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月夜の代行者  作者: うた
第二章
77/330

77 お迎え

「まずい!」


 双風道が葉内輪を大きく振り、強力な風を叉濁丸の周りに纏わりつかせ、なんとかして動きを止めようとした。叉濁丸の近くにいた妖怪達は距離を取る。鴉天狗の風の力は、他の妖怪と比べ物にならない程強い。その首領が起こす風は、小さくも凄まじい威力の台風だ。その中心にいる叉濁丸は、体をバラバラにされてもおかしくないはずだった。

 全員が、固唾を飲む。土器になった体が砂に戻っても、形が戻らなければ対策もある。

「者共っ、一斉に攻撃しろ!!」

 妖怪達が炎や電撃を放つ。それを双風道の風が巻き込み、威力を増していく。



「黒鉄さん、今の内に安倍くんをここに呼びましょう!」

 結界に入れていた、叉濁丸の破片を龍聖浄で滅したタエが、背の翼に話しかけた。

「お前はここを離れられんだろう。葛葉くずは!」

 黒鉄の声が葛葉と言う名の鴉天狗を呼んだ。彼はタエの近くを飛んでいたので、すぐに気付いてこちらに来る。

「黒鉄、代行者。どうした?」

 葛葉も身長が高く、切れ長の目が鋭い、すらりとカッコイイ風貌だった。

「ここから後方に晴明神社の陰陽師がいる。淳明の息子だ。その者を連れてきてくれ」

「名前は安倍稔明です。よろしくお願いします!」

 タエも頼むと頭を下げる。

「承知した」

 葛葉は短く返事をすると、スピードを上げ飛んで行った。



「代行者! いつまでもつか分からんぞ!」

 双風道が叫ぶ。



「今、迎えに行ってもらってます!」

 彼に答え、タエは次に稔明の式へ話しかけた。

「安倍くん、鴉天狗の葛葉さんがそっち行ったよ。安倍くんにもこっちに来てもらうから」

「えぇっ。人間が近付ける限界の所にいるんですけど!?」

 稔明の裏返った声が鳥から聞こえた。

「瘴気から身を守る術とかあるでしょ? 安倍くんに、光の矢で刺叉を射てもらわなあかんから」

「そ、そうかもしれないけど……」

「光の矢の術は、知ってるんやね?」

 タエが確認の為に聞いた。稔明は、口ごもっている。

「えぇと、その……その術は、確かに教えてもらうには、もらったけど……」

「何? 問題があんの?」

 タエは若干イライラしていた。

「めちゃくちゃ難しいんだ! 矢を作るだけで相当の力がいて、一度も成功した事ないんだよ。しかも俺、弓が下手で、射る事も出来ない」

「……え?」

 黒鉄は絶句しているのだろう。反応がない。タエも耳を疑った。


(後継ぎの修行をしてる最中だからなぁ。その術も、これから本格的に練習するはずだったのかも……)


