46 特訓
「あ、結構柔らかい剣やね」
体育祭、“侍無双”の練習をすることになったタエ。放課後、タエ、稔明、彼の友人である赤坂悠馬は、本番で使われる道具を借りた。他の色の出場者も同じく、練習を始めている。安全に配慮して、剣の長さは短めで、ウレタン素材。良い感じにしなる。両手で構えてみた。
「花村さん、絶対剣道経験者やろ?」
赤坂がにやりとした。
「まぁ、ちょっとだけ、教えてもらった事があるくらい」
曖昧にぼかして返事をした。
「俺、瞬殺される」
稔明はひぃ、と今から怯えている。
「とっしー、早い目に終わっといた方が、楽やで」
彼も人数合わせで出るくらいなので、あまり本気ではない。それでも剣を振れるというのは、男子にとってはわくわくする事のようなので、楽しそうだ。
「ね、相手を倒すコツとかないの?」
聞かれて、タエはうーん、と考える。
「見て、避けて、剣を下ろす、かな」
「そのまんまやーん」
赤坂がけらけら笑っている。彼はクラスでもムードメーカー的な存在で、場を明るくする特技があるようだ。
「いや、これしかないでしょ。いっちょ、やってみますか」
タエが赤坂の頭めがけて剣を振り下ろす。驚いた彼は咄嗟に剣を交えて受け止めたが、ウレタンでしなる為、剣先が頭をかすった。
「ふぅん。おりゃっ」
「わわっ!」
しなり具合を確かめるように、タエは胴や足も狙い寸止めで打ってみた。代行者の時ほど速くはないが、それなりに素早く動けている。
「私も結構動けるな」
「花村さん、隠れた特技発見」
赤坂は驚いていた。稔明はふぅ、と座り込んで二人を見ている。剣を立てて、その柄に手をかけ、顎を置いている。
「魂があの動きをするんだから、体も少しは反応出来るよな」
「安倍くん、瞬殺されたら涼香ちゃんに笑われるで」
「!?」
稔明が固まった。赤坂もひひ、と笑っている。
「やっぱりなぁ。とっしー、バレバレやもん」
「な、は……」
「せめて一つは割るようにしいひん? 良い所見せようよ」
その言葉で改心した。
「どうすればいい!?」
「まずは前髪を切りな。前から言ってるでしょ」
うっとうしい前髪。顔の半分を隠しているそれは、前髪を上げているタエにしてみれば、見ているだけで邪魔でしょうがない。稔明は前髪を押さえる。
「ここっ、これは……俺、自分に自信がなくて」
「それで隠してたんか? さっぱりしたら、見る目も変わるかもよ?」
赤坂が後押し。
「とりあえず、ゴムでくくるか」
タエが持っていたヘアゴムを取り出し、前髪をしばろうと、稔明のおでこを全開にした。そして静止。
「お?」
「へぇ」
赤坂も稔明の顔を覗き込んで、同じように声を漏らした。
「眼鏡もっ」
「あっ!」
タエは彼の眼鏡も分捕った。そこで気付く。
「これ、伊達眼鏡?」
「これは外せない!」
眼鏡を取り返し、再びかける。タエは思い出した。
「そうだ、あの時、眼鏡かけてなかった。記憶違いじゃなかった」
討伐の邪魔をされて、初めて河原で会った時、稔明は眼鏡をかけていなかった。だから思い出すのに時間がかかったのだ。そんなに気にも留めていなかったが、ここに来てようやく知る事実。
「目、悪くないのに眼鏡かけて、前髪のれん? 目、可哀想ちゃう?」
「いいの。ずっとこうだったから」
「惜しいなぁ。とっしー、なかなかイケメンやのに」
赤坂の一言で、稔明が固まった。
「……は?」
タエも頷いた。
「顔出さなもったいないって。私もかっこいいと思ったよ。涼香ちゃんも見直すんちゃう?」
「えっ」
稔明の顔色が変わる。しかし、また俯いてしまった。
「自分に自信が持てたら、そりゃ良いだろうけど」
前髪を元に戻そうとしたので、タエがぎゅむっと掴み上げる。
「いだだっ」
「誰が下ろして良いって言った? 練習すんのに邪魔やろ」
「……はい」
大人しく前髪をくくられる。ぴょんと立ち、ちょんまげのようだ。
「あ、とっしー、かわいい」
「それはそれでいいかもねー」
二人が茶化す。
「青組の二年だな?」
別の方向から声がして、三人が振り向くと、スラっと長身の男子と、冊子を持った男子生徒が側にいた。
「ええと、赤坂悠馬くん、安倍稔明くん、花村タエさんやね?」
「はい」
赤坂が返事をした。
「こいつは青組団長の沖田聡一。俺は副団長の永倉新司。よろしくね。無双出場者の挨拶回りで来ました」
(この人がモテ男の!)
確かに姿勢も良く、端正な顔立ち、足も長い。女子が騒ぐのも無理はない。タエも見とれてしまうほどだ。
「剣道部じゃない女子が無双に出るなんて珍しいね。剣道経験者?」
「そこまでじゃないですけど……」
探るような目つきの沖田。タエは若干居心地の悪さを感じていた。
「さっきの動きは、悪くない」
「え」
最初動いていた所を、沖田達に見られていたらしい。
「俺と勝負しろ」
「無理です。瞬殺されます」
即、辞退した。
「聡一、女の子に決闘はあかんやろ。無理はせんようにな。怖かったら棄権って手もあるし」
副団長の永倉は優しく、皆をまとめるお兄さんタイプだ。そして、時計を見て眉を寄せた。
「もう六時回るし、今日は帰った方が良い。“足引き”に捕まらへん内にね」
「足引き?」
初めて聞く単語に、タエと稔明は首を捻った。
「聞いた事ある。部活動してたら、いきなりグラウンドから手が出てきて、誰かの足を引っ張るって怪談話」
赤坂は知っていた。
「おばけ?」
タエが聞いた。目の前にいる先輩達は、いたって真剣だ。
「いや、これ実話なのよ。今の時期から体育祭が終わるまでの期間限定やけど、ほら、運動部の奴ら、もう帰ってるだろ?」
見れば、本当に野球部、サッカー部、陸上部が引き上げている。テニス部もネットを片付けていた。
「この学校では有名な話やよ。体育祭前に亡くなった女の幽霊が、出たかったと悔やんで、生徒に悪さをするって」
「幽霊、ねぇ」
タエと稔明が顔を見合わせた。
幽霊の名前だけでした。
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