68 依り代
「タエ、現世に干渉して手を出せ。しっかり掴めよ」
「へ?」
叉濁丸の話を聞いた数日後、聖域にいたタエに、高龗神が何かを手にして近付いてきた。両手を出したタエは、がしりと置かれた物を見て、首を傾げた。
「木の棒?」
高龗神がタエに渡したのは、一本の木の棒だった。長さは二十センチほどで、切断面は角を丸く削った長方形。まるで木刀の柄の部分だ。見た事がある竜が彫られている。
「晶華の柄にある竜と同じ……?」
「ああ。これは柄。うちの神木である桂から作った。これを依り代として、晶華を呼べば良い。身体能力も、代行者時までとはいかんが、動きは良くなるはずじゃ」
タエの表情が明るくなる。
「代行者になれない時も、これで対処できますね。ありがとうございます!」
「生きてる限り、巻き込まれんとは言えんしな。刀身まで出来れば召喚も簡単じゃったが、今のご時世、銃刀法があるじゃろう。それなら他の人間に見つかっても誤魔化せる」
世の中について詳しい上司。スマホを渡せば使いこなしそうだ。
「よかったね、お姉ちゃん」
「うん! 体に戻ったら試してみます」
タエの反応を見て、満足そうな高龗神。
「それから、これも持って行け」
風呂敷の包みも渡される。そんなに大荷物ではないので、手の上で広げて見れば、道具がいくつか入っていた。
貴船の神水に浸して乾かした白い紙。
妖も捕らえられる、絶対にちぎれない細い紐。
赤い房が付いた、御神体と同じ小さな鏡。
なくなっても溢れてくる、貴船の神水が入った小瓶一本。
高龗神が説明してくれた。それぞれがとても美しく、清らかな気配を漂わせている。
「その鏡は、ハナも首から下げておる。呼びかければ連絡も取り合えるぞ。他の物も、持っておれば、役に立つじゃろう。使い方はタエ次第じゃ」
「高様、本当に、ありがとうございます!」
タエは何度もお礼を言った。
「晶華!」
太陽も高く昇り、今日も暑い。タエは家で早速、高龗神から賜った道具を試していた。側にはハナも母もいて、ソファで一緒に見ている。
タエの呼びかけに応え、晶華が手の中でキラキラと輝いた。夜とは違い、太陽の光を受けて一層美しい。
「それがタエちゃんの武器」
母は前に守ってもらった時の事を思い出していた。刀をしっかり見るのは初めてだったので、息を飲んだ。
「それで戦うのに、すごくキレイね」
「お姉ちゃんの心が作り出した刀なのよ。一緒に成長してきたの」
今までいろいろな戦いを乗り越えてきた。ハナも懐かしい気持ちになっていた。
「あ、すごいよ。力の入れ方で刀身が伸縮する」
ヴオンヴオンと音を立て、晶華の刃が太刀になったり、短刀になったり、自在になった。弓になれと念じれば弓に変化し、そこはいつもと変わらない。
「体は軽い?」
ハナの言葉に、タエは軽くジャンプしてみる。
「確かに軽いよ。よっと」
周りに何もない事を確認して、タエはバク転してみせた。
「わっ。気を付けてよ」
母が注意する。タエは短刀にして、体術の突きもやってみせた。
「分かってる。動きが全然違う。高様の言う通り、これなら生身の体でも妖怪と戦える!」
「それはよかった」
ハナも嬉しそうだ。母は眉を寄せていたが。
「ケガだけはしんといてよね。やっぱり心配なのは変わらへんよ」
タエは母の隣に座った。
「それも分かってる。この体で戦うのは、滅多にないし、勝てへんと思ったら、迷わず逃げるから」
「そうしてね」
うん、と笑顔で頷く。母の胸元のネックレスが、太陽に当たりキラリと光った。
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