75 一斉攻撃
速報です。京都市内で爆発がありました。南禅寺山でも、突然斜面が陥没し、そこからガスが発生している可能性があると、京都府警が発表し、周囲を封鎖しました。市内各地で起こった爆発の調査も現在行われています。避難指示は出ていませんが、住民の皆さんは、戸締りをしっかりし、決して外出をしないようにしてください。
テレビから流れるニュース。大抵、ヘリコプターから上空の様子等が映像で流れる所だが、今回は警察がテレビ局側に、ヘリを飛ばさないよう要請している。地上からのカメラ撮影も何が映るか分からないので、現場に近付けさせないように気を配っていた。戦いの邪魔になってはいけないからだ。
タエの母は、自宅のリビングでそのニュースを聞いていた。タエとハナが関わっている事件だと察しはつく。
「タエちゃん、ハナちゃん……無事でいて」
高龗神は、聖域の中心にある庭で、降雨の術を行っていた。青白い光が彼女を包み、叉濁丸を中心として市内全体に範囲を定め、神水の雨を降らせている。貴船神社の聖域にも、避難してきた妖怪や精霊達がいる。全員が、叉濁丸討伐へ向かった者達を案じていた。
「双風道……偏屈じじいめ」
山の結界を強固にすると、鴉天狗の首領は一族に戦いに赴く事を宣言した。そこで、腕に覚えのある妖怪達も共に行くと言ったので、一斉に飛び立ったのだ。その様子を感じ取っていた高龗神は、柄にもなく驚いて目を瞠り、にやりと笑った。
「皆、この時の為に準備してたんじゃ。叉濁丸、決着をつけてやる」
「皆、ここにいて大丈夫? 避難してたんじゃ」
タエが車輪の妖怪に聞いた。鍛錬に付き合ってくれた他の妖怪の子もいる。
「前は、奴らが突然現れたせいで、対処出来なかった。一気にここは火と瘴気の海になったんだ。ここにいる奴らは、あの時、大事な奴を亡くしてる」
車輪の妖怪が悔しそうな顔をした。タエはそれで全てを理解した。
(この子も、大切な誰かを亡くしたんだ……)
「封印したなら、いつかこいつは目覚める。同じ事を繰り返さないように、皆、心を決めてた」
「炎の者、一斉放火!」
鴉天狗達、木の属性の者が太い杉の木を出現させ、叉濁丸の動きを止める。そして双風道の号令により、火を操る妖怪達が一気に炎を噴射した。車輪の妖怪も大きな炎を出す。その炎は、外の妖怪と比べると、とても赤く、美しいと思える色をしていた。
「あの時、俺達は竜杏と賢晴に全てを任せたけど、タエ、ハナ! あんたらだけに戦わせねぇ。今度は俺達も一緒に戦うからな!!」
車輪の妖怪の言葉が、周りの皆の心が、タエとハナの力となる。叉濁丸の体に巻き付いた木が轟々と燃え、双風道が葉内輪であおぐと強烈な風が巻き起こり、叉濁丸は巨大な火柱に呑まれた。
「雨に濡れて泥状になっておる。高温で焼けば、固まるはず。炎を絶やすな! 燃やし続けろ」
言いながら双風道も下から上へ、内輪で風を送り、炎を巻き上げる。火力はどんどん増し、叉濁丸の体が赤く変色しだした。焼き物を作る時のように、泥や土がくっつき、固くなり始めているのだ。奴の咆哮が、燃え上がる音と共に空気を震わせる。それはとても不気味な声だった。
「ハナさん、用意しよう!」
「うん!」
空中で待機する二人は、力を溢れさせた。タエは結界用の晶華を呼び出し、叉濁丸に刃先を向ける。ハナも叉濁丸の体を呑み込めるように、神水を円形に渦巻く。いつでも術がすぐに発動できるように、タイミングを見計らっていた。
「炎、止め!」
双風道の声が響き、火の妖怪達が攻撃を止める。皆が叉濁丸の様子を伺った。炎と風に巻かれた叉濁丸は、赤く焼けた体が雨に晒され冷えていく。動きを止めていた木は炭になり、ボロボロと崩れ落ちた。叉濁丸は、陶器とまではいかないが、高温で焼かれたので、がっちりと固まっている。まるで土器のような質感だ。双風道は声を張り上げる。
「体を砕け! 代行者、一気に行くぞ!!」
「はい!!」
タエとハナが同時に返事をして、術を展開。大きな土器となった叉濁丸を、全員が砕きにかかる。頭、肩、腕と砕いていき、破片をどんどん晶華の結界と神水の中に投げ込んでいく。じゅうじゅうと蒸発する叉濁丸の体の欠片。要領がいっぱいになった所で、発動だ。
「龍聖浄!」
「龍登滝!」
敵を確実に呑み込み、消滅させられる二人の術により、叉濁丸は体をどんどん削られていく。それを見て、妖怪達は拳を握った。
「いける。これなら!」
「休まず砕け!」
「固くて無理なら数人で協力しろ」
タエとハナもすぐに術を再び展開させ、さっきよりも大きくした。そうしなくては、すぐに許容量がいっぱいになってしまうからだ。
術による力の消費も少なくないが、泣き言を言っている場合ではない。自分の出来る精一杯をしなくてはいけないのだ。
(大丈夫。私達なら、出来る。皆の気持ちに応えないと。皆の心を、晴らさないと!)
高龗神の雨はまだしとしと降っている。皆の大事な者を奪った叉濁丸を倒し、心に立ち込める暗雲を、振り払いたい。タエはただそう思っていた。
「叉濁丸が、固まった……?」
離れた場所から見ていた稔明が、叉濁丸の様子と妖怪達の動きを観察していた。
「あれなら砂になれない。妖怪の炎はすごいな。でも、あの刺叉……」
感心していると、彼に向かってくる白い鳥の姿があった。スピードを緩める事なく、稔明の頭にクリーンヒット。それを後ろで見ていた涼香は、あっと声を上げた。
「いって!」
「トシ! 勝手に行動しおって。まぁ、お前は代行者様の力になった方が良いのかもしれんな。それからっ、札を使い切ったんじゃないのか? 髪の毛一本を飛ばして来て!」
声の主は淳明だ。稔明はうっと言葉に詰まる。父親は、息子の状況をしっかり把握していたのだ。
「お前も死ぬ事は許さんぞ。ありったけの札を送ったから、皆さんのお役に立て。そして必ず帰って来い。ちゃんと彼女を紹介するんだ。良いな!」
言いたい事だけ言い終えると、式神の鳥は紙へと変化し、その中に陰陽師の札が大量に包まれていた。それを手に取ると、稔明は涼香へと振り向く。
「……彼女、だって」
稔明は気まずかった。叉濁丸復活のせいで、告白まで辿り着かなかったのだ。いきなり“彼女”と言われて、どう思われたのか心配になった。しかし、涼香はどきどきと胸が高鳴っていた。お守りを握り、笑顔になる。
「全部終わらせて、御両親に会わせてね。……稔明くん」
「!? 今――」
初めて名前で呼ばれた事に、体が熱くなる。稔明も決心した。
「俺、涼香ちゃんが好きだよ。絶対に紹介するから。待ってて」
「うん。私も好き。頑張って、トシくん!」
稔明は疲れも吹っ飛び、力がみなぎった。
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