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月夜の代行者  作者: うた
第三章
90/330

90 平安時代

「お姉ちゃん」

「う……」

 ハナに呼ばれ、タエは意識を取り戻す。目を開き、周りを見渡して、目を瞠る。


 現代のような、背の高い建物などなく、きれいに揃えられた通りの手前には、平屋の建物が並んでいる。とても山が高く感じた。奥を見れば、豪華な屋根が見え、手前の雰囲気と格段に違う。貴族の屋敷だと一目で分かった。タエとハナは、小高い丘の上にいたので、下に広がる碁盤の目の街並みが良く見えた。


「ここが、平安時代……」

 タエは少し驚いていた。手前の庶民と奥の貴族の生活の差を、目の当たりにしているのだ。今まで学校で勉強してきたのは、貴族の話ばかりであったと今更ながら痛感する。貴族ではない人の生活もあるのだ。それは、思った以上の貧しさを見せていた。

 この時代はガソリンの排気ガスや空気を汚す未来の物質はない。だから空気がとても澄んでいる。しかし所々、町の中に空気がよどんでいる箇所が気になった。



「さて、どうしようか」

「まずは、この時代の高様に会わないと」

 ハナの言葉に、高龗神から預かった手紙を思い出す。

「そうやね。神社の近くじゃないのかな。……方角はどっち?」

 まだ慣れない街並みに、方向感覚が混乱していた。



 ざざざっっ!!


「なに!?」

 タエ達がいる場所からそう遠くない所で、足音が聞こえた。そして、禍々しい気配も辺りに漂う。

「行ってみよう」

 タエはカバンから依り代を出し、晶華を召喚する。ハナも毛を逆立てていた。

「お姉ちゃん、乗って!」

 タエは高龗神の羽織を着ているので、ハナの背に乗る事ができる。二人は、嫌な気配の元へと急いだ。





「っく!」


 山の麓を男性が一人、逃げている。昔、民家があったであろう壁や廃墟があるが、近所に人の姿はない。男性は後ろから襲ってくる何かに、ビュンッ、と刀を振るも、ひらりとかわされた。黒い霧のようなオーラを纏い、でかい一つ目の妖怪が、ぎょろりと目の前の男性を見据える。

 人の二倍はある巨体。しかし、筋肉などはなく、くらげのような触手が生え、空中に漂っている風貌ではあるものの、その目と大きな口は、不気味さを増していた。口が開き、蛇に似た長い舌が男性へと伸ばされる。

 どんと背中が壁に着いてしまった。これ以上、下がる事が出来ない。伸ばされる舌を切り落とそうと刀を振れば、しゅるりと口の中に戻り、妖怪はにやりと嫌な笑みを浮かべる。そして、大きな口が男性を呑み込もうと、がぱりと開かれた。

「……これまでか……」

 一緒にいた従者は、この妖怪から逃げる内にはぐれてしまった。喰われていないだけましだが。男性はここで人生が終わるなど、思ってもみなかった。

(いや……いつ終わっても、おかしくなかったな……)

 自嘲する笑みを浮かべる。構えていた刀も、下ろしてしまっていた。


 最期を覚悟した。


「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」


 耳をつんざくような叫び声を出したのは、目の前の妖怪の方だった。仰け反り、喚いている。

 男性は何が起こったのか理解できずにいると、彼の前に、横から回り込んできた影があった。その速さに驚く。

「な……」

 後ろ姿しか見えないが、橙と桃色の混じった美しい柄が下にいくほどに白くなっている羽織をはためかせ、その手には、見た事のない刀が見えた。

 刀身は透明で透けている。どこか美しいと思ってしまった。

 ざっ、とその人物が妖怪の正面に割り込んで来たと思えば、何の躊躇いもなく刀を下から上へ振り上げ、妖怪の目と口をばっさり斬ってしまったのだ。


 お゛お゛お゛ぉぉぉ……


 妖怪の断末魔の声が辺りに響く。最後の抵抗とばかりに、何本もの触手を振り回す。それが男性の背にしていた壁に当たり、めり込んだ。幸い、男性がしゃがんで避けたので、直撃は免れたが。次の瞬間、閃光が走ると、その腕がごとりと落ち、妖怪の体がバラバラになると、塵となり消えた。


