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月夜の代行者  作者: うた
第二章
56/330

56 釋の炎

 妖刀がまたぐぐぐ、と体を折り曲げた。トップスピードで移動する時の姿勢だ。タエ達は誰の所へ来るのか緊張が走る。


 しゅんっ。


「俺か!」

 狙いは凌士だった。大太刀で何とか一撃目を防ぐ。タエ、ハナ、釋は一斉に飛び掛かり、妖刀の足を切断し、細切れにした。手ごたえがなかった。

「はずれか」

 タエが後ろに飛び退き、晶華を弓に変えて彼らに向かういくつもの刃を打ち抜き、援護する。

釋は大刀を妖刀の胴に突き刺し、力を籠めた。

「“獄炎輪ごくえんりん”!!」

 釋の声が響く。あっという間に、妖刀の周りに炎の輪が現れ、一気に火柱が燃え上がった。ハナと凌士も距離を取る。その火炎は離れていたタエであっても、熱い。


「おおおおおぉぉ」


 断末魔の声。炎と瘴気が混じり、恐ろしい色となっていた。

「このまま溶けてしまえば――」

 ベテラン釋の炎の術は凄まじかった。巻き上がる炎に少しでも触れようものなら、己まで燃やされかねない。それほどまでに、火力が強い。

「灰になれぇ!」

 釋も妖刀が燃え尽きるまで油断できないと分かっている。火力をどんどん上げていた。

「これならいける!」

 凌士はガッツポーズ。

「この炎で、刀が溶けないはずはない」

 ハナも状況を見守っている。


 妖刀の黒い影が崩れだした。形を維持する事が出来なくなっているようだ。炎の中で、妖刀はドロドロになってしまった。

「やったか!?」

 釋は塊がまだあるので、術を解くつもりはない。しかし、もう元に戻れないだろうと思った矢先、ハナがある臭いを嗅ぎつけた。

「! 何? 金属の臭い……」



 ハナの背筋が氷のように冷たくなる。



「皆、上に飛んでっっ!!」

 全員に大声で知らせた。普通ではないハナの声色に、タエ達は素早く真上に跳躍した。釋も術を解いてハナに従う。黒くなった河原の地面。強烈な火力でも、地面まで溶かさずに燃やし分ける事ができる釋は、やはりプロフェッショナルだ。黒い妖刀の塊が、燃え残りくすぶっていた。


 しかし、その妖刀の残骸は、すぐに見えなくなった。



「なっ!?」

 全員が同じ反応をする。地面を突き破って、無数の刀が代行者達を貫こうと出てきたのだ。その速度は瞬きをするよりも速く、結界の中はあっという間に剣山のようになった。タエ達は、跳躍は出来ても、飛ぶ事が出来ない。高度が下がってくると、刀の餌食になる。ハナは今よりももっと巨大化し、三人を背中に乗せ、空中を飛んだ。

「ハナさん、ありがとう」

「本当に。ハナ殿の声がなければ、全員串刺しになっていました」

「私は人よりも鼻が利くから。よかった」

 凌士は冷や汗を垂らしている。

「冗談じゃねぇぞ。俺が溶かしたのは、奴の一部かよ!」

 釋は怒りを露わにした。

 それもそのはず。剣山のようになっていた刀は、ぐにゃりと歪むと、一つにまとまっていく。地面の下にも体を隠していたのだ。濃い瘴気のせいで、妖刀の全体を掴むのが難しくなっていた。そして、妖刀は新たな姿をタエ達に見せた。


 今までの足は黒い瘴気で出来ていたが、今度は刀に変貌している。しかも、八本もある。まるで蜘蛛の体だ。そしてその上には、人の形をした上半身が生えていた。腕は四本に増え、どれも切れ味の良さそうな刀の腕だ。高さは四メートルほどありそうだが、横に大きいので、それ以上に大きく見える。

「く、蜘蛛!? 蜘蛛みたい! 足いっぱいあるんですけどっ」

 ひぃっ、と悲惨な声を上げるタエ。

「タエ、お前蜘蛛苦手か?」

「虫嫌い! 足いっぱいあるのダメ!!」

 おぞましい、と体を震わせる。

「虫系の妖怪もいるだろ。そんなのと会ったらどうしてたんや?」

 釋は若干呆れている。

「瞬殺です」

 タエの目つきが鋭くなった。しっかり見る事になる前に、倒してしまう。タエの座右の銘は、“やられる前にやれ”だった。

「敵がでかく、手足も増えました。本体をどう見つけます?」

 凌士が話を戻す。釋はうむ、と考える。が、そんな時間も敵はくれない。腕を伸ばし、斬りかかってくる。ハナはそれを何とか避け飛んでいるが、巨大化して的が大きくなっているので、避けるので精一杯だ。

「もう体を隠してないか確かめる必要がある。体は繋がってるはず。奴をジャンプさせられれば、もう地下に体は埋まってねぇだろう」

 釋の言葉に、それなら、とタエは晶華を弓に変えた。

「出力最大!」

 タエが流鏑馬のように矢をつがえる。その矢は一本ではなく、タエの周りにも十数本、太い水の矢が出現した。水矢の精度を高め、強固なものにする。

「行けぇ!!」

 射ると、周りの矢も一斉に妖刀の足元を目掛けて飛んでいく。サイドにある矢はカーブをかけ、前後左右に移動できないようにした。そして微妙に高さをずらしているので、ジャンプで避けなければ足が全て木端微塵だ。このコントロールは難しく、力を使う。

 妖刀は、重い体でジャンプした。それでも、タエの矢が何本か当たり、二本折れ、三本は刃を欠けさせた。着地にぐらつく。

「でかした! あいつの体はあれで全部だ」

 釋がタエの頭をぽんぽん叩く。

「剣術だけじゃなく、弓術まで……すごい」

 凌士は感心していた。

「本体は分かれば狙う。だが難しいだろう。俺の炎で叩くしかねぇ。援護を頼む!」

「分かった!」

 釋がハナから最初に飛び降りた。それにタエ、凌士も続く。伸びてくる刀の腕を叩き落としながら、着地した。妖刀が足をわらわら動かし移動している姿は、気持ちが悪い。

「凌士さん、ハナさん、動きを止めましょう!」

「はい!」

「了解!」

 大刀を地面に突き刺し、意識を集中している釋。さきほどの術よりも大技を使うのだろう。力を放出する気の流れに、着物と髪の毛がなびいていた。




 タエは妖刀に向け走り出す。晶華をちらりと見た。自分の刀は透き通る美しい刃だ。これまでに何体もの妖怪や鬼を斬って来た。高龗神の力もあり、晶華は血に穢れる事もなく、タエの心と繋がっている。

(血が混じっただけで、こんなに歪んだ姿になるの? 血と怨念を吸わなきゃいけないほど、あの刀に一体何が――?)

 タエには疑問だった。生み出されたばかりの刀が、血の穢れを受けてしまった。それはもう純粋な刀とは言えない。それは理解できる。しかし、穢れた刀が、後に生まれた後輩刀によって斬って浴びた血や、恨みの念を吸収するほどの強い力を最初から果たして持っていたのかという所が、引っかかった。


 それでもこれ以上、この刀が血をすすり、仲間を傷付ける前に、決着を付けなくては。タエは妖刀の足めがけ、晶華を振った。


読んでいただき、ありがとうございました!

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