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月夜の代行者  作者: うた
第二章
59/330

59 金の粒子

「あ゛……ぐ……」

 釋の口から苦し気な声が漏れる。逆流した血が口の端から流れ出た。

「釋っ!!」

 タエが駆け寄るが、釋の目はまだ妖刀を見据えている。ぐっと腹を貫く黒い腕を掴んだ。

「まだだ。俺より敵を倒す事を、第一に考えろ」

 はっと妖刀を見れば、釋の炎樹はまだ光の中に刃先を入れているが、カチカチと音を立て、妖刀を破壊出来ていない。最後の抵抗をしているようだった。

「タエ、炎樹を刀に打ち込め! 俺が尽きれば……炎樹も落ちる……」

 釋の念の力で彼の大刀を操っているのだ。タエは走り出した。


 妖刀がもう一本腕を伸ばす。黒い腕で、先は刃ではないが、尖っている。それを紙一重で避け、タエが地面を踏み切った。


「ぐあっ!」


 釋の声が背中で聞こえた。妖刀が、釋を貫く腕を横に思い切り振った事は見えたので、何が起こったのかは想像がつく。しかし、自分が今やるべき事は、振り向く事ではない。


 晶華の刃を峰に返す。

「あああああっ!!」

 そして振りかぶり、思い切り炎樹の柄の先に打ち付けた。


 カーンと澄み切った音が辺りに響く。ぴしり、と刀が軋み、ひびが入る。そして、内側から弾けるように割れると、釋の炎に巻かれて消滅した。


「ありがとう……」

 村正が一言御礼を言うと、彼も消えた。天へと導かれるのか、妖刀を作り出してしまった責任を負って地獄へ行くのか、それは分からない。



「釋っ」

 タエが釋の元へ戻る。思った通り、腹は横に裂かれていた。大きく開いてしまった釋の傷は、痛々しく、タエの力で元に戻す事は出来ない。血がどくどくと流れている。彼の顔色は白くなっていた。激しい戦いに、大技を出し疲弊しているので、もう力も残っていない。

