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月夜の代行者  作者: うた
第二章
71/330

71 土の体

 土埃が辺りに立ち込める。起き上がった叉濁丸は、特に何をするでもなく立ったままだ。


「ハナさん、式様を助けて」

 ハナの背に立ち上がったタエが言った。

「お姉ちゃん、気を付けて」

「おうっ」

 踏み切ると、叉濁丸の頭上に飛び出す。

「寝ぼけてる内に、細切れにしてやるっっ!!」

 晶華を閃かせ、脳天に突き刺した。


「……あれ?」


 今度は、肩から大きく辻斬りにする。ざざざ、と大きく切り裂かれるが、叉濁丸は微動だにしない。上空から一気に地面に着地して、見上げた。山のように大きい体だ。

 そんな叉濁丸に、タエは違和感しかなかった。


 再び晶華を振り抜き、叉濁丸のアキレス健を狙う。ざくざくと音を立て、飛び散るのは砂や土だけ。

「嘘やろ……。先輩が苦戦したのは、これか!」


 叉濁丸の体は土で出来ていたのだ。晶華で斬っても出てくるのは土。そしてそれはすぐに修復される。叉濁丸を斬る事が出来ない。


「お姉ちゃんっ!」

 式神を助けたハナが戻って来た。

「ハナさん。こいつは斬れない。封印術で消すのが一番やけど……、やるしかないかぁ!」


 タエはハナの背に再び乗り、上空へ飛び上がる。晶華を構えた。

「特大晶華!」

 呼ばれると、いつもよりも大きな五本の晶華が叉濁丸の周りの地面に突き刺さる。五芒星の形をとると、結界が張られた。晶華が張る結界にも限界があった。叉濁丸の上半身は結界から飛び出ている。


「龍聖浄!!」


 一気に結界の中に貴船の神水が注がれる。叉濁丸の足からじゅうじゅうと蒸気が上がった。ずぶずぶと体が泥となり、上体が沈んでいく。

「お゛……あ゛ぁ……」

 初めて叉濁丸が声を漏らした。口を開けるだけで瘴気が出る。ぽつ、と空から雨粒が落ちてきた。

「高様の雨だ! このまま結界の中に入ってしまえば、奴を消せる!」

 ハナが声を上げた。毒の瘴気を飛散させない、高龗神の雨。空は晴れているのに、雨が降っている。タエもこのまま押し通そうと力を籠めるが、異変に気付いた。

 晶華がぶるぶると震えだしたのだ。以前、祟り神に破られそうになった時の事を思い出す。


(でも、あれの比じゃない。とんでもない力で押される!!)


 パァンッ!


 ガラスのように砕け散る結界。特大晶華も折られ、中に溜まっていた神水も流れ出て消える。タエとハナは術を破られた反動で後ろに吹っ飛んでしまった。

「お姉ちゃ――」

 ハナの叫びもすぐに掻き消えるほどのスピードで飛ばされる。なんとか体を捻り、ビルの壁に着地した。

「大丈夫、お姉ちゃん」

 ハナも空中で踏み止まれたようで、タエの側に来た。叉濁丸は濡れた体など気にする事もなく、体を修復する。あっという間に足まで戻ってしまった。

「あの体、土だけど、山を取り込んでるわけじゃないみたい」

 タエの言葉に、ハナもしっかりと奴を観察する。

「どの土でも良いってわけじゃないみたいね。あの砂粒自体が叉濁丸の本体。少しずつ切り落として、消していくしかないのかな」

「やってみよう。まずは頭ね。それからあの刺叉を折らないと!」





「っく!」

 稔明の頬が斬られ、血が散った。服も所々破れ、傷だらけだ。土人形が思った以上にたくさんいて、苦戦していた。そして、それだけではなく、常日頃から彼を狙っていた妖怪も現れ、大惨事となっていた。

「炎よぉ!」

 手持ち最後の札を使い、大きな火柱を上げた。土人形と襲ってくる妖怪を焼き、商店街の屋根の隙間から炎が流れていく。彼が使う術は、現世に干渉していないので、商店街の店や屋根を焼く事はないが、感じる熱は本物だ。夏の気温もあり、辺りが焼けるように熱かった。

「あ、安倍く――」

「目を閉じて!」

 稔明が目を開けてしまった涼香に言った。彼女は稔明が心配だったが、必死に目を瞑る。

「はぁ……」

 息もきれる。結構力を使った。全身傷だらけ。疲労感も半端ない。しかし、目の前にいる妖怪共は、ちっとも数が減らない。

(もう札もなくなった。もっと持ってくれば良かったな……)

 ちらりと涼香を見る。結界の中で、恐怖で震えながら、両手でお守りを握って目を閉じていた。

(結界が消えても、そのお守りがあれば、彼女は大丈夫だ。一回でもデートが出来てよかった。そのまま目を開けないでくれよ。俺が喰われる所なんて、絶対に見るな)


 妖怪の大きな口が開かれる。土人形の鋭い牙も見えた。稔明には、もうなす術がない。両手を力強く握った。爪が食い込み、血が流れる。悔しくて、歯を食いしばった。

(ちきしょう! こんな所で死ぬのかよぉ。死にたくない、死にたくないっ!!)

 妖怪が、一斉に稔明へと襲い掛かる。



 びゅおおぉっ!!



「!?」

 突然の突風に、立っている事も出来ず、稔明は膝を付いた。商店街の中を、凄まじい風が通り抜けたのだ。稔明は呆然と、その風に切り刻まれていく妖怪達を見ている事しかできない。

「てめぇの肉、よこせええぇ!」

 風を逃れた魚の顔をした妖怪が、稔明に飛び掛かった。対応に遅れた稔明は、息を飲む。

 ぱんっ。

 ぎゃっ、と短く悲鳴を上げ、妖怪は木端微塵に弾け飛んだ。

 ばさりと音を立て、稔明の前に立つ大きな影。右の拳から煙が出ているので、妖怪を殴って滅したのだと理解した。彼は見上げると、驚きの表情になる。


 黒く艶のある大きな羽。

 羽だけでなく、頭も手も羽毛で覆われている。

 背中からしか見えないが、着物を着ている。

 振り向いた時に見えた、大きな嘴。


「強い霊力を感じたが、お前だな?」

「か、鴉天狗……」



 そこにいたのは、黒鉄だった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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