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月夜の代行者  作者: うた
第二章
50/330

50 家がバレちゃった

 体育祭は二日目も賑やかに、楽しく、激しく過ぎ、赤組が優勝となった。侍無双で逆転したものの、二日目の他の競技で負け、また逆転されてしまったのだ。今年の校長のご褒美は、スイーツバイキング。負けた色の組が、全員恨めしい顔で教室横を通っていた。それでも、担任がお疲れ様の気持ちを込めて、ジュースを全員分用意してくれていたので、タエ達は納得する。来年こそ勝とうと気持ちを新たにした。



 体育祭が終われば、やってくるのは期末試験。

「あーー……。地獄」

 教科書とノートを開いたまま机に突っ伏しているタエに、涼香がお茶を出した。現在、涼香の家で試験勉強を一緒にしている。彼女は頭も良いので、教えてもらっているのだ。

「まだ問題、終わってへんよ」

「大事なのは、昔より今でしょ。そして未来でしょ」

 歴史の勉強中。何年にどんな事があったかなど、覚えられない。

「勉強が学生の仕事やしねぇ。やるしかないよ」

 あぁ、とタエの呻きが聞こえる。涼香はくすくす笑っていた。

「沖田先輩に教えてもらったら?」

「はい?」

 体育祭終了後も、タエはしばらく注目の的だった。沖田がめげずに剣道部への入部を迫ってきたからもある。必死に逃げる様子は、学校の名物となった。それも熱が冷めれば、皆忘れていく。人とはそういうものだ。学校はガラッと試験一色になっていた。

「惚れられたんでしょ?」

「剣の腕だけね! 今は試験のおかげで追いかけられないけど、また恐怖やわ」

 ぶるぶると体を震わせる。イケメンでモテるかもしれないが、タエにしてみれば、巨体が本気で追いかけてくるので恐怖以外の何物でもなかった。

「涼香ちゃんは?」

「何?」

 お茶を飲む仕草も絵になる。タエもお茶をぐびっと飲んだ。

「気になる人は? 安倍くんは?」

 もう稔明に配慮することなくズバッと聞いた。彼は体育祭をきっかけに、少しずつ女子とも話が出来るようになってきた。それでもたどたどしい。とりあえず、返事は出来るようになった。タエとは普通に話すくせに、その態度の違いは何だと、未だに呆れてしまう。

「安倍くん? 最近、カッコイイかもしれないって噂はあるわね」

「え、そうなん?」

「無双の時に顔を出してたでしょ。前髪上げたらカッコイイって、クラスの子が言ってたよ」

「へぇ」

(この子は全く気にしてない。安倍よ、先は遠いぞ……)

 協力はするが、成功するかは別の話。渋い顔をするタエに、涼香がにやりとする。

「タエと付き合ってるんじゃないの?」

「やめてよ。確かに良い顔やけど、恋愛とは別。ある意味同業やし、ライバルやし」

「? 同業?」

「えぇと、ライバルなの。安倍くんとは」

 よく分かっていない涼香だが、タエが即否定したので、聞き方を変えた。

「じゃあ、好きな人はいないの?」

「今はいないなぁ。毎日生きるので精一杯。まぁ、いつか出来る時は出来るでしょ」

 代行者の仕事、日々の生活。今で十分幸せなので、欲はない。確かに恋愛もしてみたいと思うお年頃だが、そこまでガツガツしていない。

「じゃあ、今は学業に専念しましょ」

「あぁ……」

 また歴史の年号とにらめっこをするタエだった。




「ただいまー」

 夕飯の時間になったので、帰って来たタエ。母はリビングにいたのだが、カーテンからこっそり外を覗いている。

「お母さん?」

「あっ、おかえり」

 タエが帰った事に気付かなかったようだ。娘が後ろにいて驚いている。

「どしたの?」

 同じように外を見てみるが、誰もいない。

「最近、誰かに見られてるような感じがして、気持ち悪いのよねぇ」

 本当に困っている様子だ。

「いつから? 誰か見たの?」

「ううん。姿は見てないけど、今までにない感じなの。タエちゃんの体育祭が終わってから始まったかな。明日、出かけるからなんか不安でね」

 言いながらキッチンに立つ。母親が困っているのを、見て見ぬふりは出来ない。

「同窓会だっけ。帰りは何時?」

「十時頃になるかな。ちゃんとご飯食べて、お風呂入んなさいね」

「はいはーい」

(お母さんが帰る時、様子を見ればいいか。そこで怪しい奴を見つけられれば)