「釋、傷治せる? どうすれば……」

 涙目になりながらも、手で傷口を押さえて血を止めようとしているタエを見て、釋はふっと笑った。

「んな小さい手じゃあ……傷、塞げへんやろ。お前はほんまに……甘いなぁ」

 頭を優しく撫でた。タエの涙がぽたりと落ちた。すると、釋の体が光りだし、金の粒子がチラチラと空へ昇って行く。

 それがどういう事か理解すると、タエは血の気が一気に引いた。

「ここが……俺の最期か……」

「ダメっ! あかんよ、釋っ!!」


「釋、お姉ちゃん!」

「釋さん!!」

 ハナと凌士も駆け寄ってくる。妖刀が消滅し、結界が解けたのだ。釋の体が光っているのを見て、二人も言葉を失くす。


 タエはハナと凌士を見て、ある事を思い出した。

「そうだ。二人とも、月読尊様をここに呼んで! 早く!!」

「え!?」

 凌士は分からない表情をしていたが、ハナも気付き、大声を張り上げた。

「月読尊様! どうかこちらへ!! 凌士も呼んで」

「は、はい」

「力を貸して下さい!!」

 タエも叫ぶ。ハナと凌士は呼び続けていた。

「お前ら……なにを……」

 釋も、かすむ目でタエ達を見ていた。

「釋を助けられる! あなたが決めて。助けてもいい? それとも、もう引退したい?」

 タエは彼をじっと見つめた。釋が代行者を務めて約百三十年。この仕事は辛い事もある。生きるか消えるか、それは釋自身が決めるのが一番だと、タエは思ったのだ。


「……」


 いつも余裕の表情だった釋が、迷う色を見せた。もう足は膝まで消えている。タエは焦っていたが、ぐっと奥歯を噛み締め待った。

「……ない」

「え?」

 釋の小さな声が、タエの耳に届く。

「消えたく……ない。俺は、まだ存在したい!!」

 絞り出した力の限りの声は、タエ達の耳にはっきりと聞こえた。タエは涙を浮かべ、何度も頷く。

「分かった!」



「良いのだな?」



 静かな声がタエ達の背後から聞こえた。見れば、白い着物を着て、白く長い髪の毛の男性が空から降り立つ。女性にも見え、中性的な顔をしている。

「月読尊様!」

「お前がやろうとしている事は、己も危険にさらすのだぞ」

「分かってます。私の魂を、釋に入れてください!」

 タエははっきりと言った。

「私が消える訳にはいかないので、消えないギリギリまで入れてください」

 魂を削った後、注いだ側はどうなるのか、高龗神には聞いていなかった。力が弱まるだろうか。今後、代行者を続けられるだろうか。心配は尽きないが、今は釋を助ける事が一番だった。

「私の魂もお願いします!」

 ハナも声を上げた。

「一人より二人。姉の負担も軽くなるはずです」

「いいえ、二人より三人です。私の魂も、お役立てください!」

 凌士も名乗り出た。


 月読尊は、驚くように目を瞠ってから微笑んだ。

「この場に代行者が四人揃った事が、奇跡だな」

 そう言い、釋の胸に手を置いた。釋はもう上半身しか残っていない。手も消えかけている。

 月読尊の体が光りだした。すると、タエ、ハナ、凌士の体も光りだす。体の力が一気に抜ける感覚に襲われ、立っていられなくなった。そして、意識も手放してしまう。




「ん……」


 意識が浮上する。タエは頭を振りながら、起き上がった。ハナと凌士も気を失っており、彼らを視界に捉える。

「ハナさん、凌士さん」

「う……」

 タエの呼びかけに、二人ももそりと動いた。

(よかった。無事だ)

 ホッとする。


「タエ」


 聞きたかった声。タエははっとし、声がした方を見る。

「……釋」

「よぉ」

 何度も見せてくれた笑顔を向けていた釋。上半身を起こして、足を投げ出し座っていた。タエはまだ動きにくい手足を何とか動かして、釋の側まで来ると、彼のお腹に触れる。

「ぎゃははっ、こしょばい!」

「傷は? もう痛くない? 大丈夫?」

 もにもに触られるとくすぐったく、笑い出す釋。裂かれていた腹はもうキレイに戻っていた。着物も復元され、傷が一つもない、元気な釋だ。

「良かった……良かったぁ」

「釋、成功したのね」

「ああ、安心しましたぁ!」

 涙が溢れる。ハナもタエの反対側に来て、彼の無事を確かめ、凌士も消えた釋の足が元に戻っている事を、触れて確認していた。釋が無事で、自分達も無事だ。これ以上の喜びはない。


