62 君を守る
タエは晶華をヤモリの妖怪に振り下ろした。いくら巨大でも、晶華の切れ味には敵わない。
しかし。
「はあ!?」
妖怪の体は弾力が強く、皮の上に膜を張っているようで、晶華の刃はぼよんと滑って弾かれてしまった。尻尾を下から突き上げられ、タエは上空に飛ばされた。
「ああっ!」
稔明もその光景を目の当たりにして思わず叫ぶ。その声に反応した妖怪は、こちらを向いた。
(しまった! あいつ、目がないから――!!)
しゃべらず、動かずにいれば、襲われる事はなかったかもしれなかった。だが、その代わり嗅覚は良いだろう。どっちにしろ人間の臭いを嗅ぎつけられ、こちらに向かってきたかもしれなかった。
「宮路さん、俺の後ろから離れないで!」
「う、うん」
涼香は何がどうなっているのか分からなかったが、稔明の言う事を聞いた方が良いという事は理解していた。
五枚の札を自分達の周りの地面に張りつけ、印を結ぶ。
「結界!」
ヴン、と鈍い音がして、札が光りだす。境内が少し明るくなった。
(なんか凄い。どうなってんの?)
周りを見回す涼香。が、襲ってきた衝撃に体を支えていられず、地面に両手を付いた。
どんっ、どん!
妖怪が稔明に突進してきたのだ。幸い、結界のおかげでダメージはないが、大きな力に結界自身が割れそうだった。
「ヤモリ系なら属性は地か。だったら! 木よ、我に力を!!」
札を妖怪の足元に投げ、印を組み念じると、札から根っこが出てきた。みるみる内に妖怪の体を絡めとる。妖怪は身動きが取れなくなった。
「あ、安倍くん……?」
涼香がたまらず声をかけた。稔明は戦いで巻き上がる風を受けながら、涼香へ向き、笑った。
「心配しないで。ちゃんと、守るから」
「!?」
目を見開く涼香。稔明の素顔を初めて見た事もあり、彼から目を逸らせずにいた。
「おりゃあ!」
上空に投げ出されたタエが降下してきた。晶華を弓に変え、妖怪の首だけを狙って矢を射る。真っ直ぐ力を加えれば、つるつる滑る膜も皮も、破る事が出来た。そして、傷口が開いた場所へ、大きな刃に変えた槍の晶華を突き立てる。そこから力を入れ、首をばっさり斬り落とした。
妖怪はずしんと体が崩れ落ち、塵となって消える。
「ふぅ」
術を解いて、札を自分の手の中にふわりと戻す稔明。自分で拾わない所も術者ならではだ。
「ありがとね! 宣言通り、自分で処理したよー」
「俺が動き止めたけどね」
ちら、とタエを見れば、あははーと軽く笑い飛ばしている。
「でも、そのおかげで安倍くんの株、上がったみたいですけど?」
え? と涼香を見れば、じっと自分を見つめる彼女の姿があった。もう暗くなっているが、涼香の顔は近くで見えた。どきりと心臓が大きく鳴る。
「涼香ちゃんを、ちゃんと送ってあげなよ」
タエは数歩離れた場所から、稔明に言葉を投げた。彼は照れながらも手を差し出し、涼香を立たせてあげる。
「ありがとう」
「もう、変な奴はいないし、帰ろう」
「うん」
涼香が稔明の手をぎゅっと握り返した。稔明は初めて女の子と手を繋いだのか、驚いた顔のまま固まっている。
「くぉら、安倍っ」
見ていられず、稔明の頭をばしっと叩いて正気に戻す。
「はっ!」
「どうしたの? 安倍くん、早く帰ろ」
「う、うん」
足元に転がっていた懐中電灯を広い、道を照らして歩き出す。稔明が鳥居をくぐる前に向き直り、本宮に礼をし、タエをちらりと見た。タエは笑顔で二人を見送る。
「しっかりね」
こくりと頷くと、二人で境内から外へ向かう参道の階段を下り始めた。
「やっと進展したか」
タエも満足気だ。すると、菅原道真公も社から出てきて、タエに並ぶ。
「あやつは、安倍家の後継ぎか?」
「はい」
「なるほど。珍しく、能力がかなり高いな」
「まだ修行中のようで」
「晴明の再来となれば、良いのだが。楽しみな逸材だ。今宵、ご苦労だった」
「いえ、また一つ勉強になりました」
まさか晶華が斬り損じたなど、思ってもいなかった。このような妖怪もいるのだと認識でき、タエは大事な事を学んだ。
「それでは、私も仕事に戻――」
ぐらり。
「!?」
突然、足元が揺れた。妖怪の気配はない。
「地震?」
小さく、すぐに揺れも治まったが、タエは辺りを見回した。鳥が一斉に飛び上がる。夜なのに、この光景は異常だ。
「最近、増えておる」
「地震が、ですか?」
「ああ。人には感じ取れんほど、小さいものだが、回数が多い。何事もなければいいのだが……」
一抹の不安はあるものの、タエは今日の仕事を努めねばならない。京都市まで出て、ハナと合流した。
読んでいただき、ありがとうございました!