74 約束
タエは仰向けになり、潰される事に少しでも抵抗しようと、目を瞑り、腕と足を曲げて丸くなっていた。
「……?」
あの大きな足の重みが来ない。タエが目を開けると、信じられない光景が目の前にあった。
「く、黒鉄さん!?」
「……っく……」
タエに覆いかぶさるようにして、黒鉄は腕を突っ張り、背中で叉濁丸の足が下ろされるのを防いでいた。
黒鉄は稔明と涼香をホテルの屋上に下ろすと、そのままタエとハナの元へ飛んできていたのだ。二人が叩き落とされ、巨大な足がタエの上に落ちてくる。寸での所で、黒鉄はタエの上に滑り込んだ。
「晶華!」
晶華を立て、押し上げようと力を籠める。しかし、砂の足にずぶずぶと晶華も埋もれていってしまう。
「黒鉄さん、早くここから出てください!」
「なら、お前から出ろ」
ずしっとまた押される。黒鉄の腕は震えていた。支えるので精一杯なのだ。タエは身動きをしてみたが、地面にめりこんでいるので横に動けない。
(こんな所で死ぬつもりはない。諦めない。でも、どうすれば――)
晶華も砂に埋もれている。タエは焦りながらも、必死に思考を巡らせる。黒鉄の腕と背中の骨がミシミシと、怖い音を上げていた。
「晶華、大きくなって! もっと、もっと!!」
力を籠められるだけ籠め、晶華をどんどん巨大化させる。押し上げられないのなら、晶華を叉濁丸の中で貫通させ、バラバラにしてしまおうと考えたのだ。
「黒鉄さん、早く逃げて!」
叉濁丸はなおも足に体重をかけてくる。その重みに、黒鉄は声を上げた。
「あぁっぐ!」
「骨が砕けます! 私は何とかなりますから、早く――」
「お前が潰れるだろうが……。黙ってろ」
苦し気な彼の声。タエは必死に晶華に念じた。
「晶華、水を」
「やめろ。今奴の体を砕けば、生き埋めになる。……死ぬぞ」
「じゃあ、どうすれば!」
「心配するな。お前は……守ってやる」
「くろがねさ――」
「あいつと、約束したのだ……」
必死の形相の中、目に宿っているのは、諦めていない強い光。タエは何の事か、分からない。
(あいつ? 約束って、何?)
しかし、今はこの状況を何とかするのが先だ。タエはどうすればいいのか結論が出なかった。
みしっ。
「!」
タエの真下から音がした。叉濁丸が起こした音ではない。地中から、何かがせり上がって来る。
「来た」
黒鉄がホッとした声を出した。すると、タエと黒鉄の周りから、一斉に木の幹が生えてきたのだ。幹は叉濁丸の足を押し上げ、体に巻き付き、動きを封じる。
「行くぞ!」
黒鉄がタエを抱き上げた。その瞬間、眩しい光がタエの目をくらませる。何だと思った次の瞬間には、タエの体はとても軽くなっていた。そして気付く、一つの変化。
「え? 何、コレ……」
タエは宙に浮いていた。ばさりと羽の音がしているので、黒鉄が助けてくれたのだと分かるが、彼の姿がどこにもない。背中越しに後ろを見て度肝を抜かれる。黒く大きな翼が、タエの背中から生えていたのだ。
「く、黒鉄さん、どこ!?」
よくよく観察すると、肩から胸にかけて黒い防具がタエの体に装着されている。その背中から羽が出ている形だ。
「力を貸せと言っただろう」
防具の中から声が聞こえた。黒鉄は、タエが飛べるように変化したのだ。
「まだ戦えるな?」
「はい。でも、いいんですか? 山を守らなくても……」
「父上は山が一番と言ったが、戦わないとは言っていない」
「え?」
「精霊達の避難と、山の結界は完了した。昔やられた借りを返してやるわ!!」
大きな声がしたので見てみれば、双風道が一族と共にこちらに向かってくる。タエはその雄々しい姿に鳥肌が立つ思いだった。幹を出して救ってくれたのは、鴉天狗だったのだ。木の属性の彼らは、木を生やし、どんどん叉濁丸を締め上げる。
「代行者、お前の封印術が頼りだ。いつでもいけるよう準備しておけ。者共っ、手加減無用! 叩き潰せぇ!!」
「おおっ!!」
鴉天狗の声が辺りに響く。それはとても頼もしい響きだった。
タエも晶華を握りしめた。
「俺達も忘れんなよ」
「っ君は!」
タエの鍛錬に協力してくれた、車輪を背中に背負っている妖怪が側に来てくれたのだ。彼だけではない。鴉天狗と一緒に、様々な妖怪達がいる。
「大事なモンは、自分で守る。遅れて悪かったな」
タエは泣きそうだった。こんなに力を合わせて戦ってくれる仲間がいた事に、感動しているのだ。
「お姉ちゃん、皆で勝とう!」
ハナも回復した。木に縛り上げられている叉濁丸は、砂となり、木から逃れた。それを捕まえて離さない木が一本ある。
「戦っているのは、ここにいる者だけではない。安倍の後継ぎも、お前の力になろうとしている」
「安倍くんが!?」
ツルのようにしなり、叉濁丸の足に絡みつく木を操っているのは、稔明だった。
「体がでかすぎて、動きを抑える事しか出来ないな……」
他に何か方法はないだろうかと、稔明も必死に頭をフル回転させていた。
「この羽は、お前の思うままに動く。思い切り飛べ、戦え!」
「はい!」
全員で勝ってみせると、タエ達の気持ちは一つになった。
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