「すまんな。俺の為に魂を分けてくれて。そのせいで小さくなって」

「え?」

 タエ達三人は互いを見つめた。ハナは子犬、凌士は小学生くらいの外見になっていた。では自分もかと両手を見る。いつも見ている手の大きさではない。小さい。

「お姉ちゃんも、小学生みたい」

 ハナがぷっと吹き出した。代行者の着物も、子供サイズになっていたのだ。

「あはは、みんな可愛くなってる」


 釋は手を伸ばし、タエとハナの体に回す。そして、二人をぎゅっと抱きしめた。

「釋!?」

 二人は驚くが、抱く力は強くなる。釋は二人の肩に顔を埋めて、喜びを噛み締めた。

「ほんまに、ありがとう」

 短く告げられた感謝に、タエとハナも抱きしめ返して答えた。

「凌士、お前も抱きしめたろか?」

「いえ、結構です」

 外見は子供でも、中身は大人。凌士は丁重に断った。釋も腕の中にいた二人を下ろし、にかっと笑う。

「俺も野郎とはごめんや。ありがとうな、凌士」

 拳を前に出す。凌士も笑顔で拳を出し、こつんと合わせた。二人には、これで十分。



「消滅を回避した代行者は初めてだ」

 月読尊が四人から少し離れて様子を見ていた。釋の回復具合を観察していたのもある。

「問題はなさそうだな」

「はい。ありがとうございます。俺はいいんですけど、この三人は元に戻りますよね?」

 釋が彼に問うた。

「それぞれの神が戻すので心配ない。神と眷属は魂で繋がっている。眷属である限り、魂の復元は可能だ」

「良かった」

 この場で一番安堵したのは釋だった。

「釋、と言ったな。水の属性の魂が入ったので、水の耐性が多少付いただろう」

 タエ達三人とも、属性は水だった。

「釋の炎が弱くなる事は、ありますか?」

 タエが若干不安になり、聞いた。月読尊は首を横に振る。

「案ずることはない。代行者の属性が、殺し合う事はないのだ」

 釋の中で、彼の火と自分達の水が喧嘩する事なく共存できると聞き、皆がホッとした。


「此度の件、皆には感謝している。よくぞあの刀を滅してくれた」

 月読尊が四人に礼を述べた。四人が頭を下げる。

「でも、俺は役に立てませんでした」

 凌士は肩を落とす。釋は彼の頭をぐりぐり撫で回した。

「何言ってんねん。しっかり援護してくれとったし、自分をちゃんと守れたやろ。俺も救われた。自分を守れな、他を守るなんて出来ひん。新人でこの働きは合格や!」

「確かにね。頼もしかったわ」

「うんうん」

 タエも同意する。

「皆さんのように、俺もなれますかね?」

「当たり前やろ。今夜の経験は、何よりの財産になる」

 釋の言葉は、凌士の自信になった。笑顔で頷いた。



「ん?」

 ハナが空を見上げた。何かがこちらに向かってくる事に気付いたのだ。妖怪の気配ではない。

「この気配は――」

 凄まじいスピードで向かってきたそれは、巨大な火の玉だった。


「せええぇきいいぃぃぃ!!!!」

 火の玉は釋を巻き込み、燃え上がる。タエ、ハナ、凌士は即座に飛び退き、固まって何だと目を丸くした。

「いだだだっ。か、迦具かぐ様、ヒゲがジョリジョリ痛いですって!!」

「おおおっ! お前を失ったかと思ったぞおぉっ」

 釋に体当たりするように抱き着いてきたのは、愛宕あたご神社の火之迦具土神ヒノカグツチノカミ。釋の主だ。炎の荒い気性を表しているような、大きく筋骨隆々の体、髪の毛は燃え上がり逆立っている。ゆったりとしたヒゲを蓄え、いかつい顔をしているが、今はおいおい泣いている。


「……暑苦しい」

 月読尊がぽつりと呟いた。彼とは正反対、対極の性質だからだ。


「この方が、火の神様」

 ほぉ、とタエは見つめていた。見た目通り熱いが、情熱的で部下思いだ。二人を見ていると、微笑ましい。

「タエっ、笑ってねぇで助けろ!」

 釋の体がぎしぎし鳴りだしたので、タエ達もさすがにまずいと思い、声をかけようとすると、火之迦具土神がこちらを見て瞳がキランと光った。

「え?」

「そなた達かあっ! うちの釋を助けてくれたのはああああぁぁ!!」

「ぎゃあああああっっ!!」

 今度は三人の雄叫びが上がった。メキメキばきばき音を立てて、タエ達は白目をむく。火之迦具土神が思い切り三人まとめて抱きしめたのだ。幼い姿になっている彼らに、このハグはきつすぎる。

