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月夜の代行者  作者: うた
第二章
82/330

82 勝利

「叉濁丸の気配が消えた!!」

 晴明神社にて。淳明が叉濁丸消滅を察知した。丈明が笑顔になる。

「トシ、光の術が成功したんやな!」

「ああ。だが、まだこの結界は解けんぞ。南禅寺山から出た瘴気が市内に漂っとる。この雨が完全に消してくれるまでは、もう少しの辛抱や」

 白千と白露は二人の前に来た。

「我らが力を強化する必要も、もうあるまい」

「俺達は、市内に出来た亀裂の修復に当たる」

「宜しくお願い致します。ありがとうございました」

 淳明と丈明が丁寧に礼をする。二人は満足そうに頷くと、次の仕事へと向かって行った。

 それとすれ違うように、淳明の妻と涼香が神社に到着する。傘をさして、庭へ来た。

「道はパトカーしかいいひんかったから、車ビュンビュン飛ばして来たわ!」

 彼女は鼻息荒く、上機嫌だった。京都市内の大通りは、よく渋滞するのでイライラするからだ。

「交通違反だけはしんといてや。ご苦労さん。君がトシの彼女さんやね?」

 淳明の目が涼香を捉えた。涼香の背筋がピンと伸びる。

「みっ、宮路涼香です」

「父の安倍淳明です。こっちはトシの兄の丈明。まだ雨は止まへんから、社務所で休んでたらええよ。怖かったやろ」

「い、いえ。稔明くんが守ってくれたので、大丈夫でした」

 涼香が首をぶんぶん横に振った。淳明達は、微笑む。

「なら良かった。息子は自分の役目を果たしましたよ。凶悪な妖怪が倒れました。ついさっきの事です」

 涼香は目を瞠った。

「本当ですか!? トシくんは無事ですか? タエ……だ、代行者様は!?」

「タエさんを知ってんの?」

 丈明が声を出す。涼香はしっかり頷いた。

「タエは私の親友です。無事かは、分からないんですか?」

「今はまだ。式を飛ばして様子を見てきます。頼んだぞ」

 札を空へ飛ばすと、白いハトとなり、南禅寺山へと飛んで行く。

「私達はまだここを動けません。母さん、その子を頼んだよ」

「ええ。涼香ちゃん、行きましょう」

 母は涼香を連れ、社務所へ向かった。それを見送り、結界に集中する。

「父さん、皆、大丈夫やんな?」

 丈明は言わずにはいられなかった。淳明も難しい顔をする。

「分からん。式の連絡を待とう」





「葛葉さん!」

 稔明が葛葉を呼び止めた。彼は双風道の肩から飛び立とうとしている所だった。行き先は、もちろんタエ達の元へ。

「俺も、連れて行ってくれませんか」

「乗れ」

「双風道様、ありがとうございました! 花村さん達の所へ行きます」

「ああ。お前さんもよくやった」

 褒められた事が嬉しくて、笑顔になった。稔明は双風道に大声で礼を言い、頭を下げると、葛葉の背に乗り飛んで行く。


 二人が到着すると、もう妖怪達がタエ達の周りに集まって来ていた。共に戦った者、負傷した者。木霊達は治療の為に。

「花村さん! ハナ様っ!」

 稔明が駆け寄った。妖怪達は、彼が光の矢を射た陰陽師だと知っているので、誰も彼が近付く事を咎める者はいない。場所を空けてくれた。葛葉もそれに続く。

 二人が見たタエ達は、ぐったりと目を覚まさない。黒鉄、タエ、車輪の妖怪、ハナと並べられ、木霊が必死に治癒の術をかける。

「黒鉄……」

 葛葉も黒鉄の側に膝を付く。黒鉄の翼は折れ、美しかった羽もボロボロになっていた。

「死ぬな。目を覚ませ」

 短くも、最大級の祈りと願いを籠めて言った。


「あの炎は、君だったのか」

 稔明もちゃんと見ていた。タエとハナの水と、炎が揺らめいていた事を。涙を滲ませながら、言葉を紡いだ。

「お願いやから、目を開けて。元気な声を聞かせてくれよ。花村さん、涼香ちゃんが待ってんねん。約束したやろ。一緒に、帰ろう……」


 ぴくり、タエの手が小さく動いた。ゆっくりと、目を開く。ぼんやりした眼差しは、ゆるゆると周りを見回し、稔明の姿を捉える。

「光の矢……すごかったやん。ありがとね」

 掠れた声。そしてへらりと笑った。稔明はそれだけで、嬉しくて涙が流れる。

「良かった……」

「デートの邪魔して、ごめんね。二人のこと……また教えてね」

「うん。だから、元気になってよ」

「あたりまえやん。……丈明さん、恰好良くしてくれはったね。バッチリやん」

 稔明は、戦って傷だらけ、服も汚れて破れている。髪型も風のせいでぼさぼさだ。それでもタエには、彼がちゃんとデート用に格好良くなっていたと、分かっていた。

「うん。花村さんのおかげやよ。ありがとうな」

 笑い合う。そしてタエは話して疲れたのか、ふぅ、と息を吐くともう一度目を瞑る。木霊の治療により体が温かい。それに身を任せた。ハナ、黒鉄、車輪の妖怪も意識を徐々に取り戻していった。



