。貴族の外出衣らしい。絵巻物で見る単衣ひとえではなかったので、正直ほっとした。帯も紐なので、ハナに後ろを見てもらいながら、なんとか結べた。が、御館様が後ろを見て眉を寄せる。

「後ろ、向いて」

「えっ、あ、はい」

 言われた通りにすると、結んでいた帯を解かれてしまった。

「あぁあ、あの!?」

 いきなりの事に、あたふたしだすタエ。

「じっとして。着物はこうやってからげて、紐はこうして結ぶ」

 着物を直してくれるのだと理解して、タエは静かになった。良く見て覚えようと、御館様の手元をじっと見る。

「未来には、こういう着物、ないの?」

 直し終え、御館様が尋ねた。

「着物はありますけど、形がちょっと違いますね。正直、自信ありませんでした」

 あはは、と笑う。と、頭にばさりと何かを乗せられ、視界が白くなった。

「?」

「笠、かぶりな。この時代の女人は、基本、顔を見せない」

 笠の周りに白い布が垂れていた。透けて見えるが、顔は隠れる。

「貴族の人はそうですよね。私、貴族じゃないですけど」

「髪の短さを隠す為だよ。そこまで短い女はいない。変な目で見られるし。目立ちたくはないから」

「ああ。なるほど」

 タエの髪の毛は肩にかかるくらいだ。納得すると、藤虎も玄関にやってきた。

「私なしで出掛けるなど、初めてではありませんか?」

 嬉しそうに、にこにこしている。タエは目を丸くした。

「藤虎さんは、行かないんですか?」

「ええ。今日は留守番です。タエ様の荷物には触れませんので、ご安心を。ああそうだ。屋敷にまた妖が入って来る事はありますか?」

「今日くらいなら、大丈夫です。」

 タエも笑って答えると、藤虎もホッと息を吐いた。

「行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

 御館様が短く言うと、藤虎が見送ってくれた。

「行ってきます!」

 タエとハナも御館様の後ろを着いて歩きだした。


読んでいただき、ありがとうございました!

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