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月夜の代行者  作者: うた
第二章
67/330

67 災悪の妖怪

「高様。京都に眠る妖怪について教えてください」

「ん?」


 貴船神社にて。代行者の仕事を終えて戻って来たタエは、聞こうと思っていた話を切りだした。

 高龗神は目を丸くしたが、察して、真剣な顔になる。


「紗楽から聞いたのか」


 頷くタエ。ハナはじっと聞いていた。

「封印の効果はまだ持続しておる。目覚めるのはまだ先じゃ。心配はいらんが、最近の地震は、確かに奴の影響じゃ。式にも確認に行かせたが、異変はなかった」

「異変はない……」

 タエも呟いた。それでも不安は拭えない。


「ハナも知っておいた方がいい。京の地に眠る妖怪の名は叉濁丸。約二百年前にこの京を燃やし、暴れまくった奴じゃ」

「京を、燃やした?」

 ハナも驚く。高龗神は続けた。

「元々、叉濁丸は叉焔丸という兄妖怪と一緒に行動しておった。兄は火、弟は土の力を振るい、京の町を燃やし、毒の瘴気をばら撒いた」

 過去の惨劇を思い出し、高龗神の表情は暗い。彼女の式神も側に来た。



「当時の代行者は、竜杏りゅうあんと言う名じゃ。一度、話した事があったが、覚えておるか?」

 タエとハナは聞き覚えのある名前だった。

「あ、伝説の代行者。釋がファンの」

「愛妻家の方でしたよね」

 前に女子会をした時に聞いたのだ。

「ああ。技の技術、力、精神力も強く、歴代代行者の中でも文句なしに最強じゃった。当時の晴明神社の陰陽師、安倍賢晴あべのけんせいと友で、よく共闘しておった。京は妖怪に狙われながらも平和じゃった」

 高龗神は遠い目をした。懐かしむようでいて、悲しそうな……そんな顔を。

「ある夜、突然炎が噴き上がる。予告も、前兆もなしでじゃ。わしも全く読めんかった」


 風に煽られ一気に広がる炎。

 辺りは火の海。

 逃げまどう人々。

 炎の中、立ち上がる巨大な影。


「それが、叉焔丸……」

 タエの言葉に頷く高龗神。

「そうじゃ。武器の刺叉さすまたを一薙ぎすれば、巨大な炎が現れ、京の町を飲み込んだ。そして、炎が巻き起こす風に乗り、瘴気が撒き散らされる。その瘴気は、叉濁丸の力じゃ。刺叉を地面に突き刺し、大地を割ると、邪気を纏わせた土煙や瘴気を発生させる。水を濁らせ、その瘴気を少しでも吸えば高熱が出て、次第に肺が腐る。火事だけでなく、疫病も出たと、京は大混乱しておった」

 話を聞くだけでも、相当危険な妖怪だという事は分かった。

「その兄弟妖怪の討伐に出たのが、竜杏と安倍賢晴じゃ。竜杏は、京が大火で燃える中、叉焔丸を倒し、被害を最小限に抑え込む事に成功する。それでも、当時の京都市街の八割が焼けてしもうたがな」


 高龗神は、ここで一息ついた。は、と息を短く吐くと、話を続けた。


「弟の叉濁丸には苦戦した。水の属性の竜杏は、土の力に押し勝つ事が出来なかったんじゃ。先の戦いでの消耗も激しく、倒せなかった。賢晴も力が尽きかけ、やむなく封印することに。抵抗する叉濁丸は、自身の瘴気を全て吐き出した……」

 腕を組んだ彼女の手は、力が入り、着物をぎゅっと握っている。タエとハナは、高龗神がここまで悔しそうにする姿を初めて見た。

「竜杏が一人でその瘴気を受け止め、賢晴がその間に京都の東に位置する瑞龍山ずいりゅうさんに封印した。竜杏は戦いと瘴気を受けたダメージが酷く、ここで倒れ、魂が消滅する。賢晴も仲間であり友であった竜杏を亡くしたショックと、戦いの傷が大きく、この事を書に記し、代々いずれ来る戦いに備えよと言い伝えて生涯に幕を閉じた。後にこの事を、天明の大火と呼んでいたな。普通の人間に妖怪は見えんので、大火事と疫病という事になっておったわ」


 タエは何も言えなかった。先輩の代行者が、そんな壮絶な戦いをしていたなんて。


「あの戦いは、今もわしは無念でならん。叉濁丸は貴船の源流まで濁らせおってな。わしの力を無効化しおった。おかげで竜杏が苦戦する事になって。わしの責任じゃ」

 彼女はずっと自分を責めていたのだ。ずっと、自分を許せていない。京都を守る神様をここまで追い詰めた、その妖怪が恐ろしく感じる。紗楽が言っていた、最も要注意な妖怪だと言う意味が、やっと分かったタエだった。




 高龗神は思い出していた。叉濁丸が封印された後、地面が大きく割れ、炎と瘴気がくすぶる京の町の中に倒れていた竜杏。賢晴が側で膝を付き、涙を流している。彼女も神社から飛び出し、彼の元に駆け寄った、あの時を。


――高様、俺はここまでです。まさか、あなたに膝枕をされる日が来るとは――

――特例中の特例じゃ。幸せに思えよ。竜杏、よくやってくれた――

――今まで、ありがとうございました――

――しばしの別れじゃ。心配するな。必ず成功させてみせる――

――はい。妻達を、頼みます……――




「高様、大丈夫ですか?」

 タエとハナが気遣う眼差しを向けている。はっと我に返った高龗神は、力が入っていた手を解き、いつもの表情に戻した。

「封印も、永遠に持つわけではない。その時は、ここにいる全員が協力して戦う事になる。属性が土だろうと関係ない。完膚なきまでに叩きのめしてやるぞ。塵一つ残さん」

「ぼっこぼこのギッタギタですね!」

「先輩の分まで戦いましょう」

 タエとハナも大きく頷いた。高龗神の無念を晴らしてあげたいと、強く思ったのだ。高龗神は目の前にいる、二人の部下を見つめた。

「本当に、頼もしくなったな」

 契約をしたばかりの頃が、ずいぶんと昔のように感じる。タエは一年で驚くほど成長した。側で見ていて目を瞠るものだった。決して思い上がる事もなく、力をひけらかす事もない。敵を斬ろうとも、命の重さを十分理解している。ハナとのチームワークもばっちりだ。




「そういえばタエ。お前、現世で晶華を呼び出したな?」

「え、あぁ。はい」

 丈明と彼女を助ける為に、鉄パイプを依り代にして晶華を確かに呼んだ。

「すいません。生身の体で戦っちゃいました」

「怒っているわけではない。代行者になる暇なく、戦いに巻き込まれる事もあるだろう。よく呼び出せたな。どうじゃった? 動きは?」

 タエはえーと、と思い出す。

「いつもより運動神経は上がったと思いますけど、代行者の時と比べれば、まだまだ遅いですね。晶華で斬っても、妖怪の体を一刀両断出来ませんでした。三回くらい振って、やっと斬れましたから」

「そうか」

 高龗神はうむ、と考える。

「考えておく。そろそろ朝じゃ。戻って良いぞ」


 そうして、この場は解散した。


読んでいただき、ありがとうございました!

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