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月夜の代行者  作者: うた
第二章
66/330

66 生身の体で

「えぇっ、代行者様が……生きてる!?」

 稔明の兄、丈明は、目が飛び出さんばかりに驚いていた。

「話は後で。今は逃げましょう」

 パイプで腕を払いながら、丈明に撤退を告げた。彼も気絶している彼女を抱え、素直に従う。

 しかし、妖怪は多少の知能があるらしく、舌で作業用に積んでいたパイプや木材を階段の方へ投げ、通路を塞いでしまった。

「逃がしてはくれないか」

 後ろへ下がる。丈明も壁際まで下がった。妖怪の目がぎらぎらと光っている。重い足を引きずりながらも、一歩、前進した。

(動かれるとまずい。生身の体で、しかも鉄パイプで、二人を守れるか分からない)

 今までの経験上、代行者モードで肉弾戦をした時、身体能力が上がっているので、拳で妖怪の体を貫く事は可能だった。だが、今の状況では自殺行為だ。刃物もないので、傷を負わせる事も困難。

「晶華があれば……」

 ぐっと握ったパイプが熱くなった。体温のせいだけではない。タエは手元を見たが、妖怪はその隙を見逃さなかった。

「うわっ!」

 タエの足首に妖怪の舌が巻き付く。女性の代わりに、タエを喰おうとしているのだ。タエはすぐに舌にパイプを突き立て、拘束を解いたが、伸びた腕に体を弾かれ、床に叩きつけられる。

「あぐっ!」

「代行者様っ!」

 丈明の声が響いた。妖怪の腕と舌は丈明達に伸びている。

「護れ!」

 丈明の護符が壁となり、舌と腕をかろうじてとどめている。そして、彼の両脇から白い狼が二匹飛び出した。式神だ。狼は妖怪の腕と体に噛み付くが、肉が分厚いせいで噛み切れない。牙が食い込まないのだ。それでも舌と腕を退けるには効果があった。

 タエは起き上がると、パイプを妖怪の体に思い切り突き刺した。少しでもダメージを与えられれば、その隙に逃げられるかもしれない。しかし、女の力では、皮にパイプの痕を付けるので精一杯だった。


(運動能力は多少上がってる。運動会の時に確認した。でも、それだけじゃダメだ。やっぱり武器がないと。晶華!)


 妖怪の動きが徐々に早くなっている。片方の腕しか伸ばせていなかったのに、両腕を伸ばして来た。足もじたばた動き始めた。丈明の式神は、苦戦している。

(戦わなきゃ。でないと、あいつの餌だ。皆、生きて帰らなきゃ!)


 ぽっ。

「!?」

 まただ。パイプを握る右手が熱い。その感覚は、毎日握るあの感覚だった。タエの手にしっくりくる。




――知らんのか? しろだよ。依り代。現世のモンに憑依してたの――




 思い出した。釋が現世に実体を持った方法。初めて会った時に言っていた。

 素早く伸びるようになった妖怪の手と舌を避け、丈明達をかばいながら、タエは必死に念じた。

「お願い、お願い! このパイプに憑依して。一緒に戦おう」

 呼びかけると、パイプがどんどん熱くなってきた。


「来い、晶華!!」


 タエが叫ぶ。パイプが光り、妖怪の目がくらんだ。

「ぎゃっ」

 目を瞑った瞬間、タエは一歩踏み切り、妖怪の懐に入った。そして邪魔な舌と両腕を切断し、上段の構えでカエルの妖怪の顔から胴までを真っ直ぐに斬る。

 妖怪の叫びがフロアに響いて耳が痛い。それでもタエは止まらなかった。噴き出す緑の血液を浴びないよう避け、今度はサイドから体を刻みにかかる。じたばたする足で避けられたが、その速度に追いつけないタエではない。何度も晶華を振る。いつもなら一刀両断出来るはずが、生身の体では二、三回振り下ろさなければ斬れなかった。


 体が三つに分かれた妖怪はこと切れ、じゅうじゅうと泡立ち消滅した。タエは汗がじっとりと滲んだ額を拭う。そしてしっかりと確認した。今のタエの手には、白く美しい晶華が、間違いなく握られている。

