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月夜の代行者  作者: うた
第二章
54/330

54 代行者、集合

 次のニュースです。三重県の神社から、御神体が盗まれる事件がありました。神社が創建された当初から、長年に渡り保管されてきたもので、警察は、犯人の行方を追っています。




「うわぁ、神社から御神体を盗むなんて、罰当たりな……」

 朝、髪の毛のセットをしていたタエが呟いた。父も新聞を見ながらニュースに耳を傾けている。母は、眉を寄せて困った表情をしていた。

「早く見つかるといいけど」

 タエが学校に行く準備も出来、玄関で靴を履いている時、母が見送りに来てくれた。

「神社って事は、タエちゃんも関わるの?」

 こっそり話す。タエは首を横に振った。

「妖怪絡みじゃなかったら、警察の仕事。ただの窃盗なら、すぐ捕まるでしょ」

 からっと笑って玄関を開けた。ちょうど涼香が来た所だ。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 いつもの日常だ。





「三重から要請がきた」

 高龗神が深刻な顔をして言った。タエとハナは顔を見合わせる。

「少々厄介な事になった。三重のある神社から、神体が逃げ出した」

「御神体?」

 タエはぴくりと反応した。どこかで聞き覚えがあったからだ。

「盗まれた、ではなく、逃げ出したとは?」

 ハナは首を傾げた。高龗神はこめかみに右人差し指を当てて、鋭い目つきをしている。彼女のこの表情は珍しい。

「神体とは言っているが、力が強すぎて封印していたと言うのが、本当の所じゃ」

「封印?」

 嫌な予感がする。




「急ごう」

 ハナの声が固い。緊張しているようだ。タエも頷くが、いつもとは違う感じに、ハナの毛を握る手も力が入る。飛んでいる夜空に吹き抜ける風も、もう夏だというのに冷たい。

 三重県に入ると、一角が結界で覆われている。集合場所はそこだ。

「伊勢神宮の近く、だっけ」

「うん。三重は、月読尊つきよみのみこと様が代行者を使ってる。天照大御神あまてらすおおみかみ様の弟神で、暦を司る神様と知られてるけど、三重の夜を守る神様でもあるの」

 ハナが説明してくれる。タエはまだ神様について勉強中。結界に大分近付いてきた。

「でも、月読尊様の代行者は……討たれた」

 伊勢は出雲と並ぶ、日本トップクラスの神の国だ。国造り神話に登場する神様の錚々たるメンツを祀っている。


「伊勢の神様の代行者が敵わないなんて。それに、他府県の代行者を集めるほどの相手って、どんだけ強いのよ」

 タエは左手で晶華を握った。

「月読尊様の結界も、いつまでもつか分からないって。お姉ちゃん、気を引き締めて行くよ!」

「了解!」




 タエとハナが結界の中に飛び込んだ。途端に重苦しい空気に包まれる。伊勢神宮に被害が及ばないよう、月読尊は少し離れた五十鈴川いすずがわの開けた河原に結界を張っていた。


「タエ、ハナ!」

 名前を呼ばれる。着地して声の主を見れば、見知った大阪の代行者がいた。

せき!」

 彼の所へ行くと、もう一人側にいた。初めて見る顔だ。

「和歌山の新しい代行者。ほら、前は選定中やったやろ?」

「そういえば」

 タエが納得して、彼を見る。身長は釋ほど高くはないが、体格が良い。がっちりしていてラガーマンのようだ。けっこう濃い顔。眉毛が凛々しい。見た目年齢は二十代後半くらいだろうか。家津美御子大神けつみみこのおおかみの属性は水。なので、青地の着物で肩と胸に銀の鎧を纏っていた。そしてその手には、刃が大きい大振りの太刀を持っている。

(新人とは思えない風格!)

 ひょろいタエが霞んで見えなくなりそうなほどの存在感。素戔嗚尊すさのおのみことこと、家津美御子大神が選んだ部下としては、納得だ。

凌士りょうじと申します」

 いかつい顔とは裏腹に、とても丁寧で腰が低く、礼儀正しい。タエとハナもぺこりとお辞儀をして自己紹介した。

「タエと言います。この子は相棒のハナです」

「よろしくお願いします」

「二つの魂を眷属にしているとは、さすが京都は違いますね」

「いえいえ、そんな」

 紹介も終わった所で、タエが重い空気にしている元凶の方を見た。

「何も、ない?」

「いや、地中に隠れとる。結界で身動き取れへんから、俺が着くまで暴れてた。代行者が来たから大人しくしてたみたいやけど、向こうも痺れを切らしたみたいやな」

 じゃき。釋が自身の獲物を構えた。タエとハナ、凌士も戦闘態勢に入った。

「凌士、無理はすんなよ。危ない時は、後ろに下がっていい」

 視線は前方を睨みつつ、声をかける。さすが先輩。世話焼きが板に着いている。

「はい。見て学べと言われました」

 代行者になって二カ月ほどだろう。修行もまだまだこれからだ。そんな時に、この相手は自殺行為でしかない。それでも、彼が強くなる為のステップには違いない。

「タエとハナは、絶対引くなよ」

「釋の後ろに隠れるから、大丈夫!」

「お姉ちゃん……」

 ハナはもう笑うしかない。どす黒い紫の瘴気が漂う中で、釋もふっと口の端を緩めている。タエの目はもう戦闘モードなので、軽口も己を鼓舞し、気持ちを落ち着かせるものだ。



「出るぞ」



 釋の言葉通り、瘴気が集まり、一つの形になっていく。それは、ぎらついた妖しい光を宿していた。

「全く、想像以上やで」

 釋の顔に珍しく焦りの色が見えた。それは、その場にいる全員が同じだった。

「これが、御神体……」

 ハナが呟く。

「ニュースは間違いやね。誰も盗めないわ、これは」

 タエは高龗神の言葉を思い出していた。





「昔、ある刀鍛冶が初めて刀を打った際、彼の血が混じってしもうてな。その刀は穢れ、血を求めるようになったのじゃ。彼がその後打った刀も同じ様に血を求め、その恐怖、恨みの念を初代の刀が集約した。その刀は触れる事、見る事さえ禁じられ、神社に封印された。社の中心に置かれたので、御神体といつしか呼ばれるようになったが、本当は、そんな代物ではない」



「“初代・村正”。人間の歴史から消された、本物の妖刀じゃ」

読んでいただき、ありがとうございました!

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