58 村正の心
ドロドロになっている妖刀は、うまく形を戻せないらしく、人型になろうとしてはどろりと崩れ、それを繰り返している。その様子を見た村正は、眉間に皺を寄せ、頭を振ると、タエと釋に向き直った。
「これは私が巻いた種です。何を話しても、言い訳にしかなりません」
そう前置きして、村正は語りだした。
「あれは、私が初めて打とうとした刀です」
「打とうと、した?」
タエと釋が顔を見合わせる。
「刀として完成していないのです。私は初めて自分の刀を打てると意気込んでいる時でした。刀を鍛えていると、突然一人の男が仕事場に入って来たのです。その男は貧しく、人を脅して金品を盗もうと、その為の刀を奪いに来た……」
その当時を思い出し、辛そうに顔を歪めた。
「鍛冶の場は神聖な場所です。そこを荒らされただけでも許せませんが、美しい刀を奪うなど、言語道断。私と男はもみ合い、男は私が打っていた刀で首を斬ったのです」
もう一度、村正とタエ、釋は妖刀を見た。形を保てず、苦しんでいるように見える。
「事切れた盗人の歪んだ血が刀に流れ、刀は完成する前に穢れてしまった。あの妖刀が模ろうとしている姿は、あの男の姿です。すぐに折るべきでしたが、私の魂も男に囚われてしまい、あれを持てば我を失い、人を傷付け、殺傷衝動に駆られてしまう」
村正の顔色は悪かった。
「その為、宮司に相談し、封印する事にしたのです。決して目に触れぬよう、手に持つ事がないように。あれは未完成品。世間は私が打ったものだと、知られる事はありませんでした。私はその後幾本もの刀を打ちましたが、どれも血を求めてしまうようになったのです。あれの影響であると分かってはいましたが、私は刀を打ちたかった!」
(この人は、本当に刀を打つのが好きだったんだ。全て狂ってしまったけど、ただ、純粋に)
タエは、彼の心を感じ取る事が出来た。美しい刀を打てる喜びも、その刀が人の命を奪う事になるジレンマも、斬った刀に着いた血と憎悪の念が、未完成のあの刀に流れ込んでしまう辛さも。歴史に残る妖刀と言われた村正の真実が、ここにあったのだ。
「ずっと封印していましたが、溜め込んだ力が巨大になり、自ら飛び出してしまった。斬ってしまった代行者様には、本当に申し訳ない思いです。皆様も、傷付けてしまい、申し訳ありません」
村正はタエを見た。目が合い、背筋が伸びる。
「私も寿命を終えると、あれの中に魂が引き込まれてしまい、ずっと自分の行いを悔いてきました。私の思いを汲み取っていただき、ありがとうございます。胸の内をさらけ出せて、少し楽になりました。あなたの心は清く、美しい」
「へ!?」
物凄い褒め言葉に、タエは体が熱くなった。釋の術のせいだけではない。
「その刀が全てを語っている。とても美しい刀です」
晶華も褒められ、嬉しくなった。
村正は、さて、と表情を厳しいものにした。
「あれも姿を再生し始めています。瀕死の状態になったので、私も解放されました。しかし、呪いの力が強すぎて倒すには至っていない」
「もう刀本体を破壊するしかねぇだろ。どの場所にある?」
釋は妖刀を見据えて言った。まだ再生した腕が落ちたりして、完全には回復していないが、瘴気をまた噴き出し始めている。
「あれは、体の中を常に移動しています。私があの中へ潜り、場所を特定次第、合図を出します。そこを狙って下さい」
「え、待って。やっと解放されたのに、また戻るんですか!?」
タエが声を上げた。村正は、ふっと微笑む。
「私はあなた方に救われた。今度は、私があなた方を助ける番です」
それだけ言うと、村正は光の玉になると妖刀の中に入ってしまった。黒い妖刀は、村正が入り込んだ事で、不快感に身をよじり、抵抗している。
「村正さん!」
「タエ、もうこの手しかない。炎樹!」
釋は大刀の名を呼んだ。途端に炎樹は燃え上がる。それを投擲の構えで待機する。タエは後ろに下がり、二人は合図を待った。
「光った!」
妖刀の胸の辺りが白く光りだす。村正の光だと思った瞬間、釋は思い切り炎樹を一直線に投げた。寸分の狂いもなく光に命中。妖刀が咆哮する。
「おぉぉぁぁあああああああああっっ!!」
妖刀も最後の力を振り絞り、腕を一本出すと、瞬きよりも速く、前に突き出した。
ドッ!
「……え」
タエは一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。タエの数歩横を、妖刀の腕が飛び出している。それは、釋の腹から――。
「せ、釋ぃ!!」
思わず叫ぶ。妖刀の腕は、釋の体を貫通していた。
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