「ありがとう晶華。助かったよ」

 お礼を言うと、晶華は消え、元の鉄パイプに戻った。ふぅ、と息を吐き、丈明達を見る。


「丈明さん、大丈夫ですか?」

「はい。助けていただき、ありがとうございます」

 タエが駆け寄ると、夕日に照らされた彼の顔はホッとしていて、稔明とそっくりだった。さすが兄弟。

「ここを出ましょう。もうすぐ日が落ちます。また別の妖怪が来たら厄介です」

「分かりました。ちょっと待って下さい」

 丈明はそう言うと、護符を三枚取り出し、妖怪が蒸発した場所へ投げる。三角形に配置されると、光が溢れフロアはもちろんの事、建物全体が浄化された。

「これで、工事が終わる頃までは妖怪が住み着く事もないでしょう」

「すごい」

 丈明は戦闘よりも、守りや浄化の力に長けているようだ。彼女を抱え、建物を出る。


「彼女さん、覚えてるだろうな」

 タエは心配になった。あんな怖い思いをしたのだ。心に傷が出来てしまっていたらどうしようと不安になる。

「俺が、この建物に入った部分の記憶を消します」

「そんな事が出来るんですか。陰陽師ってすごい」

 驚いているタエに、丈明は首を横に振った。

「それくらいは基本です。俺の方が驚きましたよ。代行者様が、生きてる人だったなんて。父も知らないんじゃないですか?」

「あー、知らないと思いますね」

 あさっての方を見たタエ。

「もしかして、内緒にしてるとか?」

「いえ。別に隠してる訳じゃないです。言ってないだけで」

 一度見た代行者のタエを思い出し、丈明は不思議な気持ちだった。

「お名前は確か、タエさん、でしたっけ?」

「覚えてくれてたんですね。花村タエです。弟さんと同じクラスです」


 いきなりのカミングアウトに、丈明の目が点になった。


「えええぇ!? トシと同級生!? あいつは知ってるんですか?」

「はい。一緒に討伐に行った事もあります」

 はっと気付く。

「祟り神の事件の時か。あいつ、何でそんな大事な事、言わへんねん」

 怒りで言葉遣いが戻った。

「ただ、言わなかっただけでしょうね。タイミング逃した、とか」

 はぁ。大きなため息をついた兄。

「弟がご迷惑をおかけしてませんか?」

「いえいえ。仲良くさせてもらってます」

 涼香絡みになると、すがりついてくる事はあえて言わなかった。稔明の名誉を守る為だ。一応。

「代行者の選定は、亡くなってる魂からだと聞かされていたので、驚きました」

「生きてる代行者は珍しいみたいです」

「その年で、神の眷属になる覚悟があるなんて、タエさんは強い人ですね」

「いやぁ。どうも」

 褒められると照れてしまう。あはは、と笑う姿を丈明はじっと見ていた。

(傍から見れば、普通の女子高生なのに。迷わず刀を持って戦った……。俺には真似できないな)

 ぼんやり考えていると、タエが、そうだと声を上げた。

「警察官になる勉強をしてるんですよね?」

「あぁ。弟から聞きました?」

「はい! 頑張ってください」

 にんと笑うタエ。丈明の心はずきりと痛んだ。

「後を継がない事は、言わないんですね」

 彼は、後悔はしていないが、父に対して申し訳ない気持ちがあった。

「夢だったって聞きました。悪い奴から人を守る仕事は、私達と変わらないじゃないですか」

「あ……」

「安倍家は警察とも連携を取るし、私も関わる時があるし、皆で協力し合えるって、凄い事ですよね。丈明さんの警官姿、早く見たいです!」

 丈明の心に、光が射した。

(そうだった。安倍家はあの世とこの世を繋ぐ家。行方不明者発見の時、タエさんが和歌山の神様と警察を繋いだって……)

 正確には釋が連絡しに行ったのだが、祟り神を討ち、被害者を家に返す為に力となったのはタエだった。

(俺は、弟より陰陽師としての力が弱い。だから夢に逃げたけど……まだ俺は、家族の力になれる)

「ありがとうございます。俺、必ず警察官になります」

「はい!」


 彼女を送り届けるので、河原の橋で別れる。


「気を付けて帰ってください」

「丈明さんも。あっ、来週の土曜日なんですけど」

「はい?」

 首を傾げる丈明。タエは構わず続けた。

「稔明くんの髪型を、ばっちりキメてあげてくれませんか? 私の親友とデートするんで」

「……えぇ!?」

 驚愕の表情をしている兄を尻目に、タエは手を振り、橋を渡って行った。





「おい、トシ」

 夜八時。彼女の怖い思い出を消して帰って来た丈明は、迷う事無く、二階にある弟の部屋に入って来た。

「な、何?」

 兄の目つきが鋭い。怒らせれば怖いが、自分は何もしていないはずなので、訳が分からない。

「お前な……代行者様が生きてる人だって、なんで言わなかった!!」

「なにいぃぃぃ!?」

 丈明の声が聞こえた父が、稔明の部屋に乗り込んできた。扉がばたーんと音を立て、外れそうな勢いだ。

「それは本当かっ!」

「今日、妖怪に襲われて代行者様に助けてもらったんだ。彼女、普通の服装だった」

「えっ、生身の体で戦ったの!?」

 稔明も驚きの声を上げる。

「聞けば、お前のクラスメイトだって?」

「稔明、そんな大事な事、なぜ言わなかった?」

 ごごご、と二人から怒りのオーラを感じる。父からも同じ質問をされた。稔明は汗をだらだら流している。

「あ、あー。ごめん。言いそびれてた」

「ちゃんと報告せんか! 大変だ、挨拶に行かねばっっ」

 母親と相談する為に、階段を駆け下りて行った。そんな父を見送り、丈明は扉に背をもたせかけ腕を組むと、稔明に話しかける。

「代行者様は、京都にとって欠かせん存在だ。その方と関われる唯一の家が俺達だ。有難く思わなあかんし、同じクラスなら尚更だ。大事にしろよ」

「うん。すごく世話になってる。お母さんみたいなんだ」

「おい、お母さんかよ」

 普通に学校生活を送れているのは、タエが学校全体に結界の効果をもたらしてくれているおかげ。そして、恋の協力をしてくれている。世話になりっぱなしだ。弟にとってのタエの存在が“お母さん”だったので、丈明は拍子抜けした。

「で? タエさんが言ってたけど、お前、来週の土曜にデートなんだって?」


「なっ!」


 顔が一気に赤くなった。丈明はにやにや笑っている。

「やっとお前にも春が来たか。兄として嬉しいぞ。そのうっとうしい髪型を、デート用にばっちりキメてくれって、彼女に頼まれたんだ。任せとけよ。他にも不安だったら何でも聞けー」

 言いながら、部屋を出て行った。稔明はその兄の頼もしい背中に声をかける。

「に、兄さん……、あざっす!!」

 正直、デートなんて初めてなので、不安だらけの稔明だった。相談するのも恥ずかしかった。しかし、タエのおかげで兄が味方になってくれたので、また感謝しなければ。


「ありがとう、タエお母さん」




「へっぶし!」

「タエちゃん、きたない」

 母が眉を寄せる。タエが盛大にくしゃみをしていた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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