76 叉濁丸の心臓
ぎし、ぎし……ぎ……。
叉濁丸の体が軋みだした。全員がまずいと感じる。頭部、肩、腕まで崩せた。叉濁丸自身の体の容量も大分減らす事に成功する。しかし、どうしても砕けないものがあった。
「刺叉を折れ! 武器さえ奪えば、持久戦でも勝ち目はある」
双風道も焦りを見せ始める。彼は大きな長刀を手にしている。彼の獲物を横に薙ぎ、叉濁丸の刺叉を折ろうとした。刺叉は双風道の巨体よりも大きい。がぁんっ、と大きく撃ち響くものの、ひび一つ入らない。燃やしても、電撃も、属性技は全く利かず、力技でもびくともしない。刺叉は、柄を地面に突き立てているので、腕が削り取られても倒れる事はなかった。妖怪達は体を砕く者と、刺叉を折ろうとする者に別れて、皆必死だ。
「はぁ……」
タエは皆に気付かれる事なく、呼吸を整える。龍聖浄をこんなに連発するのは初めてだ。疲労の蓄積が半端ない。
(疲れてるのは皆一緒。私だけバテるわけにはいかない)
集中し、術を展開する。ハナも龍登滝を発動し、空に何匹目かの龍が昇って行った。
「大丈夫か」
「黒鉄さん」
タエの翼になっている黒鉄が心配している。タエはことさら明るく言った。
「平気です。まだまだいけますよ!」
「ならいいが」
黒鉄はまだ心配そうな声だったが、タエは笑顔で答える。タエには、それで十分嬉しく、気持ちが軽くなる思いだった。疲れているが、元気が復活するからだ。
そんな時、タエの後ろから何かが飛んでくる気配がした。叉濁丸の体の欠片を結界に詰め込んでいる最中なので、油断できない。タエが首だけ横に向け、後ろを確認しようとすると、迷う事無くタエの頭に突っ込んできた。
「いった!」
「ご、ごめん、花村さん」
「ん? 安倍くん?」
その何かは白い鳥だった。その鳥が稔明の声でしゃべっているのだ。
「良かった。連絡が取れた。そこの様子もはっきり見える」
「どこにいんの? さっきは叉濁丸の動きを止めてくれてありがとう」
タエが礼を述べた。稔明は鳥の目を通して、戦いの様子を見て、聞いて、話が出来るようにしたのだ。
「花村さんのけっこう後ろ。ホテルの屋上にいるよ。手助けしたいけど、そっちの様子が詳しく分からなくて。俺に出来る事はある? 指示してくれれば、その通りに動くよ」
「助かる。今は体を削って消滅させてる。でも、刺叉がどうしても折れないし、傷一つ付けられない。安倍家で叉濁丸について、何か聞いてる事ある?」
当時、叉焔丸、叉濁丸と戦った安倍賢晴は、手記を残していた。最後に、いずれ来る戦いに備えよと残して。
「聞いた事はあるけど、ちゃんと覚えてないな。父さんに聞いてみるから、ちょっと待って」
「頼んだ!」
稔明は父に電話する。一回のコールで繋がった。
「何だ、忙しい時にっ」
「父さん、叉濁丸の刺叉がどうしても折れないんだ。安倍賢晴は何か言い残してなかった?」
「はあ!? ちゃんと読んでおけと言っただろうが!」
「すいませんっ!」
後継ぎになると決定した時に、実は賢晴の手記を渡されていたが、字が達筆すぎて読みにくく、ちゃんと理解できていなかった。まさか、こんなに早くその時が訪れるとは、夢にも思っていなかったのだから。
「確か……えぇと」
「早く思い出して!!」
稔明が急かす。
晴明神社では、敷地中央の庭にて淳明と丈明が五芒星の術を、その外側で、白千と白露が彼らの術を強化して二重の結界を張る為に力を注いでいた。
「父さん、スピーカーで話してよ」
結界と浄化の術に長けている丈明が、苦しそうに言った。父が片手を離すと、結界を維持する為の力が削がれ、丈明に負担がいく。淳明は息子の言う通りにし、自分の式にスマホを持たせて、話し出した。再び両手で力を注ぐ。
「当時の代行者が叉焔丸の体を砕き、共に刺叉を折ったという記述があった。水属性の代行者様の力が強かった為ともあったが、確か、賢晴様が光の矢で心臓を打ち抜いたという記述があったはずだ」
「光の矢?」
「それは俺も覚えてる」
丈明が頷いた。その声も、スピーカーは拾い、稔明の耳に届く。
「俺も読んだからな。この話、もしかして神様達は知らないんじゃないか? 戦いの後、賢晴が当時を振り返って考察したもので、証拠があったわけじゃないらしい。でも、あながち間違ってはいないだろうって話だけど」
「何の話?」
稔明は気が逸る思いだった。
「叉焔丸の心臓がどこだって話だよ。当時の事は、戦った二人にしか分からない。京都は大混乱だし、二人は早くに亡くなってしまったから、全てを神様達に伝えきれなかった事も考えられる」
淳明も頷いた。側にいた白千と白露も、二人の言葉を注意して聞いていた。
「ああ。はっきりと思い出したぞ。簡潔にお前に話しておけば良かったな。叉焔丸の心臓は刺叉そのものだった! 叉濁丸も恐らく同じだろう。あの世の住人だけでなく、現世に生きる人間も共に戦う事に意味があると書いてあった」
「刺叉が……奴の心臓!?」
白千、白露が驚きの声を漏らす。
「高龗神様に伝えねば」
白千が意識を貴船神社に向けた。
「刺叉が、心臓……」
稔明は電話を切ると、タエの所に飛ばした鳥に念を送る。
「花村さんっ」
「おお、どうだった!?」
タエが彼の言葉を待った。
「刺叉が奴の心臓だ! 刺叉を折るには、陰陽師の光の矢が必要だって」
「刺叉が、あいつの心臓!?」
タエの驚愕の声は辺りに響き、双風道を始めとする妖怪達も、あまりに驚いた為に一同がしんと静まり返った。
ばきり。
固まっていた叉濁丸の体に亀裂が入り、中からざらざらと砂が流れ出てくる。まだ残っていた右手が、ぎりりと刺叉を強く握った。
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