 その光の正体が、目の前の人物が振るった刀の閃光だと気付く。


 男性は、しばらくぼんやりと目の前の光景を見つめていた。ばさりと羽織が風に揺れ、刀を持っていたのが女だと、今更気付いた。妖怪が消えた後、その後ろに一匹の白い犬がいる事にも気付いた。


「大丈夫ですか?」


「……」


 振り向き、声をかけられた。その声が高く、可愛らしく聞こえ、その顔がどことなく幼かったので、男性はタエを見つめたまま、呆然としていた。はっと我に返ると、顔を背け俯く。

「あのぅ……」

 肩かけカバンを抱え直したタエは、目の前の男性に声をかけるが、返事がない。心配してもう一度声をかけてみる。ハナもタエの側に来ていた。



「御館様!!」


 遠くから、別の男性の声が聞こえた。そちらを向けば、壮年の男性が駆け寄って来た。身なりのいい着物を着ている。腰には刀を携え、髭をたくわえ、眉も太く、きりっとした顔つき。とても体格が良いので強そうだ。その男性が、タエの側にいる男性を見ながら真っ直ぐ走ってくるので、彼の知り合いだと推測できた。側で座り込んでいる男性も、改めて見ると良い生地の着物を着ている。“御館様”と呼ばれているので、高貴な人物なのだろう。



(本当に、平安時代に来たんだ……)


 タエは、自分達がタイムスリップした事を実感した。



「ご無事ですか! 申し訳ありません。命を賭してでも、お守りせねばならなかったのに」

「いや、気にするな。藤虎も無事で何よりだ」

 藤虎と呼ばれた男性が、御館様と呼ばれる人物を大事そうに立ち上がらせる。そして、タエの存在に気付き、驚いた。

「この女子も襲われたのですか?」

「いや。この者に救われた」

 と、タエと目が合う。

(うっ!?)

 タエはドキリとした。その顔をしっかり見ると、自分が助けた“御館様”とやらは、なかなかのイケメンだったのだ。平安期には珍しいのかもしれない、烏帽子からはみ出ている栗色の髪の毛。瞳も、太陽の光が当たると奥が緑色に光った。中肉中背、色も健康的だが色白の域。そして整った端正な顔立ち。現代の女子達もキャアキャア騒ぎそうなレベルだ。


「何とも、奇異な恰好ですな」

 藤虎がタエの服装を見た。当然だろう。羽織の下は、二千年代の服装なのだから。キャミソールに白のTシャツ、黒のスキニーパンツだ。

「そんな着物を着ている女は、この都にはいない。あんた、何者だ。妖か?」

 睨むように向けられた視線。手は刀を握っている。タエはどう答えたらいいのか分からず困った。

「ち、違います! 私は人間です。妖怪を倒しながら旅をしています。この服は――戦う時に楽なので」

 あはは、と笑ってごまかしてみる。決して嘘ではない。攻撃の意思はないという意味で、晶華も解いて、急いでカバンに突っ込んだ。

「妖怪を、倒す旅、とな!?」

 藤虎は驚いた声を出した。

「どこかの寺で修行を?」

「いえ、神社の神様に仕えています……」

 これも嘘ではない。

「おお! 巫女様ですか。御館様、屋敷の祓いをしてもらっては」

「必要ない」

 目を逸らし、冷たく言いきった。

「この間、晴明にしてもらっただろう」

「しかし……今日、護符を持っていても、襲われたではないですか。私は剣に覚えはありますが、妖怪は、我々の力を越えてきます」

 タエは、二人の刀を見て驚いた。

(あれは、妖刀?)

