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月夜の代行者  作者: うた
第二章
48/330

48 体育祭①

「タエちゃん、聞いたわよ! “侍無双”に出るんやって?」

「……誰から聞いたの」

 テンション高く言ってきた母に、タエは苦い顔をしている。

「涼香ちゃん。見に行くからね」

「いや、名前だけやから。多分瞬殺やから」

「学校のイベントはいつも楽しいからね。お姉ちゃんも誘って行くわ」

 高校の体育祭は、保護者からも人気があり、見に来る人が多い。そしてタエには十歳年上の姉がいる。もう結婚して滋賀県に住んでいるので、頻繁に会う事は出来ないが、年に何回か会えるのを楽しみにしている。

 バリバリのキャリアウーマンで、一流企業で働いていたが、取引先の男性と恋に落ち、結婚。子供が大好きで、赤ちゃんが生まれると、今まで築き上げたキャリアを未練なく捨て、専業主婦に転身。子供を育てる幸せに浸っている。そんな姉を、タエは尊敬していた。義兄も、とても優しくしっかりした人で働き者。理想の家族だと思っている。タエの憧れだ。

「会えるのは嬉しいけど、あんまり期待せんといてね」

 あはは、と変な汗が流れた。




 足引き幽霊はいなくなったが、生徒達がそれを知る術はない。何事もなく時間は過ぎ、あっという間に体育祭当日。



「現在、首位に着けているのは赤組、続いて青組、黄色、緑となっております。続いての種目は玉入れでーす」

 スポーツマンシップに則り、正々堂々勝負。タエ達青組は二番手だ。徒競走から始まり、台風の目、ムカデ競争、二人三脚等いくつもの競技を終え、悔しい展開だ。

「玉入れかぁ。またヒートアップするねぇ」

 プログラムを見て、タエが笑っている。涼香はお茶を飲んでいた。

「ちゃんとカゴにも玉を入れてくれればいいけど」

「はは。あっ、涼香ちゃん、安倍くんも出るよ」

 タエが指を差す。涼香も見てみると、赤坂達と一緒のチームにいた。

「ほらほら応援して。涼香ちゃんが応援すれば、安倍くんもっと頑張れるからさ!」

「そう? 安倍くーん、がんばれー」


「!!」


 涼香の声はしっかり届いていた。見られていると知った稔明は、ガッチガチに体が硬くなってしまった。隣にいた赤坂は呆れ顔だ。

「あらまぁ。ほれ、手を振って返事」

 彼が稔明の腕を持って涼香に手を振る。ギシギシと音がしそうなくらい、腕の筋肉も固くなっていた。

「? 安倍くん、大丈夫?」

「あれ、逆効果?」

 不安になって来た。

 涼香は稔明を見て、うーんと唸り、何か考えている。

「あのさ、タエ」

「何?」

「私、こないだバイト帰りに、安倍くんに会ったような気がするんやけど、どうも思い出せなくて変な感じなのよね」

 涼香が言っている事は、祟り神と戦った時の事だ。あの時、タエは洞窟の中に残ったので、稔明がどうやって涼香を帰したのかまでは聞いていなかった。普通に父親と一緒に送っただけかと思ったが、そうではなかったらしい。

(涼香ちゃんが怖い思いをした事を、なかった事にしたのかな)

 あの夜の事を話すだろうかと、しばらく様子を見ていたのだが、彼女が全く気にする様子がなかったので、これで合点がいった。

「ごめん。変な事言ったわ」

「ううん。会ったかもしれないって思うなら、そう思っておいていいんちゃうかな」

 涼香は目を丸くした。

「説明がつかない事が起こるって、結構あるよ。分からないなら、分からないなりに、覚えておいてもいいと思う。怖い事だったら、忘れていいだろうけどね」

「そんなもんかな」

「そんなもんでしょう。ほら、始まるよ!」

 タエが声援を送る。それを横で見ながら、涼香も気持ちを切り替えた。



「おりゃあっ」

「くらえ!」

 目の前で繰り広げられる光景に、稔明は呆然としていた。ルールは聞いていたが、思っていた以上だった。

 玉入れは、サークル内にいる人が投げる玉の方向が違った。敵のサークルへ、必死にカゴへ入れようとする玉めがけて投げつけ、入らないように邪魔をするのだ。もし謝ってカゴに入ったら、それは得点となるので注意している。半数は邪魔をするために投げ、半数が自分達のカゴへ玉を投げ入れる。男子は、人に当てて直接対決をする所がほとんどだった。他の男子達と当て合い、皆ものすごく楽しそう。

「いや、カゴへ入れようよ――うごっ」

 稔明は、自分のサークルのカゴに玉を入れようとしていたが、流れ玉が顔にクリーンヒット。キレ気味な稔明は、持てるだけ玉を持ち、うりゃあっ、と力一杯上へ放り投げる。おかげでカゴがいっぱいになり、勝負に勝てた。大活躍だ。



 赤組に点数が追いついて来ている青組。本日最後の種目、“侍無双”となった。剣道部以外で出場する女子はタエだけ。肩身が狭い。

「インクが着くの、嫌だなぁ」

 ぼそりとこぼしながら、タエはカラーインクのカプセルを装着した。各色の主将は袴姿で本当に侍のように見える。青組主将はもちろん沖田。袴も着こなし、黄色い声援が飛んでいる。他のメンバーはジャージだ。

「はぁ、今からでも棄権しようかな」

 稔明は全身震えている。前髪はヘアゴムからヘアピンに変わっていた。邪魔な長い前髪を横に流して、ピンで留めた。

「涼香ちゃんに良い所、見せるんでしょ? 練習したし、がんばろ。サポートするから」

「うぅ」

 両手で剣を握って、うなだれている。赤坂は、タエに尋ねた。

「花村さんは、棄権せんでいいの? 一応、名前だけの予定やったのに」

「やるからには、やろうかなって。三人で協力すれば、少しは粘れるかもしれないし」

「おう! やったろーぜ」

 同じ色の他学年の先輩と後輩も側におり、皆で気合をいれた。

「必ず、勝つ」

「おおっ!!」

 沖田の言葉に全力で応え、青組出場者十名が入場口へ進んだ。他の色も同じく集まっている。全員で四十人が剣を持って、カプセルを割り合う。なかなかの迫力だ。

「タエ、大丈夫かな」

 涼香だけは、心配そうにしていた。




「あっ、茜、始まるよ!」

 見に来ていた母が、タエを見つけて姉を呼んだ。姉の茜は赤ちゃんを抱っこしている。

「ほんとに出るんだ」

 姉もこの高校の卒業生。この競技は昔からあるので、彼女もよく知っている。もちろん出場したことはない。

「タエー、がんばんなー!」



「姉ちゃん、お母さんもいた」

 タエが気付く。見られて恥ずかしい。稔明と赤坂もタエの家族を見て、ほぅ、と声を漏らす。

「お姉さんとそっくり」

「ああ、よく言われる」



「おねーちゃーん」



「!?」

 タエと稔明が驚いた。タエの母の隣に、ハナがちゃっかりいるのだ。

「何でここに……」

「高様に見に行って良いって許可をもらったの。稔明もがんばれー」

 タエは、神社で体育祭の話は特にしなかったのだが、しっかり情報は掴まれていたようだった。



「それでは本日最終種目、“侍無双”開幕です!!」


 アナウンスが高らかに流れる。いよいよだ。

読んでいただき、ありがとうございました!

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