79 水と炎の攻防
体を強張らせ、目を瞑る稔明。
「目を開けろ」
葛葉が声をかける。稔明は恐る恐る目を開けた。
「……皆さん」
驚いて目を瞠った。彼の前に、ハナや妖怪達が立ちはだかり、それぞれの術を使って叉濁丸の行方を阻んでいた。
頭部を復元させた叉濁丸が、口を大きく開く。瘴気を吐き出す動きだ。それは妖怪が浴びても毒となる。それでも、彼らは場所をどく素振りはない。黒紫の毒々しい瘴気が吐き出された。
「瘴気を巻き込め、龍登滝!」
ハナの術が先に、叉濁丸の眼前に出現した。ぐるぐると渦巻く龍が、瘴気を呑み込んでいく。
「おらぁっ!!」
タエの威勢の良い声が聞こえた。後ろからもう一度、叉濁丸の頭部を斬りつけ、蹴りを入れたのだ。顎だけ残してばっさり切れ、上部を蹴ったので砂が辺りに散った。
「お姉ちゃん、砂が目に入るよ」
「ごめん! でもどうせ、すぐあいつの所に戻るんやし」
言った通り、もう蹴散らした砂が頭部に戻ろうとしている。タエも稔明の前に来て背を向けた。皆が、壁になっている。
「安倍くん、矢は出来てる?」
「あっ」
見れば、消えていないだけましだが、光が弱弱しくなってしまった。
「時間を稼ぐ。頼んだよ!」
「ああ」
もう一度集中する。光が少しずつ大きくなる。それでも、矢の形にするにはまだまだ足りない。
「若造、怖いか?」
双風道が稔明に問うた。大きな鴉天狗は、木を出現させ、叉濁丸の刺叉と足に巻き付け、稔明から離れさせようと、後ろから引っ張っていた。叉濁丸はずるずると後退するも、足はすぐに砂になるのですり抜けてしまう。
「少し……」
稔明の正直な言葉に、双風道はふっと笑った。
「安心せい。皆がお前さんを守る。お前さんは、お前さんの仕事をすればいい。時間ならある。いくらでも、引き伸ばしてやるからな」
大きく、頼もしい言葉。稔明は、彼が鴉天狗の首領であるに足る人物なのだと実感した。
「押せ! 押し戻せ!」
妖怪達は攻撃の手を止めない。刺叉を振り、攻撃を吹き飛ばす叉濁丸。それでも、力が続く限り彼らは決して稔明の前から移動する事はない。
ジジッ。
光が揺らめく。稔明の心が揺れているからだ。
「焦るな。目の前の状況が自分を乱しているのなら、目を閉じろ。自分の内側に目を向ければいい」
葛葉が彼の肩に手を置き、気持ちを汲み取った。
「すいません。皆が俺の為に戦ってくれてるから、早く作らなきゃって焦っちゃって」
「弱い矢は、この場にいる者全員を危機に晒す。皆を想うなら、真の光の矢を作るのだ」
妖狐も稔明の肩に手を置いて、力を抜くよう諭した。その通りだと思った稔明は、深呼吸をすると、目を閉じ、自分の内面を意識した。
(花村さん、ハナ様、妖怪達が戦ってくれてる。その気持ちに応えたい。降る雨も、結界も、ここにいない神様や、家族が頑張ってくれてるからだ)
落ち着きを取り戻した稔明の心は、澄み渡り、恐れはない。ただ、皆への感謝の気持ちでいっぱいだった。
光の矢が、徐々に光を増し、手元が光りだす。葛葉、妖狐が顔を見合わせた。
叉濁丸の攻撃は、速くなるばかりだった。体が小さくなったおかげで、動きも速い。それでも、皆は協力して対応に当たった。前衛が叉濁丸の攻撃を防ぎ、後衛が術で攻撃する。疲れれば、前後を後退。誰に言われた訳もなく、自然とその戦法になっていった。
「きゃあああっ!」
刺叉に薙ぎ払われ、妖怪達の陣形が崩れる。殴打された妖怪は、地面に打ち付けられそうになったが、鴉天狗がギリギリ受け止めた。
「その方をこちらへ。治療します!」
「おお、準備がいいな」
鴉天狗が、受け止めた妖怪を木霊に預けた。木霊達は有に三十人を超えている。小さい体だが、その治癒力は確かなものだ。
「高龗神様より仰せつかりました。私達も協力します」
タエ達はまだまだ共に戦ってくれる仲間がいる事に感謝し、心置きなく攻められると歓喜した。自分を守りながら戦うと、攻撃が十分に出来ない所があるからだ。
