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月夜の代行者  作者: うた
第二章
70/330

70 訪れる災悪

 双風道がタエとハナの前に立つと、二人がとても小さく見えた。二人を見下ろし、話す声も、大きい。


「我が一族は、この山を守る事を第一としている。奴が目覚めれば、あの力はここまで及ぶ。昔も、あの瘴気のせいで、山がずいぶんと傷付いたのだ」

 高龗神も神水の源流を濁らされ、悔しい思いをした。彼らも大事な山を傷付けられたのだ。

「瘴気は我ら妖の体にも毒となる。犠牲になった仲間もいた。今回は、同じ事を繰り返さぬよう、万全の体制で臨まなくてはならん。代行者の言いたい事も理解できるが、こちらの事情も分かってほしい」

 タエは双風道を見つめた。彼の目はとても鋭く、見る者によっては恐ろしく映るだろう。しかし、タエにはそうは映らなかった。一族を想い、自分達の住処をただ守りたいという気持ちが伝わってくる。彼は言ったのだ。この山を守るのだと。

「しかし、守るだけでは――」

 ハナが言いにくそうに口を開いたが、タエが止めた。

「分かりました」

「タエ……」

 驚いたのは、黒鉄の方だった。

「いいの? お姉ちゃん」

 ハナも不安げな眼差しを向けている。タエはしっかり頷いた。

「うん。この山を守ってくれるなら、それに従おう」

「物分かりが良いな」

 双風道も、もっとごねられるかと思っていたらしい。

「ここには、精霊や優しい妖怪達がたくさんいる。ここを守るって事は、皆も守ってもらえるって事でしょ。叉濁丸と戦えば、私達にはそれが難しい。だったら、この山を守ってもらおう」

 要は考え方だ。タエは双風道に向き直る。彼の目を、真っ直ぐ見た。

「他の場所に住む精霊と妖怪達も、ここに避難させてください。一族皆さんの力があれば、可能なはずです。手遅れになる前に、お願いします。そして必ず、この山と、ここにいる皆を守ってください!」

 目を逸らさずに言い切った。双風道は、そんなタエを、目を丸くして見ては、大笑いをした。

「ガハハハッ! わしに物怖じせず発言するとは、お前は愚か者か? それとも、大物か?」


(偉そうに言っちゃった……。怒らせちゃったかなぁ)


 タエは内心バクバクだった。高龗神と肩を並べるほどの大妖怪に、代行者歴一年そこそこのペーペーが指示を出したのだ。怒らせた場合、叉濁丸の封印に向かう前に、消されてしまいそうだと、血の気が引く思いがしていた。

 双風道は、ひとしきり笑うと、体をかがませ、タエに近付く。タエは一歩も引いてはいけないと、じっとその場に立っていた。本音は思い切り下がって土下座でもする勢いだ。


「せがれが気に入るわけだ。良かろう。お前の言う通り、ここを市内にいる精霊、妖怪の避難所としよう。必ず守ると約束する」


 にっと笑うその顔は、頼もしいものだった。タエも笑顔で礼を言う。

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

「タエ、お前達だけで大丈夫か」

 黒鉄がさすがに心配して声をかけてくれた。

「竜杏先輩の時と違う所は、代行者が一人じゃないって事です。それに、貴船神社の皆が一緒に戦います。京を守るのが私達の仕事ですから。やるしかないです」

 ハナを見る。彼女も、心を決めたようで、しっかりと頷いた。


 ずっ!

 大きく地面が揺れた。皆が同じ方向を見つめる。封印がある方向だ。

「行こう、ハナさん!」

「うん!」

「皆さんも気を付けて!」

 タエがハナの背に乗る。そして飛び上がった。黒鉄は二人を見送り、ぽつりと呟いた。

「気を付けるのは、お前達の方だろうが……」

「市内にいる精霊や妖怪達を保護しに行け! この京には五万といる。時間との勝負だ!」

 結界術の印を組む双風道の命令で、鴉天狗が一斉に飛んで行った。黒鉄も従う。彼の胸の内は、ぎりぎりと身がよじれるほどの痛みがあった。





「宮路さん、早く!」

「ど、どうしたの!?」

 稔明は涼香の手を引いて、新京極通を南へと走っていた。

「急いで電車に乗って、ここから離れて」

 地震は懸念していたが、昨日の様子を見て、まだ大丈夫だとデートに踏み切ったが、突然大きく揺れる京都。昼を過ぎたあたりから、彼の心臓は大きく鼓動し、警鐘を鳴らしていた。市内の空気が重く変わってきている。

(話では、目覚めるには早すぎるって。しっかし、何でよりにもよって今日なんだよっっ!)

 地震のせいで、告白の計画は総崩れ。昼食を食べた後、何ヶ所か神社や店を回り、早い目に切り上げて帰ろうとしていた矢先、強めの揺れに見舞われた。

「もっと早く駅の近くに戻って来るべきだったな」

「ちょっと待って。何があったの!?」

 すれ違う人々は、地震に驚いてはいるものの、そこまで危機感を感じていない。店も通常通りだ。もう駅の改札へ続く、地下への階段の側まで来た。稔明は立ち止まり、はぁ、と息を整えると、涼香に説明する。

「この京都には、昔から封印されて、眠っていた妖怪がいるんだ。俺のご先祖が封印したんだけど。昨日まではまだ大丈夫だったのに、今、嫌な予感しかしない」

「それって……」

 涼香も神社で襲われた時の事を思い出した。また同じ思いをするのかと、ゾッとする。

「宮路さんを家に帰すまでは大丈夫だと思ったのに。昼を過ぎてからいきなり邪悪な気配が濃くなったんだ。俺は晴明神社に向かうから、ここでさよならになるよ。本当は送りたかった。ごめんね」

 すっと握っていた手を離す。風が通り抜け、温もりが冷めてしまった。

「安倍く――」

「事態が治まればいいけど、念の為やよ。今は早くここから離れて」

 涼香は稔明が真剣に訴えていると理解した。冗談で言っているように聞こえない。本当に緊急なのだと、階段へ向かう。

「安倍くん、気を付けてね。ケガ、しないでね」

「分かってる」

 心配をかけないように笑う稔明。涼香はそれが辛く感じた。


 涼香が階段を下りようとした、その時。


 メキィッ!


