81 決着
夜の闇に、一筋の光が空を切った。強すぎるその光は、現世に生きる者の目にも触れる事が出来る。
「何……? あの光」
「キレー」
「横に飛んでる」
「花火の失敗?」
近くに住む者は、はっきりと光の矢を目撃していた。
狙いは刺叉。叉濁丸の心臓。
「頼む、頼む!」
稔明が祈るように叫んだ。
叉濁丸もただ射られるだけではない。刺叉から離れた体でも、動く事ができた。砂を体に戻すと右腕はない。速度は遅いが、抵抗する分には十分だ。地面を蹴り、矢の前に躍り出る。左手を振り上げ、矢を叩き落とそうとした。
「邪魔するなぁ!!」
「道を開けろぉ!」
稔明の壁となっていた妖怪達が向かって行く。
「皆ぁっ」
ハナが妖怪達を呼んだ。彼らは、ハナを見て笑った。
「そっちは任せた!」
残っている力を出して、妖怪達は叉濁丸に飛び掛かっていく。それぞれが打ち合わせた訳でもないのに、頭部、腕、胸部、足に分かれて攻撃する。何度体が戻ろうとも、何度でも打ち砕く。そのすぐ横を、光の矢が通り抜けた。
「ぐお゛あ゛あ゛!!」
それでも叉濁丸は心臓を守ろうと、抵抗した。頭部だけ離脱させ、矢の前に再び現れたのだ。大口を開けて、持てる全ての瘴気を吐き出した。それは黒々とし、光を呑み込まんとする。
「矢がっ!」
稔明が声を上げた。すると、妖狐が双風道の肩から飛び出す。
「矢を守れ!」
二人の妖怪が噴出する瘴気へ突っ込み、口の中から頭部を破壊しようとした。しかし、力が足りず、頭部が中途半端に残ってしまった。瘴気の風圧に、矢の勢いが削がれていく。
「しまっ――」
妖怪の顔が絶望に歪んだ時、妖狐が光の矢と共に突っ込んで来た。刀を閃かせ、瘴気にまみれた口を破壊する。
「矢が!」
矢のスピードが落ちている。このままでは、刺叉に行きつく前に落ちてしまう。
「その為に我がいる」
妖狐は光の矢を右手で掴むと、ジュウッと蒸気が上がった。そして彼は渾身の力で矢を投げ、スピードを加速させたのだ。
矢は、心臓に向かって突き進む。
「あんた……その腕……」
ゲホゲホと咳をしながら、妖怪は妖狐を見て驚いた。彼の右肩から下がなくなっていたのだ。光の強すぎるエネルギーに直に触れたせいで、右腕が溶けてしまった。
「神の使いだからこそ、これくらいで済んだのだ。普通の妖怪ならば、一瞬で消えていた」
左手で右肩をぐっと握った。その痛みは相当なもの。ゆっくりと降下していく。
「すまねぇ……」
「けど、たすかった……」
二人の妖怪は、瘴気をまともにくらい、肌が紫色に変色し始めていた。息も絶え絶え、血を吐きながら落ちていく。共に戦っていた妖怪達が助けに行きたくとも、叉濁丸の体を破壊し続けているので、行く事が出来ない。
「風船!」
双風道がふっと息を吹くと、風が船の形になり、妖狐と落ちていく妖怪を受け止めた。そのまま、木霊の所へ直行させる。
「木霊、頼むぞ。絶対に死なせるな!」
双風道の大声がこだました。
タエとハナ、車輪の妖怪は、その様子をじっと見ていた。瞬きするほどの短い時間で起こった事だが、スローモーションのように、はっきりと見て取れたのだ。だからこそ、二人の思いは一つになる。矢の高度まで上昇し、ハナと向かい合うタエ。
「皆のおかげだ」
タエの言葉に、ハナが頷いた。
「これで最後。絶対勝つ」
光の矢が、二人を猛スピードで追い抜いた。
「行こう!」
二人も矢に追いつくように飛び、獲物を構えた。ハナは爪を。タエは水と炎を纏った晶華だ。
ガァンッ!!