「ここにはたくさんの妖怪がいる。私も含め、力になってくれるはずやから、とにかく来て!」




「分かった」

 稔明が前方を見れば、大きく黒い影がこちらに向かって来ているのが分かった。タエが言っていた葛葉だと理解する。

「トシくん」

 涼香が心細そうに名を呼んだ。稔明は札に術を籠め、心臓の上に来るよう肌に直接貼り付けた。これで体の周りに結界ができ、稔明を瘴気から守ってくれる。

「ちょっと行ってくる。あいつを倒すのに、俺の力がいるから」

「聞こえてた。本当にタエの声やったし……。あそこにいるんやね」

「うん」



 プルルル。

 淳明からの着信だ。通話ボタンを押す。

「トシっ、光の術、ちゃんと覚えてるか!?」

 やはり、心配でかけてきたようだ。

「うん、まぁね」

「他の事は考えるな。光の術だけに集中するんやぞ。お前は矢の形にして出せるだけで凄いんやからな。父さんでは、力が足りなくて出来ひんかった」

 やり方は知っていても、使えるほどの力の量がなければ発動しない。先祖返りである稔明に、この術だけは、見本を見せてやれないので、教える方も苦労したのだ。

「代行者様もいるんや。力になってくれるはず。叉濁丸の前に出るのは怖いと思う。でも、お前は一人ちゃうからな。いいな!」

「トシ! 今、母さんがそっちに向かってる。彼女一人にさせとけへんやろ」

「父さん、兄さん、ありがとう」

 それだけ告げると、電話を切った。もう葛葉が目の前に来ているからだ。

「お前が陰陽師、安倍稔明か?」

「そうです」

 鴉天狗の大きさに怯みそうになるが、稔明は拳を握って、しっかりと彼の目を見た。

「背に乗れ。一緒に来てもらう。そこの人間は連れて行けんぞ」

「分かってます。涼香ちゃん」

 涼香は一歩離れた所に立っていた。

「俺の母さんがここに向かってる。だから、動かずにここにいて。終わったら、連絡するから」

「分かった。あのっ、鴉天狗さん」

 涼香は葛葉に話しかけた。まさか人間に話しかけられると思っていなかった葛葉は、少し驚いている。

「何だ」

 涼香も自分から妖怪に話すのは初めてなので、足ががくがく震えていたが、必死に言葉を紡いだ。

「タエに伝えてください。トシくんを、必ず守って。タエも必ず帰って来て。二人は、大事な人だから……だから……」

 涙が滲んでくる。目の前の恐怖に、負けてしまいそうだった。もっと恐ろしい場所に、彼氏が行くのを、見送る事しかできない悔しさと悲しさ。怖くて怖くて、仕方がない。

「涼香ちゃ……」

「必ず伝える」

 葛葉はそう言うと、大きな翼を広げ、飛び立った。背中に乗る稔明は、その風圧に飛ばされないようしがみつく。

「タエとは、代行者の名だな。あの娘、知り合いか?」

 葛葉が稔明に尋ねた。

「はい。彼女は代行者様の親友で、俺の、大切な人です」

「そうか」

 妖怪達が大きく見えてきた。渦巻く炎や雷、風の中に叉濁丸がいる。刺叉の影が見えた。


 稔明は標的を確認し、その手前にいる知り合いを見つけた。大きな影の隣にいる。

「花村さん!」

「安倍くん、来てくれてありがとう!」

 羽を生やして飛んでいるので、稔明はびっくりした。ハナも彼の到着に気付き、側に来る。

「まさか、稔明の力もいるなんてね。隣にいらっしゃるのが、鴉天狗の首領の双風道様よ」

「お前が晴明の末裔か」

「は、初めまして。安倍稔明です。が、がんばります」

 双風道は叉濁丸の正面に移動してどっしりとあぐらをかいて座っていた。彼の台風はまだ発動中だ。

「稔明、わしの肩に乗れ」

「え!?」

 葛葉が言われた通りに、彼の肩に稔明を下ろした。双風道は叉濁丸までではないが、二階建ての家ほどの大きさがある。人が肩に乗っても余裕があるくらい大きいのだ。

「事情は聞いた。弓を引くには足場がいるだろう。ここからなら狙いやすい。うまく射れんでも、ここには弓が得意な者が何人もおる。手助けくらいしてやるわい」

「ありがとうございます」



「代行者」

 葛葉がタエの側に飛んできた。

「葛葉さん。ありがとうございました」

「いや。言付けを預かっている」

「え?」

 タエが首を捻る。

「お前の親友から、『トシくんを、必ず守って。タエも必ず帰って来て。二人は、大事な人だから。』 以上だ」

 真面目な顔で告げられたメッセージに、タエの目が点になった。

「トシくん?」

 稔明を見れば、タエの視線を受けて顔を赤くしている。

「そっか。うまくいったのか。葛葉さん、ありがとうございます。しっかり伝わりました!」


 笑顔で葛葉に礼を言うと、彼はまた一族の元へと戻り、戦いに参加する。タエは稔明の側に飛んでくると、隣に並んだ。

「安倍くん、ごめん! 涼香ちゃんを置いてきたんやね」

「でも、俺の役割を理解してくれたよ」

 妖怪が用意してくれた弓を手にする稔明。その眼差しは、もう迷っていられないと、覚悟を決めた目をしている。タエは、晶華を構えた。

「安倍くんは必ず守る。涼香ちゃんの所に、絶対返すから!」

 ハナも側にいて、力強く頷いている。

「花村さんも、帰らんとあかんよ」


 タエと稔明は、互いに見合い、にっと笑い合った。

「分かってる。皆で勝とう。もう誰も、何も失わせない。消えるのは、叉濁丸だけだ!!」



「あ゛あ゛あ゛!!」


 双風道達が能力で作り上げた台風が消し飛ばされた。現場に緊張が走る。体が大分小さくなった叉濁丸が、刺叉を振り回して雄叫びを上げた。生気のなさそうな落ち窪んだ目は、今はギラつきだしている。


 時刻は午後七時になろうとしている頃。太陽が山に沈み、辺りが暗くなる。夜は妖が活発になる時間。


 叉濁丸は、完全に目覚めたのだ。


読んでいただき、ありがとうございました!

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