「やめんかヒゲ上司!」

 釋が燃え上がる頭にチョップを入れ、三人を回収した。

「すまんすまん。嬉しくてつい」

 てへぺろ、と舌を出してお茶目にあやまる火の神様。

「可愛くないですから。不気味ですから」

 釋が正直な感想を言った。

「冗談や。本当に感謝しておる。釋は大阪の守り刀やからのぉ。ここまでの代行者はおらんから、失うには惜しい奴なのだ」

「だったらもっと、代行者使いが荒いのを何とかしてもらえませんかね」

「お前を信頼しとるんや。今もここに来るのに、式を吹っ飛ばして来たんやぞ?」

「神が神社飛び出してどうすんですか。止めた式が可哀想や」

 腕組みして渋い顔をする釋。彼らの関係の良さがよく分かる。

(上司部下って言うより、父親と息子って感じ)

 とても温かい繋がりだと思ったタエ。釋を助けられて、本当に良かったと実感した。


「火之迦具土神、代行者を貸していただき、礼を言う」

「おう、月読尊。おったのか」

「今気付いたのか」

 呆れる月読尊。火之迦具土神とも挨拶を交わし、解散することにした。

「今夜はゆっくり休んでほしい。魂を戻すのにも時間がかかるだろう。高龗神、家津美御子大神けつみみこのおおかみにも、改めて礼を言うよ」

 月読尊はふわりと微笑む。その表情は、戦いを終えて安心した顔だ。彼も妖刀を逃がさず、釋の大技の大爆発を結界内で止めるほど強固な結界を張り続けたのだ。彼の疲労も大きなものだろう。

「おぬしは代行者の選定で忙しくなるな。それに、うちのが起こした爆発で出来た、この大穴も戻さねぇと。ちゃんと休めよ」

「あ、すいません」

「ああ、分かっている。こちらで処理するので気にするな」

 気遣う言葉をかける火之迦具土神。微笑み頷く月読尊。釋の世話焼きの性格も、彼の影響があるかもしれないと、タエは感じていた。



 しばらくすると、貴船神社と熊野本宮から式神が到着した。力が弱まったタエ達を回収するためだ。貴船神社からは白千が来てくれ、熊野本宮からは大きな八咫烏の式神だ。

「それでは皆さん、いずれまた!」

「困った事があったら言えよ! この借り返すからな」

 凌士は笑顔で手を振り、八咫烏の背に乗り、飛んでいく。それを、見送るタエ達。


「わしらも帰るぞ。タエ、ハナ」

「はい」

 タエとハナが返事をし、火之迦具土神と釋に挨拶する。

「火之迦具土神様、それでは私達は行きます。釋もお疲れ様。じゃあ、行くね」

「ああ、養生してくれ。何かあれば何でも言いなさい。恩を返したいのでな」

「ありがとうございます」

 タエとハナは笑顔で頷いた。白千の背に乗り、飛び上がろうと白千がふわりと浮いた時、釋が呼び止めた。

「タエ」

「何?」

 振り向くと、釋はタエの頬に手を添え、顔を近付けた。

「!?」

 タエの頬に柔らかい感触が。タエの腕の中にいたハナと、様子を見ていた白千が、「あらまっ!」とハミングした。

 タエの頬に触れた釋の唇は、すぐに離れる。顔を真っ赤にしたタエを見て、釋は優しく微笑んでいた。いつもの笑い方ではないそれは、タエを一瞬どきりとさせる。

「お前らにも返しきれん借りが出来てもうたな。ほらハナも! ぶちゅー」

「うひゃあっ」

 ハナは額に熱い口付け。笑い合うタエ、ハナ、釋。心も温かくなる。

「ほな、またな」

 釋の軽い別れの挨拶に、タエとハナも手を振って応えた。

「じゃあね!」




 白い影が見えなくなるまでじっとしていた釋に、火之迦具土神が聞いてみた。

「惚れたか?」

 釋は上司を見て、にっと笑う。

「どうでしょうねぇ? 可愛い妹分って感じですヨ。帰りましょうか」

 炎樹をくるくる回しながら歩き出す釋。火之迦具土神は、その背中を見て苦笑した。

「そういう事に、しておくか」


読んでいただき、ありがとうございました!

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