50 家がバレちゃった
体育祭は二日目も賑やかに、楽しく、激しく過ぎ、赤組が優勝となった。侍無双で逆転したものの、二日目の他の競技で負け、また逆転されてしまったのだ。今年の校長のご褒美は、スイーツバイキング。負けた色の組が、全員恨めしい顔で教室横を通っていた。それでも、担任がお疲れ様の気持ちを込めて、ジュースを全員分用意してくれていたので、タエ達は納得する。来年こそ勝とうと気持ちを新たにした。
体育祭が終われば、やってくるのは期末試験。
「あーー……。地獄」
教科書とノートを開いたまま机に突っ伏しているタエに、涼香がお茶を出した。現在、涼香の家で試験勉強を一緒にしている。彼女は頭も良いので、教えてもらっているのだ。
「まだ問題、終わってへんよ」
「大事なのは、昔より今でしょ。そして未来でしょ」
歴史の勉強中。何年にどんな事があったかなど、覚えられない。
「勉強が学生の仕事やしねぇ。やるしかないよ」
あぁ、とタエの呻きが聞こえる。涼香はくすくす笑っていた。
「沖田先輩に教えてもらったら?」
「はい?」
体育祭終了後も、タエはしばらく注目の的だった。沖田がめげずに剣道部への入部を迫ってきたからもある。必死に逃げる様子は、学校の名物となった。それも熱が冷めれば、皆忘れていく。人とはそういうものだ。学校はガラッと試験一色になっていた。
「惚れられたんでしょ?」
「剣の腕だけね! 今は試験のおかげで追いかけられないけど、また恐怖やわ」
ぶるぶると体を震わせる。イケメンでモテるかもしれないが、タエにしてみれば、巨体が本気で追いかけてくるので恐怖以外の何物でもなかった。
「涼香ちゃんは?」
「何?」
お茶を飲む仕草も絵になる。タエもお茶をぐびっと飲んだ。
「気になる人は? 安倍くんは?」
もう稔明に配慮することなくズバッと聞いた。彼は体育祭をきっかけに、少しずつ女子とも話が出来るようになってきた。それでもたどたどしい。とりあえず、返事は出来るようになった。タエとは普通に話すくせに、その態度の違いは何だと、未だに呆れてしまう。
「安倍くん? 最近、カッコイイかもしれないって噂はあるわね」
「え、そうなん?」
「無双の時に顔を出してたでしょ。前髪上げたらカッコイイって、クラスの子が言ってたよ」
「へぇ」
(この子は全く気にしてない。安倍よ、先は遠いぞ……)
協力はするが、成功するかは別の話。渋い顔をするタエに、涼香がにやりとする。
「タエと付き合ってるんじゃないの?」
「やめてよ。確かに良い顔やけど、恋愛とは別。ある意味同業やし、ライバルやし」
「? 同業?」
「えぇと、ライバルなの。安倍くんとは」
よく分かっていない涼香だが、タエが即否定したので、聞き方を変えた。
「じゃあ、好きな人はいないの?」
「今はいないなぁ。毎日生きるので精一杯。まぁ、いつか出来る時は出来るでしょ」
代行者の仕事、日々の生活。今で十分幸せなので、欲はない。確かに恋愛もしてみたいと思うお年頃だが、そこまでガツガツしていない。
「じゃあ、今は学業に専念しましょ」
「あぁ……」
また歴史の年号とにらめっこをするタエだった。
「ただいまー」
夕飯の時間になったので、帰って来たタエ。母はリビングにいたのだが、カーテンからこっそり外を覗いている。
「お母さん?」
「あっ、おかえり」
タエが帰った事に気付かなかったようだ。娘が後ろにいて驚いている。
「どしたの?」
同じように外を見てみるが、誰もいない。
「最近、誰かに見られてるような感じがして、気持ち悪いのよねぇ」
本当に困っている様子だ。
「いつから? 誰か見たの?」
「ううん。姿は見てないけど、今までにない感じなの。タエちゃんの体育祭が終わってから始まったかな。明日、出かけるからなんか不安でね」
言いながらキッチンに立つ。母親が困っているのを、見て見ぬふりは出来ない。
「同窓会だっけ。帰りは何時?」
「十時頃になるかな。ちゃんとご飯食べて、お風呂入んなさいね」
「はいはーい」
(お母さんが帰る時、様子を見ればいいか。そこで怪しい奴を見つけられれば)
