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月夜の代行者  作者: うた
第二章
83/330

83 宴

「ふぅ」

 心と力を静める。降雨の術を解いた。貴船神社にいる高龗神が空を見上げれば、雲がどんどん晴れてくる。神水の雨に市内は清められ、とても空気が澄み、清々しい。

「高龗神様、ご苦労様です」

「渓水。お前もよくやってくれた」

 高龗神が雨を降らす事が出来たのは、渓水が貴船の源流が瘴気で濁らないよう、守ってくれていたおかげだ。実際、叉濁丸の瘴気は土にも染み込み、近付いて来ていた。渓水は頭を下げる。


「竜杏。タエとハナ、そして京都の妖怪達が、力を合わせ、やってくれたぞ」

 貴船の竜神は、美しく微笑んだ。





「ほれ、来たぞ!」

 時刻は午後九時になろうとしている。晴明神社の上空に、影が見えた。淳明の式が、タエと稔明がハナに乗って飛び立ったと連絡したので、外で待っていた。

 もう雨は止んで、夜空には星が輝いている。高龗神の雨が、瘴気を完全に浄化したのだ。淳明と丈明も、結界を既に解き、休んでいた。彼らも物凄く疲れたからだ。

「トシくん!」

 たまらず涼香が手を振って名を呼んだ。大分近付いてきたので、タエ達からも涼香や淳明達の姿が見えた。

「ただいまー!!」

 タエの後ろに座る稔明も答えて手を振った。ハナは晴明神社の庭に降りる。涼香はその目に映った二人と一匹を見て、目を瞠る。それでも、稔明の姿を認めると、思わず抱き着いた。