「きゃっ!」

 場違いな破壊音が聞こえると同時に、涼香の側を何かが通り抜けた。

「危ないっ!!」

 階段から落ちそうになった涼香を、稔明が咄嗟に引き寄せた。いたた、と呟く涼香は、手を見て驚く。

「血……!? なんで」

 どこかにぶつけた記憶はない。しかし、涼香の左手は刃物のような物で切られたように、すっぱりと切れ、そこから血が出ていたのだ。稔明は自分のハンカチを取り出し、涼香の手に巻き付ける。

「ありがとう」

「いいよ。……まずいな。こいつら見える?」

 え? と眉を寄せた稔明を見て、彼の後ろに目をやった。そして悲鳴を上げる。

「何!? コレ――」

「やっぱり。その傷は、そいつらが付けた。そのせいで、見えるようになっちゃったんだ」

 彼らの目の前にいたのは、体長五十センチほどの土人形だった。埴輪のような顔。目が黒く、口は半開きになっているが、その歯は鋭く、サメのようだ。涼香はその歯で切られたとみられる。稔明がかばわなかったら、手を食いちぎられていたかもしれない。妖怪に傷付けられると、あの世の住人が見えるようになる。タエの母親と同じだった。


 稔明達から少し離れた地面のタイルに亀裂が入り、そこから土人形が這い出てくる。先ほどの破壊音は、その亀裂が走った音だった。


「結界! 宮路さんは動かないで」

「う、うん」

 稔明は涼香を背中で守り、壁際で結界を張る。後ろに壁があれば、涼香を守りやすいからだ。そして、亀裂の周りにも札を飛ばし、これ以上土人形は出て来ないようにする。それでも、十体ほど出てしまった。

「人が来ないようにしないと」

 稔明は札を一枚手に持つと、力を籠めた。

「火よ、我に力を!」


 ぼぅんっ!


「きゃああっ!」

「火事だ!」

 周りにいた人々が逃げていく。稔明が爆発と炎を起こし、近付けさせないようにしたのだ。土人形は、稔明をターゲットとみなし、一斉に飛び掛かる。

 札をばら撒き、印を組むと、五芒星の光が土人形を取り囲み、消し去った。ふぅ、と息をつく稔明。後ろにいた涼香は、戦いの様子がバッチリと見えていた。

「こんな事になってたの……。安倍くん、すごい」

「いやぁ、どうも」

 照れ臭くなって頭をかく。すると、別の場所から悲鳴が上がった。通りを土人形が走っており、人に飛び掛かっているのだ。

「亀裂が他にもあるんだ。マジでまずいぞ」

 稔明は心を決めると、ポケットに入れていた一つのお守りを、涼香の手に握らせた。

「これを持ってて。目を瞑って」

「分かった」

 言われた通り、目を瞑る。視界を閉じる不安はあったが、稔明を信じてのものだ。お守りをぎゅっと握った。それを見て涼香の頭を優しく撫で、ふっと微笑むと、稔明は結界の外に出る。

 一歩出た途端、土人形の動きが止まった。こちらを向く。

「俺の霊力は強い。この力が欲しいだろ。俺を喰えば、強くなれるぞ」

 挑むように土人形を睨みつけた。稔明は、ずっと妖怪から自身を守る為に肌身離さず持っていたお守りを手放したのだ。それが意味する事は、一つ。

 土人形が稔明向けて駆け出して来た。彼は自分を囮に、人々を守ろうとしたのだ。ただ餌になるわけではない。両手に持てるだけ札を持ち、戦闘態勢に入った。





「山の形がおかしい……」

 ハナが呟いた。瑞龍山ずいりゅうさんの山の近くまで来たが、いつもの様子と全く違った。山が変に盛り上がっているのだ。そこに金の光が糸のように張り巡らされ、盛り上がる山を押し戻しているようだった。封印の糸だ。高龗神の式神が必死に力を行使している。

 タエが晶華を手に持った。もう、その糸が切れそうだったからだ。

「ハナさん、絶対に勝とう」

「当たり前。こんな所で消えてなるもんですか」

 二人の意思は固く、ブレない。ここで恐怖に負けてしまっては、決して勝つことは出来ないと、分かっているからだ。



 ぷつん。



 まだ太陽が完全に落ちていない、夕刻。金の糸が切れる音がした。途端、山がごごご、と大きく揺れ、斜面に亀裂が入ると、地面を崩して巨大な手が出てきた。高龗神の式神二人が封印強化に当たっていたが、吹き飛ばされてしまった。

 腕、肩と徐々に露わになるその体は、言われていた通り、とても巨大だった。市内にある、十数階建てのホテルと同じくらいの高さはあるだろうか。

 土埃を撒き散らしながら立ち上がる。ばさばさに乱れている髪は背中まで垂れ、落ち窪んだ目に生気はない。体格はガリガリのやせ形で、肋骨が浮き上がっていた。腕と足は骨と皮だけのようなので、とても長く見える。猫背で姿勢が悪い。膝も伸ばしきれず、曲がったままだ。獲物の刺叉さすまたが、ぎらりと光った。


「これが、叉濁丸……」


 とうとう、目覚めてしまった。


読んでいただき、ありがとうございました!

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