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月夜の代行者  作者: うた
第二章
49/330

49 体育祭②

 バシバシ。ウレタンの剣が交わる音が響いている。体育祭一日目のトリ競技、“侍無双”。次々とジャージを真っ赤に染めて倒れる出場者達。やられたぁ、と叫びながら大の字になっている。バタバタ倒れる生徒達は、鮮血まみれのようだ。邪魔になって危ないので、しばらく倒れれば、さっと現場から立ち退いている。


「……戦場?」

 稔明は顔面蒼白。タエ、稔明、赤坂は争いの中心から外れた隅っこで、様子を見ていた。出場者のほとんどは、全員で主将を狙い、先に倒してしまおうという作戦に出ている。血の気が多いメンバーが多いのか、ガチの戦いになっていた。その中でもこの三人は、激しい戦いの中に飛び込んで行くわけでもない。そのせいで、他の色では雑魚扱い。後で仕留めればいいと、他の色のメンバーが大声で仲間に指示を出しているのを聞いた。

「なぁ、いいの? ここにつっ立ってて」

 赤坂は剣をくるくる回しながら、暇そうにしている。

「いいのっ! ここにいよう」

 稔明は一歩も動く気がない。タエは苦笑しながらも余裕の表情。

「中心にいる人達が人数減らしてくれるし、ここにいて味方の人数を保った方がいいでしょ。私達はいつでも倒せるそうだし」

 ふふんっと笑っている。


 タエの言う通り、どんどん人数が減っていく。青組主将の沖田は無傷だが、仲間がやっぱり倒されていた。剣道部の仲間もいたが、あまりに大人数を相手にしたので、カプセルを全部割られている。

 全体が半分ほど減った時、黄組の男子がタエ達に向かってきた。

「まだ青がいた!」

「来たっ、来たあ!!」

 稔明がびくりと肩を震わせる。タエがよし、と剣を握り直す。

「安倍くん、相手は人間やよ。大丈夫。練習した通りにね。私が囮になるから」

「了解」

 赤坂が気合を入れ直した。稔明も頷く。

「勝負!」

 タエが前に出て、相手に声をかけた。二人は逃げるように後ろに下がる。敵側の男子生徒は、女子でラッキーだと言わんばかりに表情が緩んだ。

「悪いけど、割らせてもらうよ」

 右手で振りかぶってくる。タエの左肩を狙ってきたと丸分かりなので、ギリギリまで引き寄せ、寸での所でひらりとかわした。

「なあ!?」

 相手はタエが避けると思わなかったらしく、大きく空振り。体勢を崩した所を、稔明と赤坂が両肩のカプセルを一つずつ割った。

「えぇ!?」

「割れた!」

「よっしゃあ」

 言いながら背中に着けられたカプセルを、素早く割るタエ。カプセルを割る感触は、なかなか快感だ。相手の背中が真っ赤に染まった。そして両足首のカプセルも、稔明と赤坂が割ったので、相手は戦闘不能になった。

「良い感じやったね」

 三人で拳をこつんを合わせ、抜群のチームワークに笑い合う。青組もタエ達の動きを見て、声援が一層大きくなる。

「すげぇ二年!」

「がんばれー!!」


「……すごい、三人とも」

 涼香も目を瞠る。



「タエちゃん、やるやん!」

「へぇ、面白いなぁ」

 母と姉も感嘆の声を漏らす。




「へぇ」

 沖田も戦いながら、離れた所から三人を見ていた。しっかり練習をした証が見て取れる。一人がダメでも、三人なら相手を倒す事が出来る。剣道は一対一。沖田にはない戦い方に、新鮮さを感じる。この競技でもチームワークを見る事はあるが、タエ達ほど連携が取れた戦い方をする者は、あまり見た事がなかった。敵が襲ってくると、よほど練習を積んだ者でなければ、大抵は連携も乱れる。

(花村、だったか。余裕だな。こんな状況に慣れてるのか?)

 沖田は自分なりに、タエを分析し始めていた。


 タエ達は一人を倒したので、周りにいた他組に目を付けられてしまった。

「あっちの三人を倒せぇ!」

「いっぱい来たんですけどっ」

 カプセルを一つ割るという目標を達成した稔明は、物凄い気迫の敵に、完全に怯んでいた。八人が向かって来る。

「相手が多いなぁ。じゃあ、頑張りましょう」

「とっしー、背中は任せた」

 タエと赤坂が並んで対峙する。彼も運動神経が良いので、練習すれば、素早い動きが出来るようになった。

 タエは右側四人、赤坂は左側四人だ。無駄のない動きで避けつつ、肩と足首のカプセルを割るタエと赤坂。次に向かってきた敵も、避けながらカプセルを確実に割って行った。通り過ぎた二人の方へ振り向くと、また反対側に着いたカプセルを割る。そして、残った背中のカプセルは、稔明が割って行くという算段だ。二人を中心に戦っているので、背中を稔明に向けてノーマーク。その隙を付いた作戦だった。

