51 親にもバレちゃった
(もうダメ!)
母は思わず目を瞑った。こんな所で人生が終わるなど、夢にも思っていなかった。大切な家族を思いながら、襲ってくるであろう痛みに備える。
が、一向に痛みが来ない。と、同時にがきんっ、と金属が当たったような音がした。
恐る恐る目を開けると、鬼はタエの母ではなく、刃をギチギチと噛んでいた。あと数センチで体に届いていた大きな牙を見て、恐怖のあまり動けない。声も出ない。
しかし、刃がどこから来たのか、ゆっくり首を動かして見てみれば、長い柄があり、手が見えた。長刀のようだが、刃が大きい大刀を持った誰か。刃先がぎらりと光る。
(誰……?)
母の僅かに残っている冷静な思考が、間に入ってくれた人物を観察した。柄を握る手がぐっと力を入れると、鬼を力ずくで吹き飛ばす。母の前に立つと、着物がはためき、金糸の龍の刺繍が母の目に入る。明かりに照らされ、光り輝いていた。
鬼が数メートル先で着地し、ぐるると牙をむく。
「代行者、貴様ぁ!」
その言葉を聞いて、母は背を向けて鬼と立ち会っている人物を見上げた。後ろ姿で分かる。小柄で、戦いなど無縁だと思っていた我が娘――。
「タ、タエ、ちゃん?」
呼ばれたタエは、横目で母を見る。少し、困ったような表情だった。
「ごめん、お母さん。怖い思いさせて。すぐ終わらせる」
晶華を大刀から太刀に戻す。長い柄の武器にしなければ、母を救えなかった。間一髪だった。近所の結界が揺らぎ、邪気を中から感じたので、急いで駆け付けたのだが、狙われていたのが自分の母親だったので、怒りが頂点に達する。
「あ、タエちゃんの部屋に、もう一匹――」
「ハナさん、お願い!」
「了解!!」
タエはハナを呼んでいた。彼女も駅から急いで駆け付け、真っ直ぐに二階のタエの部屋に入っていく。
「ハ、ハナちゃん!?」
二年前に亡くなった愛犬が見えたので、これまた驚く母。もう何が何だか分からない。母の頭は混乱するばかりだった。
タエは母から距離を取るため、前に出る。
「よくこの結界に入れたな。気分が悪いはずだけど」
「けっ。これくらい何ともねぇぜ。頭を使ったんだよ。そこらの妖怪と一緒にすんな」
お互い間合いを測りながら、出方を探っていたが、タエはだんっ、と踏みきり、一気に距離を詰めた。
「俺に近距離が通じると思ってんのかぁ!」
にやりと笑いながら、鬼は口から毒液を吐いた。タエは避ける事なく、晶華を上段から振り下ろす。
「!?」
ばしゃん!
鬼の毒液は、晶華から出た水に絡めとられ、じゅうじゅうと浄化される。ぼとりと地面に落ちると、水蒸気となって消えてしまった。
「っやろお!」
「お前は私を怒らせた」
素早い動きで、一瞬の内にタエは鬼の目の前にいた。そして、鬼の顔が激痛に歪む。
「いてぇっ、ああ! 腕がっ」
鬼の右腕が体から離れ、落ちる。鬼もそれで降参するわけもなく、残った左腕を使い、タエに爪で切り裂こうと向かってくる。
タエの部屋から、もう一匹の鬼もハナに追われて出てきた。
「くそぉ!」
「卑怯な真似をする奴は、さっさと消えろ」
ハナが巨大化して唸るように言った。
「おい! やるぞ!」
「おう」
二匹の鬼は、とどめを刺そうとしたタエとハナの攻撃をなんとか避ける。そして体を密着させると、二匹が一つに合体した。額の二本の角は大きく伸び、両肩からも角が出る。落ちた腕も元に戻る。そして三メートルはあろうかと思うほど、大きくなった。一歩動くごとに、地面と空気が震える。
「これが完全体よ。死ねぇ!!」
巨体に似つかわしくない俊敏性。大きく鋭くなった爪がタエを捉える。晶華で受け止めると、アスファルトにぴしりと亀裂が走った。体重をかけてくるので、重い。
「っく」
「タエちゃん!!」
後ろから、母の悲鳴が聞こえた。
「龍爪!」
ハナが自身の爪を強化し、鬼の腕を狙った。タエは解放されると、迷わず懐に入る。ハナも身を翻し、鬼が体勢を整える前にジャンプした。いくら俊敏性を手にしたと言っても、二人の速さに、追いつけるはずがなかった。
「は、速い!?」
タエとハナの瞳が鋭く光る。タエは胴を横一文字に両断し、ハナは首を爪で切断した。
「ぐあっ」
苦し気な声を盛らすも、鬼はにやりと嫌らしい笑みを浮かべる。
「俺達の血も毒よ! 溶けてなくなれぇ!!」
傷口から血液が噴き出した。タエの顔にかかる瞬間――。
「龍登滝!!」
間髪入れず、水が地面から噴き上がり、飛び散る血液もろとも飲み込んだ。驚愕の表情のまま、鬼は三つに分断された体を水龍に飲み込まれ、溶解される。そして、水龍は空へと昇って行った。
結界の空間が、元の清浄なものに戻る。ぼろりと、母の首に巻き付いていた鬼の髪の毛も塵となり消えた。
「ありがと、ハナさん」
「いいえ。入り込んだのは、あいつらだけみたいね」
ハナが気配を探るが、他に怪しいものは感じられず、ほっと息を付いた。
「お姉ちゃんの体は、高様の力で守られてるから、鬼は手を出せずにいたよ」
鬼が手を伸ばしても、どうしてもタエの体に纏う光に阻まれ、触れる事が出来なかったのだという。そこにハナが追いついたので、部屋の中で戦闘になったと、ハナは話した。
「それじゃ、後は――」
タエとハナが母の方へ振り向いた。母はまだ腰が抜けていたが、しっかりと二人を見つめている。
「これはどういう事? ちゃんと説明してよ!」
どこから話すべきか。二人は眉を寄せながら、苦笑した。
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