 木霊の治療の甲斐があり、タエ達四人は起き上がるまでに回復した。

「まだ歪んでるな」

 黒鉄が自分の羽を確認する。タエは申し訳ない気持ちだった。

「すいません。私が、無茶な飛び方をしたから……」

「お前のせいではない。俺が自分の意思でした事だ。この羽も、力が戻れば元に戻る」

「良かったです。本当にありがとうございました。ゆっくり休んで下さい」

「ああ。お前達も、頑張ったな」

 黒鉄は、タエの頭をくしゃりと撫でた。照れたように笑うタエ。ハナと車輪の妖怪も、笑っていた。

「ハナさん、お疲れ様」

「うん」

 二人には、それで十分だった。これも仕事の内なのだから。

「でっ、君よ!!」

 タエは車輪の妖怪をぎゅむっと抱きしめる。

「ぐぉっ」

 いきなりな事で、対応に遅れた車輪の妖怪は、じたばたした。

「ありがとう。いっぱい助けてもらったよ。君には、最初からお世話になりっぱなしやね」

 ぎゅう、と強く抱く。大人しくなった車輪の妖怪も、タエの気持ちに応えてくれた。短い腕で抱きしめ返してくれる。

「おう。あったり前だろ」


 ふっと笑うと、タエはハナと目配せをする。二人は周りにいる妖怪達、稔明とも目を合わせ、礼を言った。


「一緒に戦ってくださって、本当にありがとうございました!」

「とても頼りになりました。感謝しています」

 頭を下げる。その様子に、妖怪達は驚いていた。

「代行者が頭を下げるなんて!」

「前の代行者はそんな事しなかった」

 素直に御礼を言うのが、そんなに驚く事だろうかと、タエとハナは首を傾げた。その様子に黒鉄と車輪の妖怪が笑っていた。

「先代は、あまり妖怪と打ち解けようとはしなかったからな」

「そーそー。力を鼻にかけて、生意気な奴だったぜ」

 車輪の妖怪は、先代の代行者を良く思っていなかったようだ。タエの膝の上で、胡坐をかいていた。タエは子供を乗せているようで、この子が可愛くて仕方がない。

「全てはお前さん達の徳じゃ。二人が代行者になってから、様子を見ておったからの。何事にも一生懸命。残酷な現実からも逃げずに向かって行く。それから、救える魂は、鬼や妖怪だろうと救う姿勢」

 双風道が、全員の思いを代弁して話す。


「かつての代行者、竜杏を思い出すわい」


「竜杏、さん……?」

「大先輩の」

 妖怪達は、そうだそうだと頷いていた。

「お前さん達になれるか? 最強に。なってみせよ。お前さん達になら、わしらは喜んで手を貸すぞ」


「あ、ありがとう、ございます」

 タエとハナは感動して、言葉が出て来なかった。これほどまでに認められていたとは思わなかったのだ。


 双風道はにかっと、快い笑顔を見せた。

「最初は、ひ弱な女子おなごに犬かと、高龗神の奴、酔った勢いで契約したのかと思ったが、見る目は確かだったようだ」

 がははっ、と豪快な笑い方に、タエ達も苦笑する。


「安倍くん」

 タエが稔明を見た。彼はタエ達のやりとりを聞いていたのだ。

「一緒に涼香ちゃんの所に帰ろう!」

「え、大丈夫? もっと休んでからでも」

「もう治ったよ。私は貴船神社に戻るから、安倍くんを送る形になるけどね。ハナさん、背中に乗せてもらっても良い?」

「良いけど、涼香ちゃん、私達が何をしてたか知ってるの?」

「うん、全部話した。花村さんが代行者だって事も。ハナ様の事は、言ってないけど」

 涼香とハナが知り合いだという事は、稔明は知らなかった。

「了解」

「ハナさんを見たら、驚くかもね」


「ならば、これにて解散とするか。木霊達、回復助かった。おかげで、今回の戦いで死者はゼロじゃ」

 喜ばしい報告に、一同歓喜に沸いた。瘴気に当てられた瀕死の妖怪達も、木霊の連携の取れた回復術で、全員が命を取り留めていた。妖狐も傷を塞ぎ、安静にしている。

「前の教訓が、今回に生かされた証じゃ。もう高龗神の雨も止むじゃろう。各々、住処に帰るとするぞ」



「皆さん、さよなら!」

 稔明が妖怪達に手を振り、タエと一緒にハナの背に乗って飛び上がる。皆もそれを見送った。

「晴明神社やね」

「うん。それじゃあ、ちょっと電話する。――あ、涼香ちゃん? 今から帰るよ!」


読んでいただき、ありがとうございました!


無事に勝利を迎えられて、ホッとしてます。

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