84 帰宅
「あー……。やっと戻って来られた」
家の階段をゆっくり降りてくるタエ。魂の器に戻れたのは、もう太陽が顔を出した朝だった。
酒飲み対決で酔いつぶれて、ぶっ倒れた高龗神と双風道は、彼らの部下と家族に支えられ、本殿と屋敷に帰る。そして宴会もお開きとなり、妖怪達も、自分達の住処に戻って行った。その後の貴船神社は、想像していた通り、上司の暴走にてんてこ舞い。今回は、勝利のおかげで上機嫌だったせいか神様の力を放出して、また雨雲を呼んでしまったのだ。しかも、小雨ではなく豪雨レベルのもの。警察による後処理が行われている中、本当の自然災害を起こすのは可哀想すぎる。
タエとハナ、式神達でなんとかなだめるも、投げ飛ばされ骨を負傷する式神達。タエとハナも痛い目をみた。最終手段を取り、アルコールの一番高い酒を一気に飲ませ、半ば強引に眠らせた。人間世界では中毒に陥り、命の危険がある方法だが、この時ばかりはやむを得なかったのだ。
(神様だからできた事。人は絶対にやっちゃダメ)
渓水達も最後はげっそり。今回は、渓水、白千、白露が協力して結界を張っていた。あの三人が揃って張る結界がどれだけ強力か。それを無意識に破ろうとする高龗神の寝相は、京都を滅ぼしかねないものだと、タエとハナは実感したものだ。
「本当の京都の脅威は、酔いつぶれた高様なのかもなぁ。黒鉄さん達は、無事かな。双風道様も、なかなかの絡み酒だったからなぁ」
双風道が屋敷に戻るのを見送っていると、機嫌良く話す彼は、大きな手を振りかざし、家族の背中をぽんぽん軽く叩こうとしたように見えた。しかし、酔っているせいで、力の加減が出来なかったらしく、バシィッ、と痛々しい音が響くと同時に、鴉天狗の悲鳴が上がる。あちらもあちらで、一族の長を介抱するのは大変だと、気持ちが良く分かった。
「おはよー」
「ああっ! タエちゃん、お帰り!!」
リビングに入ったタエを見て、母が駆け寄り抱き着いた。ずっと心配してくれていたのだと思うと、申し訳ない思いもあるが、嬉しくもあった。背中を撫でる。
「朝になっても起きないから、心配だったぁ」
母はもう半泣きだ。
「ごめんね。疲れてて、回復の為に起きるのが遅くなっちゃった。もう昼やもんね」
戦いだけではない、いろいろな事があり疲労が蓄積していたので、睡眠で魂の回復と言う名のリフレッシュをしていたのだ。体に戻ってぐっすり眠り、魂も体も軽い。
「お腹空いた。昨日の私のご飯、食べる!」
「了解。温め直すわ」
テレビを付けると、昨日の京都市内で起こった爆発と、南禅寺山に突如発生した原因不明のガスについて、ニュースで取り上げられていた。なんとか警察は辻褄が合うように説明している。
南禅寺山は最近の地震の影響で陥没が起こり、そこにガス溜まりがあったと発表。市内も地震で亀裂が入り、ガス溜まりのガスが地中に広がり、漏れ出たと説明していた。静電気で爆発が起こる。念の為、ガス管と水道管の点検を行い、山の天然ガスは空間に飛散したので陥没は完全に埋めたという事。人体に悪影響はないので、通行止めにしていた場所も通行可能に戻し、外出禁止も解除したとアナウンスされていた。
「警察も大変やね」
ぼそり、と呟く。母がご飯を持って来た。
「これ、タエちゃん達が関わってたんでしょ?」
「うん。叉濁丸って大きな妖怪が封印されてたんよ。それが出てきて、かなり苦戦したけど、皆で協力して倒せた」
「それで疲れて昼まで寝てたのね?」
「う、うん。まぁね」
戦いだけではない疲労もあったが。タエはあさっての方を見て、頷いた。
「いただきまーす。う~ん! お母さんのご飯最高! 生きて戻って来られて良かったぁ」
「お疲れ様」
本当に、生きて戻って来てくれて良かったと、母は痛感していた。起きない娘を見守り続けるのも、なかなか辛く、苦しいものだ。ただ、無事に戻って来て欲しいと、願う事しか出来ないのだから。母も嬉しく微笑んでいた。
「皆って、協力してくれる人がいたの?」
「うん。高様とその式神様。それから、頼もしい妖怪の皆と、晴明神社の陰陽師。クラスメイトなんよ」
「えっ、同じ高校!?」
ピロリン♪
ずずず、味噌汁をすすりながら、タエはスマホを見る。
「お母さん。二時に涼香ちゃんと会ってくるよ」
「体平気?」
「うん。昨日の事件に、涼香ちゃんも巻き込まれたから、報告会」
「えぇ!?」
母は大声を上げた。
「私も戦いの後に姿を見てるから、無事なのは分かってるけどね。色々話を聞きたいし」
「そう」
身支度をして、帽子をかぶる。鏡に映るのは、いつも通りの元気な自分。外に出れば、すれ違う女子高生達と、何ら変わる事はない。
ふと、身だしなみを確認していた貴船神社の御神体の鏡の奥に、光が見える。次の瞬間、タエの目の前にハナがいた。
「ハナさん」
「高様にお許しもらった。今日はこっちで一日のんびりしていいって!」
嬉しそうだ。聖域も彼女の家だが、この家も彼女の家なのだ。どちらにいても嬉しいと、尻尾をぱたぱた振っている。
「お母さんも喜ぶよ」
「うん! お姉ちゃんはお出かけ?」
「涼香ちゃんに会いに行くの」
「そっか。行ってらっしゃい」
「はーい」
母とハナに見送られ、タエは外に出た。夏の日差しが痛いほど眩しい。感じる暑さに、生きていると実感する。ハナも、母と一緒に楽しい時間を過ごすのだろう。
「生きるって良いな」
涼香に稔明の事もしっかり聞かなくては。タエはそう考えながら、彼女との待ち合わせ場所に向かった。
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