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月夜の代行者  作者: うた
第三章
92/330

92 今夜の寝床

「――え?」

 タエは、言われた言葉の意味が分からなかった。


「だから、死んだんだ」


 御館様が、タエとハナを真っ直ぐに見た。藤虎は、目を伏せている。

「俺達が知っている“りゅうあん”と言う者は、幼い頃に死んだ。すまない。さっき聞いた時、驚いて、どう答えたらいいか迷った」

「死んでる……?」

 タエが小さく呟いた。ハナも驚きを隠せない。

「他に、同じ名前の者がいるのかもしれませぬ」

 藤虎が元気を出すように言った。



「とりあえず、あんた達、今夜泊まる場所はあるの?」



「へ」

 現実に引き戻される。

(泊まる場所?)

「あ゛」

「そんな恰好で夜出歩いてたら、襲ってくれって言ってるようなもんだよ。まぁ、あんた強いし、そんな心配ないかもしれないけど」

 御館様の表情は崩れない。未来から来て、知ってる人は誰もいない。今夜寝る布団すらないのだ。

「是非、泊まっていって下さい。部屋はたくさんあります故」

 藤虎が笑顔で言った。髭をたくわえているので、とてもいかつく見えるが、人の良さが伝わってくる。本当に、裏表がない人だと感じる。

「あの、いいんですか……?」

 タエが御館様を見れば、彼はすっと立ちあがった。

「ここは無駄に広いから、好きにすれば。あんたの強さは分かってるから、襲うような馬鹿はいないし安心して。藤虎、部屋の用意、してあげて」

 ぶっきら棒に言って、部屋を出て行った。は、と藤虎は頭を下げる。

「あの、綱様は……」

「自室に戻られ、仕事の残りを片付け次第、お休みになられますよ」

 言いながら、膳を片付けようとしている。タエは自分の膳を持った。

「あっ、タエ様、私がやります」

「これくらい、お手伝いできます」

 笑って立ちあがると、藤虎は礼を言いながら、台所へとタエを連れだって歩きだす。ハナは廊下に出ると、暗がりの中、ある一点を見つめていた。



「あの、このお屋敷には、二人で住んでるんですか?」

 タエにも平安時代の知識は多少ある。名のある貴族なら、たくさんの使用人がいて、賑やかな印象だ。それが、この屋敷には、それが皆無。二人以外の人間に会わないのだ。

「そうです。御館様は幼い頃から妖に狙われる体質でして、そんな屋敷に奉公に来る人間はいません。掃除や食材の事は、定期的に外から手伝いが来てくれまして、男二人で気楽に住んでいますよ」

 はは、と豪快に笑う藤虎。

「藤虎さんは、綱様の側にいて、怖いと思った事は、ないんですか?」

 純粋な質問だった。妖怪に狙われる人間の側にいれば、嫌でも巻き込まれる。

「私は、慣れと言うのですかな。御館様を幼い頃から見守ってきました。妖ごときに負けてなどいられません。しかし今日は、襲われてはぐれる始末。不甲斐ないです。タエ様とハナ様がいてくれて、本当に助かりました」

 タエは正直に、この人はすごいと思った。本当に命を賭けて御館様を守ろうとしているのだ。台所に着き、膳を机の上に置くと、藤虎はタエの膳も受け取った。

「ありがとうございました。部屋へ案内しますので、一度部屋に戻ります」

「はい」



 食事をした部屋へと戻ると、ハナの姿はなかった。タエはカバンを持ち、藤虎の後へ続いて廊下を歩く。

「今は夏ですか?」

 タエが聞いてみた。

文月ふみづきに入りました。暦ではもう秋です」

 タエは頭の中で旧暦の月の名前を思い出す。文月は、七月。

(確か、昔の四季は今とズレてたんだよな。二千年代の七月は倒れるくらい暑いけど、こっちの七月は、随分涼しく感じるなぁ)

 昼間も、夜も、じっとりとうだるような暑さを感じない。夜は半そででいると、少し寒いくらいだ。サラッとした空気が頬を撫でる。だから着物を着こんでいても平気なのだと、タエは納得した。



「明日はもう、行ってしまわれるのですか?」

 藤虎が尋ねて来た。タエは眉を寄せた。

「うーんと……。正直、どうしたらいいのか分からなくて」

 明日からの予定など、真っ白だ。

「お二人がいてくださると、御館様の為にもとても助かるのですが。行く所がないのなら、ここを拠点に、竜杏という人物を探しても良いのでは?」

「信じてくれはったんですね。変な恰好の人間の話を」

「あなた方は、この時代の匂いがしませんからね。むしろ、未来から来たと言われた方が納得できます。強い聖なる力を持っている事も、屋敷を見れば明らか。これほどまでに、屋敷が澄んだ空気であるのは初めてですからな。妖が蠢く時代です。何が起こっても、不思議じゃありません」

