表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月夜の代行者  作者: うた
第二章
87/330

87 磐長姫命

「そんなん呼んでくれたら、すぐに飛んで来ましたよぉ~!」

 叉濁丸の戦いから数日過ぎた、昼間の明るい貴船神社。京都は妖怪達の生活も、人間の生活も元に戻り、あの騒ぎなどすぐに忘れられてしまいそうだ。式神達も通常業務に戻って、各地を回っている。今、神社にいるのは高龗神とハナ、そして釋だった。

 叉濁丸復活の時、大阪でも禍々しい気配を感じ取っていたが、上司の火之迦具土神ヒノカグツチノカミが手を出すなと釘を刺したので、じりじりとした気持ちでその夜は過ごしたのだと言う。そして、京都が落ち着いた今、こうして訪ねて来てくれたのだった。



「叉濁丸は京の妖怪達と因縁があったからの。わしらの力で、決着を付けたかったんじゃ。すまんのぉ」

 高龗神は、聖域の本殿の欄干に座って、愉快そうに笑っていた。釋はというと、本殿に上がる階段に腰を落ち着け、ブーブー言いながらお茶を飲んだ。ハナが出してくれたお茶だ。もちろん毛一本入っていない。犬の手でどうやって入れているのかは、謎だ。

「せっかく借りを返せると思ったのに」

 ハナが袋を持って部屋から出てくる。釋の側に来て、ちょこんと座ると、釋は迷わずハナを撫でだした。高龗神は目を丸くしている。

「釋、おぬし、そんなに律儀な男じゃったか?」

「俺は律儀ですよ? 受けた恩は忘れませんよ」

「へぇ、初耳じゃな」

「困った時は、必ず相談するから、その時はお願いね」

 ハナのつぶらな瞳が釋を射貫く。釋はぎゅむっとハグをした。

「はぁ~、ハナは可愛いなぁ。癒されるわぁ」

 わしゃわしゃと撫でられ、毛並みがボサボサになった。それでも、不快に感じないのは、釋の魅力だろうか。

「じゃあ、そろそろ私は行きますね」

「ああ、頼んだぞ」

「? ハナ、どっか行くんか?」

 ハナが袋を咥えて聖域の奥へ行こうとするので、釋は聞いてみた。

磐長姫いわながひめ様の所。姫様宛の絵馬があるから」

 高龗神の仕事の手伝いだ。

「そっか。行っといでー」

「はーい」



「高龗神様、デートしません?」

「わしは忙しい。酒の飲み比べの相手ならしてやるぞ?」


「高様っ! 昼間っからダメですよ!!」

 ハナがすかさず止めた。





「磐長姫様」

 恋愛成就の神様、磐長姫の社へ来た。彼女は顔が醜い為に、美人な妹と一緒に神に嫁がされたが、彼女だけ返品させられるという悲しい過去を持つ。自分を恥じた彼女は、貴船の地に留まり、自分の代わりに他者に良縁を結んであげようと、ここに社を持った。大変見上げた心を持つ神である。


「ハナ、いらっしゃい」


 ハナは礼をして、社へ上がる。高龗神の本殿に比べれば規模は小さいが、彼女の住処と仕事場は、美しい花や刺繍の布が飾られ、とても女性らしく可愛らしい社だ。ハナはここも好いていた。

「絵馬をお届けに来ました」

 咥えていた袋を置き、彼女に渡す。

「ありがとう。お茶でも飲んで、ゆっくりしていって」

「はい」

 ハナは、磐長姫と一緒にお菓子をつまみつつ、お茶を飲み、話にも花が咲く。

「いろいろ恋愛の願いを読むでしょ?」

「はい」

「やっぱり、いいなぁって思う時があるのよね。私も、人の子がしてるような恋愛を、してみたかったなぁって」

「華道や刺繍の腕も一流ですから、認めて下さる方がいればいいですね」

「そうなのよ。ハナ、あなたはいろんな方と共闘してるでしょ。良い殿方がいたりしない?」

「そうですねぇ」



 確かに、いろいろ共闘してきたと思う。各地の代行者もそうだし、叉濁丸の件では、京都の腕の立つ妖怪達と戦った。皆、それぞれに良い所がある。鴉天狗の黒鉄達も男らしく、格好良いと思える。しかし、ハナは犬なので、人間の色恋には少々疎く、彼女の求める“良い殿方”の基準と自分の思うものが同じなのか、自信がなかった。



