64 最高のチャンス
涼香の恋話を聞いた夕方。タエはある人物に電話をかけていた。昼過ぎに涼香が家に来ていた時間帯から、何度もかかって来ていたのだが、出られずにいたのだ。
「どうせまた聞かされるのかねぇ」
プル。
ワンコールもせずに相手が出る。
「はやっ」
「はなむらさああぁん!!」
(……泣いてる?)
悲痛な叫びを第一声に、電話の相手、安倍稔明はどうしようを連発していた。
「何がどうしようよ? 進展したんでしょ?」
「だだだ、だからどうしようって言ってんの! って、知ってんの?」
「ついさっき、涼香ちゃんから話聞いたわよ」
「あーー!! 何か言ってた!?」
いつになく声がでかい。そして反応がうざい。恋は盲目、とはよく言うが、恋は性格まで変えてしまうのだろうか。恋とは恐ろしい。
「あぁ、まぁ、それなりにね」
「何だよっ、気になるだろー!」
今度はイライラしている。電話の向こうでは、百面相をしているのだろうと、簡単に想像がついた。
「それは本人から聞きなよ。で、どうしたいの」
「ど、どうって……」
いきなり声が小さくなった。今度は照れだしたか。
「お友達のまま? 付き合いたいの?」
「そりゃ、つつつ、付き合いたいに決まってるだろ。運命の人なんだからな」
「そんな事、前に言ってたな」
どこのおめでたい奴だと思ったが、彼は陰陽師。占いは百発百中のはず。
「昨日、送ってった時に、連絡先の交換しなかったんだよ。アホな事したぁ~」
「ほんまにアホやね」
素直に肯定してあげたタエ。稔明もうぅ、と悔しそうにしている。
「緊張して、あんまり気の利いた事も話せなかったし……。せっかく花村さんがチャンスくれたのに」
タエはふぅ、と息を吐くと天井を見上げた。二人の頭の中は、互いの事でいっぱいだ。それが少し羨ましく、微笑ましく、嬉しくもあった。
「しょうがないなぁ。それじゃあ、あと一回、チャンスをあげよう」
「え!?」
稔明が食いついた。
「来週、いつ暇?」
そしてタエは、稔明の予定を聞き出す。机の上に置いてあるメモ書きと照らし合わせ、日を決めた。
「メモしなよ。来週土曜日の朝十時。駅の改札前に集合ね。行き先は河原町」
「え、え?」
稔明はとりあえずメモをするが、話が読めていない。
「涼香ちゃん、行きたい場所があるんだって」
「えっ、それって――」
「はい、デートの誘いですぅ」
がっ!!
すごい音がして、稔明がしんと静かになった。
「もしもし? 安倍さーん?」
「いてて、夢じゃない?」
「頭ぶつけて痛いんやったら、夢じゃないと思うよ」
「もう死んでもいい」
「ここで死んでどうすんねん。これからやろ。お昼ご飯の場所は考えておいてあげなよ。あの子、パスタが好きやからね」
「ラジャー。で、行きたい場所って? 服とかは、よく分からない」
いよいよ心配になって来たらしい。
「安心しなよ。縁結びの神社に行きたいんだって」
「縁、結び」
稔明の心臓がどくんと跳ねあがる。
「安倍くんが神社の息子って知って、いろいろ話が聞きたいって言ってたよ。最高のチャンスやん? そこはもう、ちゃんと告白して、縁をしっかり結んで来なさいよ」
これ以上ない程のプランだろう。
「花村さん」
「ん?」
「もう、何て言ったらいいか……。お母さん」
「誰がお母さんや」
彼も同じように思っていたらしい。いろいろ世話を焼いて、稔明の背中を押した。小説や漫画では、世話を焼いた女子の方に男が惹かれていくという展開の話もあるが、ここは全く違う。もはやお母さんと息子の関係になっていた。
「とにかく、ちゃんとライン交換して、告白して、さっさと引っ付きな。五分おきに電話されると、スマホの電池、もたないんで」
着信履歴が稔明ばかりになっていたのを見た時は、ゾッとした。新手の嫌がらせかと思うくらいだった。
「ごめん。気を付ける」
「もうしないじゃないんやね。まぁいいわ。頑張ってきな。妖怪相手に戦ってる時は、かっこいいんやから」
「っほんとに!?」
「私は嘘つかない。邪魔な前髪、なんとかしなよ」
「分かった! ありがとう」
「どういたしまして」
通話終了。タエはスマホをクッションの上に置くと、床に大の字に寝転がった。見慣れた天井。自分はいつも通りだが、周りが同じではない。周りの世界がどんどん進んでいく。
涼香と稔明を見ていて、自分はこれでいいのだろうかと、思うようになっていた。置いてけぼりを食らったような感じだ。
「私はこんなもんか。普通に生活して、夜は戦って。その繰り返し」
好きな人はいない。親友達の恋の応援で忙しいからだ。
「今は、二人の事を考えよう。うまくいくだろうし、また電話が来るかな」
くすりと笑う。今の自分は、これで十分だ。きっと、変わる時が来れば変わるだろうから。
ぐらっ。
「!?」
がばりと起き上がる。家が揺れた。その揺れはすぐに治まったが、タエは心臓がどくどくとうるさく音を立てていた。
(何だろう……。嫌な感じがする)
タエは立ち上がり、ある場所を目指して家を出た。
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