「ケガをしたら、迷わず木霊の所に行ってください!」
「おお!」
ハナの言葉に、全員が声を上げた。心は一つになっている。タエの隣から、灼熱の炎が噴き出した。車輪を背負った妖怪だ。
「君、まだいける?」
「当ったり前だ。俺はこう見えても強ぇんだぞ」
見た目は子供サイズだが、炎の質はとても良い。おそらく、見た目よりもずっと長い間生きて来たのだろうと察しが着く。タエは、この妖怪を気に入っていたし、とても頼もしいと思っていた。
「ありがとう」
車輪の妖怪に微笑みかけた。それを見て、少し驚いた顔をした妖怪は、次の瞬間、ぼんっと車輪から音を出して、煙が上がった。肌が赤いのでよく分からないが、照れているようだ。
「べ、別に。俺はただ、大事なモノを守りたいだけだ」
「そっか」
彼は大事な者を亡くしたようだが、それと同じく大事なモノをしっかり持っているらしい。タエは晶華を伸ばし、大きくした。
「じゃあ、一緒に行ってくれる? あいつの腹に大穴を開けてやる」
「良いねぇ。俺は内部からあの砂、焼いてやるよ」
二人は一気に叉濁丸と距離を詰めた。叉濁丸は二人に気付き、脅威の瞬発力で攻撃を避け、飛び退いた。しかし、これまでの戦いで、どれだけ速く動くか見て来た二人は、ぴったりと着いて行く。
「“水龍渦”!」
タエが新しい技を出した。晶華の刀身から貴船の神水を噴出させ、渦を巻くように刀身に纏わせる。まるでドリルのようになった晶華は、勢いそのままに伸び、叉濁丸の腹に突っ込むと大きな穴を開けた。そして間髪入れず、車輪の妖怪の炎が体内部に一気に燃え広がり、あっという間に火だるまとなった。
「あ゛……あ゛……あ゛……」
少しは動きを抑えられるかと、行方を見守るタエ達だったが、すぐにタエは地面へと一直線に降下した。車輪の妖怪も事態を察知し、後に続く。
「木の者! 出せるだけ木を出せ。刺叉を止めよ!!」
双風道もまずいと、印に力を籠め、杉の木を出した。とにかく何本もの木を密集させ、上に伸ばし、刺叉が落ちてくる威力を抑えようと必死になる。
火だるまの叉濁丸は、刺叉の叉の部分を下に向けていたのだ。そのまま地上に落ちてくる。それが意味する所は、一つだ。
「全員っ、刺叉を地面に突かせるな! 大地が割れれば瘴気が溢れるぞ!!」
タエと車輪の妖怪は、刺叉の先まで来ると、降下の凄まじい圧力に耐えながら、術を噴射し、降下速度を落とそうとしていた。一方はタエの水の力で、もう一方は車輪の妖怪の炎の力でだ。全力で押しても、なかなかスピードが緩まない。他の妖怪達も叉濁丸に近付き体に向けて術を放つが、軌道がブレない。
「ぐっ」
車輪の妖怪が苦しそうな声を漏らした。タエも体がバラバラになりそうな圧力に、苦しい思いだった。杉の木が眼下に迫る。
(お願い、止まって!!)
タエはそう願いながら、木に突っ込んだ。バキバキと音を立て、枝を折り、幹を割った。襲ってくる痛みに、二人は声にならない声を上げる。
「まずいっ」
双風道が印を組み直す。すると、ツルがどこからか伸びてきて、タエと車輪の妖怪の体に巻き付き、一気にそこから引き抜いた。
「全員退避! そこから離れろ!!」
双風道の声が、大きく響いた。
稔明は今、全ての音が聞こえない程に集中していた。そのおかげで、光は矢の形を成していく。強い光をたたえ、夜の闇を明るく照らすほどだ。
「これならいけるぞ」
「あと少しだ」
妖狐と葛葉が納得していた。この質の光ならば、叉濁丸の心臓を貫ける。そう確信していた。
その矢先。刺叉は、木の属性の妖怪達が張った木の防護壁を打ち破り、地面に突き刺さる。大地が唸り、大きく亀裂が走った。地震が起きて京の町が揺れる。
叉濁丸のどす黒い瘴気が噴き上がり、近くにいた妖怪達を呑み込んでしまった。
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