 とても出来た人だ。

「ありがとうございます。ここで御厄介になれれば、すごく有難いです。でも、綱様が許してくれるかどうか……」

 そっけない無表情の彼。イケメンだが、とっつきにくい雰囲気を出しているので、恐縮してしまう。

「私から言ってみます。今宵はゆっくり休んでください」

 廊下を歩きながら、藤虎がそうそう、と続けた。

「御館様は、名前で呼ばれるのが好きではないのです。呼ばれる時は、“御館様”と呼んでさしあげてください」

「分かりました」

 藤虎が今日泊まる部屋へ案内してくれた。廊下を歩きながら、トイレの位置、洗面の仕方を教えてくれ、部屋に着くと、蝋燭に炎を灯し、寝台を二つ用意してくれた。一つはタエ、一つはハナにだ。神獣のハナを、床に寝させる訳にはいかないと思ったのだろう。この時代には布団がない。分厚い畳の上に寝、掛け布団代わりに自分達が来ている着物をかけるのだ。

「少々お待ちください」

 そう言うと、藤虎が姿を消した。部屋にぽつんとタエが一人残される。

「まさか、平安時代の暮らしをすることになるなんて」

 柔らかい布団はしばらくお預け。上に何をかけて寝ようと考える。高龗神の羽織しか大きい物はない。分かっていれば、タオルケットの一枚でも持って来たものを。何もかけずに寝るのは、風邪を引く要因になる。

 どうしようかと思案していると、藤虎が戻って来た。

「これを掛けて寝てください」

 渡されたものは、男性用の着物だ。

「藤虎さんのですか?」

「まさかっ。御館様の物を借りて参りました。これはそんなに着ていない物なので、キレイですよ。ハナ様の分も必要ならば、言って下さい」

 御館様の顔を思い出す。イケメンの着物。恐る恐る受け取る。広げて見れば、確かに大きい。タエの体を包み込む大きさだ。しかも、しっかりとした生地で仕立ててあるので、きっと温かいだろう。少し、心臓が締め付けられる感覚があった。

「ありがとう、ございます」

「それでは、ごゆっくり」

 満足そうに部屋を出ていく藤虎。とりあえず、着物を軽くたたみ、自分のカバンを部屋の奥に置く。中から晶華の依り代を出した。

「さすが貴船の御神木。しっくりきた」

 初めて晶華を呼び出し、生身の体で戦った。代行者モードの時よりも運動能力は劣るが、妖怪に引けを取らない。うまく動けていた。晶華の切れ味も変わらず抜群だった。

「高様、御神木の桂様、ありがとうございます。晶華、この姿でもよろしくね。一緒に戦おう」

 依り代をそっと撫でカバンにしまった。そして廊下に出て、ハナを呼ぶ。

「ハナさん」

 ハナが現れた。そしてその後ろに、ほの白い女性の姿が。暗闇の中の白い女性の幽霊など、ホラーでしかない。一瞬ドキッとなるが、タエも代行者。ここで動じてはいけないと、気をしっかり持ち、その女性を見据える。

「庭にいたよ。お姉ちゃんに斬られなかったって。話をしたいって言ってたから、連れて来た」

「まあね。この人はこの屋敷を守ってるように見えたから、斬らへんかったんよ」

 言いながら、二人を部屋に招き入れる。炎がゆれた。


「それじゃあ、その話っての、聞かせてもらおうかな」





「……」

 仕事も終わり、ふと顔を上げた。耳を澄ませると、とても静かだ。こんなに静かな夜は初めてかもしれない。いつも、何かがざわざわと空気を騒めかせているからだ。それに慣れてしまっているので、余計に感じる。

「寝たのか」

 藤虎がタエ達に部屋を用意し、自分の着物を一着持って行ったので、もう寝てもおかしくはない。


 タエとハナが空気まで浄化してくれた。口に出しては言えなかったが、心の中では感謝しているのだ。未来から来た、奇妙な娘と神の使いだと言う白犬だが、力は本物だ。そして強力だ。明日からも自分に纏わりつく妖を祓ってくれれば、どれだけ助かるか。しかし、彼女達には目的がある。

(明日には出ていくんだ。……この静寂も、澄んだ空気も、今宵だけだ……)



 御館様は床に着き、目を閉じた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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