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月夜の代行者  作者: うた
第二章
80/330

80 瘴気

 南禅寺山が黒い瘴気に包まれる。市内にも流れ込んでいた。高龗神の雨が瘴気の飛散を抑え、濡れた所が浄化の力を発揮し、汚染を食い止めている。警察のおかげで近隣住民は全員屋内にいる為、難を逃れた。

「先輩! なんすか、今の地震と突風。それに何か明るくないですか!?」

「もうよく分からんっ」

 パトカーで付近を巡回していた警官が車内から外を見た。窓は雨が打ち付け濡れている。明るくなっているその向こうで、煙のようなモノが立ち昇っている。そしてそれはこちらへ向かって来ていた。


「南禅寺山付近にいる警官は、ただちに鴨川より西側へ避難せよ!」

 ジジッと音が鳴り、パトカーの無線が伝えた。

「毒の瘴気が発生したと連絡あり。ただちに鴨川より西側へ避難せよ!」


 二人は血の気が引く感覚がした。

「急ぐぞ! 窓開けんなよ!!」

「はいぃっ!!」

 先輩警官がハンドルをきり、急いでその場から離れる。動物園の側の道を走り抜けた。近くの道は封鎖しているので、一般車はない。

「良かった。動物達も、屋内にいますね」

「閉園後だったからな。客もいなくて助かった」

 ホッと息をつく。動物園の外はがらんとしていて、誰もいなかった。ただ、屋内に避難している動物達は、叉濁丸の気配に気付き危険を察知し、落ち着きがない。園のスタッフは警察の指示通り、自分達も屋内にいるが、動物の様子を見て、一抹の不安を覚えていた。





「お姉ちゃん!!」

 ハナが叫ぶ。双風道のツルによって、刺叉の下から助け出されたタエと車輪の妖怪は、傷付いていた。刺叉の威力と、木の属性の力を直接受け、自身もダメージを受けたのだ。翼から元の姿に戻った黒鉄が、タエと車輪の妖怪を抱きかかえている。

 二人が心配でならないが、代行者としての務めが最優先。横目で彼らが木霊の所へ向かうのを確認し、ハナは神水を呼び出して、大地に入った亀裂に流し込んだ。

「土の属性の者はおるか! 木の者よ、亀裂を埋めるのだ!!」

 双風道は稔明を乗せているので動けない。それでも、亀裂から瘴気が漏れ出そうとするのを抑え込む為に、力を振り絞る。


「タエ……、タエ!」

「う……」

 タエは何とか返事をした。

「黒鉄様、あなたもケガがひどいです」

「俺はいい。二人を治してくれ」

 黒鉄は、下から突き上げてくる木からタエを守ろうと、翼を盾にしていた。その為、美しい翼が、今は歪んでしまっている。痛いはずだが、彼は自分よりもタエと車輪の妖怪を優先させた。周りを見れば、瘴気に当てられ苦しむ数々の妖怪達が、木霊の側に集まっていた。木霊達も一気に負傷者が増えたので、混乱気味だ。

「叉濁丸……」

 黒鉄は、叉濁丸を見上げた。刺叉を突き刺し、満足気ににたりと笑いながら、のそりと上体を起こしている。昔の事を思い出した。親友が叉焔丸と叉濁丸に立ち向かった時の事を。



――俺も戦う!――

――黒鉄、気持ちだけ受け取っておくよ――

――何故だ。一人でも多い方が良いだろう――

――お前が戦うのは、今じゃない。双風道様の手伝いに行くんだ。仲間も手ひどくやられただろう――

――だが……――

――前にした約束、覚えてるか? 頼むな――




「ああ、覚えている」

 黒鉄はタエの頬と、車輪の妖怪の頭を撫でた。

「この二人を早急に回復させてくれ。奴を倒すには、二人の力が必要だ。他の傷付いた者はここから避難させた方がいい。お前達も、瘴気から離れろ」

「了解しました」

 木霊達は返事をすると、二人の回復と非難への準備に別れた。八人がかりで回復の術をかける。

黒鉄は、歪んだ翼のまま、空へと飛び上がった。周りを見渡せば、稔明の壁になっている妖怪達だけで、十人もいない。そして、彼らの疲労も半端なかった。今、万全の状態で戦える者はほとんどいない。それほどまでに、この妖怪と瘴気は仲間を傷付けたのだ。

 スラリと刀を抜いた。通常の刀よりも長い刀身。叉濁丸の眼前に黒鉄が立ちはだかる。


 叉濁丸は、稔明を潰そうと腕を伸ばしてくる。その手を瞬時に細切れにし、復元に時間がかかるよう、タエと同じように蹴散らしていく。黒鉄は木の属性なので、攻撃の効果があった。

「黒鉄さん!」

「全ての準備が整うまで、時間を稼ぐ」

 ハナも飛び出し、彼と共に叉濁丸に攻撃を再開した。神の加護を受けているハナに瘴気は効かないが、妖怪である黒鉄達は別だ。雨で抑えられているものの、噴出口の真上にいるので、瘴気の影響は避けられない。双風道が風を起こし、味方に瘴気がかからないようにしているが、どんどん噴き出る瘴気に対応しきれていなかった。


(光の矢が出来るまで、お姉ちゃんが回復するまで、黒鉄さんが瘴気で倒れる前に……。間に合え、全部間に合え!!)

