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月夜の代行者  作者: うた
第二章
85/330

85 報告会②

「涼香ちゃーん」


 待ち合わせはカフェだ。可愛い外観で、スイーツも美味しいと評判のお店。その店の前に涼香ともう一人いた。涼香がタエに気が付き手を振って応える。

「お二人さん、良かったねー」

 タエが開口一番二人を祝う。涼香の隣にいたのは、もちろん稔明で、長い前髪が短くなっていた。後ろも夏らしく短くなっていて、兄の丈明にそっくり。イメージチェンジは大成功だ。伊達眼鏡は変わらずかけている。

「安倍くん、その髪型めっちゃ良いやん! 前髪切れって何度も言ったやろ? ほら言った通りやった」

「昨日、涼香ちゃんと兄さんに切られた」

「すっごい楽しかった」

 涼香もけらけら笑っていた。本当にお似合いだとタエは思う。

「二学期始まった時の皆の反応が、楽しみでしょうがないわ。じゃあ、いろいろ話しましょーか」

 三人には店に入る。




 店内はエアコンが利いていて天国だった。いつも混むくらい人気のお店だが、今日はゆったり座れる。ドリンクを飲みながら、とりあえず、お互い昨日を労い合った。

「安倍くんも、涼香ちゃんも、昨日はお疲れ様」

「私はトシくんに守ってもらってただけやし、大変やったのは、二人やろ?」

 アップルジュースの氷をかき混ぜながら、涼香が言った。

「ぶっ倒れるくらい頑張ったもんね」

「最高クラスの術を使ったのは、初めてやったから、精進します。花村さんも、凄かったよ」

「ありがとさん」

 稔明はオレンジジュースを飲んだ。

「で、タエ? いつから代行者なんて仕事してたの?」


 涼香にも正直に話した。彼女は誰かに話したりする性格ではないし、信用できるからだ。去年の六月から、ハナと再会して契約、厳しい鍛錬を重ね、いくつもの戦いを経て、叉濁丸のような凶悪な妖怪とも戦えるようになったと話して聞かせた。詳しく聞くのは稔明も初めてだったので、驚きながら聞いていた。


「力になってくれた妖怪も、たくさんいてくれたから本当に助かったよ」


「父さんが、花村さんの徳が成せる事だって言ってた」

「徳?」

 タエは首を捻った。

「いつも一生懸命だし、神の使いなのに、威張らず腰が低いから、すごく好感度が高いって、父さんと兄さんが褒め殺してた。ハナ様も可愛いし。妖怪に対しても同じ姿勢なら、皆が手を貸したくなるのも分かるって」

「ハナちゃん、変わってない姿に泣きそうになったわ」

 涼香が昨日を思い出していた。彼女も小さい頃からハナと一緒に遊んでいたので、亡くなった時は、共に大泣きしたのだ。

「ありがとね。ハナさんも喜ぶよ。腰が低いのは、私が一番新人やから」

「前の代行者は、けっこう威張ってて、父さんは共闘したがらなかった。花村さんに代わってから、可愛い可愛いって、ちょっと危ないくらいやったよ」

「あぶ……」

 タエが目を丸くすると、涼香は笑っていた。

「あの姿、カッコよかったけど、トシくんのお父さんからすれば、可愛いになるんやね」

「うちは男兄弟やから、余計にそう思ったんちゃうかな」



「じゃあ、今度は、二人の事聞かせてよ」

 話を二人に振ると、頬を赤らめる二人。その反応を見るだけで楽しい。

「昨日のデートの話とか、野暮な事は聞かないわ。大事な思い出やからね」

 本音を言えば、聞きたい気持ちもあったが、空気を読んだ。タエは、それよりも大事な事をちゃんと確認しておきたかった。

「涼香ちゃん、安倍くんの事はもう知ってるやろうけど、妖怪に狙われてるって事実は変わらへんよ。もしかしたら、涼香ちゃんも怖い思いをするかもしれへん」

 稔明を見れば、真剣な顔をしていた。少し緊張している。

「私は、涼香ちゃんと安倍くん二人が悲しい思いをしてほしくないんよ。安倍くん、はっきり聞くからね?」

 稔明に確認を取れば、うんと頷いた。

「それでも、安倍くんの側にいられる? ちゃんと受け入れられる?」


 涼香は話し出した。


「私には見えない世界が、そこに存在してるんだって知って、驚いたよ。あの大きな妖怪を倒しに、トシくんが鴉天狗さんの背中に乗って行くのを、私は見送って……正直、怖かった」

 タエは何も言わず、続きを待つ。

「晴明神社を継ぐ陰陽師は、依頼があれば、妖怪退治もするって御両親から話を聞いたよ。トシくんのお母さんに、心配で怖くありませんかって聞いた。そしたらね。お父さんを信じてるから、心配はするけど、怖くはないって」

