54 代行者、集合
次のニュースです。三重県の神社から、御神体が盗まれる事件がありました。神社が創建された当初から、長年に渡り保管されてきたもので、警察は、犯人の行方を追っています。
「うわぁ、神社から御神体を盗むなんて、罰当たりな……」
朝、髪の毛のセットをしていたタエが呟いた。父も新聞を見ながらニュースに耳を傾けている。母は、眉を寄せて困った表情をしていた。
「早く見つかるといいけど」
タエが学校に行く準備も出来、玄関で靴を履いている時、母が見送りに来てくれた。
「神社って事は、タエちゃんも関わるの?」
こっそり話す。タエは首を横に振った。
「妖怪絡みじゃなかったら、警察の仕事。ただの窃盗なら、すぐ捕まるでしょ」
からっと笑って玄関を開けた。ちょうど涼香が来た所だ。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
いつもの日常だ。
「三重から要請がきた」
高龗神が深刻な顔をして言った。タエとハナは顔を見合わせる。
「少々厄介な事になった。三重のある神社から、神体が逃げ出した」
「御神体?」
タエはぴくりと反応した。どこかで聞き覚えがあったからだ。
「盗まれた、ではなく、逃げ出したとは?」
ハナは首を傾げた。高龗神はこめかみに右人差し指を当てて、鋭い目つきをしている。彼女のこの表情は珍しい。
「神体とは言っているが、力が強すぎて封印していたと言うのが、本当の所じゃ」
「封印?」
嫌な予感がする。
「急ごう」
ハナの声が固い。緊張しているようだ。タエも頷くが、いつもとは違う感じに、ハナの毛を握る手も力が入る。飛んでいる夜空に吹き抜ける風も、もう夏だというのに冷たい。
三重県に入ると、一角が結界で覆われている。集合場所はそこだ。
「伊勢神宮の近く、だっけ」
「うん。三重は、月読尊様が代行者を使ってる。天照大御神様の弟神で、暦を司る神様と知られてるけど、三重の夜を守る神様でもあるの」
ハナが説明してくれる。タエはまだ神様について勉強中。結界に大分近付いてきた。
「でも、月読尊様の代行者は……討たれた」
伊勢は出雲と並ぶ、日本トップクラスの神の国だ。国造り神話に登場する神様の錚々たるメンツを祀っている。
「伊勢の神様の代行者が敵わないなんて。それに、他府県の代行者を集めるほどの相手って、どんだけ強いのよ」
タエは左手で晶華を握った。
「月読尊様の結界も、いつまでもつか分からないって。お姉ちゃん、気を引き締めて行くよ!」
「了解!」
タエとハナが結界の中に飛び込んだ。途端に重苦しい空気に包まれる。伊勢神宮に被害が及ばないよう、月読尊は少し離れた五十鈴川の開けた河原に結界を張っていた。
「タエ、ハナ!」
名前を呼ばれる。着地して声の主を見れば、見知った大阪の代行者がいた。
「釋!」
彼の所へ行くと、もう一人側にいた。初めて見る顔だ。
「和歌山の新しい代行者。ほら、前は選定中やったやろ?」
「そういえば」
タエが納得して、彼を見る。身長は釋ほど高くはないが、体格が良い。がっちりしていてラガーマンのようだ。けっこう濃い顔。眉毛が凛々しい。見た目年齢は二十代後半くらいだろうか。家津美御子大神の属性は水。なので、青地の着物で肩と胸に銀の鎧を纏っていた。そしてその手には、刃が大きい大振りの太刀を持っている。
(新人とは思えない風格!)
ひょろいタエが霞んで見えなくなりそうなほどの存在感。素戔嗚尊こと、家津美御子大神が選んだ部下としては、納得だ。
「凌士と申します」
いかつい顔とは裏腹に、とても丁寧で腰が低く、礼儀正しい。タエとハナもぺこりとお辞儀をして自己紹介した。
「タエと言います。この子は相棒のハナです」
「よろしくお願いします」
「二つの魂を眷属にしているとは、さすが京都は違いますね」
「いえいえ、そんな」
紹介も終わった所で、タエが重い空気にしている元凶の方を見た。
「何も、ない?」
「いや、地中に隠れとる。結界で身動き取れへんから、俺が着くまで暴れてた。代行者が来たから大人しくしてたみたいやけど、向こうも痺れを切らしたみたいやな」
じゃき。釋が自身の獲物を構えた。タエとハナ、凌士も戦闘態勢に入った。
「凌士、無理はすんなよ。危ない時は、後ろに下がっていい」
視線は前方を睨みつつ、声をかける。さすが先輩。世話焼きが板に着いている。
「はい。見て学べと言われました」
代行者になって二カ月ほどだろう。修行もまだまだこれからだ。そんな時に、この相手は自殺行為でしかない。それでも、彼が強くなる為のステップには違いない。
「タエとハナは、絶対引くなよ」
「釋の後ろに隠れるから、大丈夫!」
「お姉ちゃん……」
ハナはもう笑うしかない。どす黒い紫の瘴気が漂う中で、釋もふっと口の端を緩めている。タエの目はもう戦闘モードなので、軽口も己を鼓舞し、気持ちを落ち着かせるものだ。
「出るぞ」
釋の言葉通り、瘴気が集まり、一つの形になっていく。それは、ぎらついた妖しい光を宿していた。
「全く、想像以上やで」
釋の顔に珍しく焦りの色が見えた。それは、その場にいる全員が同じだった。
「これが、御神体……」
ハナが呟く。
「ニュースは間違いやね。誰も盗めないわ、これは」
タエは高龗神の言葉を思い出していた。
「昔、ある刀鍛冶が初めて刀を打った際、彼の血が混じってしもうてな。その刀は穢れ、血を求めるようになったのじゃ。彼がその後打った刀も同じ様に血を求め、その恐怖、恨みの念を初代の刀が集約した。その刀は触れる事、見る事さえ禁じられ、神社に封印された。社の中心に置かれたので、御神体といつしか呼ばれるようになったが、本当は、そんな代物ではない」
「“初代・村正”。人間の歴史から消された、本物の妖刀じゃ」
読んでいただき、ありがとうございました!