光の矢が見事刺叉に命中。ばきりと、それは初めて傷が付き、ひび割れる。すぐには消えない強大なエネルギーの塊は、ごうごうと唸り、矢は少しずつ亀裂を広げていく。その瞬間を逃さなかった。
「あああああああああぁぁぁぁ!!」
タエとハナの気合の声。体を回転させ、その勢いで矢が当たった場所に、思い切り晶華と爪を打ち込んだ。
ギリギリと火花が散る。腕の筋が切れるほど力を籠め、前に押した。矢のおかげで出来た亀裂に刃が入り、少しずつめり込んでいく。ハナの爪も同じだった。
「あと少し……」
「押し切れぇ!」
ハナとタエは奥歯を噛み締める。車輪の妖怪も、歯車から炎を放出させ、晶華をより一層燃え上がらせた。その炎は、亀裂の中に入り込み、熱で刺叉を歪ませる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
叉濁丸が吠えた。自分の心臓を守ろうと、刺叉へ体の砂は戻ろうとするが、双風道が風を起こし、砂を吹き飛ばす。そして体になった部分は、妖怪達が砕いていた。
「折れろぉ!」
稔明が応援する。
「そのまま行け!」
葛葉も声を上げた。
「砕いてしまえぇ!!」
双風道の声は一際でかい。
他の妖怪達も口々に応援の声を上げた。ここにいる全ての者が、タエ達に期待し、願う。味方の心は、一つになっていた。
(皆の声が聞こえる)
ハナは爪を、刺叉にギリギリとねじ込んでいく。爪にヒビが入った。爪が割れるのが先か、刺叉が折れるのが先か。そして近距離で車輪の妖怪の炎が噴き出しているので、毛がチリチリ焼けていた。
(爪が割れても、腕が折れても、絶対に倒す!)
(もう、皆の大事なモノを失わせない。傷付けさせない。私は、京都を守る代行者なんだ)
晶華が確実に刺叉に食い込んでいく。タエの両腕がガクガクと震えている。車輪の妖怪の全力の炎もあり、肌がヒリヒリと焼けるように痛んでいた。しかし、全く気にならない。一緒に戦う炎だからだ。
(絶対に、折ってやる!!)
光の矢は、勢いを落とす事無く、刺叉に突き刺さり押していた。ばきり。また一つ、亀裂が入り欠片が落ちる。タエとハナ、車輪の妖怪は叫んでいた。
「折れろおおおぉ!!」
ガギィン!!
「ぎゃあ゛あ゛あ゛!!」
叉濁丸の断末魔の声が響く。とうとう刺叉が折れた。光の矢が入れたヒビに、タエとハナが一点集中の攻撃。そして炎が、刺叉をもろくする要因にもなったおかげで、とうとう折る事に成功したのだ。
「折れたぁ!!」
見ていた妖怪達は歓喜の声を上げる。叉濁丸の砂の体の相手をしてくれていた妖怪達も、ホッとしてふらふらと地上に降りてくる。
光の矢はエネルギーを使い切り、消えてしまった。タエとハナは、攻撃の勢いのままにぐるぐると回転しながら落ちる。力を使い切ったので、もう力が入らない。タエはかろうじて動く左手で、車輪の妖怪を背中から抱き寄せる。地面に叩きつけられる寸前の所で、元の姿に戻った黒鉄がタエとハナの体を抱き止め、二人を激突の衝撃から守った。
「おぉ、叉濁丸が……」
双風道が目を見開いていた。稔明もそれに従って見てみれば、刺叉は錆びたようにボロボロと崩れ落ち、体の砂は黒い瘴気となったが、高龗神の雨で蒸発し、消えてなくなった。
妖怪達は、シン、と静まり返る。
全員が噛み締めていたのだ。
叉濁丸を、完全に倒したのだと。
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