 ハナは必死に叉濁丸に食い下がる。刺叉を抜き、振り回してきた。それに叩かれ、弾かれても、神水の龍を出し、動きをコントロールし、右腕を締め上げた。掴もうとしても水なので掴めない。どろどろと泥になっていく腕。そして、右腕がどろりと垂れ下がり、体から離れた。ハナもこの戦いで、龍登滝の応用技を身に付けていた。

「水龍、逃がすな!」

 泥が体に戻ろうとスライムのように動き回る。それを呑み込み、動かないよう食い止めた。

「消し飛べぇ!!」

 黒鉄が心臓から離れた体へ向け、己の渾身の力を振り絞り、強力な風を巻き起こした。途端に叉濁丸の体が崩れ、風に乗って散り散りに吹き飛んでいく。ぜいぜいと、柄にもなく息が切れる。

「さすがです、黒鉄さん!」

「それでも倒さん限り、戻って来る。矢はどうなった?」

 二人が稔明へと振り返る。壁になっている妖怪達の背が明るい。彼らも場所を空けると、目をつぶっても明るさを感じるほどの強い光がそこにあった。




「これが……」

 稔明もまばゆい光に、呆然としていた。

「この術は、天に輝く星の光を借り、そなたの想いが光を強くした。これは、そなたの心の光だ」

「俺の、心……」

 妖狐の言葉を聞き納得する。稔明の心は熱くなっていた。




「光が……安倍くん」

 タエの意識が戻り、上空に浮かび上がる強い光を確認した。痛みで軋む体を起こす。

「タエ、まだ治っていません」

 木霊がタエを止める。隣を見ると、車輪の妖怪も目を開き、動き出す。

「あなたもまだ傷が――」

「行かねぇと……」

 タエと車輪の妖怪が顔を見合わせた。二人とも、行かなくてはいけないと、瞳の中の決意は変わらない。

「光の矢は完成してるのかな?」

「いや、あと少しって所だ」

 車輪の妖怪が即答する。

「知ってんの!?」

「まぁな。前の戦い、遠目だったけど見てたから。発射される前、矢の先に光の環が見えた」

「光の環……。木霊の皆っ」

 タエが木霊へと振り向いた。木霊はぴくりと肩を揺らした。

「ギリギリまで回復をお願い! この子もね」

「分かりました」

 木霊が四人ずつに分かれ、回復術を再開した。矢が完成するまであとわずか。それまで黒鉄とハナ達が叉濁丸の相手をしてくれている。中途半端な状態で戦いの中に戻ったとしても、足を引っ張るだけだ。体は、万全には戻らないだろうが、時間が許す限り、回復に努めるのが先決だとタエは判断した。車輪の妖怪もタエの決断に従った。




「稔明、お前は矢を放つ事だけ考えろ。狙いは俺がやる」

「は、はい!」

 稔明の後ろから、彼を支えるように弓に手をかけた葛葉。稔明の手に添え、揺れる弓を安定させ、刺叉を狙う。



青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ勾陳こうちん帝台ていたい文王ぶんおう三台さんたい玉女ぎょくにょ!!」



 光の矢を作る、最後の手順。九字くじ。通常は手刀の印を組み、格子状に九字を斬って退魔を行うが、今回は、言霊で九字を斬る。稔明の声に合わせて、矢の先に光の格子の呪が引かれる。そしてそれが一つにまとまると、矢を中心とした環が生まれた。


「完成した!」


 しかし、稔明の生気をふんだんに使うので、長くはもたない。それは葛葉と妖狐も分かっていた。

「黒鉄! 撃つぞ!!」

 葛葉の声。光がどんどん強くなり、エネルギーの塊と化す。弓で構えているだけでも相当の力を使う。



 黒鉄とハナが反応した。ハナはずっと水龍を使い、刺叉の動きを止めていた。ハナの疲労もピークを越えている。黒鉄も叉濁丸の砂の体を一人で対応するには、限界があった。

「来るぞ。矢が当たったら、刺叉を折りに行け」

「はい!」



「環が出た!」

 車輪の妖怪が声を上げる。タエは晶華を握った。まだ体が痛むが、そう言ってはいられない。

「回復ありがとう。私の背に乗って。行くよ!」

 すぐに車輪の妖怪を背負い、思い切りジャンプした。目指すは黒鉄だ。

「黒鉄さんっ、もう一度、翼を!!」

 彼もそのつもりだった。タエへと手を伸ばし、細いその腕を掴むと翼へ変化し体に纏わせる。

「タエ、俺の炎も使え!」

 車輪の妖怪が晶華に炎を纏わせた。水と炎が打ち消し合う事もなく、二つの力が合わさる。




「いっけええぇぇぇ!!」


 稔明の叫びと共に、番えていた手を離す。


 光の矢が、放たれた。


読んでいただき、ありがとうございます!

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