 稔明は驚いた表情になる。自分の母親の気持ちなど、聞いた事がなかったからだ。

「今度は息子が退魔の仕事をする事になって、家族だから心配するのは当たり前。だけど、怖がる必要はないって言ってた。トシくんの力を信じてるから。彼は一人じゃないし、力になってくれる存在がいるのも、確かだからって」

 そう言って、涼香は稔明の手を握り、タエをしっかりと見据えた。



「戸惑ってる部分はあるけど、私はトシくんを信じてる。彼の強さもこの目で見てるの。だから、私も状況に負けないように強くなりたいって思う。彼の側にいられるように。私なりに頑張ろうと思ってる。そうすれば、これからもずっと好きでいられるから」

 ね、と稔明の顔を伺えば、彼は真っ赤な顔をして涙目になっていた。そして、ふしゅう、と空気が抜けたように机に突っ伏す。

「……良かった……」

 ぼそりと呟いた。

「え、え?」

 涼香がタエを見ると、タエは笑いながら、グレープジュースのストローを噛む。

「安倍くんも、同じ事を心配してたんやよ。涼香ちゃんが、はっきり側にいるって言ってくれたから、安心したみたい」

 ジュースを飲む。冷たさが体に染みる。

「あー、暑い暑い。エアコン壊れたんかなぁ?」

 タエの軽口に、涼香も顔を赤くしながら言った。

「タエ、ちゃんとお願いしておくからねっ」

「はい?」

 ずず、とジュースを飲むストローから音がした。

「うちの彼氏と一緒に戦う時は、頼んだからね。ちょっとのケガなら大目にみるけど、危ない時は、守ってね」

 その視線が真剣で、可愛くてしょうがない。タエは空になったグラスを置くと、力強く頷いた。


「分かってる。涼香ちゃんと安倍くんの家族を悲しませるような事は、絶対にしない」


 その言葉に、涼香はホッと胸を撫でおろしていた。




「あ~、本音を話してスッキリした!」

 店を出て、涼香は清々しい笑顔を見せた。タエは、涼香のすぐ横を浮遊霊が通ったのを見たのだが、彼女は全く気付かない。

「涼香ちゃん、昨日、代行者の私が見えてたやんね? 今は見えへんの?」

 ああ、と稔明がその質問の答えを言った。

「昨日、あの世が見える眼を閉じたんだ。見えない方が身を守れる事もあるからって、父さんに言われて」

 確かに、目が合うと着いて来る奴もいる。厄介ごとの芽を摘む為だ。

「昨日の記憶は持っておきたいって言うから、それはそのままだけど。一応、魔除けも渡してる」

「トシくんとお揃い!」

 これだと見せる彼女は、それだけで嬉しい様子。タエは何も言う事がなかった。



「これからどうすんの? デートの続き?」

「映画でも見に行こうかって」

 頬を染めている涼香は、いつも以上に可愛かった。

「そっか。安倍くん、涼香ちゃんを守るのは妖怪幽霊だけちゃうで。ナンパ男からもしっかり守ってあげや」

「えっ、ナンパ!?」

 その事実は知らなかったらしい。

「歩くだけで声かけられるんやから」

「タエにも助けてもらった事あったね」

 姉妹寸劇でやり過ごした事も多々ある。それが今では懐かしい。もう彼女を守るのは、自分ではないのだ。

「が、がんばるよ」

 生身のナンパ男から守る方法はどうしたものかと、必死に考えだした稔明だった。そんな二人を、タエは送り出す。

「じゃあ、行ってらっしゃい! 気を付けてね」

「行ってきまーす」

「花村さん、いろいろありがとう」



 仲良く寄り添って歩く後ろ姿をじっと見るタエ。二人が見えなくなると、ようやく家へ向かい歩き出した。


 空を見上げる。ミンミンとうるさくセミが鳴き、うだるような暑さ。真夏の京都は湿気も多いので、ジメジメムシムシ。しんどくなる。


「早く涼しい家に帰ろ」


 足音が一つ。自分だけだ。いつも隣にあった、幼馴染の声はない。妖怪について話すクラスメイトの声もない。



(寂しいな……)



 嬉しいのに、寂しい。変な感覚だった。そこで気付く。

(私、安倍くんの事、好きだったのかな。うん、人として好きだな。良い奴やし。男性としては……考えない方がいいな)

 タエは考えるのをやめた。

「涼香ちゃんも、安倍くんも、私の大好きな人やもんね。その二人が幸せになったんやから、私も嬉しいし、幸せだ」


 言葉にする。言葉として口に出す事で、もやもやとした気持ちも、苦い気持ちも昇華された。言葉の力は偉大だ。




 二人の幸せを守れるように、自分もがんばろうと心に決め、家路を急いだ。


読んでいただき、ありがとうございました!

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