 それも数人まで通用する策だ。稔明が背中を狙っていると知った敵は、今度は彼を狙う。タエが敵のカプセルを割るが、稔明と赤坂のカプセルは、あっという間に割られてしまった。

「あぁ、無念!」

「花村さん、後はよろしく」

 赤坂がばったりと倒れ、稔明もその場に座り込んだ。二人とも、スッキリした顔をしている。怯えていた彼も、楽しめていたようだ。

「ちょっと、一人じゃ寂しいんですけどっ」

「もう全員倒していいよ」

 稔明が許可を出した。渋い顔をしたタエ。

「わざと割られようかな」

「そんな事、許すと思ってんのか。斬るぞ」

「ひっ!?」

 明らかに二人の声ではない。驚いて振り向けば、沖田がすぐ側にいた。彼は両足のカプセルを割られ、袴が赤く染まっている。

「先ぱ――」

「青で生き残ってるのは俺とあんただけだ」

 見れば、フィールドに立っているのは全部で九人。敵は七人だ。緑組はすでに全滅している。この競技は、最後まで生き残る色が一色になるまで終わらない。タエと沖田はあと七人倒さねばならないのだ。しかもこの七人は、いずれも剣道部の男子生徒。強そうな顔をしている。

「俺は今年で最後。花を持たせてもらえると、ありがたいんだがな」

 イケメンにそう言われれば、タエとてダメですとは言えない。はぁ、と息を吐く。足元に転がっていた剣を拾い上げた。

「協力しましょう。斬られるのも嫌だし」

「感謝する」

 タエと沖田は、背中を向け合い、剣を構えた。背中のカプセルを割らないよう、気を付けてだ。



「お姉ちゃん、二刀流だ。珍しい」

 ハナも楽しそうに見つめている。



「ちょっと、花村さん、すごくない!?」

「先輩と背中合わせ、かっこいい!!」

 クラスメイトがきゃあきゃあ騒ぎ出した。涼香も頷いた。


「青組はあと二人! 我が校の侍、沖田となんと女子です! これはピンチかあー!?」

 実況もヒートアップしている。


「沖田! 悪いが勝たせてもらうぞ」

 剣道部副部長が声を上げた。全員で斬りかかれば、部長の沖田を倒せると思ったらしい。

「やってみろ」

 にやりと笑い、凄む沖田も楽しそうだ。タエは早く終わって欲しいと思っていた。


 敵全員が一斉に沖田に向かう。タエの正面にいる剣道部員も、タエを倒してしまえば、彼の背中を狙えると思ったようだった。しかし、タエは剣を下段に構え、上体を低くすると、相手の懐に入り込み、両手に持った剣で、同時に足首のカプセルを割った。

「えぇ!?」

 驚いた相手はそのまま倒れ込む。その隙を付いて、両肩を剣で、背中は足で全てのカプセルを割って血のりまみれにした。

「はい、一人目」

 次は誰だと構え直して、沖田の背中を守る体勢に入った。沖田はタエの動きに唖然としている。敵も同じだった。

「嘘だろ」

「……見えなかった」

「インターハイに行った奴を……」

 一気に全員がタエを警戒し始める。

(まずいなぁ。でも、先輩の為だ)

 さっさと終わらせたくて、タエは突っ込んでいく。沖田も負けじと剣を振った。二刀流のタエは二人を相手に出来るが、後ろに回った相手まで手が回らない。しかも代行者の時より運動能力は劣っているので、背中を割られてしまった。

「あー! ジャージがぁっ」

 紺色のジャージだが、血のりで赤く染まる。染みにならないだろうかと、そちらが心配だった。素早く背後に周り込み、二人の敵の背中のカプセルを割り、一人は脱落、一人はタエから離れ、沖田の背中を狙った。

「おりゃっ」

 持っていた剣を一本投げ、敵の最後に残っていた右肩のカプセルを割る。沖田も背中まで手が回らず、まずいと思ったが、なんとかまだカプセルは生き残っていた。さすがに囲まれると手強い。剣が一本になったタエは、両肩のカプセルも割られてしまう。残っているのは両足首の二つだけ。沖田は背中の一つだけだ。声援も白熱している。