「あっ」

 一つ、思い当たる事があった。

「今、高様の所に、大阪の代行者、釋が来てるんです」

「あら、大阪の?」

 磐長姫は持っていた湯飲みを置いた。

「釋は強いし、話すと楽しいし、私は格好良いと思います」

「釋様、ねぇ」

 うーん、と考えると、立ち上がった。

「遠目に見るだけならいいわよね。私も一緒に本殿に行ってもいいかしら?」

「はい。もちろん」

 ハナは笑顔で頷いた。





「釋、いつまでいる気じゃ?」

 高龗神は天気が良いので、廊下に机を出し、仕事をしている。

「タエが来るまで待ってもいいですか?」

「迦具の髪の毛が炎上するぞ」

「それはやばいですね」

 よいしょ、と立ち上がる。

「じゃあ、ハナが戻って来るまで。もうすぐ戻るでしょ?」



「あ、いましたよ。あの赤毛の男性です」

 木の影にいる磐長姫に教える。そっと釋を見た彼女は、震えだした。

「あ……あ……」

 彼女の目には、釋の周りにキラキラと星が飛んでいた。さらりと流れる長い赤毛。引き締まったたくましい体。高い身長。

「? 姫様?」

 ハナは首を傾げた。


「……いた」

「へ?」

「私の王子、いたぁっ!!」

 ダッシュで釋へと走って行く磐長姫。そのアスリートのような走り方は、姫の肩書が落ちてしまいそうだ。釋は、迫って来る気配にはっとなり、ぎょっとなった。

「なあ!?」

 突進して抱き着く磐長姫。がっちり締め上げ離さない。

「だだ、誰ぇ!?」

「わ、わたしっ、磐長姫命いわながひめのみことと申します! 釋様、好きです!!」

「はあ!?」

 いきなりの告白に、釋は顔色が真っ青になった。目の前の光景に、高龗神は「ほお」と声を上げる。


「あっ、ハナ! 助けて!」

 素直に助けを求めた釋。本殿に歩いてきたハナも驚いていた。

「姫様が一目、釋を見たいって言うから連れて来たんだけど」

「お前が連れて来たんかい! 磐長姫様、ちょっと離れていただけます?」

 冷や汗をだらだら流しながら、釋が必死に腕を解こうと力を入れるがびくともしない。

「力強すぎやろ……!」

「まずはお友達からお願いします!!」

 磐長姫が、目をキラキラさせながら釋に近付いた。一目惚れした彼女のパワーは凄まじい。普通よりも劣る顔だが、恋する女子であることに変わりはない。ハナから見れば、彼女も可愛らしいと思えるものだった。

 釋の目には、少し違って見えたようだが。

「いや、あの、俺は大阪で仕事がありますから。もうお暇しますんでっ!」

「あと少し! そのお顔を眺めさせて下さい!!」

「ひぃっ」

 逃げたくても逃げられない。涙目になった釋は、高龗神とハナを見た。高龗神は釋の面白い姿をしっかり見ようと、階段を下り、ハナの隣に立っていた。

「高様、ハナ~~!」

「磐長姫は、とてもしとやかで、女らしいぞ」

「その方の本質は、外見じゃあないでしょ?」

「物凄い正論言うなぁっ!! 俺にも好みってものがあんの!」



 逃げるように去って行く釋。それでも磐長姫はめげなかった。



「さよなら釋様。またこちらへ来られたら、うちにもいらっしゃってねー!」

 優雅に手を振る磐長姫。釋はあっという間に見えなくなった。




 釋が見えなくなっても、ハートを飛ばしている磐長姫を見ていた高龗神とハナ。高龗神はぼそりと言った。

「ハナ。おぬし、やるのぅ」

「?」

 ハナは彼女の言葉の意味がよく分からず、首を捻るばかりだった。


読んでいただき、ありがとうございました!


次から新章です♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