表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の代行者  作者: うた
第三章
88/330

88 新たな展開

 夏休みもそろそろ後半に差し掛かろうとする頃。タエは夏休みの宿題に奮闘していた。各教科の問題集を一冊ずつ渡されたのだが、その一冊が分厚い。


「ほんとに終わんのコレ!?」


 タエはリビングの机で吠えていた。自分の部屋だと誘惑に負ける自信があるので、母やハナが見ている所でやる事に決めている。夏休み当初から、結構真面目に取り組んでいるのだが、なかなか終わらない。現在、得意な生物に取り掛かっている。しかしまだ、苦手な社会科が丸々一冊残っていた。

「本来、学生の仕事は勉学やからね。頑張んな」

 母がサイダーを一気飲みした。ぷはっと景気良く飲み干すのを横目で見て、タエは教科書とにらめっこをしながら解いている。

「そういや、涼香ちゃん、彼氏出来たんだって?」

「知ってんの?」

「こないだ会ってね。ますます可愛くなってるから、すーぐ分かったわ。タエちゃんが協力したんやって? 彼はどんな子?」

「一緒のクラスの子。私と同業者」

 母の目が点になった。

「え、代行者?」

「じゃなくて、晴明神社の跡取りやよ。裏の仕事は陰陽師やから。一緒に戦った事あるし」

「あんたの周り、凄いね」

 母はポテチをぱり、と一枚食べた。タエも手を伸ばす。

「タエちゃんは? 彼氏いないの?」

 ばりっ。タエはポテチを五枚一度に口へと運ぶ。

「いたらここで勉強してへんのとちゃう?」

「良い人いいひんの? 代行者の人は?」

「生きて代行者になってるのは、私だけ。普通は亡くなった人から選ばれるから」

「そうなん?」

 これは初耳だった。

「貴船神社って、縁結びの神社でもあるでしょ? 直接お願いしたら?」

「磐長姫様ね。まぁ、いよいよやばくなったら頼んでみるよ」

 あはは、と乾いた笑いで誤魔化した。



「おねーちゃん」


 時刻は午後三時過ぎ。ハナの声がして、見てみれば、二階から下りて来た。聖域から直接来たのだと分かる。

「あら、ハナちゃん」

 母がハナを呼んだ。ハナは母に頭を撫でられると、タエへと向き直った。

「高様が呼んでる。生身の体のままで」

「えっ、どういうこと?」

 よく意味が分からない。生身の体では、聖域に入る事はおろか、鏡を通り抜ける事がまず不可能だ。ハナは続けた。

「方法はあるから、行く用意するよ」

「よ、用意?」

 タエと母は顔を見合わせ、皆でタエの部屋に向かった。


「長旅になるから、必要な物を持って行って。服と下着と、暇つぶしの道具とか」

「長旅!?」

 タエは声を上げた。

「ハナちゃん、ちゃんと説明して。二週間もすれば学校が始まるのよ?」

 母も戸惑っている。

「高様は、詳しくはお姉ちゃんが来たら話すって言ってたから、私もよくは知らないの。でも、お姉ちゃんの生活に迷惑はかけないって約束してるから、お母さんも信じて」

 神様の呼び出しなので、すぐに行かなくてはいけないのは分かっている。タエはとりあえず、出かける用意を始めた。


 言われた通り、大き目の肩がけカバンに下着と靴下、替えの服を数着。タオルも数枚。櫛やヘアゴム等、女子に必要なグッズ。スマホと充電器、まだ残っている夏休みの宿題と教科書類、読みかけの雑誌、先日雑誌の懸賞で当たった小型のポラロイドカメラを入れた。


「お姉ちゃん、晶華の依り代とか、高様にもらった道具も忘れずにね」

 ハナが助言してくれたので、タエも忘れずに入れる。


 桂の木で作られた、晶華の依り代

 神水に浸して乾かした白い紙。

 絶対にちぎれない細い紐。

 御神体と同じ小さな鏡。

 貴船の神水が入った小瓶。


 鏡はハナとの連絡に使ったが、他の道具は、まだ使う機会がなく、ポーチに入れていたままだった。


「一応、用意してみたけど。どうやって行くの?」

 ずしりと重くなったカバン。肩にかけると少々痛い。

「行くにはこの羽織を着て」

 ハナは持ち込んでいた風呂敷包みを差し出した。タエが広げてみると、オレンジとピンクが淡く混じった色彩に、下にいくほど白くグラデーションになっている女性ものの羽織だった。とてもキレイだ。

「カバンは肩にかけたまま、羽織を上から着て」

 言われた通りに羽織った。Tシャツ、キャミソールにスキニーパンツの服装が、羽織に合わない。しかし、一瞬にしてタエの体が軽くなる感覚に襲われた。聖域にいる時の感覚と同じ。高龗神の力が籠められているとすぐに分かった。


「タエちゃん、ハナちゃん、気を付けてね」

 母が心配してくれる。二人は笑顔で頷いた。

「うん。ちゃんと帰ってくるから。行ってきます!」

 タエとハナは光に包まれ、鏡の中に吸い込まれて行った。それを母が見つめている。

「神様、二人をよろしくお願いします」

 切に願った。





 貴船神社の聖域に降り立った。生身の体で来る事になるとは。タエは不思議な気持ちだった。


「来たか」



 御神体の側に、笑顔の高龗神が二人を待っていた。


読んでいただき、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