 タエは密かに考えていた。




 翌日、母は予定通り同窓会に出かけて行った。タエは母がいない間の家事を行い、父の食事の準備もし、代行者の仕事に行けるよう早めに部屋へ戻る。

「ハナさん、お願い!」

 御神体からハナが出てきて、背中からタエの魂を押し出す。代行者モードになったタエはハナに相談した。

「今日、お母さんが同窓会に行ってるんやけど、最近、誰かに見られてるような気がして不安そうにしてるんよ」

「誰かって、見たの?」

「いや、姿は見てないけど、視線を感じるみたい。十時頃に帰ってくるから、その時間になったら、駅の方を見ていい? ストーカーがいるなら、突き止める」

「分かった」



 タエとハナは、言われていた時間まで、通常の仕事をしていた。邪悪な気配を感じると、そこへ向かい、妖怪や悪霊を斬る。いつもと変わらない。母の不安も、代行者の自分なら、簡単に解決できると思っていた。


「十時前。駅に着くならそろそろやけど」

 タエは一人、駅の出口で母が出てくるのを待っていた。ハナは仕事を続けているが、近所にいるので、怪しい奴がいないか目を光らせている。母は、どれだけ待っても出て来ない。

「お姉ちゃん、お母さん出てきた?」

「ううん。もしかしたら、早めに戻って来たのかな。ちょっと家、見てくるね」

「分かった。私はもう少し、ここで様子を見とくよ。遅れてる可能性もあるし」

「ありがとう。よろしくね」

 タエは踵を返し、家へと急ぐ。

「お母さん、大丈夫……やんね」

 何故か、心臓がどくどく鳴っていた。



「はぁ、到着。疲れたぁ」

 母は家の門に到着していた。予定よりも早く終わり、二本早い電車に乗れたのだ。外からタエの部屋を見れば、照明は消えていた。

「もう寝たの? ちゃんと勉強してんのかしら。もう試験やのに」

 眉を寄せて、一人愚痴ると門の鍵に手をかけた。



「見ぃつけた……」



「!?」

 耳元で突然声がした。母がびっくりしてその場から飛び退くと、左手に衝撃を感じた。押された感じがして、立っていられず倒れ込む。

「あっつ!」

 手を見れば手の甲から血が垂れている。傷口がじんじんと熱い。

「な、んで……」

 母が目の前を見れば、ぼんやりとしたもやが見え、徐々に形を成していく。それは、額と右肩に角が生えた鬼だった。

「あ……あぁ……」

「ちっ、俺としたことが、手元が狂っちまった」

 手をぷらぷら揺らして、母を見据える。突然、予想もしない事態が目前に迫った時、人は声が出ないのだと、母は身を以て知る事となる。

「礼を言わなきゃなぁ。てめぇ、代行者の家族だろ?」

(代行者? 一体、何の事――?)

 母は何も知らないので、鬼の言っている事が分からない。母の隣に、もう一匹鬼が現れた。こいつは額と左肩に角がある。

「ひっ!」

 何とか腕と足を動かし、塀にしがみついた。恐怖で喉が痙攣して、うまく呼吸も出来ない。

「ここにあいつの器があるのか?」

「見上げてた。二階だな」

「分かった」

 左肩に角がある鬼が、軽い足取りで家の壁を上り、タエの部屋の中へと入って行く。

「や、やめてっ! あそこには、娘が……」

「そうそう、娘。あいつは俺らの敵なんだよ。恨むなら、娘を恨め。そのせいでお前は狙われ、今から喰われる」

「ど、どういう――」

「俺達は、貴船の神のせいで、この家が見えなかった。だが、お前が代行者の家族だって分かってよ。夜に出歩く時を待ってたぜ」

 最近感じていた視線の犯人は、こいつらだった。目の前にいる化け物と、タエがどういう関係なのかは分からない。母は過呼吸になりかけ、苦しくて首に手を触れさせると、がさりと不快な感触があった。ネックレスではない。

「なに、これ……」

 引っ張っても取れない。

「俺の髪の毛を巻かせてもらった。そのおかげでこの場所に入れたよ。ありがとな」

 にたりと笑う鬼の顔は不気味で、街灯に照らされるとその顔がはっきり見て取れ、恐怖感が増す。だん、と一歩近付かれると地面が響いた気がした。

「だ、誰か……。お父さん、タ、タエちゃ――」




 鬼の爪と牙が、母の目前に迫る。


読んでいただき、ありがとうございました!

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