 彼らが持つ刀は、普通の刀とは少し違っていた。鞘に納められているが、滲み出る気配は、通常の刀ではない。ハナも同じ事を感じ取っていた。

 あの世の者と対峙するには、この世の武器では通用しないのが基本だ。普通の刀では、妖怪を斬る事は出来ない。妖刀など、簡単に手に入る物ではないはずだが、目の前にいる二人は、それを携えている。

(この二人、何者?)

 タエとハナは不思議に思っていた。



 男性二人は、まだ意見を対立させていた。

「怪しい人間を屋敷に入れる方が危ない」

 もっともな正論。タエは何も言えなかった。

(まぁどうあれ、私達には関係のない事か。この人達とはこれで終わりやろうし)

 タエもこの場でさよならだと思っていた。

「助けてくれた事、礼を言う。それでは」

 藤虎と会話をさっさと切り上げ、御館様は真顔のままで、ぺこりと頭を下げる。そしてそのままタエには見向きもせずに、歩きだした。藤虎も観念したのか、タエに礼を言い、彼を追いかける。

「なんか、冷たい感じの人やね」

「うん……」

 側にいたハナが話しかける。タエも彼らの後ろ姿を見ていたが、眉をひそめた。今度はアナコンダのような大きさの蛇が彼に向かって這って来ているのだ。

「あの蛇、あの人を狙ってる!」

「ああもうっ!!」

 タエが再び晶華を構え、その運動能力を使って突進していく。大きなカバンを持っていても、能力が上がった今の状態では、邪魔にもならない。大蛇が御館様へ飛びかかろうと首をもたげた瞬間、彼も藤虎も気配に気付き、振り向いた。


 大蛇はその巨体に似合わない素早さと跳躍を見せた。離れていた距離を、一気に詰めた。大きく口を開き、尖った牙で狙いを定める。


 ざしゅっ!!

 牙が彼に届こうとした瞬間、蛇の首が空中に飛んだ。タエが斬ったのだ。

「……」

 間をあけることなく襲われたので、驚きのあまり固まる御館様。刀へ手が伸びていたが、一歩遅かった。藤虎も遅れてしまった。タエが斬らなければ、二人とも餌食になっていただろう。

「巫女様……」

 藤虎が呟く。タエは訳が分からなかった。

「何なんですか!? 真っ昼間から妖怪に何度も襲われる人間なんて、そうそういませんよ!!」

 タエが喚く。妖怪に好かれているのか、このイケメンの周りには、あの世の者が寄ってくるらしい。

「……俺だって、嫌で仕方ないんだよ」

 御館様がムッとして言った。先ほどの蛇の首は、もう塵になっている。体もざらざらと風が攫って行った。

「祓いの儀式をしても、魔除けを持っても襲ってくる。本当に面倒で嫌気がさす」

 吐き捨てるように言った。彼もほとほと迷惑しているようだ。

「巫女様、屋敷へ着くまで、同行を願えないでしょうか。もちろん、礼はします」

「藤虎! お前、何を……」

 御館様が異を唱えた。

「御館様、今日は特に良くありません。私は御館様を守れるのなら、命などいりません。しかし、相手が悪すぎます。巫女様のお力を借りるのが、得策かと」

 藤虎の言いたい事は良く分かる。彼もぐっと意見を飲み込み、タエをじろりと見た。

「……怪しい態度をとれば、容赦しない」

 妖怪以外、彼らに刃を向ければタエを斬るという事なのだろう。腰の刀に手を添えた。若干の命の危機を感じつつも、タエはハナを見る。ハナも、放っておけないと理解を示し、頷いた。高龗神へ手紙を届けるのは、少し後になりそうだ。


「分かりました。御屋敷まで、一緒に行きます」


 こうして、タエとハナは御館様という人物と、その従者藤虎と共に、彼らの屋敷まで護衛することになった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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