「りりょりりゃっ、涼香ちゃ……!?」

 まだそこまで耐性がない稔明は、がっちり固まっている。隣に立つタエとハナは、にやにやしていた。

「良かった、良かった……」

 涼香は泣いていた。あの状況で別れたのだから、無理もない。ホッとしたら涙が出てきたのだ。

「タエ……、ホントにタエぇ!?」

 今度はタエに目がいく涼香。いつものように肩に手を置こうとしたら、手がすり抜けた。

「あ、これで触れるよ」

 現世に干渉する。涼香は、タエの着物に触れた。神の衣は絹のようにさらさらとした感触だが、戦いになると、鎧のように攻撃を弾く。

「キレイ。本当に、戦ってきたの?」

「うん。私の仕事やから。黙っててごめんね」

「ううん。神様の御使いなんて、普通やったら、信じられへんもんね。で、この子は……ハナちゃん!?」

「久しぶり、涼香ちゃん」

「しゃ、しゃべってるーー!!」

 よろりと眩暈が。涼香はタエ達の最大の秘密を知り、頭が大混乱。

「こんな世界があったのね……」

 現実をしっかり受け止める涼香だった。


「トシ、よくやったな。一族の誇りだ」

 淳明が、素直な言葉をかけた。稔明は嬉しそうに照れている。

「妖怪や、妖狐様に力を借りたよ。妖狐様は光の矢を守って、右腕をなくしたけど……」

「少し前に還って来られたよ。腕の事は、気にしておられなかった。また、御礼を言っておきなさい」

「うん」

 親子の会話。稔明は帰って来たのだと、ようやく実感出来た。すると、目の前がぐるりと回転したかと思ったら、ばったり倒れてしまった。

「トシ!」

「トシくん!?」

 頭を打つ前に淳明が受け止めたので、無事だったが、稔明は目を回して気絶している。

「相当力を使ったから。今まで緊張してた分、ホッとしたら疲れがどっと出たのかな」

 タエが稔明の顔を見て言った。ハナも彼に近付き、ありがとう、と言葉を贈る。そうして、淳明がおぶって社務所に運ばれて行った。


「あーあ。涼香ちゃん、あいつが起きなかったら、俺と父さんで家まで送るよ」

 丈明が人の良い笑顔を涼香に向けた。爽やかイケメンに、涼香は顔が赤くなってしまった。タエは苦笑いだ。

「涼香さん、おたくの彼氏はあっちで倒れてる人やろ」

「知ってます。単純に素敵な人やから、見惚れただけですー」

 笑い合う。本当に終わったのだと、タエも心の底から安心した。

「じゃあ、私達は神社に戻るから、涼香ちゃんはちゃんと送ってもらってね」

「一緒に帰れへんの?」

「今の私は魂だけなの。体は家にあるから、特別ルートで帰るんよ。また明日ラインするね」

 そう言うと、ハナの背に乗る。

「分かった。ハナちゃんも、お疲れ様」

「ありがとう。気を付けて帰ってね」

 さよならを言うと、タエとハナがふわりと浮いた。手を振り、遠ざかる。



「っ!?」



 タエは、晴明神社本殿の横の開けた場所に、人影を見た気がした。影は六つあったように思う。顔は暗くて見えないが、こちらを見ている気がした。



「お姉ちゃん?」

 ハナが不思議そうに尋ねた。

「何でもない」

 そう答えて、神社へ向かう。





「タエ、ハナーー!!」

 貴船神社に戻ると、高龗神が待っていたとばかりに、二人に駆け寄って来た。まずはハナをぎゅう、と抱きしめる。

「頑張ったな。よくやった!」

「高様も、雨をありがとうございました」

 尻尾をぱたぱた振るハナ。

「タエもっ!」

「わぷっ」

 ぎゅう。豊か過ぎる胸が、タエの鼻と口を塞いでかなり危険だ。息が出来ない。

「よく戦い抜いた!」

 ぎゅうぎゅう、力を入れるので、タエは意識が飛びそうだった。

「高龗神様、タエが消えますよ」

「え? あっ!」

 渓水の冷静な言葉に体を離すと、タエは窒息しかけ、顔色が真っ青になっていた。

「だ、だいじょぶ……れす……」




「がははっ。主に殺されるなど、洒落にならんなぁ!」


 賑やかな声が聞こえてきた。タエも気をしっかり持ち直す。よく周りを見て見れば、神社のあちこちに沢山の妖怪がいたのだ。避難していた妖怪も、一緒に戦った妖怪の姿もある。双風道は開けた場所にあぐらをかいてリラックス状態。大きな酒瓶を手に、ぐびぐび酒を煽っていた。

「鴉天狗の方々がここにいるって、初めてですね」

 ハナが正直な感想を言った。

「普段は立ち入るなど考えられんがな。今夜だけは、皆で勝利の宴をしておるんじゃ。瑞龍山で解散と聞いたが、双風道が全員ここに連れてきおった」

 高龗神も嫌がる事なく、受け入れていた。各地から白く美しい着物を着た女性が、手に料理や酒を持って、どんどん来ている。市内各地の、神社の使いだと高龗神は説明した。討伐の功績を称えて、祝いの品を送って来たのだと言う。

「皆で分担して、叉濁丸の目覚めで起こった亀裂や大穴を塞いだんじゃ。おかげで早く終わった」

「あー疲れた」

 白千、白露もそこにいて、料理を口に運んでいる。渓水に、ハナが助けた式神二人も近くにいて、彼らも挨拶をしてくれた。皆の無事を確認できて安心するタエとハナ。食事に目がいく。正直、おいしそうだ。タエのお腹も鳴りそうになる。

「お二人も、お疲れ様です」

 タエとハナが挨拶した。

「お前達も、ご苦労だったな」

「こっち来て食えよ。うめぇぞ」

 白露がおいでおいでをしてくれている。

「え、いいんですか!?」

 タエの目がキラキラ輝きだした。タエは食べる事が大好きなのだ。美味しいものには目がない。

「でも、今夜もまだ仕事が」

 ハナが眉を寄せた。高龗神がハナの頭をポンと撫でた。

「各地の神が連絡を寄越して来てな。今夜くらいはゆっくりしろと。じゃから、二人も宴に行って良いぞ」

 にっと笑ってくれる。いつも朝まで戦うので、日付が変わる前にもう仕事が終わりなど、初めての事だ。

「タエ!」

「車輪くん」

 車輪の妖怪がタエの所に飛んできた。手にはスイカを持っている。赤い肌の彼に赤いスイカは、とてもマッチしていた。

「こっちこっち!」

 ぐいぐい手を引いて行く。

「じゃあ、行ってきます」

 高龗神とハナに言って、タエは車輪の妖怪と一緒に宴の輪に入って行った。妖怪達が彼女の周りに集まり、礼を言われ、労いの言葉をもらう。そして、神様の使いの美女が食事を持ってきてくれた。それはとても美味で、タエの胃袋を満たしていく。

「高様ー、ハナさーん! 一緒に食べましょー」

 タエも二人を招くので、高龗神とハナも入って行った。



「高龗神、今夜こそ負かしてやるからな!」

「誰を負かすって? わしに勝とうなんざ、一万年早いわ」

 どんっ、と机に大きな酒瓶を二つ置く。双風道と高龗神が、胡坐をかいて飲み比べを始めたのだ。いつも決着が着かず、引き分けになる。妖怪達はやんやと声援を送っているが、貴船神社のチーム高龗神と鴉天狗達は渋い顔をしていた。彼らが酔った時、どうなるかを嫌と言うほど知っているからだ。そして酔いつぶれた時、厄介な事になるのは必至。面倒を診るのは自分達なので、目の前で繰り広げられる勝負には不安しかない。


