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月夜の代行者  作者: うた
第二章
73/330

73 対 叉濁丸

「鴉天狗さん、行き先を変えてください」

「何?」

 稔明は何を思ったのか、黒鉄に話しかけた。

「晴明神社ではなく、叉濁丸の所へお願いします!」

「えぇ!?」

 声を上げたのは涼香だ。稔明は自分の髪の毛を一本抜き、それに言霊を乗せた。

「父さん、そっちには行かない。叉濁丸の近くで俺の出来る事をするよ」

 ふっと息を吹き込めると、彼の髪の毛は真っ直ぐ神社へと飛んでいく。

「良いのだな?」

 黒鉄の問いに、稔明はしっかりと頷いた。

「叉濁丸の属性は土ですよね。水の花村さんとハナ様には不利だ。俺も力を貸します!」

「この娘を家まで送る事は出来んぞ。お前がしっかり守れ」

 羽の角度を変え、進路を変える。正面に叉濁丸が見えた。涼香が不安そうに稔明を見るので、手をぎゅっと握り、タエの話を簡単にした。

 黒鉄が二人を下ろしたのは、叉濁丸から少し距離を取った、ホテルの屋上。

「人間が近付くには、ここまでが限界だろう」

「ありがとうございます」

 稔明が礼を言うと、黒鉄はすぐに飛び立っていった。雨がしとしと降っている。二人の髪の毛と服を濡らしていた。

「宮路さんは建物の中に入って。お守りを持っていれば、平気だから」

「ううん。私もここにいる」

 涼香は恐怖心があっても、逃げなかった。

「邪魔にならないように離れてる。安倍くんとタエ達が戦うのを、ちゃんと見てる」

 タエは神様の御使いで、悪い妖怪を倒す仕事をしているのだと聞いた涼香。現実を自分なりに受け止め、納得したかったのだ。

「じゃあ、屋根の下にいて。何があっても、こっちに来たらあかんよ」

「分かった」

 雨で濡れないようにして、涼香はじっと動かない。稔明はそれを見て、屋上の真ん中に立った。目の前の巨大な妖怪を見る。

(瑞龍山……。南禅寺の山号だけど、今その名を知る人はどれくらいいるのか……。あそこの人達は避難してるよな。寺も守れればいいけど)

 印を組む。

五芒血術ごぼうけっじゅつ

 ばっ、と稔明の両手から鮮血が辺りに飛び散る。そして、その血が床に五芒星を描き、赤く光った。

「!?」

 涼香も彼の血だと気付き、声を上げそうになったが、ぐっとこらえた。自分は彼の邪魔をしないと決めたのだから。彼らの戦いを見届ける為に、じっとする。

「父さんに札を持ってくるよう頼めば良かったなぁ」

 苦笑いの稔明。全ての札を使い切った稔明が術を発動させるには、もう自らの血を使うしかなかった。しかし、札よりも力が強くなる血の術は、今使うのに持ってこいなのだ。

(二人の力となれ!)




「! 動き出した!!」

 叉濁丸の腕が動いたのだ。巨体なので、一見するとゆっくりだが、近くで見れば、その動きによるパワーはとてつもなく大きい。右手に持った刺叉を、左手も掴んで持ち上げようとする。タエとハナは、当初の狙い通り、頭を落とす為に技を繰り出した。

「龍登滝!」

 ハナは首をねじ切ろうと、空へ昇る龍を横に回転させる応用を見せた。叉濁丸の首の砂が削れていく。切断するタイミングを見て、タエが結界を張る。

「龍聖浄!」

 頭部だけなら晶華の結界に入った。叉濁丸の頭部はじゅうじゅうと音を立てて溶けていく。そして圧縮し、頭部は消えた。

「よしっ」

 タエがガッツポーズをする。頭部を失った叉濁丸は不気味さを増したが、残った体の砂を使い、新しい頭が生えていく。

「体積は減ってる。これを繰り返していくしかない」

 ハナが爪と尻尾を強化しながら言った。技を何度も出す事は疲れるが、今、タエとハナが出来る、最善の策がこれだった。

 腕が持ち上がる。刺叉が浮きそうだ。タエはハナの背から踏み切って、巨大にした晶華を振り下ろし、ざくりと右腕を切断した。そしてハナが、切断された右腕の先と刺叉ごと飲み込まんと、龍登滝を再び出す。

「ああぁ……」

 叉濁丸がうめき声を出した。吐き出す息は毒の瘴気。タエとハナは浴びないよう気を付け退避する。すると、ハナの集中が切れ、刺叉を崩す前に術が解けてしまった。

「くっ……」

「私も飛べれば――」

 近くの民家の屋根に着地したタエは、間髪入れず、晶華を巨大な弓に変化させ、これまた巨大な水の矢を二十本ほど、一気に射られるだけ頭部めがけて射た。体がぐらりと揺れる。

「ハナさん!」

 タエはハナを呼ぶと、彼女の背に乗り、飛び上がった。もう切断した腕は戻っている。

「もう一回、首を狙おう! さっきと同じように――」

 タエは最後まで言えなかった。ハナも体が動かない。


 二人の目前に、叉濁丸の左手があったのだ。奴の動きは遅かった。腕を持ちあげるだけでも風が巻き起こり、二人なら大きな気配を掴み損ねるはずがなかった。


「なっ……」

 落ち窪んで生気がない目が、ぼんやりとタエとハナを映す。叉濁丸は、まるで飛び回るハエが邪魔だと言わんばかりに、思い切り二人を地面に叩きつけた。

 物凄い風圧。巻き込まれ回避できず、タエとハナは叉濁丸の足元に落とされ、その地面にめりこんだ。


「がっ……!」


 体にかかる圧力は、今までに感じた事のない強さだった。内臓が押し潰されそうになり、血を吐く。高龗神の加護がなければ、ぺしゃんこになっていたかもしれない。


(信じられない……。あの巨体の動きを、追えないなんて……)

 軋む体に鞭打って、タエは必死に起き上がろうとした。


「お……ね、ちゃ……」

 側に倒れるハナも、傷が深いだろう。タエは頭上を見上げて、悪寒が走った。大きな足が真上に迫っているのだ。叉濁丸は、自分達を踏み潰そうとしている。


「ハナさ――」


 タエは痛む足を踏ん張り、ハナの所へ駆け寄ると、渾身の力で付き飛ばした。ハナは姉を呼ぼうとしたが、声が出ない。叉濁丸の足が届かない場所まで転がっていく。

「だ、だめ……」

 ハナの霞んだ声がわずかに出たが、もう遅い。



 ずん……。



「お、ねぇちゃ――」


 ハナは、信じられない気持ちで、思考が停止する。


 タエは、叉濁丸の足に沈んだ。


読んでいただき、ありがとうございます!

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