「これで決まるな」

 濃い戦闘の末、残った敵は、剣道部副部長と彼と同じ色の剣道部員の二人だ。副部長は右肩一つ、部員の残るカプセルは左足首の一つだけ。

「行くぞ!」

 沖田が副部長に攻める。自動的に部員の相手をタエがする事になり、姿勢を低くして足を狙う。相手も手練れなだけに、タエの左足首のカプセルを簡単に割ってしまった。

「結構やるけど、俺には勝てへんよ」

「……」

 負けず嫌いなタエのスイッチを押してしまった彼。タエは彼の隣まで滑り込むと、自分の右足を、部員の左足にぶつけたのだ。結果、二人の最後のカプセルは同時に割れた。

「相打ち!?」

「花を持たせんとね。ふぅ」

 タエも息を切らしながら、座り込んだ。あとは剣道部実力者二人の一騎打ちだけだ。


「こんのっ」

「!」

 副部長は背中に回るべく、沖田の右手を掴み、剣を封印。体を回転させ沖田の右側から回り込み、自分の背中を使ってカプセルを割ろうとした。最後の手段だ。


 ぱりんっ。


 小さな破壊音が校庭に響く。辺りはしんと静まり返った。


「おいおい、まじかよ」

 声を発した副部長の顔に、血のりが付着した。今割れたカプセルの中身が、自分にかかったのだ。割れたのは副部長の右肩。沖田の剣を押さえたはずなのにと見てみれば、彼の左手に剣が。咄嗟に、側に転がっていた剣を足で蹴り上げて掴み、肩の上から後ろへ振った。背中に当たる前に割ったのだ。

「後輩の真似をしただけだ」

「に、二刀流……」

 ふっと笑った沖田の背中のカプセルは、無傷。実況が入る。



「試合終了! 結果、勝ちぬいたのは青組だああぁぁあ!」



 青組の応援席からの声が大きくなった。タエはそれを見て、ホッと息をつく。稔明と赤坂が迎えに来てくれ、立ち上がった。

「すごいなぁ、お疲れさん」

「まぐれです」

 赤坂に笑って誤魔化すタエ。稔明は笑顔で見ていた。自分の色に戻ると、タエ達はもみくちゃにされた。

「タエ、お疲れ。安倍くんも、赤坂くんもかっこよかったよ」

 涼香の言葉に、頬を赤く染める稔明。

「ほっ、ほんとに!?」

「うん」

 頑張ってよかったと喜ぶ彼に、赤坂も肩に腕を回してよかったなと言ってくれた。

「タエ、すごかった!」

「三人ともよくやったぁ! 他のメンバーも、お疲れ様!!」

 頭を先輩達にわしわし撫でられ、髪の毛がぐしゃぐしゃになる。それでも、タエ達は笑っていた。

「花村」

 タエは呼ばれ、振り向くと、沖田が目の前に。

「先輩、お疲れ様でした」

「ああ。花村、あんたに惚れた」


「……は?」


 一斉に女子の黄色い悲鳴がこだまする。タエは目を丸くしていると、沖田は続けた。

「剣の腕に!」

「そっちかいっ!!」

 全員がずっこけ突っ込んだ。

「是非、剣道部に!」

「や、やめときます。練習に着いて行けない自信があります! 今日はまぐれですっっ」

 現世の生活まで、鍛錬をするのはこりごりだと、タエは丁重にお断りした。しかし、沖田に目を付けられたのは、言うまでもない。その後何度も勧誘され、稔明を身代わりに差し出そうとしたくらいだ。彼も一緒に逃げた。



「タエちゃんがあんなに動けるなんて」

「帰宅部やろ? トレーニングしてた?」

 母と姉が、タエの活躍に驚いている。他の保護者達も、あの女生徒が凄かったと口々に話している。母は、うーんと考えた。

「去年の夏ごろからかな? 映画の戦闘シーンばっかり見て、イメトレだとか言ってたわね。涼香ちゃんを守る為だったらしいけど」

「何かに目覚めたのかねぇ?」

 不思議がる二人の隣にいるハナ。ふっと笑うと、神社へと戻って行った。






 学校の敷地から離れた街路樹。その木の上で、がさりと動く影が二つあった。じっと校内を見ている。

「犬の代行者がいたぞ」

「噂は本当だったのか? 女の代行者が生きてる人間だって」

 ひそひそ話す。

「さっき剣振り回してたあの女だな、多分。顔が似てる」

 一人が母と茜を見た。

「しかし、俺らはあの女に近付けねぇ。高龗神の加護で守られてる」

「頭使えよ」

 にやりと顔を歪ませた。

「あの女に声をかけてた奴らがいただろ。気配も似てる。家族を狙えばいいんだよ。代行者は魂の存在。器は家にある。家を特定できれば、代行者を消せるだろ?」

「そういう事か。ひひっ」


 がさり。枝が揺れたが、もう何もいなかった。不穏な影が近付いている事に、タエはまだ気付いていない。


読んでいただき、ありがとうございました!

平和な学園生活でした。

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