タエは密かに考えていた。
翌日、母は予定通り同窓会に出かけて行った。タエは母がいない間の家事を行い、父の食事の準備もし、代行者の仕事に行けるよう早めに部屋へ戻る。
「ハナさん、お願い!」
御神体からハナが出てきて、背中からタエの魂を押し出す。代行者モードになったタエはハナに相談した。
「今日、お母さんが同窓会に行ってるんやけど、最近、誰かに見られてるような気がして不安そうにしてるんよ」
「誰かって、見たの?」
「いや、姿は見てないけど、視線を感じるみたい。十時頃に帰ってくるから、その時間になったら、駅の方を見ていい? ストーカーがいるなら、突き止める」
「分かった」
タエとハナは、言われていた時間まで、通常の仕事をしていた。邪悪な気配を感じると、そこへ向かい、妖怪や悪霊を斬る。いつもと変わらない。母の不安も、代行者の自分なら、簡単に解決できると思っていた。
「十時前。駅に着くならそろそろやけど」
タエは一人、駅の出口で母が出てくるのを待っていた。ハナは仕事を続けているが、近所にいるので、怪しい奴がいないか目を光らせている。母は、どれだけ待っても出て来ない。
「お姉ちゃん、お母さん出てきた?」
「ううん。もしかしたら、早めに戻って来たのかな。ちょっと家、見てくるね」
「分かった。私はもう少し、ここで様子を見とくよ。遅れてる可能性もあるし」
「ありがとう。よろしくね」
タエは踵を返し、家へと急ぐ。
「お母さん、大丈夫……やんね」
何故か、心臓がどくどく鳴っていた。
「はぁ、到着。疲れたぁ」
母は家の門に到着していた。予定よりも早く終わり、二本早い電車に乗れたのだ。外からタエの部屋を見れば、照明は消えていた。
「もう寝たの? ちゃんと勉強してんのかしら。もう試験やのに」
眉を寄せて、一人愚痴ると門の鍵に手をかけた。
「見ぃつけた……」
「!?」
耳元で突然声がした。母がびっくりしてその場から飛び退くと、左手に衝撃を感じた。押された感じがして、立っていられず倒れ込む。
「あっつ!」
手を見れば手の甲から血が垂れている。傷口がじんじんと熱い。
「な、んで……」
母が目の前を見れば、ぼんやりとしたもやが見え、徐々に形を成していく。それは、額と右肩に角が生えた鬼だった。
「あ……あぁ……」
「ちっ、俺としたことが、手元が狂っちまった」
手をぷらぷら揺らして、母を見据える。突然、予想もしない事態が目前に迫った時、人は声が出ないのだと、母は身を以て知る事となる。
「礼を言わなきゃなぁ。てめぇ、代行者の家族だろ?」
(代行者? 一体、何の事――?)
母は何も知らないので、鬼の言っている事が分からない。母の隣に、もう一匹鬼が現れた。こいつは額と左肩に角がある。
「ひっ!」
何とか腕と足を動かし、塀にしがみついた。恐怖で喉が痙攣して、うまく呼吸も出来ない。
「ここにあいつの器があるのか?」
「見上げてた。二階だな」
「分かった」
左肩に角がある鬼が、軽い足取りで家の壁を上り、タエの部屋の中へと入って行く。
「や、やめてっ! あそこには、娘が……」
「そうそう、娘。あいつは俺らの敵なんだよ。恨むなら、娘を恨め。そのせいでお前は狙われ、今から喰われる」
「ど、どういう――」
「俺達は、貴船の神のせいで、この家が見えなかった。だが、お前が代行者の家族だって分かってよ。夜に出歩く時を待ってたぜ」
最近感じていた視線の犯人は、こいつらだった。目の前にいる化け物と、タエがどういう関係なのかは分からない。母は過呼吸になりかけ、苦しくて首に手を触れさせると、がさりと不快な感触があった。ネックレスではない。
「なに、これ……」
引っ張っても取れない。
「俺の髪の毛を巻かせてもらった。そのおかげでこの場所に入れたよ。ありがとな」
にたりと笑う鬼の顔は不気味で、街灯に照らされるとその顔がはっきり見て取れ、恐怖感が増す。だん、と一歩近付かれると地面が響いた気がした。
「だ、誰か……。お父さん、タ、タエちゃ――」
鬼の爪と牙が、母の目前に迫る。
読んでいただき、ありがとうございました!