「あぁ……始まった……」

 渓水達が絶望的な表情になっている。白露は逃げようとしたので、白千に締め上げられていた。

「あはは……。あれ?」

 苦笑するタエは、宴の席から少し離れた杉の木の上に座る、黒鉄を見つけた。


「黒鉄さん」

「タエか」

 彼はそこから外の様子を見ていた。もう夜なので真っ暗だが、遠くに市内の町の明かりが見える。

「隣、良いですか?」

「ああ」

 短く答える黒鉄。タエは右隣に座った。

「宴会は、もういいんですか?」

「今は恐怖の飲み比べだろ。巻き添えを食らいたくないからな」

「なるほど。私、お二人の対決は初めて見ます」

「今は楽しくても、終わったら後が大変だろう」

「高様が酔ったらどうなるかは、見た事がありますね……」

 出雲での会議終わりの宴会で、酔いつぶれたまま帰って来た彼女。あの時の事を思い出す。凄まじい絡み酒だった。

「そっちは式神が何とかするだろ。お前は楽しんで来い」

「少し休憩です。黒鉄さん、羽を貸してくださって、ありがとうございました」

「何度も聞いた」

「それだけ感謝してるんですって。羽は戻りました?」

 黒鉄の羽は戦いで歪んでしまった。今見る限りでは、元の美しい羽に戻っているようだが。

「大丈夫だ。ちゃんと回復した」

「あぁ、良かったです! 戻らなかったらどうしようって、心配やったんですよ」

 ホッと胸を撫でおろす。黒鉄はそんなタエを見て、ふっと笑った。

「俺も安心した。お前達に協力し、守れたからな」

 その言葉に、タエは思い出した。

「そうだ。黒鉄さんが言ってた、約束した“あいつ”って誰ですか?」

「……そんな事、言ったか?」

 ふい、と目を逸らす黒鉄。妖しさ大爆発だ。

「ちゃんと聞きましたよ。約束って、私とハナさんに関わる事ですか?」

 黒鉄はタエに視線を戻すと、頭をぽんと撫で、わしゃわしゃと髪を乱した。

「うわあっ」

「必死だったからな。変な事を口走っただけだ。気にするな」

「ほ、ほんとですか?」

「ああ」

 黒鉄が言わないので、聞いて欲しくない事なのかと思い、タエはそれ以上聞かなかった。乱れた髪の毛を直す。

「それより、強くなったな」

「ふふん。黒鉄さんにそう言ってもらえると、嬉しいです」

 よっしゃ、と拳を握った。

「ああ。俺に毎日勝負を挑んで来た時の事を、思い出す」

「懐かしいですね。去年の九月か十月くらいからでしたよね。ずっと前みたいな感覚です」

「それだけ色々な事が、あったという事だ」

 黒鉄に弱い代行者はいらないと言われ、奮起した。道場破りだと意気込み、彼に勝てるまで、毎日勝負を挑みに行った。約半年かかったが、勝ちを手に入れ、認めてもらったのだ。

「黒鉄さんのおかげで、また一つ強くなれたんです。黒鉄さんは、技を鍛えてくれた、師匠だって思ってるんですよ」

 タエを見た。にこにこと笑っている。初めて会った時は、黒鉄に圧倒的な力の差を見せられ、恐怖の色を見せていたのに。

「教え子がここまで成長すれば、師匠冥利に尽きる、という所だな」

「まだまだ頑張りますね、師匠」

「ああ。慢心まんしんする事なく、邁進まいしんしろ。そうすれば、この京を守り続けられる。タエとハナなら出来るだろう」

「はい!」

 彼にここまで言ってもらえるとは。しっかり認めてくれている証拠だ。タエにはそれが嬉しかった。

(黒鉄さんが、がっかりしないように、もっと頑張らなきゃな)

 ここにいる妖怪達も、タエを受け入れてくれている。それは、自分達の住処を守ってくれると信じてくれているからだ。困った時は力を貸してくれる。一人ではない事に感謝し、タエは夜空を見上げた。



 満月が、美しく輝いていた。





 この後、高龗神と双風道は同時に倒れ、今回も引き分けとなった。それから酔いつぶれた二人を介抱するのに、タエ達と黒鉄達は、字の如く、骨を折る事になる。


読んでいただき、ありがとうございます!

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